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2006年1月31日 (火)

Watching the Snow

watching_the_snow

ふたりで1枚のキルトをかぶり

こうして雪を見ていると

凍った雨が落ちてこないかと期待する

宙を舞う結晶と乾いた薪

部屋の中で雪を眺める君

そのからだは炎に照らされ

まるでフェルメールの絵画のようだ


玉虫色に輝く白い掛け布団

その下で眠る草原は

なんとも美しい

楓と針葉樹の枝は

まるでフロストの詩のように

雪に埋もれている


僕の密かな楽しみは

君もよく知っているように

こうして大きな窓から

外の雪を眺めること


門は閉めたし犬の散歩も終った

ステレオから流れるセロニアス・モンクのピアノ

部屋の中で雪を眺める

どこか懐かしい薄暮

やがて夜が訪れ

お湯が沸いたとポットが知らせる


もっとたくさん降りますように

こんなに満ち足りた気分になれるから

部屋から雪を眺めていると

(Michael Franks 『 Watching the Snow 』)

****************************************************

追記:あんまりかわいい詩なので、先日撮った雪の写真とともに。

地方の方、東京は今日は雪じゃありません。念のため(^-^)

フィンランドに住んでいるLehto さんの日常はさしずめこんな感じ

かなあ ・・・

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冬の至福

michael_franks

マイケル・フランクスが、私が青春時代をすごした70年代から80年

代を確実に彩ってくれたシンガー・ソング・ライターであることは間違

いない。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)、あるいは、アダルト・

コンテンポラリー・ミュージックと呼ばれる音楽が流行った時代。

それこそキラ星のようなミュージシャンがわんさかいた時代。

街はいつも音楽であふれていた。それはただ単に自分が若かった

というだけではなく、時代の気分は今よりずっと明るく活気に満ちた

ものだった。ヒッピー文化の匂いもまだ少し残っていて、誰もが漠然

と、夢はかなうものと思っていたような時代。しかもその夢は現代の

『100億稼ぐ』みたいなバーチャルな金銭欲と権力志向にまみれた

空疎なものではなくて、自分の才能による自己実現のような、生きた

細胞の見る夢。街がまだマジックを持っていた時代だ。

そんな時代に流れる、ブラジル音楽と日本文化に傾倒したマイケル・

フランクスの作り出す洗練された音楽は、一瞬にしてその場の空気を

変えるアートそのものだった。何よりその中性的で優しい、ジャズ・フ

レイヴァーあふれる軽いヴォーカルに誰もが魅せられた。またバック

を固めるミュージシャンがもう超一流中の一流。名前をあげるときり

がないからやめるけれど、とにかくすごい。彼の名前を知らない人で

も、きっと『Antonio's Song』のメロディーを聴けば、ああ、これかと思

うだろう。もはやスタンダードの名曲。彼のレコードはどれだけ聴いた

かわからない。

当時、南青山の広告代理店で働いていたときに、近所にあった輸入

レコード屋の『パイドパイパー・ハウス』でたまたま日本未発売の彼の

デビュー・アルバムを見つけて買って、近所のジャズ喫茶でかけても

らったことなども、いま思い出すと懐かしい。

そんなわけで、マイケル・フランクスの音楽はずっと聴いてきたわけだ

が、アルバム的には『愛のオブジェ』を最後に、それ以降のアルバム

はどうでもよくなってしまった。聴いていないものもあるが、それ以降

手に入れた数枚のCDは、みんな手放した。もう彼はかつてのような

曲は書けないんだと思っていた。

ところが、たまたま去年の暮れ、ラジオを聴いていたら聴いたことの

ない彼の曲が流れた。今はラジオで流れた曲をオン・タイムに知るこ

とも実にたやすくなった。曲の名前は『My Present』。

その曲で大いに琴線に触れられた私は彼の新譜を買った。といって

も2003年リリースによるもの。タイトルは『Watching the Snow』。

マイケル・フランクスと言ったら季節は夏のトロピカル・サウンドと決ま

っていたけれど、ジャケット写真を見てのとおりこれは初のウィンター

・アルバム。曲も全編、冬ヴァージョンです。これが実にいい。

音は限りなくアコースティック。

どんな感じかと言うと、暖かい部屋のなか暖炉の前で、裸でブランケ

ットにくるまって、ブランデーを飲みながら窓の雪景色を見てる感じか

な。部屋の中にはジャズ・フレイヴァーのボサノヴァ。もう最高。

詩もいつもながら洗練されていて、大人っぽくて可愛らしい。

これは、酸いも甘いもかみ分けた、人生もひとやまふたやま乗り越

えた、それなりの年齢のカップルに聴いてもらいたいアルバムです。

そういう大人の二人なら、充分にこの音楽の幸せ感が伝わると思う。

折りしも雪の降った今シーズンの東京を思い浮かべながら、ノン・

アルコールで酔いしれてる私です。

michael_franks_001

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2006年1月30日 (月)

七回忌

nanakaiki

生前、母がまだ元気だった頃は、彼女はとてもお洒落な人だった。

どうしても欲しいと思うものを見つけてしまうと、母はどうしようもな

くなってしまう性質で、それは娘の頃からちっとも変わっていなかっ

たようだ。私も若い頃は多分にその傾向にあったけれど、私なんて

まだ可愛いものだと思う。

このコートを買ったときのこともよく憶えている。

彼女は近所にお気に入りのブティックがあって、そこでこれを見つ

けてしまったのだ。そんなとき彼女はこんな風に言う。

「ねえ、あなた、すっごく素敵なコート見つけちゃったのよ」

色はとてもシックな紺色で、形はエレガントなAラインで ・・・ 云々。

しばし欲しいコートの説明が続いた後、「どう思う?」と聞く。

聞かれた娘の私は、そういう質問をされた世の男子供とさして変わら

ぬ、気のない返事をする。「ふうん。いいんじゃない。買ったら?」

すると、すかさず母は言うのだ。

「でも、高いのよ。襟にシルバーフォックスの毛皮がついていてね」

だが、あとは娘の言うことなど聞いちゃいないのだ。

しるばあふぉっくすう? そんなコート着てお母さん行くとこあるの?

と言う私を尻目に、母は「いっそ清水の舞台から飛び降りるつもりで

買っちゃおうかしら」とくる。いったい何回、清水の舞台から飛び降り

たら気が済むんだ。そんなに飛び降りてたら、とうにあなたは死んで

るぞ。と、思うが、かくしてコートはうちのクロゼットに収まるのである。

母は晩年は太ってしまって11号を着ていたが、それ以前は9号を着

られていたらしい。母が亡くなったあと、形見分けでジャケットを数着

とこのコートをもらった。妹に、母の物は良い物だから、着られたらス

ーツも持って行ってと言われたけれど、母の好みはレディメードで、私

が好きなのはメンズライクなのでもらわなかった。母は昔の女性とし

ては身長が160センチ以上と私より少し大きく、手足の長い人で、妹

は152センチとミニサイズなので母の服は着られないのだ。

私はふだんはジーンズにセーターというカジュアルな格好をしている

のでこんなエレガントなコートは着ないけれど、昨日初めてこのコート

に袖を通してみた。昔の9号って今よりきっちり作ってあって、肩幅も

身幅もリーチも、あつらえたみたいに私にぴったりだった。

「お母さん、そんなコート持ってたんだ」と言う息子に、「ううん、おばあ

ちゃんの。おばあちゃん、こんなにスマートだったんだねえ」と話した。

このコートを買った頃、母はこれを着てどこに行ったんだろうか。

昨日、母の七回忌。時が過ぎるのはあまりにも早い。

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2006年1月29日 (日)

