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2005年12月31日 (土)

大晦日

oomisoka

とうとう今年も今日あと数時間で終わりです。

今年はこのブログを通じてたくさんの素晴らしい方たちと出会うこと

ができました。心から感謝しています。

もともと会社のホームページを立ち上げるのに、HPよりブログの方

がいいんじゃないかと提案したところ、「ブログって何?」ということ

になり、口で説明するより目で見せた方が早いということで試しに

作ったのが『そうきちの勝手気儘なシネマの話』でした。

試しに作ったとはいえ、作ったからにはちゃんとやろうかという気持

になり、ちょうど週に2本ビデオを借りて映画を見ている頃で、イン

プットしたものをアウトプットする場としても格好の場になりました。

けれど、このブログのまとまったテキストを書く時間がなかなか取れ

ないのと、初めてデジカメを手に入れたのとで、今度はテキスト主体

じゃなくて、ビジュアル主体のライトなブログをほぼ日(ほぼ毎日)で

やろうと決めて新しく始めたのがこの『そうきちのCOLORS.』です。

決めたのはそのくらいで、仕事じゃないのでできるだけ制約無しに

自由にやろうと思って始めたのだけれど、以来、半年間、一日も欠

かさすことなく、まるで仕事のように毎日、記事をアップしてきました。

これは、もともと日記を書いてもスケジュール帳をつけても、ほとん

ど三日坊主の私としてはかなり快挙なことで、それはひとえに毎日

のようにブログを見てくださり、あたたかいコメントを書いてくださっ

た皆さまのお陰だと思っています。半年間、私におつきあいください

まして、ありがとうございました。とても楽しかったです。

半年間の間には、これから末永くつきあっていけそうな友人にも出

会うことができたし、プライベートでは(ごくわずかの人にしか知らせ

ていないけれど)前より自分をわかってもらうことができて良いことも

あったし、それは何より嬉しいことでした。ほんとにブログを始めて

よかったと思っています。今年は本当にありがとうございました。

来年はますます自由気ままに不定期でやろうかとも思っています

が、またどうぞよろしくお願い致します。

来年があなたにとって素晴らしい年になりますように!

どうか良いお年をお迎えください。

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2005年12月30日 (金)

一陽来復

ichiyouraifuku

また今年も寒いなか父が、このお守りを届けにやって来ました。

一陽来復(いちようらいふく)。

この言葉の意味は、冬が終わり春が来ること、逆境が続いた後に

良い兆しが見えてくることなどを意味するようです。

早稲田にある穴八幡宮という神社で、冬至から節分までの間毎日

いただくことができて、1年のうちのたった3日だけ、冬至と大晦日

と節分のどれかの日の夜中の12時ちょうどに、恵方(その年、縁

起が良いとされる方角)に貼る(お祭りする)ことで、その年一年を

お金に困ることなく、なんとか融通が利いて過ごせる、ということで

有名なお札です。私は特別に神仏を祭ったりすることが好きなわけ

ではないけれど、私の生活を慮っての親心なので、ありがたく言わ

れたとおりにします。

だから大晦日の12時ちょっと前は、NHKの『ゆくとしくるとし』の画

面の端の時刻を見ながら、貼るべき壁の前で椅子に乗って備える

私がいて、その図は少々、笑える。万一うっかり貼り忘れたときは、

節分まで待たなきゃなりません。これがなかなか貼りにくくて、年の

途中で剥がれて落ちたりでもしたひには、私の金運もこれで終わり

かという気分になる。実に縁起が悪いったらありゃしない。それで去

年は「父はいつも何で貼ってる?」と訊いたら、「ただの糊だよ」と言

うので、ただの糊で貼ったら今年一年、剥がれなかった。

お陰さまというべきなのか、去年の今頃は失業していたにもかかわ

らず、今年も綱渡りながら、なんとか一年無事に過ごすことができ

ました。よかった、よかった。感謝!

親って幾つになってもありがたいものです。

そして昨日は子供の父親方の母から、西山ラーメンが送られて来ま

した。そうだ。忘れてたけど、この時期、毎年送られて来るんだった。

2日も続けてお餅を食べるとすぐに飽きてしまう我が家の子供たち。

これでその後、何を食べるかわかっちゃいましたね。

パスタにラーメンにオムライスに海老フライ? やれやれ ・・・

ramen

ramen_01

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2005年12月29日 (木)

お正月の準備

oshougatsu_04

クリスマスも終わりましたにつき、

お正月の準備など致したく候。

とはいえ、右に左にどちらに行っても

人にぶつかるこの有り様。

何やら形相さえ怖ろしく

何をそんなにお急ぎ召さるか。

ほんに人の世はせわしない。

その変わり身の早さはなんとしよう。

お正月飾りはどれにしよう。

こんなにあったら迷ってしまふ。

もう幾つ寝ると ・・・

って、もうたったの3つ!

oshougatsu_01

oshougatsu_02

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2005年12月28日 (水)

ムラサキシキブ

murasakishikibu

黄葉したユキヤナギの黄色い葉をバックに、

素晴らしく色づいたムラサキシキブ。

暮れであわただしい人の世に関係なく、

ただ、いつもと同じように季節の移ろいとしてそこにあって。

だから自然は見る人の心を穏やかに静かにする。

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2005年12月27日 (火)

小さな心遣い

gift_02

おとといのクリスマスの日曜日、旧友であり、現在は仕事のパートナ

ーでもある医者から、大量の風邪薬が送られてきました。

私は滅多に風邪もひかないので近所にかかりつけの医者もいなけれ

ば、ふだん薬も飲まないので薬箱にはろくな薬も入っていません。

いつかも風邪をひいたとき、薬箱の中にかろうじてあった、あなたが

送ってくれた薬を飲んだと言ったら、「それ、いったいいつの?」と言

うので、袋を見たらなんと6、7年も前のだった、なんてことがありま

した。

それで今回も送ってくれたのだけれど、パッケージの中には2週間

分の抗生物質と漢方薬が入った薬袋のほかに『DEAN & DELUCA

のロゴが入った小さな白い紙袋が。

開けると真っ赤なトートバッグに入ったミント・チョコ。

なんでも私とミーティングをすることになっていた23日に(結局その

日は彼の娘が39度の熱を出してキャンセルになったのだけど)、

そこのレストランで食事をした後、デリカテッセンで妻と彼の小さな

娘にクリスマスのプレゼントを買った際に私の分も買ってくれたそう。

袋の中にはクリスマスカードも入っていて、『今年も一年お疲れさま。

来年はもっと良い年にしましょう』と書かれていました。

こういう小さな心遣いって、お金の多寡に関係なく嬉しいもの。

真っ赤なトートバッグを見ていたら、裏がアクリルコーティングされ

ていたので、思いついてフラワーベースにしてみました。

ほんとはもっともっと小さい小花を花籠みたいに活けたかったの

だけど、あいにくちょうどいい花がなかったので、心がホットにな

るようなピンクとチョコレート色のガーベラを活けてみました。

そして、ミントチョコでコーヒーブレイク。

人生はままならないことばかりだけど、心優しき仕事のパートナー

を持ったことに感謝。

でも滅多に飲まない抗生物質のせいで一日、目が回って使い物に

ならない駄目な私なのでした。来年はもっとがんばらないと。

(ちなみにDEAN & DELUCA って、HPを見たらかなり素敵なお店み

 たいです。このお店ができることになったストーリーがまた素敵。

 いつかデリカテッセンを丸ごと買い占めたい! ってのがかつて

 の私の夢でした。というか、ジョンとヨーコがそう言ってたのです。

 彼らだったらそんなこと、いつでもできそうなのにね。)

gift_04

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2005年12月26日 (月)

最後のバラ

last_rose

もうバラは飽きたと言う人がいたから、しばらくバラはアップして

いなかったけれど、これが今年最後のバラです。

この後、うちのバラは剪定、鉢の土替え作業に入ります。

今年も1年、バラたちは私とよく連れ添ってくれました。

私は今年も花から力をもらいました。

心が落ち込んでいるときも、心が不安で落ち着かないときも、植物

に触っていると、なぜか心が静かに穏やかになってゆくのです。

ある妙齢の女流作家が以前、女性が若くてきれいでいるための

秘訣をインタビュアーから訊かれて、「女は常に男と花を切らして

は駄目。もし男がいないなら、せめていつも花を身近に置いて」

と言っているのを聞いたことがあって(もちろん異論のある方も

おありだろうけど)、確かにそうかもね、と女友達と笑ったことが

ありました。それはキューバの最高齢ミュージシャンの言葉なん

かにも通じる。「人生に必要なのは、花と女とロマンスだ」と。

来年も私はこのバラとともにまいります。

心より、感謝と愛をこめて。

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2005年12月25日 (日)

