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2006年7月31日 (月)

今年もまた

Fruits

暑いなか父がやって来た。

「ピンポーン!」と玄関のチャイムが鳴ったから出て行ってドアを開け

たら、父は入って来る様子もなく、ドアの隙間から買い物袋が差し出

された。受け取ってもっとドアを開けて見ると、ゼイゼイしている父。

「荷物が重くて、階段を一段一段上がってきた」と言っている。ひとつ

受け取ったらもうひとつ手渡されて、重いなと思って中を見たらスイカ

にメロン。そりゃ重たかろう。ここは4階だ。

両手荷物持って階段を上がってきたりして、スイカと一緒に階段を転

げ落ちたりでもしたらどうするんだね? 携帯電話持ってるんだから、

下まで来たところで電話でもすればいいのに。と言うが、そんなこと

ができる父じゃないことはわかっている。一昨年、転んで骨を折って

から私の妹に持たされている携帯だけれど、メールを入れてもノー・

リアクション。電話をしても出たためしがなく、この間なんか2週間も

前の着信履歴を見てやっと電話をかけてきたくらいなのだ。ちっとも

携帯の役目を果たしていない。

うちに来るのに毎回、お土産なんて持って来なくてもいいんだよ。と、

帰りに階段を降りながら言ってみるが、「子供が喜ぶから」という父の

答えもいつもと一緒である。75歳の今はパートタイマー並に働く時間

も収入も減らされて、おまけに職場ではクルマの運転も禁じられて、

たいそう不満気、意気消沈の父だけれど、15歳の年から働いて、今

に至るまで働き続けている父を見ていると、私なんかおいそれと「働

くのに疲れた」などとは言えないよなあ、と思う。

この国では気候の厳しさをもろに受けるような重労働を担っているの

はたいてい定年退職前後の高齢者ばかりで、それっておかしな話じ

ゃないか? 一時期、インターネット時代になって、これからは額に汗

して働くことが労働の時代じゃない。これからはいかに頭を使って稼

ぐか、という時代だ、と盛んに言われて、確かに私もそうであろうと思

ったけれど、でもこんな時代になっても額に汗して働くことは労働の

基本じゃないかと思う。ホリエモンや村上ファンドがああいうことに

なってだいぶ一時の夢は壊れたのだろうが、一日中パソコンの前に

座ってマネーゲームをして、一日で数百万儲けたとか損したとか言

ってるだけの労働しか知らない人に、この先来たるべく過酷な気候

など耐えられるわけがない。

昨日の夜、『世界ウルルン滞在記』を見ていたら、モロッコの遊牧民

ノマドと共にテント生活をするドキュメンタリーをやっていて、レポータ

ーのはなちゃんが「日々の生活(主に家事にまつわる労働)はほんと

に大変で身体はくたくたに疲れるんだけれど、心は豊かで、疲れてい

ても自然と顔は微笑んでしまう感じだった」と言っていて、私もそうだ

ろうなと思いながら見た。ごく月並みな言い方をすると、私達は生活

の利便性と引き換えに大事なものを失くしつつあるんだろう。(ある

いはとうに失って?)

見上げると夏空。東京も昨日ようやく梅雨が明けたようだ。

さて、今年はこの父と一緒にどこに行こうかな。

Summer_sky

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フォト日記」カテゴリの記事

コメント

読んで
何となく親父に電話したくなり
電話した。

話は何時も通り弾む事も無く
元気なことを確認した、だけだった。

投稿: ルイ | 2006年7月31日 (月) 16:02

ルイさま、
それはよかった(^-^)

でも男同士でもそうなら、私なんか仕方がないですね。
父との会話はいつも弾むことなく、余計なこと言わずに聞いているのがやっとです。
父が喜ぶことをしてあげたいと思うけど、何をしてあげたらいいやら。
私の子供がもっと小さくて「おじいちゃん、おじいちゃん」とまとわりついていた頃は私が何をする(考える)必要もなかったけれど、いまや子供も祖父に「つきあってあげて」いるという感じでね。
一緒に出かけるとどちらにも気をつかって疲れる私です。

投稿: soukichi | 2006年7月31日 (月) 17:10

私は父を早く亡くしたので、「父」は私の弱点です。
無口でしたがハンサムな人でした。
おとうちゃまっ子でいつも父の運転する車の助手席でに乗り込んで、歌を歌ったり、空想にふけったりしてました。
父がお客さんのところを訪ねている間・・・待ちきれなくって「置いてかれた」「捨てられた」って泣きべそかいたこともしょっちゅう。
でも今考えたら、商店名入った車あるんだから戻ってこないわけはないんですけどね・・。
年老いた父と語り合うのが夢なんて・・・実はそんなの想像もできません。
親兄弟家族に縁の薄い私ですが、そうきちさんのお父様の楽しみなお気持ち、涙が出るほど胸にしみます。
どうか、お父様と楽しい夏の日をお過ごしください。