アネモネ

anemone

当時、Yちゃんが住んでいた荻窪の家に初めて遊びに行ったとき、家

がわかりにくいからと、Yちゃんがバス停まで迎えに来てくれた。

バス停近くのスーパーで一緒に買い物をした後、花屋の前で

「花を買っていくつもりだったんだ。何がいい?」と聞くと、Yちゃんは

「アネモネ」と言った。

それは彼女にとても似合っていると思った。鉱石みたいな花。

Yちゃんの家は古い木造の一軒家で、荻窪にもまだこんな借家があ

ったんだ、と思うような家だった。彼女が住むとどんな家でも彼女独

特の雰囲気になってしまうのだが、アンティークのランプシェードが

下がり、古道具屋で揃えたという家具調度の置かれたその部屋は、

昼でも薄暗かった。彼女が作ったオーガンジーのカーテンがひいて

ある窓の向こうには畑が広がっていて、窓を開けると土埃りが入って

くるのだと言う。台所はその当時でさえ信じられないことに、祖母の

古い家と同じ石の流しがついていた。そこで彼女はカタコトとまな板

の音をさせながら料理をしていた。夥しい本が本棚に並び、どっしり

した両袖机がふたつ置かれた部屋は、私には昔の作家と女流歌人

の部屋みたいに見えた。彼女はその家で恋人と暮らしていた。

とりたてて何の話をしたのかもう憶えていないが、Yちゃんは飼い猫

が「にゃあ」と鳴き始めると、台所からおかかの入った缶を持って来

て猫に与えた。1匹の雌猫の背中を撫でて猫が気持ち良さそうに目

を細めて身体を伸ばすと、「この子はとっても官能的な猫なの」と、Y

ちゃんはいつものおっとりした口調で言った。私はいつもお風呂上り

のように見える、剥きたての茹でタマゴみたいにきれいな肌をした彼

女の白い顔を見ながら、でも私にはその猫より彼女のほうがよほど

官能的に見えると思った。当時19歳で恋人とまともにつきあったこと

さえなかった私には、古風な古民家風のその家でひとまわり以上も

年上の恋人と同棲しているYちゃんがひどく大人っぽく見えたのだ。

その彼女もいまは大嫌いだった母親と暮らしている。母親が病気に

なったからだが、この春あたり、また生活に変化がありそうだ。

今度は7歳年下の恋人と暮らすことになるかも知れない。

昨日、アネモネを買いに花屋に行った。

どうやら花屋の男の子は、私のことを覚えたらしい。それはそうだ。

1週間に3回も花屋に通ったのだから。3回目に花屋に行ったとき、

彼は客のオーダーを聞いているところだった。私がひとまわり見渡

して、(今日も入ってないか)と思ったとき、彼は目と人差し指で私に

合図した。彼の指差す先には、茶色い紙に包まれたひとかたまりの

アネモネがあった。

アネモネはギリシャ語で、『風』という意味らしい。

ギリシャでは春風が吹く頃、この花が咲き始めるのだそうだ。

このところ、あまりカラフルではなかったこのブログに春の風を。

ひと吹き。

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2006年1月28日 (土)

椿

tsubaki

私が少し遅れて待ち合わせのカフェに着くと、彼は入り口に向かった

席に座って本を読みながら待っていた。

「遅れてごめんなさい」と私が言うと、彼は穏やかな薄茶色の瞳を上

げて、「いや。ぼくはこの席に座って、君がいつ来るかと思って楽しみ

にしながら待っているのが好きなんだ」と言って微笑した。

待つことが嫌いな私に、彼のその言葉は優しく新鮮だった。

遠い日。

いま、私はあなたが咲くのを今か今かと待っている。

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2006年1月27日 (金)

モーツァルト生誕250年

MOZART

今日はモーツァルト生誕250年にあたる誕生日ということで、TVでも

ラジオでもモーツァルトが流れている。

モーツァルトというと私にはすぐに思い出すことがあって、おととしまで

勤めていた会社にウイーンに長く住んでいたことのある男性がいた。

彼はスキンヘッドの独特の風貌もさることながら、カンヌ映画祭のショ

ートフィルム部門で賞を取ったこともあるくらい才能豊かでユニークな

人なのだが、その彼がウイーンで広告代理店を経営していたときに、

自作自演で制作したモーツァルト・チョコレートのCMを見せてもらった

ことがある。それがサイコーに傑作なのだ。

彼が女性とガーデン・レストランでランチをしていると、客の間を縫う

ように、モーツァルト・チョコレートがいっぱい入ったカゴを持った女性

がやってきて、彼にもひとついかがと勧める。いかにも外人の喋る

たどたどしい日本語で「モーツァルト・チョコレートいかがですか?」

と。彼がひとつ取って口に入れた次の瞬間、まるで目のなかにコーテ

ーション・マークが浮かんだかのごとき目のアップになり、一瞬にして

彼のスキンヘッドにはモーツァルトのズラがかぶせられ、モーツァルト

に変身してしまうというもの。キャッチコピーはたしか、『ひと口食べれ

ばウイーンの香り』だったっけかなあ ・・・。まあ、そんなものだ。

彼もモーツァルトと同じ水瓶座。本当に面白くてチャーミングな人なの

だが、才能だけでは食べてゆけぬのが世の常で、会社が駄目になっ

て以来、彼がどうしているのかはわからない。

さて、本題。モーツァルトの誕生日に私がお勧めするのはグレン・グ

ールドの弾くモーツァルトのピアノ・ソナタ集。

モーツァルト弾きなら、先にあげたホルショフスキーしかり、他にもっ

と適任がいるだろうと思う方もいるだろうけれど(うちには天性のモー

ツァルト弾き、と言われるクララ・ハスキルのCDもあるけれど)、CD

1枚とおして聴いて全く退屈しない、という点においては、私にはグー

ルドのこれが1番である。まず、冒頭から圧倒的なテンポの速さ! 

初めて聴いたとき、その速さは、これがモーツァルト? と思うくらい

目から鱗の新鮮さだった。まさに疾走するモーツァルト。

従来のモーツァルト観をぶち壊す、という意味では、このCDはモー

ツァルト好きより、むしろあまり好きではないと言う人にこそ聴いて

もらいたいアルバムかも知れない。実際のところ、グールドはモー

ツァルトが好きではなかった。糞みそに言っていたのである。

できることならモーツァルト自身にも聴かせたいくらいだ。モーツァ

ルトなら、そして映画『アマデウス』で見せたあの特異なキャラクタ

ーが本当に実物に近いとしたら、彼はこのグールドの演奏に腹を

立てるどころか痛快に笑い出しただろう。あのけたたましい笑い声

が聞こえるようだ。ライナー・ノーツにはこんな風に書いてある。

『グールドのモーツァルトは天衣無縫でのびやか。その音楽は聴き手

に喜びを与え、生きる活力を与えてくれる。モーツァルトがどんな精神

状態にあろうとも健康を害そうとも、作り出す音楽がきらめくような輝

きと天上の美しさを持っていたように、グールドもまた健康体ではな

かったが、その指から生まれ出る音楽はこの上ない幸せの表情に満

ちている。モーツァルトとグールド、この2人の天才性が結びついたと

き、私たちはそこに真の音楽を聴く喜びを味わうことができる』。

このアルバムには私が最も好きなピアノ・ソナタ12番も入っている。

たとえ凍えるような冬の日に聴いたとしても、心の波動が一気に上

がってしまいそうなグールドのピアノ・ソナタ集。本日のお勧めです。

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春は黄色から

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友人の家に行ってベランダから彼女が作った寄せ植えを見ていたら、

「なんだか黄色ばっかりじゃない? 不思議よね。いろんな色の花が

 あるのに、黄色ばかり選んでくるなんて」

と友人が言った。

「そうかな。でも春って黄色い花が多くない? 福寿草にしてもスイセ

ンにしてもフリージアにしても菜の花にしても。黄色って春らしいよ」

そんな会話をしたのが先週。

自転車でいま町を走ってもどこもかしこも冬ざれの景色で、色と言え

ば見飽きた山茶花の赤くらい。椿のツボミも梅のツボミもまだ固い。

そう思っていたら人の庭先に黄色い固まり。近寄ったら蝋梅だった。

満開で、甘い香りが漂っている。マクロで写真を撮っていたら通りす

がりの老人が声をかけてくる。年をとると寒さはなおさら身にこたえる

し、春が待ち遠しいのだろう。人懐こく声をかけてくるのは老人だけ。

とうぶん咲きそうにない梅林の近くを走っていたら、こんどは柚子の

木を見つけた。あかるい、きいろ。春は黄色からやってくる。

yuzu

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2006年1月26日 (木)

昨日、バスルームで

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いつものように夜中、お湯に沈んで目を閉じたら、頭のなかに