Xmas なので

Xmas

いつもこのブログを見てくださっている皆さまへ、日頃の感謝の気持

ちをこめて、私からささやかなプレゼントがあります。

清水翠のファーストアルバム『Remains』のCDRを、先着6名の方に

お送りしたいと思います。

著作権のことやCDが少しでも売れて欲しいことを考えると、本当は

こういうことをしてはいけないのだけれど、あいにくこのアルバムは

現在、完売状態で、とうぶん新しく焼くこともないようなので、今回

限りならいいかな、という感じです。現在どこでも手に入らないこと

を考えると、レア物と言ってもいいかもしれない。

私が翠さんの歌を聴いたのは、かれこれ6、7年前のこと、近所の

友人夫婦のところでお茶を飲んでいるときに部屋に流れていたこの

CDを聴いて、「誰?これ。すっごくいい!」と一発で気に入ったのが

始まりでした。その少しあとに私もCDを手に入れ、ライブハウスに

行き、その感想を翠さんのHPの掲示板に書き込むようになり、いま

やなんと友達づきあいをさせてもらうまでになりました。

この『Remains』は翠さんが若い頃『恋人』とまで思っていた、ジョアン

ジルベルトみたいに歌いたい! と思って作ったCDだそうで、その

通り、とても軽いタッチで独特の浮遊感のある歌世界を作り出して

います。また、今は亡き伊勢昌之氏のアレンジも素晴らしい。

良いアルバムってスルメみたいに噛めば噛むほど味があるもので、

当初、私は『My Romance』とか『No More Blues』とか、ホイットニー・

ヒューストンが歌ったので有名な『I Will Always Love You』なんかが

好きだったのだけれど、いま1番好きなのはイヴァン・リンスの『The

Island』だったりします。聴くごとに好きな曲が変わってる。それから

翠さんの『Bye Bye Blackbird』もほんとに素敵だし、『My Favourite

Things』なんかは、JR東海が歌入りのこの曲を使うことがあったら

(マジで)広告制作会社に売り込みに行きたいくらい良いです。

また最近、ご本人から聴いたところによると、翠さんの声はピアノ

よりもギターとの相性の方が良いらしい。

・・・というわけで、翠さんの今ある3枚のCDの中で、いまだにこの

ファースト・アルバムのファンだと言う人は多い。

1人のヴォーカリストをずっと聴き続けていると、このアルバムも

もはや今の翠さんとは違うのだけれど、私が最初に聴いて良いと

思った翠さんの音楽を、こんな形で皆さまと共有できたら、と思い

ます。

初めて翠さんの声を聴いたとき、私は『夜に羽ばたく翼』みたいだ

と思いました。そして、このCDは長いこと、深夜のバルコニーに

おける私の友でした。

このCDを聴いてくれた方が、私と同じように気に入ってくださった

ら嬉しい。(そして、翠さんの他のCDを聴いてくれたり、ライブハ

ウスに足を運んでくださったらもっと嬉しい!)

ご希望の方は左下の『メールを送る』から、件名『CDおくれ!』で

私に直接、送り先住所と氏名をメールしてください。もうすでに私が

住所を知っている方は書かなくてもOKです。

『Remains』はあなたの部屋の静寂を壊すことなく、やすらぎに満ち

たJazzyな空間に変えてくれることでしょう。

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shimizu_midori_001   

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2005年12月24日 (土)

本日のおまけ

sky

日本列島はあちこちで記録的な大雪に見舞われているところも多い

みたいだけれど、24日、今日の東京の今の空はこんなです。

いま、窓から外を見たら面白い雲が出ていたので思わず撮りました。

明日はクリスマスなので、私からささやかなプレゼントがあります。

先着6名までなので、気になる方は早めに覗きに来てくださいね!

本日のおまけ画像でした(^-^)

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Merry Christmas !

christmas_tree_01 

I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year !

全ての人に LOVE & PEACE !

どこにいても、あたたかなクリスマスをおすごしください。

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christmas_04

christmascandle 

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2005年12月23日 (金)

conversation piece

family

大昔にプランタン銀座で買ったイギリスの教会で使われていたという

アンティークの椅子。

脚が折れてしまっても捨てられないまま、私がなんとか補修して、

アンティーク・ピンクに塗って、いまはクマ・ファミリーの居場所です。

私は甘ったるいぬいぐるみやキャラクターグッズの類はあんまり好き

じゃないのだけれど、なぜかクマだけは昔から好き。シュタイフのクマ

は憧れです。由緒正しきクマも、そうじゃないクマも、ひとつ屋根の下

に暮らせばファミリー。明日はとうとう、クリスマス・イブ。

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2005年12月22日 (木)

冬至

hiyodori

ずいぶん近いところからヒヨドリを見た

窓からベッドに

斜めに日が照り、また翳り

ふたたび射したかとおもうと

たちまち亡霊のように消えてしまう

じつにさびしい昼だった

気がつくと

ガラス戸のすぐ先に

ヒヨドリは枝にとまっているのだった

コーヒー豆みたいな

ネズミモチの実をついばんでいる

ひとつ食べては

首を

あやつり人形のように四方に動かす

ときどき

尾を上げて糞をした

おお この一年

秋から冬へ

さらに新しい冬へ

なんとヒヨドリの声をいとおしんできたことか

目ざめると

裏の竹やぶでたくさんのヒヨドリが啼いていた

ネコの喃語より

ずっと甘美なさえずりだった

そうかとおもうと

いとどこの世のものならぬ澄んだ一声を残して

一直線に

夏の雨空に消えたこともあった

そのヒヨドリをいま見ている

羽は

暗い青

目尻から下へ茶色の隈どりがあって

精悍ではあるが

邪悪な感じもあってまことに意外だった

いつのまにか

かわいい鳥の幻想ができていたのだ

いまの家に引っ越してきてから

彼らに起こされることはなくなったが

ときおり

寒林で聞こえるヒヨドリの声にうっとりしたものだった

そのヒヨドリがそこにいて

枝を揺らせながら

ネズミモチの実を突っついている

不意に

窪地のむこうの

ほとんど葉の落ちたケヤキで別の一羽が啼いた

こちらが首を伸ばして答えた

声が

冷えた窪地の上の空に鋭く響きあう

ピーチャカチャカチャー

くちばしを開くヒヨドリの

口のなかを初めて見た

うす気味悪くなるほどの

赤だった


その日はずいぶん早くから物音が絶えた

闇のなかで迦陵頻伽といってみる


(北村太郎 / 詩集『ピアノ線の夢』より『冬至』)

****************************************************

冬至の今日の日に、この詩をアップしたいばかりに、うーさんから

このヒヨドリの写真をいただきました。

ちょっと長い詩で引用するのはどうかと思ったけれど、ヒヨドリの

観察をとおして、冬至の雰囲気、この時期の、今年一年を振り返

っての心のありようが、よく出ている詩だと思います。

最後の『迦陵頻伽』(かりょうびんが)とは、想像上の鳥のことで、

雪山または極楽にいて、美しい声で鳴くという。上半身は美女、

下半身は鳥の形をしていて、その美声は仏の声に形容される、

と大辞林にありました。

これは読みようによってはとても意味深で、50を過ぎてからの

恋愛沙汰で家庭から出奔し、果てに不治の病に冒された詩人の

暮れの心象風景が、音のしなくなった夜の闇の気配とともに静か

に読み取れるようです。

今年も、あと残りわずかとなりました。

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2005年12月21日 (水)

ビオラ

biora_04

11月9日にアップした、近所の雑貨屋のオープン記念で1個80円で

買ったビオラ。きっと数日で花が終わったら、すぐに鉢に移し替える

ようだろうと思っていたのに、まだ咲き続けています。

ビオラがこんなに丈夫で多花な花だとは知りませんでした。

ビオラって可憐なだけじゃないんだ ・・・

夢のような、その花色。

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2005年12月20日 (火)

冬の裸木

naked

すっきりと澄み切った大気のなかで、青空をバックに冬の陽射しを

浴びてきらきらしている裸木を見ていたら、自然に『naked』って言葉

が浮かんだ。それから、Mr.Children の歌が聞こえてきた。


      あらわに心をさらしてよ

      ずっと2人でいられたらいい

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2005年12月19日 (月)

クリスマスリース

christmas_01

ついにクリスマスウィークに突入した今日、我が家のドアにもやっと

リースを飾りました。

実はなんとなく気ぜわしいまま、日に日に月日は過ぎてゆくし、少々

面倒になって、もういっそ買ったので済ませてしまおうかとも思った

のだけど、いやいや、いくら安かったとはいえせっかくグルーガン

手芸のラヴリーでなんと298円!)だって手に入れたんだから、

と、昨日また夜な夜な作り始めて、できたのがこれです。

今年はちょっと小さめだけど、なかなか可愛いのができました。

(・・・と、いつものごとく自画自賛です。はは。)

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2005年12月18日 (日)

ロンパリ

glasses_002

昨日の可愛い女の子のお顔をよく見るとわかるかと思うのだけど、

気持ち斜視なのに気づくだろうか?

