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2005年12月22日 (木)

冬至

hiyodori

ずいぶん近いところからヒヨドリを見た

窓からベッドに

斜めに日が照り、また翳り

ふたたび射したかとおもうと

たちまち亡霊のように消えてしまう

じつにさびしい昼だった

気がつくと

ガラス戸のすぐ先に

ヒヨドリは枝にとまっているのだった

コーヒー豆みたいな

ネズミモチの実をついばんでいる

ひとつ食べては

首を

あやつり人形のように四方に動かす

ときどき

尾を上げて糞をした

おお この一年

秋から冬へ

さらに新しい冬へ

なんとヒヨドリの声をいとおしんできたことか

目ざめると

裏の竹やぶでたくさんのヒヨドリが啼いていた

ネコの喃語より

ずっと甘美なさえずりだった

そうかとおもうと

いとどこの世のものならぬ澄んだ一声を残して

一直線に

夏の雨空に消えたこともあった

そのヒヨドリをいま見ている

羽は

暗い青

目尻から下へ茶色の隈どりがあって

精悍ではあるが

邪悪な感じもあってまことに意外だった

いつのまにか

かわいい鳥の幻想ができていたのだ

いまの家に引っ越してきてから

彼らに起こされることはなくなったが

ときおり

寒林で聞こえるヒヨドリの声にうっとりしたものだった

そのヒヨドリがそこにいて

枝を揺らせながら

ネズミモチの実を突っついている

不意に

窪地のむこうの

ほとんど葉の落ちたケヤキで別の一羽が啼いた

こちらが首を伸ばして答えた

声が

冷えた窪地の上の空に鋭く響きあう

ピーチャカチャカチャー

くちばしを開くヒヨドリの

口のなかを初めて見た

うす気味悪くなるほどの

赤だった


その日はずいぶん早くから物音が絶えた

闇のなかで迦陵頻伽といってみる


(北村太郎 / 詩集『ピアノ線の夢』より『冬至』)

****************************************************

冬至の今日の日に、この詩をアップしたいばかりに、うーさんから

このヒヨドリの写真をいただきました。

ちょっと長い詩で引用するのはどうかと思ったけれど、ヒヨドリの

観察をとおして、冬至の雰囲気、この時期の、今年一年を振り返

っての心のありようが、よく出ている詩だと思います。

最後の『迦陵頻伽』(かりょうびんが)とは、想像上の鳥のことで、

雪山または極楽にいて、美しい声で鳴くという。上半身は美女、

下半身は鳥の形をしていて、その美声は仏の声に形容される、

と大辞林にありました。

これは読みようによってはとても意味深で、50を過ぎてからの

恋愛沙汰で家庭から出奔し、果てに不治の病に冒された詩人の

暮れの心象風景が、音のしなくなった夜の闇の気配とともに静か

に読み取れるようです。

今年も、あと残りわずかとなりました。

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日常のなかの詩/詩のある日常」カテゴリの記事

コメント

とうとう初雪が降りました。
朝は薄化粧の庭も、今はすっぽり雪帽子につつまれています。時折、救急車が走っています。
今日は外出は、無理のようです。
初めてヒヨドリ見ました。端麗なお顔、敏速、かしこそうで写真撮影は大変でしょうね。
今日は冬至で、soukichiさんカボチャ(大阪はナンキン)を炊いて、柚子風呂にはいるの。今年は裏で柚子がたくさん実り、暖かい柚子風呂に入れそうです。

投稿: みちこ | 2005年12月22日 (木) 10:27

みちこさま、
『雪帽子』か。久しぶりに聞いたな、その言葉。
とても綺麗な言葉ですね。
ほんとにすっぽり帽子をかぶせたような雪景色なんでしょうね。
東京は外は寒いのかな?
PCの前まで陽が射して、ここにいる限りは部屋でフリースを着ていると暖房をしていなくても暑いくらいです。キーボードも熱くなってます。お日様の威力はすごい!

ヒヨドリ、いいでしょう?
うーさんが撮られる鳥の写真で、私も初めてヒヨドリをはっきり見ました。なかなか味のある風貌をしてますよね。独居する孤独な詩人が心を寄せるにふさわしい鳥のように思います。
裏庭で取れた柚子で柚子風呂なんていいなあ。
今日は雪の日。暮れとはいえジタバタしても始まらないから、今日はゆっくり、のんびりお過ごしください。

投稿: soukichi | 2005年12月22日 (木) 10:44

うーさんから貰われたヒヨドリの画像なんですね。
それだったら、私も以前うーさんのブログでお目に
掛かっているんですね。
とっても精悍なので、ビックリした覚えがあります。
↑の詩は「恋愛沙汰で・・・」の作者の心情が
反映されているのですね・・・
私みたいな凡人でも恋愛中は詩人になれそうな
フレーズが思い浮かぶのですから(って大昔の事ですけどね・・)詩人だったら、推して知るべしですね。
今日は冬至ですね。寒くてイジケテイル私です。

投稿: | 2005年12月22日 (木) 12:40

鳥の鳴き声に気付く時、又はじっと聞き入る時、
人は孤独な時が多いよね。
でも孤独にもいろいろあって、それが心地いい時は澄んだ美しい鳥の声が聞こえるんじゃないか・・と思います。
この詩から作者の心情がふつふつと伝わってくるようです。
もう片方の孤独・・・
う〜む、暮れですな。