見たこともない少年のあのひとが現れた。

私は大人の私のままで、ひざまづいて小さな少年を抱きしめたら、

その感触はリアルだった。実際に男の子を育てたことがあるから

だろうと思ったけれど、でもその感触は自分の子供のものとは違

っていた。私はまるで彼の母親になったような不思議な気持ちで、

その小さな男の子を抱きしめていた。ほんのわずかな時間。

それから寝床に入ってちょっとしたら、無音だったベランダのウィ

ンドチャイムが静かに鳴り始めた。それは『ARIAS』という名前の、

パイプでできたとても美しい音色のウィンドチャイムなのだけれど、

まるで天真爛漫な子供が鳴らしているみたいに無邪気で透明な

音だった。闇のなかにさざなみのように微笑が広がり、私は美しい

アリアを聴きながら眠りに落ちた。

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2006年1月25日 (水)

けもの道

fuyunoaozora

東京の日の出 すごいキレイだな

きのうの濁りもどこへやら

さえない話に 感動しまくり

なんで? 飛びそうだ


あきらめないで それは未来へ

かすかに残る けもの道

すべての意味を 作り始める

あまりに青い空の下

もう二度と君を離さない


細胞 全部に与えられた

鬼の力を集めよう

可愛いつもりの 醜いかたまり

まだ これから


怖がらないで 闇の向こうへ

手を伸ばす前のまわり道

すべての意味を 作り始める

あまりに青い空の下

もう二度と君を離さない


なんで? 飛びそうだ


あきらめないで それは未来へ

かすかに残る けもの道

すべての意味を作り始める

あまりに青い空の下

もう二度と君を離さない


フレ フレ フレ

フレ フレ フレ

(スピッツ『三日月ロック』より『けもの道』)

***************************************************

私はなんだかんだ言って東京っ子なので東京が大好きだけれど、

その中でも1番くらい好きなものに東京の冬の青空がある。

そして冬の朝の抜けるように青い空を見ると、かならず聴きたく

なるのがこの歌。

草野正宗。すごい才能! なんちゅう言語感覚!

私は自分の息子が草野正宗みたいな男の子にならないかと思っ

ていたが、うちの息子に嫌われたと言って、いい歳して

「私は草野正宗みたいな男には嫌われるんだ」

と、マジでショックを受けていた親友のマリコのかわゆらしさ。

(しかし、うちの息子がなぜ草野正宗なんだ?)

私はいくつになってもそんなセンシティブな友人に囲まれていて

ラッキーだ。厚顔も体裁取り繕うのも社交辞令もまっぴらごめん。

まだまだ寒い日が続くけど、寒くてなかなかエンジンかからない

あなたのための応援歌。 

今日も一日 フレ! フレ! フレ!

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2006年1月24日 (火)

氷柱(つらら)

tsurara

昨日、waiwai さん のところでミニつららを見て、東京でつらら? と

思ったのも束の間、寒いことにかけては東京23区よりよほど寒い

ここでも、あっという間に見つけました。

公園のあずま屋の屋根から垂れ下がったつらら。光が反射して、

キラキラ、ガラス細工みたいにきれい。空はこんなに晴れていて陽

もあるのに、公園の水路はすっかり凍り、外は凍えるような寒さ! 

雪が降っている最中って、むしろ全然寒くなく感じるのは何故なん

だろう? 雪が降った後の今のほうがずっと寒い。

つららを見たのなんて、小学校の低学年のときに、大雪が降った

後の木造校舎の窓から垂れ下がっていたのを見て以来。

あのときはもっと大きいのがズラっと窓に垂れ下がってた。

教室の窓辺に立って、陽の光に透けて輝くつららを眺めていた記憶

がうっすらとあり、なんとなく懐かしい。

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2006年1月23日 (月)

きのう見た青空

tamakohan

土曜日に大雪だった東京は、一夜明けた翌朝にはすっかり晴天。

気温は上がらなかったものの、お陽さまの光ですっかり雪は溶けた。

上は堤体強化工事のために水が抜かれた多摩湖(村山下貯水池)。

土曜日はここも一面、雪景色だったろうに、微かに雪が残る程度。

自然はドラマティックに景色を一変させたと思ったら、次の日には

もう何もなかったように素知らぬ顔をしている。

ただ青いばかりの空があって。

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2006年1月22日 (日)

雪の華

yukinohana

今年 最初の雪の華を

ふたり よりそって

眺めているこの時間に

しあわせが あふれだす

甘えとか弱さじゃない

ただ君とずっと

このまま一緒にいたい

素直にそう思える


この街に降り積もってく

真っ白な雪の華

ふたりの胸にそっと思い出を描くよ

これからも君とずっと

****************************************************

上記は中島美嘉の歌う『雪の華』の歌詞の一部。

ハナ、という字のことで言うなら、私は華より花のほうが好きだ。

北村太郎の詩集に、ボードレールの 『悪の華』 ならぬ 『悪の花』

というのがあって、北村太郎もきっと華より花のほうが好きだったの

ではないかと思われる。

中島美嘉も、『雪の華』も知らない、という人には申し訳ないけれど、

この歌は彼女にとても似合っていると思う。

雪景色の街の、モノトーンの雰囲気が。

けっこう好きな歌だ。

今日も昨日に引き続き、雪で一変した町の風景を。

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番外編:ちび雪だるまくん

yukidaruma

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2006年1月21日 (土)

東京は雪

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東京は昨日の天気予報どおり、今朝、目覚めたら雪になっていまし

た。それほど積もっていないということは、気温はそれほど低くない

のかも。今日の予想最高気温2℃。

ベランダから見た景色はこんなです。

2時間前は粉雪がはらはら舞っていたのが、いまはもう少し大きめ

の雪がガンガン降っています。首都圏の電車のダイヤはすでに狂

い始めているよう。

私はこれからこの雪のなか、自転車に乗ってプールです。

hatsuyuki_01

hatsuyuki   

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Aquarius

Celestite

星占いなんてくだらないと思う人もいるだろう。

私もそれほど詳しいわけでもなければ、いつも気にしているわけでもなければ、もちろ

ん依存しているわけでは全然、ない。星座別の性格と特徴を知ってるくらい。

けれど昨日の朝、J-Wave の鏡リュウジの占星術を何気なく聴いていたら、20日から

太陽が水瓶座に入り、水瓶座の誕生月に入ったと言っていた。太陽は日々のムード

を表し、これからひと月間は水瓶座的に物事が進み、水瓶座的なことに注目が集まる

のだ。このひと月間は水瓶座の人はやりたいことがあるなら寝ないでもやった方がい

いらしい。イエーイ! 

それを聞いたら、けっこう単純な私はテンションが上がってきた。人間の意識って実に

不思議なもので、その程度のことでも、変わる。腹筋・背筋・腕立て伏せやったらいつ

もより楽にできる気がするし、このところまったくモチベーションを失っていた案件もや

っとできそうな気がしてくる。20日の24時締め切り、という日付だけがインプットされ

ていた原稿も、なんとか規定の文字数にしてメールで送った。なんだかアイディアが次

々浮かんでくる。

さて、私と同じ水瓶座のみなさん、これからひと月がんばりましょう!

そして、それ以外の星座の人たちも、今月ばかりは水瓶座的に行動すると良いそう

です。つまり、ユニークで個性的に。

写真の石はセレスタイト(天青石)。

赤坂のベンチャー会社で働いていたとき、たまたまネットで何か調べていたときにパ

ワーストーンのサイトに行きついて、思わず石を眺めているうちになんだかそれまで

の肩こりが軽くなってしまったことがあって、以来どうしようもなく疲れるとパワースト

ーンのサイトに行って石を眺めるようになった。これは先日、見た瞬間に何故かどう

しようもなく欲しくなって衝動買いしてしまったもの。その直後に嬉しくなって霊感の強

い友人にメールでサイトの石の写真を見せたら、「あの石はあなたに似てると思った」

と言われて、石に似てるなんて言われたのは初めてだったからちょっとびっくりしたけ

れど、それで(同調して)欲しくなったのか、と納得したりして。

この淡いブルーという色も昔から私のイメージとして人からよく言われる色。

名前のとおり天上の青。石の意味は次世代への意識変容。エンジェリックな波動を持

ち、人間の意識を高めるパワーがあるそうだ。

ちなみに以下は水瓶座の有名人。

これだけ並べると、なんとなく共通する個性が見えてくるような ・・・

*************************************************************

星野仙一 / ジャンヌ・モロー / 岩井俊二 / 北原白秋 / 山田詠美/モーツァルト

オノ・ヨーコ / 小泉今日子 / 福山雅治 / 矢野顕子/ジェームス・ディーン

緒川たまき / 越路吹雪 / 所ジョージ etc;

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2006年1月20日 (金)

冬の白2点

shironosazanka

いまどこを見ても赤の山茶花ばかりだけれど、ひとつだけ咲き残った

白の山茶花。

冬の白が寒々しいかというとそんなことはなく、きりっと冷えた大気の

なかで、純白の花は潔く、際立つ美しさ。

下は子福桜。

kofukuzakura

追記:コメントで 凛さん に「子福桜って寒桜の種類なんですか?」

と聞かれて、いまちょっと調べたら、自分が思っていた以上に桜の

種類っていっぱいあって驚きました。これだけ桜の種類があると、

ブロガーにとっても楽しみになるのは間違いなし!