この子の姉妹の上の女の子もそうなのだけれど、何かを夢中で見

ているようなとき、その顔を真正面から見ると、ちょっとロンパリに

見えるのだ。女優のジュリエット・ビノシュなんかもそのタイプ。

これには実は面白い話があって、うちの下の女の子がまだ赤ちゃ

んだった頃、近所のかかりつけの小児科に定期健診で行ったとき、

ひととおり健診が終わったあと、おもむろに小児科医は言った。

「お母さん、この子の目のことを気にされてるかも知れないが」

「は? 目、ですか?」

「そうです。この子は正面から見ると確かにちょっと寄り目に見える

 が、気にするほどのことはありません。これは大人になったら治り

 ますから。何故いま寄り目なのかというと、鼻骨が低いためです。

 もっと鼻が高くなったら自然と治りますから、気にすることはない」

そう言われた私は大真面目に言う先生の顔を見ながらきょとんとし

ていたが、小児科を出る頃には可笑しくなってしまった。

私は子供の寄り目を気にするどころか、気づいてもいなかったのだ。

確かに何かを一心に見つめているときは寄り目だったけれど、子供

の大きな黒目がちの目が気持ち寄り目なのは可愛いくらいに思って

いた。それが鼻ぺちゃだから寄り目だなんて・・・

それは我が家でしばらく笑いの種になった。

それから数年後、私は上の子が白山で作った眼鏡を踏んづけて壊

してしまったので、しかたなくチラシ広告で見た近所の眼鏡ドラッグ

に行った。検眼をする人は何度か私の首の角度を直しながら言った。

「お客さんは自分に癖があるのを知っていますか?」

「首をどちらかに傾げる癖ですか? 写真見て気づきました。」

「そうです。あなたは左目でもの見る癖があって、そのときに首を右

 に傾げる癖がある。でもなるべくものを見るときは首をまっすぐに

 して、両目で均等に見る癖をつけないと右と左の視力にますます

 差が出てしまいます。」

それから、彼はしばらく機械の中で私の目を覗き込んでから、更に

言った。

「それから、これは今はまだそれほど気にすることではないけれど、

 あなたは気持ち自分の目がロンパリなのに気づいてますか?」

(え? ロンパリ?) と私は思った。

そういえば、いつか物書きのボスが私の顔を見ながら、

「○○(私のファーストネーム)は自分の目がほんの少しだけロンパ

 リなのに気づいてる?」 と言ったことがあるのだ。

訝しげな顔をしている私にボスは、

「それが悪いとかおかしいとか言ってるんじゃないんだよ。○○と話

 しているとき、ときどきどこ見てるかわからない時があって、それが

 なかなか色っぽいんだよ」

私は(ふん、そんなことか)と思って、たいして気にも留めなかった

が、その検眼士は「今はまだ見た目におかしいという程のことはな

いけれど、確かにあなたの黒目は通常より外側に行っています。

あなたは先ほどふだんは眼鏡をかけてないとおっしゃっていまし

たが、できればふだんから眼鏡をかけてものを見た方がいいです

ね。あなたの目はものをちゃんと見なくなった目だ。このまま、きち

んとものを見ることをしないでいると、ますますロンパリが進んで、

黒目がもっと離れてしまいますよ」

その言葉は私の心にずしんと響いた。

『私の目はちゃんとものを見なくなった目』。

その言葉は私にはとても象徴的に思えた。

8年間の結婚生活で、私はいつしかちゃんとものを見ることをしなく

なってしまったんではなかろうか?  

折りしも季節は冬に向かっていて、私は暗い気持ちで家に帰った。

家には、当時、家を出たり入ったりしている夫がいて、検眼士から

言われたことを話してみたが、もうすっかりそういうことには興味が

ないようだった。彼の目もすっかり変わってしまっていた。

目は口ほどにものを言う、って本当なのだ。

写真の眼鏡は下の子の眼鏡。父方の遺伝により、彼女はあまり本を

読まないのに近眼だ。小学4年くらいだと近眼がどんどん進んで半年

毎に眼鏡を作り変えるようです、と眼科医に言われたので、『ゾフ』に

行ってそれほど高くないのを作ったけれど、もうとうに合わなくなって

いるはずだ。作り変えないとと思いながらそのままになっている。

私のその眼鏡ドラッグで作った眼鏡も全然良くないので作り変えなけ

ればならないが、何事も子供優先なので、この子供の眼鏡を自分の

にして(私は顔が小さいので子供用の眼鏡が充分にかけられる)彼

女のを新しくしようと思ってこの眼鏡をかけてみたら、子供が2人して

ゲラゲラ笑うので却下となった。まるでマンガのキャラみたいだって。

冬の寒い日、仕事から帰って来た夫の眼鏡は、家のドアを開けるな

り、いつも一瞬で白く曇った。今また、そういう季節になりつつある。

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2005年12月17日 (土)

かわいい!on parade♡

tamara 

昨日アップした私が編んだセーターを友人の子供が着たところです。

まだかなり大きいけれど、これはこれでかわいい!

やっぱり生成りの柔らかな色って、小さな子供のきれいな肌に似合う

なあ ・・・  とってもかわいい。でもこの子、ちっともじっとしてない。

何10枚も撮った写真の3分の1はブレブレ。親でもこの子の静止写

真を撮るのは難しいそう。でも、以下、かわいいオンパレード! 

ビデオを見ながらアイスクリームを食べる、の巻。

子供の表情って猫の目のようにくるくる変わるから、ずっと見ていて

もちっとも飽きない。

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2005年12月16日 (金)