投稿: lehto | 2006年7月31日 (月) 20:42

lehto さま、
父が私の弱点か。なら私の弱点は何かなと、いまハタと考えてしまった。う~ん、なんだろう・・・・・・
私の心を不安定にするもの。
別れた旦那、ひいては男そのものかな。
無口でハンサム、それで早くに亡くなってしまったとなれば、その思いもひとしおでしょうね。

父とは映画(『パイレーツ・オブ・カリビアン』かなあ)を観に行ってご飯、か、谷中祭り(って、いつだったかしら)に行くか、まあそんな感じです。
私の父はもうオジーサンなので、一緒に出かけるのは大変なのよ。カタツムリのように気を長くしてないとね。
それに父が何をしたら楽しいかよくわからないので困る。
うちの子供達はもうクールだしさ。
lehto さんが想像するような夏の日にできるかは・・・・・・です。

投稿: soukichi | 2006年7月31日 (月) 21:53

24年前に亡くなった父のことを思い出しました
というより昨日のことを思い出したっていうのかな
筑波学園都市を車で通っていたんですが、ふと横を見ると父の勤務先だった所が目に入ったんです
もちろん場所なんて知らなかったんですけどね
ずーっと家族のために引越しもしないで5時に起き車で遠くから通っていました
55歳、定年後半年だったんですよ
soukichi さんのお父様、いつまでもお元気でいてほしいものです

投稿: tama | 2006年7月31日 (月) 22:04

はあ。tama さん、そういうのってなんか切ないね。
クルマを運転していたときのtama さんの心情を思うと。
感情って時々、一気にわっとくるじゃないですか。
そういうときってもう、どうしようもできないでしょ?
55歳とはほんとに惜しいことをしました。
人生の楽しみはこれからだったのにね。

それから、父のことどうもありがとうございます。
私は妹がまだ結婚していないので、なんとか彼女が結婚するまで元気でいてくれないかなあと。
ハハもそれが心配で心残りだったでしょうし、妹だって自分が結婚するときに両親ともいないじゃ可哀想だから。
そう思って早くしてくれないかなあと思ってるんだけれど・・・

投稿: soukichi | 2006年7月31日 (月) 23:08

スイカだけだってさぞ重いだろうに。
お父さんって、おじいちゃんって、そういう人種なんだよ。
孫が喜ぶと思うと、重くたって、お土産も買ってくる。
うちもそうだったな~。
それと、猫が喜ぶって言ってハムこまを必ず買って帰ってきた。

父が亡くなったとき、喧嘩ばかりしていた私は二年間も
父の死を引きずってしまった。
もっとわかりあえればよかったって。
soukichiさん仲良しでよかったね。

投稿: hanta | 2006年7月31日 (月) 23:13

最近 現場に出た。暑かった。熱かった。老いも若いも。でもそういう仕事が自分は好き。涼しいトコで人間関係レースするのはどうも・・。 「すいか」を手渡ししたいお父様の気持ちには及ばないけど。

みなさんのコメントいいですね。 ちょっと「武士道」とか。

でもSOUKICHIさんのお父様のようにカッコよくなるのは簡単じゃない。です・。

投稿: MOAPA | 2006年7月31日 (月) 23:45

10年前に亡くなった父もきっと携帯を渡しても
soukichiさんのお父様のように使わないだろうな~って
思いながら読んでいました。
女性って愚痴をガンガン喋る事でストレス発散しちゃうけど
男性は余程の事がないと喋らないし、その分発散されずに
内にストレスを貯めちゃうように思います。
働き者で私達に経済的に不安な思いをさせた事のない
父でしたが、ホリエモンや村上ファンドの事件をTVで
見ていたらなんてコメントするかしら?って思う事があります。
額に汗して働く喜びを知っていた父ですから・・

投稿: | 2006年8月 1日 (火) 05:42

そうきちさんのお父上は、いいオトウチャンですねぇ~!
男性でもあれだけの果物抱えたら、重いですよぅ~!
私は、我が家の前を毎日リヤカー引いて通られるお年寄りの方に、いつしか挨拶するようになって十数年。最近その方が見てもよぼよぼになり、それでもシンドそうにリヤカー引いておられるので、だんだん声掛けにくくなってきた。そんなにまでして働かんでも、と、つい。でも考え直したよ。働けるのはお元気だからだ。見掛けでは分らんぞ。今の世の中、人に頼まれてする仕事が有る、出来るって、イイ事や!!気強いこっちゃ!考えてたら、その方がこっちをチラッと見たんで、急いで会釈した。私もガンバロっと(^^♪