この春はますます忙しくなるかな?

桜がいっぱい載ったサイト2つ、よろしかったらご覧ください。

 * 新宿御苑のサクラ

 * このはなさくや図鑑

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2006年1月19日 (木)

大きな銀杏と木造園舎

youchien

昨日、近所の友人のところに子供のお下がりを持って行こうと思った

ら、今年から幼稚園に入る下の子の制服を取りに行く、と言うので、

つきあって一緒に行くことにしました。懐かしい幼稚園。13年前と少

しも変わってない。私の息子が2年間通った幼稚園です。

この幼稚園の特徴は、たぶん都下でも今時めずらしい木造平屋の

園舎。日当たりの良い広い土の園庭の真ん中には、とても大きな

銀杏の木があって、夏は子供たちに優しい木陰を作り、秋の作品展

の頃には素晴らしい黄葉で大人たちを楽しませ、葉を全部落とした

後には、その大量の落ち葉を集めて木の下で焼き芋をするのが子供

たち待望の恒例行事でした。

古い木造園舎というと、暗くて汚いイメージをする人もいるようだけ

ど、ここは廊下も昔ながらの雑巾がけでいつもピカピカに磨かれ、清

潔で気持ちよかった。そんなところにも園の気概が感じられて私は好

きだったのだけれど、逆に古い昔の堅苦しい躾を感じて嫌だ、という

お母さんもいて、時代は変わったと思いました。この園は食事のマナ

ーや言葉遣い、服の着方の躾もちゃんとしてくれて、普通は家庭から

集団生活に入った途端に言葉が悪くなるのが普通なのに、ここに入

ってかえって言葉遣いがきれいになったというお母さんが多かった。

今はなんでも『のびのび教育』が良いとされているけれど、小さい頃

の基本的な躾というのはどの時代にも変わらず大切なことじゃない

かと思う。

私はこの園舎と園庭と大きな銀杏の木を見て、ひと目で気に入った。

制服がかわいいのもよかった。黒のセーラーカラーの上着に白のブ

ラウスに短パン。黒のグログランリボンのついたフェルトの帽子に黒

のエナメルのワンストラップシューズ。

入園式の日のことは忘れられない。

セーラー服を着た息子と私の両親と家族みんなで、桜の下で記念写

真を撮った。頭上にある桜の枝からはたえず花びらがこぼれていた。

それは廊下から教室の中まではらはらと舞い降り、集団のなかにい

ても私の子供は美しく、その日、私はとても幸せだった。

私は幸せって面ではなくて点だと思う。途切れながらも幸せの瞬間

瞬間を点としてつないでゆけるなら、それは幸せな人生と言えるの

じゃないだろうか。

下は廊下。真夏には庭に大きな円形プールを出して水遊びをする。

それが終った後はお決まりのスイカ割りで、割ったスイカを持って

水着を着た子供がズラッと並んでスイカにかぶりつく絵は、パノラマ

で撮っておきたかったほど圧巻だった。

youchien_01

きく組。ここも変わってない。よくこの教室の前で息子が出てくるの

を待ったものです。この園の自然な生活を私から聞いていた友人

は、自分の子供もここに入れることにしました。今年、2人目。

うちの娘の時は家庭の事情ががらりと変わり、保育園に入れるしか

なかった。上の子は雨の日も雪の日も送迎の幼稚園バスでいつも

快適なのに較べて、下の子は雨の日も自転車の後ろに乗せられて

小さな傘をさしていた。運悪く電車の踏み切りで待たされているとき

に見慣れた幼稚園バスが横に並んだと思ったら、顔見知りの運転手

に挨拶されたりなんかして、切なかったなあ。ずぶ濡れになってる自

分はともかく、後ろに乗ってる子供が不憫で。卒園文集にそんなあれ

これを書いてクラスのお母さんたちには泣かれましたっけ。

幼稚園のお母さんに較べると保育園の働くお母さんたちは格段に苦

労しています。

娘を保育園に入園させた頃は親としての負い目を感じていた私です

が、子供は親が思うより逞しく、幼稚園と保育園それぞれ違った良い

ところがあって、180度違う育ち方をした2人の子供だけれど、今は

それも良い思い出となりました。

youchien_02

この日、夕方、帰ってきた息子に「今日、幼稚園に行ってきたよ」と言

ったら、「今でも汽車あった?」と即座に訊かれた。

大人に近くなった今でも、そういうことって憶えてるんだなあ。

youchien_03

遊んでいる友人の子供を待ってしばらく園庭に立っていたら、小さな

子供を育てていたその頃の自分の心境が、今より孤独だったことを

思い出した。これは日本だけに限ったことではないのかもしれないけ

れど、結婚していても父親不在の家庭はあまりにも多い。

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2006年1月18日 (水)

ゆずの里から

yuzunomura_03

このブログでいつも若々しい感受性とコメントで私を驚かせて元気を

くれるリサ・ママさんから、先週、心づくしの贈り物が届きました。

リサ・ママさんが住んでらっしゃるのは高知県で、ここではほぼ全県

でゆずの栽培をしてるのだそうだけれど、その中でも1番のお気に

入りだという、高知県 馬路村農協 の『ゆずの村詰め合わせ』。

有機農法で自然に育てたゆずを、果汁から皮、種に至るまで無駄に

することなく使った加工品の数々。上の箱に入っていたのは、ゆずド

リンク、柚子しぼり、ゆずポン酢、ゆず七味唐辛子、ゆず濃縮ジュー

ス、ゆずゼリー、ゆず味噌、ゆずジャム、ゆず茶漬け、ゆず湯、それ

に柚子の絵のついたタオルなどなど柚子尽くし。どれも封を開けると

目の覚めるようなフレッシュな香り! 

いままで柚子というと、お雑煮にちょこっと載せたり、お漬物の香り付

けにしたり、お風呂に入れたり、くらいしかしたことのなかった私は、

柚子にこんなたくさんの味わい方があると知ってびっくりでした。

実はうちの子供たちはそれほど柚子が好きじゃなかったのに、この

いただいた柚子製品はどれもおいしいと言って食べる。ゆずポン酢

だって、今までスーパーで買ってたのがウソ物だったと思えるほど味

も香りも全然ちがう。結局、私たちは今まで本物のゆずの味を知ら

なかっただけなんだ、と思いました。

それにしても、一度も会ったこともないリサ・ママさんにこんなにして

もらっていいのだろうかと思う私に、『ちっとも珍しくない柚子だけど、

私はここの製品の元気さが気に入ってて、時々県外の方に味わっ

ていただきたくなるんですよ。あなたが好きな音楽のおすそ分けを

したい気持ちと似てると思いません?』とメールが来ました。

さりげないメッセージが素敵です。届いた日にお礼のメールを書き

始めたものの、やっぱり直接お礼が言いたいと思って電話して、先

日はとうとうご本人と話すことができました。

ブログを通してインターネット上でしか知らなかった人の名前を知

り、住所を知り、お顔を知り、直接話せるようになるってすごい。

こうなるともう縁としか言いようがないなあと思います。感謝。

せっかくいただいたものだから、おいしく食べようと思って考えて

作った料理です。(たいしたものじゃないけど・・・)

* 手羽もとのピリ辛ゆず味噌煮込み

(ゆず七味唐辛子と塩・コショウ・醤油で下味をつけた手羽もとを

 フライパンで強火で焼き、焼き色が付いたらお酒を入れて柚子

 味噌を溶かし、煮汁がとろっとするまで煮詰める)

yuzunomura

* ポークソテーのゆずソースがけ

(塩・コショウした豚ロースに強力粉をまぶして両面を強火でソテー

 し、お皿に取り出す。残った肉汁にお酒を入れて、ゆずジャム・

 ゆず味噌を溶かして、ソテーした肉にかける。)

yuzusorce

どちらも凝ってないシンプルな料理だけど、ゆずってチキンやポーク

にすごく合うんじゃないかと思ってやってみたら、やっぱりとても合っ

ておいしかったです。

リサ・ママさま、どうもありがとう! ごちそうさまでした。

asondeyo

リサ・ママさんが飼っている

愛猫リサ。

ハンドルネームの由来は

ここから。

  