編み物の話

keito keito_01

私が20代だった頃、『一つ目小僧』というニットブランドがあって、

そこのニットが大好きだった。

編地はほとんどが素編み(メリヤス編み)で、編み方自体は凝って

ないのだけれど、デザインがシンプルで配色がかわいくて、上質の

毛糸を使っていて、編地にリボンを編みこんであったり、凝ったボタ

ンが付いていたりして、とにかくかわいかった。

ハンドメイドのニットは高かったけれど、バイト代が入ると買ったり、

時にはボーイフレンドの誕生日に奮発してプレゼントしたりもした。

ファミリーセールのポストカードをもらうようになってからは、定価

の50パーセントから70パーセントオフで買えるので、わざわざア

トリエまで行ったりもした。広尾の有栖川公園の近くの一軒家。

そのうち自分でも編んでみたくなって、クリスマスのときだったか、

買ってきた本を見ながら初めてボーイフレンドにセーターを編んだ。

私の母は料理をやらせても、和裁、洋裁をやらせても、手編みでも

機械編みでも、なんでも上手な人だったから、本でわからないところ

は母に聞きながら。その最初の1枚目を編むのは本当に苦労した。

まずゲージを取って簡単に作図するところから始まって、目を揃えて

編むこと。私は編み目がきっちり揃ってないと駄目な性格で、つい目

がきつくなってしまう。ちょっとくらい編み目が不揃いでも手作りの味

なんだから、それより編地が固くなるからもっとゆるく編みなさいと言

われても、私は目が揃ってないと嫌なのである。ゆるくなるようにいつ

も本に書いてあるより一段太目の棒針を使った。目の増減の仕方、

ゴム編み、一目ゴム編み止め、それから、はぎ合わせ。

数日、熱心に編んで、母に何か聞こうとして、途中で編み目を失敗し

ているのに気づく。母に言うと目立たないところだからだいじょうぶだ

と言う。はぎ合わせてしまえばわからなくなってしまうところだからと。

でも、やっぱり駄目なのだ。人がわからなくても自分がわかるじゃな

い。ぜーんぶできあがって全てうまくいったのに、一箇所だけ失敗し

たばっかりに見るたびにそれを思い出すなんて嫌なんだもん。という

のが私の言い分。母はため息をつきながら「あんたって完璧主義者

なんだから」と言う。そう、自分の力量以上に完璧主義者なために、

いつも苦労するのだ。自分でも実に面倒な性格。でも今になって思う

と、それは、何をやらせても完璧な母を見ていてのことだったのだと

思う。私にとって手作りというのは、不完全で不恰好だけれど温かな

もの、なんかじゃなくて、まるで買ってきたみたいによくできた完璧な

しろものを指す。それで、あっさりとダーっとほどいて数日分がパアに

なる。そんなことを繰り返してやっとできあがったツイードタッチのチャ

コール・グレイの初めてのセーターは、なかなかの出来だった。

彼もとっても気に入ってくれて、冬の間じゅういつも着ていた。

以来、彼のも自分のも、いったい何枚編んだだろう。

イギリスゴム編みの黒のセーター。紺と白の私とお揃いの冬のマリ

ンルックのセーター。きれいな色の春先の薄いモヘアのセーター。

生成りの羊みたいな、もこもこのセーター。

それは彼と結婚する前から始まって結婚した後も続き、彼は冬にな

ってセーターを着る時期になると、同僚から「いいセーター着てるね」

と言われたと言っていた。私が作ったと言うと驚いて、「買ったみたい

に上手だね」と言われたと。会社では私は、編み物のうまい奥さん、

ということになってたらしい。

赤ちゃんができたときには、生まれるまでの間に赤ちゃんのものを編

んだ。ベビー用の柔らかなペールトーンの毛糸で、ぽんぽんの付いた

小さな靴下や、小鳥の刺繍をしたベストや、縁編みのついた帽子な

ど。みんなあげてしまって、いま手もとは1枚も残ってない。

子供が生まれてからは編み物どころじゃなくなって、編み物をするこ

ともなくなってしまった。それでも上の子が幼稚園の頃だったか、どう

しても生成りのアランセーターを着せたくなって、子供が寝た後にせ

っせと編んだのが下のセーター。帽子もお揃いで。

アランセーターは模様編みのそれぞれのゲージを取るのがとても面

倒。せっかく睡眠時間を削って苦労して編んだのに、息子はちっとも

喜んでくれなかったばかりか、「毛糸はちくちくするからやだ」と言って

1度しか着てくれなかった。それも私が頼んで着てもらったのだ。

東京にめずらしく大雪が降った日で、彼はこれを着て雪遊びをした。

当時、うちの息子はよく『ホームアローン』のマコーレ・カルキンに似

てる、なんて言われていて、親の私は「そうかあ?」と思っていたけ

れど、アランセーターを着て帽子をかぶった息子は本当にマコーレ

カルキンに似ていた。今でも目に浮かぶ、とってもきれいな思い出。

ちなみに、このセーターと帽子は、着られそうな子供のいる親友に

あげることにした。さて、彼女のおチビさんは着てくれるかな?

kids_sweater

最初の写真の毛糸は、たしか去年買ったものだと思うけれど、なんで

毛糸なんか買ってしまったのかわからない。去年、心がダウンしてい

たか何かで、明るいピンクのセーターでも欲しかったのだろうか。

ここへ引っ越してきたときは母と妹に手伝ってもらったが、そのとき妹

が、『SOU・編み物』と書いた箱を見て、「どうせ、お姉さんには編み

物する時間なんかないんだから』と言ってさっさと天袋に上げてしまっ

た。そんなにはっきり言わなくてもなあ、と思ったけれど、確かに妹の

言うとおりだった。

今回、押入れから毛糸が出てきたので、その箱を下ろしたら、中か

ら結婚した年の誕生日に母からもらった編み針と編み棒のセットが

出てきた。なんだか、ひどく懐かしい。

いまのところ私にはセーターを編んであげられるような男の人はい

ないから、それはちょっと寂しい気もするけど、でも男物のセーター

を編むのってすごく大変なのだ。大きいから編むのに時間がかかる

し、重いから肩が凝るし、目も疲れる。いなくてちょうど良いのかも。

このピンクの毛糸で、年末年始に久しぶりに自分のために何か編ん

でみようかな。

ベストくらいだったらそれほど大変じゃないかもしれない。

amibou amibari

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2005年12月15日 (木)

お仕事@下北沢

kafukoubou_001

昨日、桜新町で打ち合わせがあって時間に間に合うように電車に乗

ったら携帯が鳴り、場所も時間も変更になったと言う。

下北沢3時半。

それで行き先を変更して下北沢に行き、時間をつぶそうと歩いてたら

変わったお店を見つけた。

入り口には毛筆の店の名前と大きなクリスマスのリース。飛び石を

渡って店の中に入ったら、一見して和雑貨のショップだとわかったけ

れど、最初に眼についたのが金魚。石灯籠の下の浅い人工池の中

に真っ赤な金魚が泳いでる。水が浅い割には大きな金魚で背びれが

水面に出ちゃってるのもいるから、「これで、だいじょうぶなの?」 と

思わず和風グランジ・ファッションをしたお店の若い女の子に聞いた

ら、「はい。ちょっとづつ数は減ってますけど、生きてますから」とニコ

ニコして言う。おいおい、そういうのってだいじょぶって言えるのかな。

見上げるとまわりのガラスにも宙を泳ぐようにリアルな錦鯉の絵が。

なんでもプロの絵師さんに描いてもらったのだそうだ。

kafukoubou_002

店の中に置いているのは、和風テイストのハンドメイドのシルバーア

クセサリーをメインとして、布をはぎ合わせて作った和風小物など。

とても丁寧に作ってあるけれど、独特の癖のある雰囲気が漂う。

「一点一点、手作りしていて、同じ物はふたつとないんですよ」とまた

女の子がニコニコして言う。内装も壁塗りから全てスタッフでやった

そうだ。渋く作ってはあるけれど、いかにも若い子が好きそうな店。

kafukoubou_003

数年おきに海外でも日本ブームが起きるし、和風テイストの店もあち

こちにあるけれど、『和』テイストって、若い子の間ではすっかり定着

したのだろうか。

kafukoubou_004

2階はかんざし屋で、やっぱり若いお姉さんが、かんざしの刺し方を

教えてくれた。ちゃんと見ようかと思っているところに携帯が鳴って

呼び出されたので、私の下北沢散歩はわずか20分足らずで終了と

なった。この店の名前は『かすう工房』。

私はもう行くことはないと思うが、とりあえずお店の店員は感じが良

いので、和雑貨に興味のある方は行ってみると良いかもしれない。

これからしばらくたびたび下北沢には行くことになりそうなので、また

面白いものを見つけたらアップしようと思います。

****************************************************

人生って不思議だ。

私自身は音楽を全然やらないのに、ただ音楽が好きというだけで

いつも人と知り合い、私のまわりには誰かしら音楽をやる人がいる。

友達もそうだし、結婚もそう。そして仕事も ・・・

去年はサルサで今年はロック。去年の話は早々に自分から離れた

けれど、今年の話は去年よりはまだ現実味があるか。

これだけ書いても何のことやらわからないと思うけれど、始まったば

かりのプロジェクトがなんとか公開できる形になったら、ここでもお知

らせしたいと思います。というか、そうなるように頑張りたいと思い

ます。今日も朝から清水翠さんにあつーくメールを書いてしまった。

NO MUSIC NO LIFE !!

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2005年12月14日 (水)

冬のボサノヴァ

onolisa 

あの日、私はなんであんなに幸せだったんだろう。

前日の夜まで、その日一緒に出かけられるかどうかわからなか

った。彼は会社の決算の締め切りを抱えていて、それが終わら

ないことには遊びに行くわけにはいかなかったからだ。

そして、そのチャンスを逃すととうぶん会えそうもなかった。

寝床に入ってからそのメールは来た。夜中の2時くらいになって。

その夜はとても冷え込んで、夜半から雪が降り始めていた。

私は行けることになって嬉しかったけれど、まだ心配だった。

朝起きて雪がすごく降り積もってたら、クルマで出かけられるかな?

(彼のクルマは)4WDだから問題ないか。などと ・・・

はたして翌朝おきると空は快晴だった。晴れ晴れとした青空! 

新宿の地下でピックアップしてもらってクルマが走り出すと、暖かな

お陽さまの光を浴びて溶け出した雪で、新宿副都心の街は宝石箱

をひっくり返したようにきらきらしていた。なんてきれいなんだろう!