投稿: よしえ | 2005年12月22日 (木) 13:40

凛さま、
イジケテイルなんて凛さんに似合わないね。
私はなんだか今日は現実に押しつぶされそう・・・と言ったらちょっと大げさになるけれど、でもなんだかめっきり現実的になってました。
普段からも考えないわけじゃないけれど、暮れともなると1年の総決算、という感じだろうか。でも、たかが風邪くらいでも、身体の調子の悪いときにシリアスなこと考えるのはおよそ建設的じゃないから、
やめたほうがいいね(^-^)

恋愛沙汰がこの詩に反映されているかどうかというのは、いささか
この詩人に詳しい私の推測に過ぎません。
ただ、かわいいとばかり思っていたヒヨドリに邪悪さを見つけたり、『迦陵頻伽』の言葉の意味を考えると、それは充分にあるんじゃないかと。この人は読売新聞社に30年も勤続したような真面目な人なのに、後年、恋に堕ちて家を出奔し(たぶん家族にあげられるものは全部あげてしまって)、貧乏な独居生活を選ぶ。彼をそこまで駆り立てたものは何だったのか?
けれど、それまで寡作だった人が恋愛して以降、一気に詩人として多作になったことを考えると、彼の恋もあながち間違いだったとは言えないんじゃないかと思います。
人生というのは、ほんとにどこでどうなるかわかりませんね。

投稿: soukichi | 2005年12月22日 (木) 19:34

よしえさま、
暮れで人が忙しく立ち働いているなか、一日部屋の中にいて、陽射しや鳥のことを気にかけているこの詩人の暮らしぶりは、ちょっと浮世離れしているようでもあるし、逆にそういう世間と違うところにいるからこその孤独でもあるわけですね。
平坦な一日が終わり、布団に入って、物音が途絶えた(つまり外は雪が降り始めた)闇のなかで、この人が思い浮かべるのはこの世にはいない鳥のことなのです。
なんか、しみじみする詩だよね。

投稿: soukichi | 2005年12月22日 (木) 19:57

気がつくと

ガラス戸のすぐ先に

ヒヨドリは枝にとまっているのだった
こんばんわ。
そうきちさん、有難うございます。
私は詩を読んでの感想をあんまり的確に
現すことは出来ませんがなんとなくわかりそうな
気がします。皆さんのコメントを拝見して又、なるほど、なるほどと感心しています。

コーヒー豆みたいな

ネズミモチの実をついばんでいる

ひとつ食べては

首を

あやつり人形のように四方に動かす

この写真を撮った時の情景を思い出します。

投稿: | 2005年12月22日 (木) 22:31

うーさん、こんばんは!
うーさんの写真、私のブログにきてもやっぱりいいでしょう? 
いい写真っていうのは、どこにきてもしっくりするよね。
今日は朝の天気予報で、東京と北海道以外はぜんぶ雪だるまマークがついていたから、そういうところからも、この写真はすごく合ってましたね。どうもありがとうございました。
今日はゆっくり柚子風呂に入れそうですか?

投稿: soukichi | 2005年12月22日 (木) 23:29

そうきちさんひさしぶりです。 ヒヨドリ気合が入っていますね。 私も気合を入れて頭にバリカンをいれました! 仕事やテニス仲間にはビックリさせて喜んでいるところですけど、いかんせみなさん思いやり意見ばかりなので、自分では結構気に入っているのですが? 自分のブログに写真をアップしましたので、そうきちさんのズバット切り裂く意見を! それによって今後の髪型の行方が・・・? 師走をお互い気合で乗り切りましょう! 気合入れすぎちゃった?

投稿: 漫友会TK | 2005年12月23日 (金) 11:56

TKさん、やっほー!
TKさんも変わってるね。
世間の人は客観的に見たほんとのことより、思いやりに満ちたウソ(あるいは社交辞令)を求めてる人が大半なのに。
私も表現に関わることと仕事のこと以外は他人には思いやりに満ちたことしか言わないようにしてるつもりだけど。だって常に一番厳しいジャッジするのは自分じゃない。
ヒヨドリってちょっと、今年流行ったちょい悪オヤジみたいだよね。
よーし、それではこれからTKさんにブログに飛びませう。

投稿: soukichi | 2005年12月23日 (金) 13:45

わたしにとって、冬至は転換点なんです。
長い厳しい冬も、この日を境に夏に向かっていくんです。寒さもまだまだこれからが本番ですが、確実に日一日と昼間が長くなってくるんですよ。自分の中の何かも下向きから上向きに方向転換します。
風邪よくなった?
私はこれからクリスマス・カード作りです。
(おそいっってぇ?!)

投稿: lehto | 2005年12月23日 (金) 18:37

lehto さま、
そりゃ、いいねえ。
私にとっての転換点は、新しい1年の始まり、それから自分の誕生日かな。ここ数年は初詣は元旦じゃなくて2月4日の春分の日に
明治神宮にお参りに行ってます。元旦みたいに混んでなくて良いのだ。たいてい素晴らしい快晴でさ。で、そのときにまた新たな気持ちになるかな。3度目の正直ってヤツ?(なんのこっちゃ。)
風邪ねえ、不養生してますからgood ではないね。鏡見るといつになく病人チックな顔してます。明日が今年最後のプールの日なんだけど、やっぱりこれじゃ行けないかなあ。それにこんなんで行ってひどくしたら、また馬鹿じゃん!ってことになるかなあ、などといま考えてるとこなのよ。でもちょっと行きたい気もしたりして。
あきらめてチキンでも焼く算段しますか。

投稿: soukichi | 2005年12月23日 (金) 18:56

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