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2006年1月17日 (火)

ユリノキ

yurinoki_04

waiwai さん のブログで写真を見るまで知らなかったユリノキ。

その実の美しさに、いちど自分の目で見たいと思っていたら、新宿御

苑で見つけました。見上げるような巨木。

人は大木を目にするとき、自分より遥かに大きな存在感と歳月の長

さを感じて圧倒され、自然に畏敬の念を覚える、というのは、もしかし

たらDNAに刻まれていることなのだろうか。

時には慌しい日常の時間を抜け出し、C.W.ニコル氏のように大木

の木肌に触れ、耳をつけて、樹木の鼓動に耳を傾けるのもいいかも

しれない。

枯れ草の弾力のある自然のカーペットの上に落ちた実は、ユリの花

のような、こんな美しい形。

でも、ほとんどの実はこんな完全な形では落ちずに、花びらのように

バラバラになってしまうらしい。樹の下にはユリノキの実の断片が

いっぱい落ちていました。

yurinoki

以下、同じようなショットを立て続けに3枚。

これだけ実が付くということは、これだけ花が咲いたということ。

花はチューリップによく似た花だと言う。

想像すると、それも圧巻。

yurinoki_01

yurinoki_02

yurinoki_03

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2006年1月16日 (月)

ラクウショウの樹の下で

rakushou_03

大きなラクウショウの樹の下のベンチには一組のカップル。

まるで絵みたいな風景。

冬の寒さも恋人たちには、よりそうための理由にしかならなくて。

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2006年1月15日 (日)

日の暮れ

hinokure

また日の暮れ

一日はあっという間に終わる

遠くの建物の灯りがきらきら

あなたはいまどこに?

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初泳ぎ!

swimming_3

昨日の土曜日は今年最初のスイミングスクールの日でした。

この1月でスイミングを始めてから満5年になり、6年目となる今年

は気持ちも新たに良いコンディションでスクールに臨めるようように

しようと思っていたのに ・・・。前日いつものごとく遅かったのと休み

疲れですっかり朝寝坊してしまい、息子に「もう11時過ぎたよ」と言

われて起きたのは11時38分。泳ぐ2時間前には食事を済ませ、

家で軽いストレッチをして出かけるつもりが、慌しく朝食(昼食?)の

準備をし、食べ終わるやいなや熱めのお風呂で筋肉をほぐし、濡れ

た髪ですっ飛んでゆく羽目になりました。

今年のコミットメントもどこへやら。

「今日は今年初めて泳ぐ数週間ぶりの人もいますから、軽く身体をほ

ぐすくらいでいきましょう」と言うコーチの言葉にほっとするものの、

「ではアップでゆっくりクロール100」はいつものことながら、「身体を

もっとほぐすためにクロールを25で10本」と言われたときには、エ?

それのどこが軽いの? と思ってしまった私。

「キツイ人は無理しないで歩いてください」の声にもう7本目あたりか

らは歩く、泳ぐの繰り返し。相変わらずの根性無しぶりを発揮してし

まった。その後はバックのキックだけ2本、コンビで2本、平泳ぎの

キック2本、コンビで2本、最後はバタフライのキック2本、コンビ2本、

ダウンでクロール50、というのが全メニュー。

いつもと違うのは、2人コンビになって、横になった1人の首を支え、

もう片方が脱力した相手の身体をゆっくり蛇行しながら25メートル

運ぶ『リラックス』というのが間に2回入っただけ。

でもこれがものすごく気持ち良いんです。クラブに入ったばかりの頃

は、これがあるから来てたようなもの。自分がクラゲになったような、

陸上ではありえないリラックス感! 思い切り脱力します。

それで、今日も背泳ではプールの水を飲み、脚が攣りそうになり、も

うヘロヘロ。数週間ぶりに泳ぐのはきつかった! 

年末年始の運動不足を、心底痛感しました。

今日の収穫はコーチにクロールの掻いた後の手のリカバリーが遅い

と指摘されて直したこと。でも、いつもできるだけ身体を伸ばして大き

な泳ぎをするように言われているのに、ストロークを速くすると身体の

伸びが足りなくなり、伸ばそうとすると遅くなる。

おまけにストロークが速くなるとバタ足も早くなり、弱く打てない私は

よけいに消耗する。これはいったいどうしたらいいんじゃ?

全ては肩がちゃんと回ってなくて重心の移動ができてないからだと

理論的にはわかるのだけれど、身体が覚えるまでにはまだ時間が

かかりそう。スイミングもやればやるほど奥が深いです。

それに数週間ぶりで泳いだら、去年やっと掴みかけたバタフライの

足と手のタイミングをまた忘れてしまっていた。やれやれ!

ともあれ、今年は少しでも良い状態でスクールに行き、自分を鍛える

ことをしたい。目標は4種目の習得とロングが楽にきれいに泳げるよ

うになること。良い筋肉をつけること。そのためには今年は水泳合宿

にもゆく!

今年は誰かさんに「まるで溺れてるみたい」なんて言わせないように

がんばります。見てなさいね。

swimming_01

ちなみに写真は去年の暮れに、水泳ネタで書こうと思ったときに撮

ったもので昨日のものではありません。

昨日は行きは曇りだったのが、泳ぎ終わってジャグジーに入る頃に

は土砂降りの雨でした。その中をまた濡れた髪で傘をさして自転車

ぶっ飛ばし、スーパーで2日分の食材を買って帰ってきた次第。

また「そうきちさんはすごくたくましい」って言われちゃうかな。

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2006年1月14日 (土)

花泥棒

hanadorobou

母が生きていた頃、母はよく「花泥棒は泥棒じゃない」と言っていた。

そう言ってはどこからか花の一枝を切ってきて、花瓶に挿していた。

子供ながらにも私はいつの間にか、花泥棒は泥棒じゃないと思うよう

になった。

それをどこかのブログのコメントに書いたら、「花泥棒もやっぱり泥棒

でしょう」という答が返ってきたが、桜の花見客が酔っぱらって大きな

桜の枝を無理やり折って担いで歩いているのなんかは言語道断だけ

れど、小さな花の一枝を失敬するくらい風流のうちじゃないかと思う。

子供の頃から、私と母は仲が良いとは言えなかった。理由はいろい

ろあるけれど、母亡きいま、それを書く気にはなれない。

私たちがかろうじて穏やかにやれるようになったのは、私が結婚して

子供を産んでからだったように思う。

私は初産でも実家に帰らなかった代わりに、産後しばらくの間は母

が家に来てくれていた。当時、私たちは実家からたった2駅のマンシ

ョンに住んでいたのだ。産後の疲れと授乳による寝不足で私は疲れ

ていたが、母はオムツ替えのときに赤ちゃんにおしっこをかけられて

もはしゃいでいた。私の産んだ子供が、母が自分の人生では望んで

も得られなかった男の子だったからだ。

半日かいがいしく働き、母がやることを終えて夕方に帰ってしまうと、

テーブルにはいつ取ってきたのか、小さな花がいけてあった。

それはひめじょおんのような雑草の花だったり、花物のひと枝だった

りした。その花は少々、消耗している私には、花屋で買ってきた花よ

り生き生きと美しく見えた。

いつかなど、実家に行った帰り際に「あなた、ミモザいらない?」と訊

くから「欲しい」と答えたら、どこからかいっぱいミモザを切って来た。

「こんなにたくさんいいの?」と訊いたら、「どうせ伐採されてしまうん

だからいいのよ」と言った。もちろん持ち主も了解してのことなのだ。

ミモザの金色の花束を抱えて歩くのはさすがにしあわせだった。

花泥棒は泥棒じゃない。私はいまもそう思う。

昨日、階段を降りるとすぐ目の前にある木が、私はずっと山茶花だ

とばかり思っていたのが、実は寒椿だったとわかった。町中の山茶

花がほぼ枯れて終わりになっているのに、この木はいまが全盛の

咲き方をしているからだ。山茶花と寒椿はなかなか見分けがつかな

いという。灯台下暗し。

実際の花色はこの写真の色よりもっと濃いピンクがかった、ドラマチ

ックな赤。いま、うちのテーブルの上にある。

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2006年1月13日 (金)

京都発北欧スタイル

hokuou

用事があって新宿に出たついでに、アクタスに行きました。

去年の秋とは何か雰囲気が違うと思ったら、カフェができていた。

スーホルムカフェ。

北欧デザインのインテリア空間で愉しむ、京都の食材を使ったイタリ

アンですって。言ってみれば北欧と京都の融合ということらしい。

まず京都でオープンしてから東京にきたらしく、こういうことってよくあ

るみたいです。ずっと昔に京都で無印良品に入ったら、東京のショッ

プより店の雰囲気もディスプレイもお洒落で、東京に無いものがいっ

ぱいあってびっくりしたことがありました。友人によると、まず京都で

実験的に試してウケたら東京に持って来るみたいな流れがあって、

だから京都は東京よりトレンドが早いんだと言っていました。

ショップに入ってまず最初に眼についたのがこれ!