そのきらきらの中を嬉々として走るクルマ。車内にはめずらしく音楽

が流れていて、それは私があげた小野リサだった。フロントガラスに

映る雪の残る眩しい景色を眺めながら、小野リサが軽快に『男と女』

のスキャットを歌い始めると、私もすっかり陽気になって歌い始めた。

すると彼も一緒に歌いだした。私たちは雪のあがった光る道路を陽

気にスキャットしながら、庭園美術館に向かった。あと数日で開催が

終わるラリック展を観るために。

歌いながら私はとてもハッピーだった。”この感じ”と、私は思った。

この世は男と女でできていて、世の中に男はいっぱいいるけれど、

私と一緒にボサノヴァを歌ってくれる男はそうそういないように思わ

れたのだ。それって、つまらないことと思うかもしれないが、人を好

きになるって、そんな些細なフィーリングの積み重ねなんじゃないか

と思う。

そのとき流れていたのは彼にあげてしまったCDでここにはないの

だけれど、この2枚も冬に聴くにふさわしいボサノヴァ。

上の『エッセンシア』も1曲目は軽快なアップテンポのスキャットで始

まる。冬のドライブが楽しくなるような、アントニオ・カルロス・ジョビン

の『レッド・ブラウス』。冬は寒さで、そうじゃなくても身体が固くなって

しまう季節だから、それを解き放って緩めてくれるような陽気な音楽

がいい。下の『Boas Festas』はLehto さんにも送った、ちょうど今の

時期にぴったりなボサノヴァのクリスマス・ソング。

外は雪が降りそうな寒さでも、暖かい部屋の中でボサノヴァ・クリス

マス、なんていかがですか?

onolisa_001 

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2005年12月13日 (火)

雪だるま

snowman

このところ一気に冷え込んでいる東京。

先週の日曜日には、ちらっとだけど初雪も降ったらしい。

今朝の天気予報でも北日本側には雪マークが並んだ。

もうすっかり雪景色、という地方もきっといっぱいあるだろう。

東京も数年おきに、たまーに大雪が降ることがあって、都心はあっと

いう間に電車のダイヤが乱れ、クルマは渋滞して事故も多発。

ちょっとの雪ですぐに機能しなくなってパニックに陥るのが都会で、

雪が降ろうが槍が降ろうが仕事に行かなくてはならない労働者にと

っては迷惑千万な雪だけれど、上の子が小さくてまだ専業主婦だっ

た頃は、よく雪だるまを作った。朝、目覚めて起きてきた子供が見つ

けてびっくりするように、子供が寝静まった夜中に外へ出て行って、

なるべく大きいのを作る。外は寒いし手は冷たくなるけど、必死で作

っていると汗をかくくらい。すっかり雪が降り積もり、なおもしんしんと

降るなか夢中でやっていて、風邪をひいたこともある。いい大人が夜

中に何やってるのって感じで実にアホくさいけど、そうやってできあが

った、私の目の高さほどもある雪だるまは、なかなかに素晴らしい。

頭には子供のオモチャの小さな赤いバケツ、手にはシャベルと小さ

な熊手、たどんのおめめの代わりにフィルムの黒いキャップを付け

て、鼻はにんじん。仕上げに私のマフラーを巻いたらできあがり。

その前で子供の写真を撮ったっけな。子供が作った小さな雪だるま

が、縁側にずらっと並んでいるのも可愛かった ・・・

久しぶりの雪は大人も子供も等しく子供にする。

子供なんて、まるっきり犬みたい。

ここ数年、暖冬で東京に大雪が降ることはないけれど、この冬は

降るんだろうか。降ったら久しぶりに作ってみようかな、雪だるま。

ネットを見ていたら、村中が雪だるまになるお祭りを見つけた。

雪だるまの数が村の人口の2倍以上にもなるらしい。

雪だるまのお腹にはロウソクを燈すんだって。なんて幻想的な!

2000個以上の雪だるまにロウソクを燈した景色はきっとすごいだ

ろうな。行くのはちょっと遠いけど、そんなお祭り、見てみたい。

 白峰村 『雪だるま祭り』

写真は近所の雑貨屋さんで見つけたフェルトの小さなスノーマン。

我が家の玄関もすっかり12月のデコレーションになりました。

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2005年12月12日 (月)

フィンランドからの贈り物

finland_01

雪が降りそうなくらい寒かった昨日、仕事の打ち合わせから疲れて

帰って来たら、ポストにフィンランド在住の Lehto さんからクリスマス

プレゼントが届いてました。雪景色のこんな可愛いパッケージ ・・・

開けてみたら、スモーキーブルーの圧縮フェルトのお帽子でした。

これって、もしかしたらフィンランドの人がかぶってる、最もポピュラ

ーなハットなのかな? フィンランドの人がどんな風にかぶってるの

か、ちょっと見たいような ・・・

懐かしのフラワー・ピープル風に、同系色の鉤針編みで作ったコサ

ージュを付けて、おそろいの、わしゃわしゃのマフラーをコートの襟

から覗かせたりしたら似合うかな、なんて私は思いました。

帽子って大好きなんだけど、上手にかぶるのは難しかったりする

でしょう? 果たして私は上手にかぶれるでしょうか ・・・

Lehto さん、どうもありがとう!

finland

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2005年12月11日 (日)

HAPPY BIRTHDAY ! !

happybirthday_001   

大事な友達へ

ねえ、今日が何の日だか知ってる?

いま、どこで何をしてるか知らないけど、仕事にかまけて

忘れちゃってるんじゃないでしょうね?

そう、あなたの誕生日よ。

いくつになるか知ってるけど、黙っててあげる。

かなり、そーとー、よいお歳みたいだから。

あなたは自分の誕生日に独りでいても寂しくなんかないって

言うけど、それってほんとなのかしら。

ねえ、ちょっと想像してみて。

あなたが生まれた頃、この世界がどんなだったか。

そのとき、あなたのご両親がどんなに喜んだか。

あなたがどれだけ慈しまれて、1年ごとの今日を迎えてきたか。

もう、あなたのご両親はこの世にはいないけど、

そうやって大人になったあなたを、

また別の誰かがずっと思ってくれてきたはずでしょう。

だから、あなたにとって特別な今日の日を、誰かの代わりに私が

慈しんでもいいでしょう?


お誕生日、おめでとう!

また1年、あなたが健康で、少々のことはあっても、おおかたの

ところでは、全てが順調にゆきますように。

テニスの試合で勝てますように。(これはあなたの精進しだいね。)

煙草は徐々にやめるんだったわね。忘れないでよ。

男だからってたまには弱音吐きなさい。心の健康には大事なことよ。

それからまた1年、ドジな私をよろしく。

願わくは来年の今日は、あなたが日本にいますように。

たまには子供みたいに無邪気に遊びましょう。

来年は特別な誕生日だから、思い切り思い出に残る

誕生日にしましょう。

それでは、気をつけて元気で。

プレゼントは帰ってからのお楽しみね!


(写真集『家族写真』から、ジョン38歳、ショーン3歳。誕生日が同じ

 日の2人同時のパーティ。1978年10月9日)

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2005年12月10日 (土)

彼のギター

guitar

昔、好きだったマイケル・フランクスの歌に

『The Lady Wants to Know』(淑女の想い)って歌があって、

結婚した頃はそれが私の理想だった。

こんな歌詞 ・・・

  パパが灰皿をたたくと

  ベビーは泣き始める

  彼女はなぜだろうって考える

  さしずめパパがコルトレーンなら

  息子はマイルスってところ

  そんなことを思って微笑む彼女は

  まるで天国にいるよう

この青いギターは息子のもので、彼が7歳の誕生日のときに買った。

彼の父親が出奔してちょうど1年後の誕生日で、私たちは電話で、

息子の誕生日のプレゼントを何にしようと話し合った結果、ギターが

いいということになったのだ。いま思うとそれは親の勝手な独りよがり

だったかもしれない。

私たちは3歳半の下の子を連れて、4人で家から2つ先の駅前にあ

る楽器屋に行った。そこでしばらく楽器屋の店員と息子と父親の3人

で話したり、息子が実際にギターを抱えたりしてみて、息子が選んだ

のがこれだった。父親から息子への最後のプレゼントでもある。

いささか手に余るその楽器をかついで、息子は嬉しそうにしていた。

でも、以来10年、このギターはケースに入ったまま、私の部屋の壁

に立てかけたままになっていた。私の夫であった人がいなくなって、

いちど私の視界から消えたギターはまた私の視界に存在するように

なったけれど、ただそれだけだった。たまに息子の父親が来たとき

に、彼が思い出したように出して弾く真似をする程度。

いつか私は彼に、「息子にギターの弾き方を教えてやってよ」と言っ

てみたが、「ギターなんて人に教えられて弾くもんじゃないよ。弾きた

くなったら自分でなんとかするだろう」というのが彼の言い方だった。

まあ、そういうものかも知れないな、と思って私もそのままにしてい

た。胎教(?)のせいもあるかもしれないが、息子は小さい頃から音

楽が大好きで、なかなか鋭い感覚をしているけれど、「音楽は聴くよ

り自分でやる方が楽しいよ」と私が言っても、彼は「ぼくはやらない」

と言い続けた。息子は息子なりに、ミュージシャンでもあった父親に

対して何か思い(あるいはトラウマ)があるのかも知れない、と私は

思っていた。それはある種、可哀想なことではあるけれど、息子が

音楽をやりたくないというなら、それはそれで別に構わないと。

彼は自分の好きなことをすればよいのだ。

ところが最近、それが変わった。何を思ったのか、息子は自分でアル

バイトしたお金で、アンプとチューナーとエフェクターを買った。

そして、自分で見つけたウェブサイトで、そこに載っている教則本らし

きものを見ながら練習を始めた。私がいないときにはアンプにつない

で音を出しているみたいだが、私がいるときはアンプにつながずに、

パソコンの前でギターを抱えてジャカジャカやっている。ギターにおけ

る彼の目下いちばんのお気に入りはレッド・ツェッペリンで、それ以外

は駄目らしい。

毎日、飽きもせず同じ曲をリピートして聴いていて、その音漏れを聴

かされているこっちもたまらないけど、まあ、しかたがない。

結局こういうことか、と私は思う。つまりカエルの子はカエルってこと。

2台並んだパソコンの前に息子と並んで座っているとき、ラジオから

音楽が流れてくる。私が「実にこれ、いいな」と思って聴いていると、

たいてい息子もそう思っている。好みが全て一致しているわけでは

もちろんないけれど、おおかたの好みは共通している。不思議と。

私と息子は音楽の話をしているときが最も平和かもしれない。

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写真の右の赤いのは誕生日にもらった私のスティール・ドラム。