投稿: リサ・ママ | 2006年8月 1日 (火) 11:07

hanta さん、そうなのよ。
父親ってそういうものだとずっと思ってました。
でもそれも別れてしまえばお終いなのかしらね。
去るものは日々に疎しと言うから。

仲が悪いわけじゃないけど、かといって私は父と特別仲が良いわけではないと思うなあ。
わかりあうって親子でもそんなに簡単じゃありませんね。
子供の頃は私は圧倒的にお父さん子だったけど。
関係がうまくいっていても、いってなくても、肉親の死は引きずるものじゃないでしょうか。
私は母のときに両親をあいついで亡くした友人から「3年はかかる」と言われたけれど、ほんとにそのくらいかかりました。
亡くなり方が亡くなり方だっただけに、思い出すたびにつらかったです。
ただ私は長いことずっと母の見えない刷り込みに縛られているところがあったから、それからは開放されました。
母親の刷り込みというのは実に大きい。

投稿: soukichi | 2006年8月 1日 (火) 17:13

MOAPAさん、
どうもありがとう。
うちの父はカッコイイなんて人から言われたこと1度もないんじゃないかな。かっこ悪いって言われたことはあっても。
だからMOAPAさんの言葉はぜひ伝えなきゃね。
でも、なんて伝えよう?

うちの父は勤勉でただただ優しいだけの人なんです。
私はもっと強くて行動力にあふれた父が良かったりしたけど。
でも今となってはとにかく健康で長生きしてほしいと思います。

投稿: soukichi | 2006年8月 1日 (火) 17:22

凛さま、
凛さんのお父様は立派な方ですね。
私の父は凛さんのお父様のようにはいきませんでした。
私が生まれた年に転職して不動産屋勤めになったんですけれど、父は馬鹿がつくほど正直で真面目な人だったから、母は父には海千山千の不動産屋など向いていないと思ったようです。
母はいつも(収入が安定していてボーナスもある)サラリーマンの方がいいと言っていました。
私はそういうのをずっと見て育ったから、経済的に不安な思いをさせたことがない父、と聞いただけでなんと立派な、と素直に思います。
ただ、今は自分の経験も踏まえて、人生は本当に難しい、と思う。

私はもう11年ひとりでやってきて愚痴を言う相手もいなかった、というのもあるけど、基本的に愚痴は言わない。
言ってもしょうがないことは言わない主義です。
人に愚痴を言ったりすると後でかえって落ち込むしね。

投稿: soukichi | 2006年8月 2日 (水) 00:16

リサ・ママさま、
私も父を見ていて、もうそんなに働かなくてもと思うよ。
実際に、今まで充分に働いてきたんだから、もうそんなに働くことばかり考えなくていいよ。これからはもっと自分の人生を楽しむことに
時間を使ってよ。と、言ったりもする。
でも男の人っていうのは、働いて何がしかの収入を得ること、社会とつながっていることで自分のアイデンティティーを確保できるものなんじゃないでしょうか。

それにいまは主婦であっても高齢者であっても、そしてそれがわずかな額であっても、誰にもお伺いを立てずに使えるお金があるというのは大事だろうと思う私です。

そう、ほんとに働けるっていいことよ。
人に必要とされること、自分にまだできることがあるっていうのはね。

投稿: soukichi | 2006年8月 2日 (水) 00:27

 お久しぶりです。眩しいひまわりと青だね。夏!今日納品の帰りの車の中で、ラジオから『全国梅雨明けしました』と流れました。「遅いよ!」と一人ぶつぶつ。
 親はありがたいですね。こんなにたくさんの果物をスイカだけでも重いのに階段を登るなんて。家の父は伊豆育ちのくせに北海道生活が長かったから、東京を夏に歩くだけでばててたよ。この桃、大きいし美味しいだろうな~。

投稿: angelseed | 2006年8月 3日 (木) 01:00

angel さん、お久しぶり!
angel さんのお父様は伊豆育ちですか。
それはいいな。
でも北海道の人は暑がりの寒がりだからね。
初夏はまだ寒いのに東京と同じ格好してるし、冬はどこも暑いくらい暖房してる。
東京はたとえ高齢者とてタフじゃないと暮らせない街なのよ。
うちの父は「し」と「ひ」が一緒になっちゃう東京下町っ子ですから。
この桃、父が持ってくる間にだいぶ押されてしまったみたいだけど、甘くておいしかったです。

投稿: soukichi | 2006年8月 3日 (木) 08:44

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