もう今日はフィンランドに住む lehto さんに見せたいばかりに写真を

撮ってきたと言っても過言ではない。わんこのセーターです。

(知らない人のためにちょっと話すと、lehto さんは編み物の達人で、

ハンドメイドの可愛い犬のセーターを編んで販売もしているのです。)

今年の寒さは観測史上記録的なものだというから、東京のわんこに

もこんなセーターは必要なのかも。小型犬用と思われるセーターと、

小型犬が入れそうなバッグとセットで、セールで6000円。

これって安い? 高い? 

ちなみに当然のことながら、lehto さんの作るセーターの方が凝って

いて暖かそうで素敵です。犬を飼ってらっしゃる方は、ぜひいちど覗

いて見てください。

カフェはこんな風。

ヤコブセンのペンダントライトがポイントになっていて、フロアにはTV

で見たことのあるスワン・チェアが置かれている。外にはオープン席

もあって、新宿といってもここは大きな街路樹に面した通り沿いにあ

るから、春になって気候が良くなったら、ここでランチをするのもいい

かも知れません。店内にはシダーの良い香りがしていました。

hokuou_01

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2006年1月12日 (木)

夢の顛末

roubai

昨日、駅に行くのに途中の花屋の前を通りかかったら、看板をおろし

て中でかたずけをやっていた。開店してからまだ1年も経ってない。

ここができた頃、近所の女友達が可愛い花屋ができたと言って、小さ

なブーケを持って来てくれたことがある。たしかに開店当初はちょっと

良い雰囲気ではあった。私より若いか同じくらいの女性オーナーが、

よく女友達と話しながらディスプレイしているのを見かけた。でも、そ

れを見ながら同時に、この時代、この土地に花屋を開くなんてどうか

していると思ったのも事実だ。

駅前の好きだった大型書店が無くなり、コンビニエンスストアが次々

に潰れてかわりに100円ショップができたのは数年前。ホルショフス

キのビデオを貸してくれたケーキ屋はそれよりずっと前に閉店してい

るし、娘の保育園で同じクラスだった子供の両親が古くからやってい

た花屋も、一時期は店舗をふたつに増やすまでだったのが両方とも

無くなり、奥さんはいま生命保険の外交をやっている。

ケーキ、花、本、お酒、喫茶店など、生活にどうしても必要な必需品

とは言えない、どちらかというと贅沢に入るようなものでいま商売を

成り立てていくのはとても難しい。半端な気持ちで店など始めると痛

い目にあうことになる。もちろんその女性オーナーが半端な気持ちで

始めたとは思わないが、かといって果たして本当に計算があったとも

思えない。開店当初ちょっと目を引いた小さなブーケもすぐに質が落

ちてしまったし、特別のセンスを感じさせなかった。人が2人も入れば

いっぱいになってしまうわずか数坪の店内に、たくさんの花があると

も思えなかった。去年の夏も暑かったから、花を持たせるのは大変だ

っただろうけど、かといって花屋の店先に安っぽい造花を並べたとき

には、もうここもお終いだなと思った。結局、私がこの花屋で花を買う

ことは一度もなかった。

ここ数年の間で何故か花屋が何店舗か新たに開店したが、実際に

生き残れるのは古くからあるのを含めて2店だけだろう。ひとつは古

くからある実績と信頼で。もうひとつは、この辺にはない特殊な品揃

えで。

ブログを見てもわかるが、今はますますプロとアマの差がなくなって

きて、フラワーアレンジメントでも料理でも写真でも、プロに匹敵する

か、それ以上なんじゃないかと思う人がいっぱいいる。しかもお金の

遣い方はひと昔前にくらべて格段に堅実になった。どうしても必要な

場合を除けば、一瞬でも視点を変えさせるくらいの新鮮なインパクト

を与えない限り、物は売れない。

新年早々、店をたたむ気持ちはどんなだろうなと思いながら歩いた。

物事を始めるとき(前に進むとき)にも大きな勇気と決断がいるけれ

ど、それに見切りをつけるとき(退くとき)にも更に勇気と決断がいる。

彼女もついにやめるときを見出したのだろう。

今の彼女に残ってるのは、たぶん頓挫した夢と借金だけ。よくて高い

授業料を払って得た学習による智恵か。彼女はそれを最大限に肯定

できるだろうか?

自身のこの数年とも重ね合わせて、いろいろ考えさせられた。

写真は生き残っていけそうな花屋の前で見つけた蝋梅。

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2006年1月11日 (水)

てんし雛

ohinasama_01

今日はお休みするつもりだったのだけれど、昨日の夕方ポストを

見たら小さな贈り物が届いていたので、それをアップすることに

しました。

封を開けると小さな赤い箱。『てんし雛』とたすきが掛かっています。

福島県いわき市在住のオーブン陶土の人形作家、 angelseed さん

が作った、ほんとに小さな小さな豆雛です。

くるみをふたつに割った殻にピンクのカラー原毛が敷かれ、その上

に乗った、うさぎの雄雛と雌雛。

angelseed さんはほんとに手先が器用なんだなあ ・・・

そういえば、器屋に勤めていた頃は、お正月のディスプレイが終わ

ったと思ったらもうお雛様を飾ってましたっけ。その頃の癖がその

まま出たのか、雄雛と雌雛の並び方は京都風になっていました。

『てんし雛』と名前が付いているだけあって、うさぎの背中には小さ

な羽が。angelseed さん、どうもありがとう! 大事にするね。

ohinasama_02

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2006年1月10日 (火)

99歳のモーツァルト弾き

Horszowski 

先日の itoio さんとのコメントのやりとりでホルショフスキのことを少し

書いたら、無性にこの人のことが書きたくなってしまった。

私は今までどれだけこの人のピアノを愛し、大事にしてきたことだろ

う。クラシックの曲をまるまる鼻歌で歌えるようになったのは、この人

のピアノが初めてだった。(ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332)