トリニダード・トバコで作られ、アメリカのウッドストック社で売られて

いるこのドラムには、『カリプソ・スティール・ドラム』という、かわいい

名前がついていて、小さいけれど、とっても良い音がする。

私はスティール・ドラムとかカリンバの音が大好きなのだ。

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2005年12月 9日 (金)

ELEGANT

elegant

銀座のショーウィンドーの前で美しく欠伸していた夜会巻きの女性。

丁寧な言葉遣いの白髪の初老のタクシードライバーの白い手袋。

日常的に着こなれた着物女性の立ち居振る舞い。

キャサリン・ヘップバーンとオードリー・ヘップバーン。

ウォン・カーウァイの映画『花様年華』のマギー・チャンのチャイナ

ドレス姿と、トニー・レオンのポマードで固めた光る髪。

昔、持ってたグログランリボンの付いた黒のエナメルのオペラパン

プス 、まあるい帽子箱 ・・・

私はこの赤い薔薇の蕾を見た瞬間に、『エレガント』という言葉が

浮かんだのだけれど、エレガントの定義って意外と難しい。

そこで今日は趣向を変えて、今日のコメント欄には『あなたがエレ

ガントだと思うもの』をひとつでも二つでも三つでも書いていただけ

るとありがたい。私が思うエレガントなクルマ、でも人、でも、場所

でも、映画、でも、何でもかまいませぬ。

今日はしばし、あなたさまとエレガント談義ができれば ・・・

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2005年12月 8日 (木)

ジョンの命日

john_yoko_2    

大きな窓から明るい光が射しこむクラシカルなレストランで、

くつろいだ様子で昼食をとるジョンとヨーコ。

2人の間には空になったウォーターグラスとコーヒーカップが

並んでいて、ジョンは柔らかく微笑みながらヨーコに何か話し

ていて、テーブルの上で2人の手は重ねられていて  ・・・   

こんな安寧なしあわせがちょっと先に途切れるとも知らずに。

凶弾に倒れる前にリリースされ、遺作となったアルバム、

『DOUBLE FANTASY 』の中で「I'm losing you」 と歌ったジョン。

ジョンを失って25年の歳月が流れ、それは自身が失ったもの

とも重なる。生々しく血痕が飛び散るジョンの眼鏡のグラスに

映った、移ろう歳月 ・・・

昨日、ラジオから 『Free as a Bird』 が流れるや、胸が苦しく

なった。近くにいた息子にそう言ったら、息子も同じように感じ

ていたようだ。あの曲はいけない。

けれど、地上の幻想に縛られる私たちとは違って、もうとうに

ジョンの魂は限りの無い宇宙に解き放たれているだろう、空

を飛ぶ鳥のように、自由に。

ただジョンの笑顔を思って合掌。

そして今日も、LOVE & PEACE  !

(写真は『9人のフォトグラファーによるジョン・レノン』より)

****************************************************

追記:私が去年まで勤めていた会社にはかなりユニークで異色の

パーソナリティーの男の人たち(私以外全員男の職場です)がいた

のだけれど、中でもA君は音楽はビートルズしか聴かないし、他の

音楽を聴いてもすぐに飽きてしまうか気持ちが悪くなってしまう、と

いうかなり特異体質(?)の男の人で、おまけにかなりハイレベルの

ビートルズのコピーバンドをやっている、という肝いりのビートルズ

マニア、ビートルズフリークだった。

さっき思い出して彼にメールして、そのコピーバンドのサイトのURL

を送ってもらったので、もしよかったら下のURLをクリックしてみて

ください。彼らの音源もあって聴けるようになってます。

学園祭にビートルズのコピーバンドを招びたい、とか、パーティで

演奏して欲しい、という方はぜひ彼にアクセスしてみてください。

よろしく!   →   http://BEATLES.CC

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2005年12月 7日 (水)

おやすみスプーン

moon_and_star

おやすみ、スプーン

わたしはおまえをそっと掌にうけて

なんと囁いていいのか、もうわからない

掌にあるのは、オブラートの函だけ

おやすみ、スプーン

わたしはおまえをひゃと舌にのせて

なんと祈ればいいのか、もうわからない

舌にあるのは、空っぽのコップだけ

おやすみ、スプーン

わたしのあの子はわたしを見すてて

どこへ行ったものやら、もうわからない

だからもうね、後生だからおやすみ

おやすみ、スプーン


(正津勉 / 詩集『おやすみスプーン』より引用)

**********************************************

最近、東京もとっても寒い。

もう1月初旬の陽気らしい。

夕方、暗くなってから自転車に乗って買い物に行くときなど、

うひゃあーと思うほど寒いが、でも、生きてるって感じ。

そして、ちょっと視線を上に移して空を眺めると、星がとっても

綺麗なのに驚く。

いつから星ってこんなにキラキラしてたっけ、と子供のように

思いながら、上見たまま自転車で走るのだ。(少々、危ない。)

ダイヤモンドのような北極星。ルビーのような火星。

私が子供の頃は東京23区でも天の川がきれいに見え、北斗

七星もはっきり見えたのがもう嘘みたい。

マジックアワーを少し過ぎた頃にシャッターを切った。

その写真を見ていたら、ふいに 『おやすみスプーン』 という

言葉が浮かんで、この詩を探した。とっても可愛い詩なんだ。

詩は、その意味するところを全部、正確にわかろうとしなくても

いい。と、私は思っている。それよりもっと詩を楽しむこと。

書き手たる詩人だって、あるときふいに言葉が空から降りて

くるのだ。それに後からどんな意味をつけようが、知ったこと

ではあるまい?

前に何気なく読んだ詩が、ふいに口をついて空で言えたなら、

そしてそれを愛しく思うなら、それでもうあなたは充分にその

詩を手に入れたと言える。

おやすみ、スプーン。

日々の祈りがあのひとに届きますように。

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いちごの季節

strawberry

まだ旬ではないけれど、スーパーの店頭にはもう鮮やかな真っ赤な

イチゴが並んでる。今年は例年に比べてこの時期にしては安いのが

嬉しい。そして毎年、新しい品種が出ているようで、イチゴって実にた

くさんの種類があるのだ。私が知ってるだけでも、女峰、とよのか、

とちおとめ、章姫、嵯峨ほのか、さちのか、そして写真のあまおう。

子供の頃、私の母は子供の好き嫌いをいっさい許さず、嫌いなもの

でも全部食べ終わるまでは食卓を離れることができなかったので、

私にとっては食事の時間は苦痛だった。最悪なのは酢豚。大嫌いな

人参が大きいままゴロゴロ入ってるのだ。なんとか食べ終えるとやっ

とデザートのイチゴが出てくる。私はイチゴが主食だったらどんなに

いいだろう、毎日3食イチゴでもいいのに、なんて思っていた。

そんな子供でも大人になれば、ほとんど好き嫌いなく何でも食べられ

るようになります。いま家に小さい子供がいるお母さん、子供の好き

嫌いにはあんまりうるさく言わずにもっと鷹揚に、食事は楽しむもの、

をモットーにしてください。

ちなみに、イタリア人にとってオペラがいかに大事かをいつかTVで

見ていたときに、数時間にも及ぶオペラを観終わって深夜に帰宅した

夫婦が、イチゴとシャンパンで乾杯するのを見た。オペラ鑑賞の後の

夜食には、イチゴとシャンパンは欠かさないのだそうだ。

イチゴとシャンパン。なんとも魅惑的な組み合わせではないか。

そして、私がイチゴで必ず思い出すのは、ルキノ・ヴィスコンティの

映画、『ベニスに死す』。老作曲家のアッシェンバッハが静養に訪れ

たベニスのビーチで、イチゴ売りから買って食べる真夏のイチゴの

毒々しさ。コレラ菌で冒された土地で果物を食べる危険もさることな

がら、それはアッシェンバッハの禁断の老いらくの恋同様、彼を死に

至らしめるにはうってつけの果物に思える。

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2005年12月 6日 (火)