このピアニストの名前は、ミエチスラフ・ホルショフスキー。

ホルショフスキを知るきっかけになったのはもう10数年も前、日曜の

午前中にやっていたOL向けの情報番組の中で、唯一好きな三枝成

彰の音楽コーナーがあって、そこで紹介されたのだった。

それまで特にクラシック・ファンでもなかった私は、氏が話し始めたの

と同時にバックにわずかに流れたピアノを聴いて、一瞬にして釘付け

になった。そのとき三枝氏は「音楽家として今までにもたくさんのモー

ツァルトを聴いてきたけれど、こんなモーツァルトを聴いたのは初め

てだった」と言っていたけれど、私もクラシック音楽を聴いてそれほど

心揺さぶられたのはそれが初めてだった。まるで歌うようなピアノ。

しかも弾いているのは御歳94歳で、それまでほとんど自分のレコー

ドをリリースしたことさえないピアニストだというのだから。

当時は上の子がまだ小さくて私は自由に動ける身ではなかったけれ

ど、それからというもの、私はことあるごとにCDショップでホルショフ

スキのCDを探した。その頃はまだインターネットなんていう便利なも

のはなかったから、CDはなかなか見つからず、やっと手に入れたの

がこの1枚。最初に聴いたときに衝撃を受けたモーツァルトの幻想曲

が入っている。ゆっくりと深呼吸するかのように限りなく深い表現で始

まる冒頭、それから畳み掛けるような切々とした哀しみ、一転してア

レグレットの光が降り注ぐかのような透明な明るさ。続くショパンのノ

クターンも筆舌に尽くしがたい。これが94歳の手による音楽だとは。

何十回となく聴いた今でも、聴くたびに自然に涙が出てきてしまう。

そしてこのCDを手に入れた後、これも縁としか言いようがないが、

この辺にはないような洒落たケーキ屋さんが近所にできたので、

時々誕生日のケーキをオーダーするようになり、若いパティシエと

話すようになった頃、彼が元オーケストラのヴァイオリン弾きで、

交通事故で右手を駄目にしてからパテシィエに転向することを決めた

と知った。失意の日々に、たまたま入ったケーキ屋さんで食べたケー

キがあまりにおいしかったせいで、人生をやり直すきっかけを見つけ

たのだという。そして私がホルショフスキの話をすると、彼は私に1本

のビデオを貸してくれた。それはかつてTVで放映されたモーツァルト

没後200年を記念したホルショフスキの特集番組の録画だった。

『99歳のモーツァルト弾き / ホルショフスキーの奇跡』。

そこには89歳で40歳も年の離れた弟子のビーチェと結婚し、もう

すぐ100歳になろうとしている99歳のホルショフスキの、生き生き

とした日常があった。彼はその歳になってまだ、毎日、朝からピア

ノの練習をしていた。

「毎朝、起きると、窓を開けてピアノに向かい、バッハの『プレリュ

 ードとフーガ』を弾くのです。それは毎日のことです」

95歳の冬にカザルスホールでコンサートをするために来日したホル

ショフスキは、インタヴュアーの質問に答えてそう話している。

この映像もまた素晴らしくて、ホルショフスキが教えていたカーティ

ス音楽院があるフィラデルフィアでは、地元住民に音楽の神様として

いかに愛され長寿を願われていたか、またかつての弟子だった妻に

どれだけ尊敬され慈しまれているかが手に取るようにわかる。

妻のビーチェは89歳のホルショフスキにプロポーズされた49歳の時

嬉しくて天にも昇るほど幸せだったという。誰よりも真っ先に母にその

ことを話したかったのだけれど、次の公演先に行かなければならなく

て、誰にも話せなかった。そんな気持ちで別の場所に行かなくてはな

らなかったなんて! と話すビーチェは59歳になったそのときでさえ

少女のようだった。

彼女はピアニストである夫の感性がいつもフレッシュであり続けるよ

うに、ホルショフスキの感受性に常に働きかけることをしていた。

いつも優しく。ビーチェの修道女が神様に捧げるような、あるいは看

護婦のような献身的な愛の形はなかなか真似できることではない

が、2羽の小鳥が寄り添うような慎ましやかで愛情に満ちた生活は、

結婚のひとつの理想の形のようにも思える。

映像のなかのホルショフスキは、天才ピアニストであり、威厳ある、

そして愛情にあふれた教師であり、偏屈な爺さんであり、怒りんぼで

頑固な夫であり、無邪気な子供か天使のようでもある。

そしてコメントにも書いたライナーノーツの一節をここに引用したい。

『年をとることは悲しいことだと思っていた。吉田秀和氏はあるエッ

セイで「若いころは、今苦しいのは若いからで、もう少し先になれば

智恵がつき、ものごとがもっとわかるようになるだろうと期待してい

た。しかし、私にわかったのは、年をとればとるほど、人生、万事に

つけてむずかしくなり、若いときのようにはやれなくなるということぐ

らいである」と書かれている。その人生の苦さを、氏は作家のジュ

ール・ルナールが父の年齢に達したときの日記にも見ている。

「(威厳を感じた)あの時の父は、今の私同様、頭の中は空っぽで

ただ呆然と立ちすくんでいただけのことなのだ』。おそらく、もっと

年をとれば、つまり老人と呼ばれる年齢になれば、過去の人生の

辛かったことだけが胸の内を脈絡もなく駈けめぐり、それを捉えて

考え直す力も無いものと私は思っていた』

そう思っていたこのライナーノーツの書き手である梅津時比古氏は、

95歳になってホルショフスキが来日したとき、そんな年になってまで

弾かせるとは、と痛々しい気がして、『老人であることを売り物にする

のか』と主催者に怒りさえ感じたという。耳は遠くなり、目も物の輪郭

がかろうじてわかるくらいのたどたどしく話すその老人を見て、すっか

り気が重くなり演奏に危惧まで抱いた彼は、しかしホルショフスキが

演奏し始めた途端、最初の一音で心を掴まれ驚嘆することになる。

ホール中が当然、驚嘆と称賛の渦となった。

ライナーノーツの最後を氏はこんな風に締めくくっている。

『会見でほとんど何もしゃべらずに座っていたホルショフスキの頭の

中は、決して空っぽで呆然としていたわけではなく、これほどに豊か

な音楽があふれていたのである。それがどれほど多くの人に慰めと

希望を与えるかは、とても予想のつかないことである』

百聞は一見に如かずと言うけれど、この場合はなんと言ったらよい

のだろう。私が百万言尽くしたところで一音聴くことのインパクトに

はかなわない。ネットで検索したところ、今は昔よりも簡単にCDも

手に入るようだし、最近になってカザルスホールでのコンサートの

DVDも出たようなので、私のこんな拙文で興味を持たれた方には

一聴をお勧めします。

長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

horszowski_001 

ホルショフスキは1892年6月23日、ポーランドのリヴォフで生まれ

た。3歳のときに、バッハのインベンションを弾いたという。

7歳でレシェティツキに師事、9歳のときにワルシャワでベートーヴェ

ンのピアノ協奏曲1番を弾いてデビュー、10歳で初リサイタルをウィ

ーンで開き13歳でスカラ座、14歳でカーネギーホールにデビュー

という神童ぶりを発揮した。15歳のときに出会ったパブロ・カザルス

との親交が深く、共演のCDは有名。いっとき音楽を離れ、再び大学

で哲学を学び直したような時期があったと記憶している。

シスターの姉によると『弟は子供の頃、神童だったが、弟が偉いのは

それを年をとってからまた取り戻したことだ。弟は年寄りの神童にな

った』という、この言葉にはユーモアが溢れている。

人が人を、音楽を信じることができた古き佳き時代のピアニスト、19

世紀的ロマンの香りを漂わせたピアニストで、グレン・グールドなんか

とは対極にあると言われる人だが、私はどちらのピアニストも好きで

ある。ホルショフスキは1992年3月に100歳のピアニストを記念す

るコンサートという企画でカーネギーホールで演奏したのを最後に、

その年の5月22日にこの世を去った。

(今日はとても長く書いたので、明日のブログはお休みします。)

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2006年1月 9日 (月)

ホームセンターまで

karin

バラ苗が送られてきたので、植え付けに必要なローズポットと培養

土を買いに行こうと自転車で家を出た。

新年からずっと曇天だった東京も、昨日からやっと晴れてお陽さま

が嬉しい。でも完璧に西高東低の冬型の気圧で相変わらず厳しい

冷え込み。ホームセンターのDOitまでは風の強い新青梅街道沿

いを走ってかなりあるから、この間みたいに寒風で頭が痛くならな

いように、髪で耳を隠し、マフラーをぐるぐる巻きにして出かけた。

ちょっと走ったら、青空をバックに黄色にいっぱい実をつけた木が

目に入る。やや、あの変な形の実は『かりん』じゃないだろうか。

思わず自転車を降りてパチリ。そのまま左を見ながら走っていたら、

今度はミカンらしき木を見つけた。冬枯れの景色に黄色い実って目

を引くのだ。小さいけどミカン。果実のなる木ってとても可愛らしい。

mikan_2

mikan_02

そして、新青梅街道に出る直前に思わず自転車を止めて見上げた、

この青空に向かってキラキラ輝いている巨木は、ラクウショウだろ

うか。

rakushou_01

DOitでは大・中・小とりまぜてプラスティックのローズ・ポットを5個と

10リットル入りの鉢底石と14リットル入りのバラの培養土を1袋ず

つ買った。古い一軒家に住んでいたときは鉢は素焼きのテラコッタを

使っていたけれど、エレベーターのない今の4階の部屋で狭いヴェラ

ンダ園芸になってからは、重い鉢を運ぶ大変さと劣化した鉢の処分

に困って、去年からあきらめて大きいもの以外は徐々にプラ鉢に替

えている。土もかつては自分で配合していたけれど、今はそれもとて

も無理なので、あらかじめバラ専用に配合されたものを使っている。

土と鉢底石を入れたら自転車の前カゴはもういっぱい。ハンドルをと

られるくらい重いのに、左には鉢の袋をさげなきゃならない。

おまけに暮れに自転車でふらふらと私の前に出てきた老婆を避けよ

うと、思い切りブレーキを握ったら、こんなこと初めてだが右のブレー

キのワイヤーが切れてしまったのだ。この状況で走るのは注意が必

要と、帰りはさすがにゆっくり走った。行きはゆるく下り坂だから楽な

のだけれど、帰りは重い荷物を載せてる上に当然ゆるく上り坂ときて

る。それに、どおして行きも帰りも向かい風なんだあ?