庭園美術館の紅葉

teienmomiji_07

昨日も書いたとおり4日は寒い雨の日曜だったけれど、そのお陰で

雨に濡れた庭園の景色は、とてもしっとりとした風情がありました。

館内の窓に貼ってあるガラスは、ステンドグラスではない普通のガ

ラスであっても、現代のようなフラットなものではなく、表面に凹凸の

あるニュアンスのあるもので、そのガラス越しに見るちょっと滲んだ

ような窓外の晩秋の景色は、とても素晴らしかった。それをカメラに

納めらてこられないのは残念だったけれど、庭園に出てからも、と

ても美しい紅葉を見ることができました。まず上の写真は美術館を

出てすぐ真ん前の、シンメトリーの植え込み。

そこから庭側に出ると、濃い松の緑の間に赤いモミジが ・・・

teienmomiji_06

そして、柵の切れ目の細い坂道を下りてゆくと、視界の先はモミジの

赤でいっぱい! 一緒に降りてきた人たちの口からも歓声が。

teienmomiji_08

日本画のなかに描かれたような、立派なモミジの樹の下の池では

優雅に錦鯉が泳いで ・・・

teienmomiji_02

そして右手奥にあった、なんとも趣きのある茶室、『光華』。

モミジの色も、ひとえに赤と言っても、まだ新しいものから盛りを

過ぎた色まで、濃淡のある、実に様々な赤。

teienmomiji

茶室の前にあったつくばいに溜まった水とモミジの落ち葉の美しさ

には、思わず声をあげてしまったほど。水面に映った日の光。

これ以上の晩秋の風情があるでしょうか ・・・

teienmomiji_03

そして池のほとりにあった、可愛い石灯籠。

teienmomiji_04

ちょうど今が最高潮のモミジにさっきまで「パリみたい」と連発して

いたよしえさんも、今度は、「これって京都だよ」を連発。

「もう私たち、京都行かなくてもここでいいねー」

なーんて話したのでした。なんて安上がりな私たち。

林の中を入って見上げた空は、モミジの赤で真っ赤!

燃えるような、って、まさにこういうことを言うんだなあと実感した

のでした。

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2005年12月 5日 (月)

番外編『Yoshie's Mood』

yoshiemood

いささかアップするのに時間がかかった今日のポスト。

よしえさんに会った翌日の我が家は、こんな感じ。

まさに、Yoshie's Mood ?

上の写真はよしえさん作製のクリスマス・オーナメントをペンダント

ライトのコードに飾ってみたところ。何やらお祭り気分。

yoshiemood_02

これもオーナメント。食器棚の取っ手にかけてみました。

いと、かわゆらし。

yoshiemood_01

これはオマケでもらった、てんとうむしのストラップ。

てんとうむしが幸運を運んでくれるかな?

・・・ というわけで、すっかりよしえさんの雰囲気になった我が家の

リビング。季節はもう冬だけど、陽気で楽天的な彼女のパワーが

部屋を温かくしてくれそうです。

それでは、私はよしえさんオリジナルのエコバック持って、夕飯の

買い物に行って来ま~す♪

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ブログ友達に会う

teiencafe_02

東京はこの冬一番の冷え込みとなった昨日、ブログでほとんど毎日

のように会話しているよしえさんと初めて会いました。

目黒駅の改札で待ち合わせて歩き出した途端に、パラパラと雨。

出掛けに折りたたみ傘を持とうと思いつつ忘れてきた私はコンビニ

で198円(安い!)のビニール傘を買い、途中でマニアックなテディ

ベアのショップを2人で見てから、まずは腹ごしらえということで

庭園美術館のカフェへ。

カフェのエントランスもすっかりクリスマス・カラー。

でもこの季節にひときわ鮮やかな、造花みたいなパープルの花は

何だろう?

teiencafe_03

初めて会うよしえさんは、ブログのコメント欄での態度のデカさと

違い(こういうことを平気で書けるところが友達となった良いところ

だと思うのだけど)、予想に反して、小柄で可愛らしい人。

でも私と同じようによく話してるのに、この人、細い癖によく食べる!

あっという間にかなりのボリュームのサンドイッチとサラダ2種を

ぺろりとたいらげたのでした。こういうところは、さすがに若さか?

(写真はカフェの窓からの眺め。ここからも庭の紅葉がきれい。)

teiencafe

初めて会うとはいえ、毎日話してるようなものなので、全然、初め

て会ったような気がせず、さんざん話し、さんざん笑ったあとランチ

終了。本当は今日は庭園美術館隣りの白金自然教育園で秋の

ハーベストを見つけるショートトリップをする予定だったのだけれど、

外に出たら雨が雪に変わりそうなほどの底冷えする寒さに2人とも

すっかりめげ、今日は庭園美術館散策にとどめようということになっ

たのでした。折りしもこの日は館内でマイセンの展示をしていたの

で、まずそれを見ることに。

meissen 

マイセンの磁器の素晴らしさもさることながら、館内はふだん公開し

ていない部屋まで公開していて、その隅々のディティールに至るまで

何から何までアートとしか言いようがない館そのものに、2人とももう

うっとり。つい声が大きくなってしまい守衛さんに注意される場面も。

下は庭園美術館のリーフレットからの抜粋で、今回、公開されていた

部屋のひとつである3階のウィンターガーデン(温室)。三方の窓から

光が入る明るい部屋で、部屋には蛇口も付いていて、「ここでジョー

ロに水を入れ、植物に水をやったのです」 と、監視の方が話してくれ

ました。実はこの部屋に来る前、写真撮影に関する断り書きの札を

見たばかりの私たちは、この部屋に上がる階段の踊り場に付いてい

た素晴らしいステンドグラスの前で誰もいないことをいいことに、

「なんて素敵なの!ここでポートレイトを撮れないなんて残念ね。しか

  し写真くらい撮ったっていいじゃないねえ、減るもんじゃないんだし」

などと話していたら、すっかりこの監視員のおじさまに聞かれていた

ようで、このおじさま、私たちを見て 「ほんとですねえ。写真くらい撮

ったってねえ」 などと言う。館内はところどころに初老の紳士淑女が

監視で椅子に掛けていたのだけれど、これがなかなかみんな素敵な

紳士なのでした。おまけに私がこの部屋で蛇口をいじっていたのも

しっかり見ていた上での先ほどの談である。(バレたか。)

「写真が撮れないかわりに、あなたのその美しい瞳のシャッターに

残していってください」とは、おじさまもなかなか言うね。

庭園美術館の良いところは、レトロとモダン、古いものと新しいもの、

西洋と東洋が渾然一体となった、限りなく贅沢にして繊細な美しさに

あると思う。ただし、未公開の部屋を公開できるまでにする修復の

苦労はなみなみならぬものがあるらしい。この日も入り口付近に修

復のための募金箱が設置されていたけれど、修復が進んで、まだ

未公開のたくさんの部屋もいずれは公開されることを思うと、楽しみ

です。

onshitsu 

下は、庭から見た庭園美術館。なんとも優雅な建物。

teien

庭に咲いていた花。雨に濡れて ・・・

teienflowers_01

teienflowers teienflowers_02   

まだ3時過ぎなのにこの暗さ。

この日、建物の中でもバラの咲き残った庭でも「パリみたい」と言っ

ていた、よしえさんがモクモクと一服する風景。

「このどんよりした暗さは、まさにパリみたいだわ ・・・」 と。

庭園美術館は灰皿だってお洒落なのだ。

(暗めのプロフィルなので勝手に公開、見逃してくれえ、よしえさま。)

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追記:前回来たときも今回も、私は庭にあったはずの円形プールを

探したのだけれど見つからなかった。後日、美術館でもらってきた

ニュースレターを読んでいたら、ちょうどこの下の写真にある銀色に

見えるオブジェ(実際には白大理石)がある場所が、プールの跡地

だったとわかった。かつてそこにあったプールは、プールと言っても

泳げるようなものではなくて小さな水遊び用のものだったけれど、非

実用的だっただけに、なんとも優雅な感じがしたものだ。

そう考えると、先日見た庭園の景色も昔とはずいぶん違うものだっ

たんだなあと思う。いまプール跡にあるのは、安田侃(やすだ・かん)

氏による大理石の彫刻、《風》。

yoshie

そして、すっかり冷え切った私たちは庭園美術館を出て、またカフェ

に向かって歩き始めたのでした。

植え込みの燃えるようなシクラメンの赤と、バーガンディ・レッドの

ビオラの間に、銀杏の黄色い葉っぱが落ちて ・・・

teiencafe_06

庭園脇の舗道の銀杏並木もすっかり黄葉。

teienmae 

昨日は茶室のある日本庭園の紅葉がまさに見頃で素晴らしく、その

写真もあるのだけれど、ボリュームの都合上、それはまた明日!