息を切らしながら必死で自転車のペダルを踏んでいたら、昨日、Kに

言われた言葉を思い出した。

 「君っていつも元気だなあ!」

 「 ・・・ 私だって ・・・ 、元気じゃないときもあるのよ」

 「君はいつも元気じゃなきゃいけないんだよ。だってそういう立場に

  ある人なんだから」

 「そんなこと、よくわかってるわ」

うん。よおーく、わかってる ・・・

あたりは少し暗くなって、冷たい風の中で、信号機が赤になって止ま

るたびにいっせいに点くクルマのテールランプの赤がきれいだった。

家の近くまで来たとき、思いもよらぬことに生垣からはみ出ている椿

が目に入った。ついに見つけた! あんまり生き生きとはしてないけ

れど、羽二重餅みたいに透き通りそうな、白の椿。

それは今日最後のささやかなギフトみたいに思えた。

「あなたの探しているものは、必ずいつか見つかる ・・・」

shirotsubaki

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2006年1月 8日 (日)

バラが来た!

roses

本当に久しぶりに晴天となった昨日、出かけようとしていたら宅配便

が来ました。

千葉県にあるグリーンバレーから、今年のバラの大苗です。

ここでバラ苗を買うのは2回目。前回とても健康で良い苗が来たこと

を信頼してのことです。もうこの先数年は、後にも先にもこれでバラ

を買うのは最後にしようと決めました。狭いヴェランダにバラ鉢を置

くのももう限界なのです。

買ったのはエブリンとグラミス・キャッスル。

どちらも数年前に新苗を買って失敗し、今回が2回目のトライとなり

ます。今度はちゃんと育つでしょうか ・・・

一度失敗したのにまたトライするってことは、数あるバラのなかでも

特別にこのバラが好きだということを意味します。どうやら私は手に

入れるのが難しいものを好きになってしまう傾向にあるみたいで。

また2本、私と連れ添うバラができました。大事に育てます。

roses_01

バラ苗はこんな風に梱包されてきます。

天地無用で土がはみ出ることもなく、苗も傷むことなく届きました。

土も充分に水分を保っています。

健康に無事育つと、こんな花が咲きます。

上がエブリン、下がグラミス・キャッスル。

Evelyn

GlamisCastle 

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2006年1月 7日 (土)

直喩のように

fuyunohayashi_003

いっぱい屑の詰まった

屑箱をあけたあと

初めてそこへ投げ捨てた紙がたてる

音のように

さわやかな冬の朝


鳥が

悠々と空に舞いながら

ふっと静止するときがある

そのとき


鳥は

最も激しいことを考えているのだ

そのように

風と

風のあいだの冬の林


(北村太郎 / 詩集『眠りの祈り』から『直喩のように』)

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鳥が悠々と空に舞いながら、ふっと静止するとき、鳥は最も激しい

ことを考えている、というのは本当だと思う。

人間にもそういうときがある。たしかに。

激しい、って素敵だ。

冬になるとかならず思い出す、北村太郎の大好きな詩。

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2006年1月 6日 (金)

Winter Sky

fuyunosora

ずっと曇っていたのが、やっと晴れ間が見えてきたので外に出た。

椿の一枝を求めて。

あるのは山茶花の木ばかりで椿の木はいっこうに見つからず、

しばらく自転車で走っていたら耐えがたいほど寒さが身にしみて

きた。ダウンを着て皮の手袋をしていてもいっこうに関係ない。

寒風で耳が痛くなってきて、そのうち頭もガンガンしてきた。

自転車を止めて見上げると、まるで水彩画のような冬の空。

今日はどこにいても凍えそうな寒さで身を縮こませて歩く人あり。

やっと人の庭先で見つけた椿の木についていた蕾は、とうぶん

開きそうにないくらいにまだ固かった。

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2006年1月 5日 (木)

冬のスイーツ

oshiruko

お餅好きの私の冬のスイーツと言ったら、やっぱりお汁粉。

ふだんはゆで小豆の缶詰で手軽に作ってしまうお汁粉も、この時期

だけは自分で小豆を煮て作ります。

自分で作ると甘さ控えめにできるのと、豆のつぶつぶ感が生きてい

るのがいい。最近のお餅は十文字に切れ目が入っていて便利です。

甘いものを食べた後にはちょっと甘くないものも食べたくなるので、

お漬物を少しだけ添えて。熱いほうじ茶とともに。

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2006年1月 4日 (水)

春のきざし

harunokizashi_01

雨が雪に変わるかと思われたほど寒かった2日の東京。

実家に行く途中にある八幡神社でお参りをして、その隣りの福蔵院

に寄った。ここは節分に盛大に豆まきをすることで有名な、真言宗の

由緒あるお寺。

暦の上では今日が寒の入りで冬の最後の1ヶ月となり、この1ヶ月を

過ぎれば来月からは春に向かう時節ということになっているけれど、

気候的にはまだまだ2ヶ月間は厳寒の頃。

そんな寒さの中でも樹木はたくさんの芽をたくわえていた。

自然はそうやって、来たるべく季節に芽を出し花を咲かせるには、

最も厳しい季節に備えが必要なのだと、無言のうちに教えてくれる。

harunokizashi

harunokizashi_02

そして実家から夜遅く我が家の近くに帰り着く頃には、都内より2、

3度気温が低いこの辺りは、舗道が凍ってアイスバーン状態に。

昼間、雨で濡れたクルマのボンネットも、凍って霜が降りたように

キラキラ。ううっ、さぶ ・・・

shimo

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2006年1月 3日 (火)

うちのお雑煮

ozouni_04

お雑煮っていうのも日本全国、その土地特有の味がある。

聞くところによるとそのバリエーションは実に様々。

お味噌仕立てだったり、お餅に餡子が入っていたり。

食べたこと無いとちょっと想像できないけれど、子供の頃から慣れ親

しんだ味なら、それが故郷の味、ってことになるんだろう。

いつか滋賀に住んでいる京都人の友人の実家に年末年始お世話に

なったとき、私が元旦のお雑煮を作った。

できあがったのを見て友人の母に、「これが東京のお雑煮?」と訊か

れたけれど、私には果たしてどうなのかわからない。というのも、私

の父は東京っ子だけれど、母は樺太生まれで、私は子供の頃から

ずっと、ところてんをお酢とお砂糖に醤油で食べていたのだ。

大人になって甘味屋に入って初めて、ところてんを刻み海苔のかか

ったワサビとかカラシ酢醤油で出されてびっくりした。友人には逆に

「えー? ところてんにお砂糖?」と言われる。

でもこれが普通においしいんだって。

最近、TVを見ていて、それが宮城県特有の食べ方だと知った。

なるほど。それでか、と納得した。祖母が宮城生まれの人なのです。

私はお餅好きなので、寒い間はお正月に限らずお雑煮を作って食べ

るけれど、ふだん作るのは新宿にある老舗の甘味処『みつばち』の

作り方を真似たもので、けんちん汁の豚肉が鶏肉に変わっただけの

『田舎雑煮』と、だしの風味を効かせて蒲鉾と溶き卵と三つ葉だけで

シンプルに作った『卵雑煮』。

ちなみにお正月は鶏肉、人参、大根、しいたけが入った、鰹だしとお

醤油ベースのもの。母のには、ここに銀杏が入っていたりしました。

お正月だけは桜の型抜きで抜いた大根とにんじんを使います。

最後に三つ葉か柚子を乗せて。

大きめの布着せの合鹿碗でたっぷりといただきます。

さて、あなたの家のお雑煮はどんなの?

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2006年1月 1日 (日)

2006 謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

今年もどうかよろしくお願いいたします。

皆さまにとって今年も良い一年でありますように。

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