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2005年12月 4日 (日)

香を焚く

kou

お香はちょっと粉っぽいので、私はどちらかというとお香を焚くより、

エッセンシャルオイルを焚くアロマセラピーのほうが好きなのだけれ

ど、寒い時期はお香もいいなと思います。といっても、私のやり方は

香炉を使った本格的なものじゃなくて、写真のようなカジュアルな

インセンスを焚くだけ。これは去年のちょうど今頃、スパイラルホー

ルのショップで見つけた『ESTEBAN』(エステバン)のインセンス。

柚子の香りが驚くほど新鮮で、欲しかったものです。

いつも親子でお世話になっている美容院の男の子が大の香り好き

なので、暮れに行ったときに渡そうと、つい最近、買ったついでに、

自分の分も買いました。私はたまにしかお香を焚くことはないけれ

ど、家に人を招くとき、家中の窓を開け放って掃除した後、玄関で

お香を焚きます。今年は大掃除の後、焚こうかな。

京都のお寺めぐりをしたとき、お寺ごとに違う香の香りがしました。

私が一番好きだったのは、大覚寺で焚かれていたもの。ぴりっと

緊張感のある空気に、凛とした品格のある香りはぴったりで、背筋

がしゃんとするようでした。あの香りは何の香りだったんだろう ・・・

ちなみに、香の香りを嗅ぐことを、香をきく、と言います。

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*下は我が家の玄関。季節ごとに『かまわぬ』のてぬぐいを額装して入れて

   いるのだけけれど、今年は怠慢をして初夏から変わってない。

   ここもクリスマスのディスプレイに変えるので、その前に ・・・

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2005年12月 3日 (土)

今夜はイタリアン♪

italian

・・・ ってことで、おとといは和風サラダにしたレディーサラダ大根を

昨夜はマグロが安かったのでカルパッチョにしてみました。

外で食べると、うすーく盛ったマグロに野菜がパラパラっとかかった

だけの『マグロのカルパッチョ』も、家で食べるときは野菜いっぱい

です。盛ったお皿は、昔『ZONA』で買った、イタリア人女性作家に

よるプラチナの入ったガラス皿。買うときは高かったけど、もう16年

も使ってる愛用の皿です。何を盛ってもサマになるのですごく重宝。

パスタはうちの定番中の定番、ツナトマトソースパスタ。

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2005年12月 2日 (金)

レディーサラダ大根

ladysalad

ほんとはタイトルを「これ、な~んだ?」にしようと思ったのだけれど

これ、なんだか知ってます?

「新種のサツマイモ」   ・・・ ブー !

ビニールがかかって2本ひと巻きにして棚に積んであったときは、

色だけ見てほんとに一瞬、お芋系の野菜かと思ったのだけれど、

葉っぱはまさしく大根ですね。

この野菜、神奈川県三浦半島特産の「レディーサラダ」と言って、

サラダ専用に開発された大根だそうです。去年あたりから本格的

に出荷されてるそうだから、知ってる人は知ってるんだろうな。

大きさはこの時期の普通の大根の半分くらい。ミニ大根といった

ところ。「特価」と書いてあって2本で135円だった。安い!

きっとラディッシュみたいな味なんじゃないかと想像して買ってみた

ら、ほんとにほとんどラディッシュと変わらない。

ラディッシュというと、この間ハシバミさんのブログで、ラディッシュ

が安かったので大量に買って『薄切りにして塩で揉んで、ハチミツ

マスタード・酢で和えたらめっぽう美味く・・・』とあったので、それを

やってみようと思ったけれど、あいにくハチミツがなかったので、

梅干を叩いて作った梅ドレッシングで和えたら、あっさりした甘味

とかすかにピリッとした辛さがなかなか good !

赤と白のコントラストも美しく、大根1本でひと鉢分できるところは

ラディッシュよりリーズナブルかも。バルサミコ酢なんかも合いそ

うだし、いろいろアレンジが利きそうなレディーサラダ大根。

この冬、活躍の予感です ・・・

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*器は女性作家による唐津の粉引きのたわみ鉢。

 どっしりした土の重みで、女性の大らかさと繊細さと逞しい母性を感じる器。

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2005年12月 1日 (木)

マイ・ロスト・シティー

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交差点を右に曲がってキラー通りに向かった。

今でもワタリウム美術館『オン・サンディーズ』ってあるのだろうか。

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キラー通りに入ってすぐにあったのが『ロイド・アンティークス』。

昔、ここでテーブルを買うのが夢だったな。

いつの間にこんなところにできたんだろう ・・・

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火曜は定休日らしく閉まっている子供服の店。

この通りにはお洒落な子供服のブティックが数軒ある。

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可愛いディスプレイ。プリンアラモードがずらっと並んで ・・・

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そして、これが『オン・サンディーズ』。(1番上の写真も。)

ユニークで洗練されたグリーティング・カードやステーショナリー、

雑貨や絵本なんかを置いてる店。私が前から欲しかったMOMA

ミュージアムの、外側が黒で、内側が青空プリントの傘も置いて

あった。今だと、お洒落な来年のカレンダーや手帳なんかも。

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ここは多分、かつて『ZONA』があった場所だと思う。

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今は『FUGA』という、フラワー・ショップらしい。

店頭のポット植えされた観葉植物がなんとも見事でゴージャス。

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老朽化して、うらぶれた雰囲気のアパート。その名も『原宿団地』。

いまにも物語が始まりそうな窓だ。

「彼女の部屋の窓は何故か、冬でもいつも開いていた・・・」

さっきまで、女がそこに立っていたかのように存在感のある窓。

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これまた、物語が始まりそうな、アンニュイな雰囲気のマンション。

壁の文字は『ヴィラ・ローザ』。

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昔見た映画、『スローなブギにしてくれ』で、山崎努のワイフ役だった

女が住んでいたら似合いそうな ・・・

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明るい窓際の席で彼女は待ってる。

ロイヤル・ミルクティーを飲みながら。

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火曜日の午前に赤坂で無事、商談を終えて、まだランチには早かっ

けれど、思いついて近くの外資系の証券会社で働いている友人に

電話て、一緒にランチしたまではよかった。

その後、ブログにアップする写真でも撮ろうと、表参道で千代田線か

銀座線に乗り換えて外苑前に向かった。銀杏並木はすっかり黄葉

していたけれど、昔とは何かが違ってしまっているように思えた。

いつものように適当に素早く数枚撮り終えると、そこを離れた。

多分そのあたりから、何か、ある種の気分のようなものがついてき

だと思う。

平日だというのに246通りはとても混んでいた。1人でリラックスして

るとき、私はかなりボーっとしている。あまり他人は目に入っていな

いし、だから知り合いに声をかけられても気づかずに通り過ぎてしま

たりする。それでも私は東京生まれの東京育ちだから、雑踏には

慣れ切っていて、ボーっとしながらでも人を避け自分の速度で歩くこ

とができる。『ベルコモンズ』のある交差点で信号を待っているとき、

ふいにいつものように表参道に出て帰るのじゃなく、キラー通りを行

こうと思いついた。ワタリウム美術館『オン・サンディーズ』って今でも

あるのかなと思ったのが理由だが、それが間違いの始まりだった。

記憶というのは、特に思い出そうとしなくても、何かを見た途端すで

に頭の中にあって、頭の画面に勝手に放映を始めるから始末に悪

い。いちど回りだしたフィルムはそう簡単には止まらない。私はここ

(東京)でしか暮らしていないから、必然的に何を見ても何かを思い

出す、ようになっているのだ。

果たしてそれは変わりなく昔どおりの場所にあった。店の中に入っ

も、ほとんど数年前と何ら変わっていなかった。コンセプトも品揃

えも接客の仕方も、何も変えないでもこの場所に存在し続けられる

ショップもあるんだなと思った。前に来たときにも思ったが、美術が

好きな下の子を連れて来たら喜ぶかなと思った。でもそれだけだっ

た。あとは何の感興も湧かなかった。

そこから先はだいぶ飛んではいるけれど、写真でお見せしたとおり

である。私はただ淡々とキラー通りを原宿方向に向かって歩いた。

路面の店はさすがに昔とは変わっていたけれど、そこにはさんざん

知った町並み、見知った雰囲気があった。

けれ決定的に違っているものがあった。

それが何なのかははっきりわかないけれど、少なくとも私は少し

楽しくなかった。それどころか、まるで夢の中で、色褪せた古い

写真の中をいているような気分だった。何もかもがひどく空疎に

感じられた。自分さえも。私の胸に『LOST』の文字が浮かんだ。

私はひどい喪失感に襲われながら、終いにはほとんど軽いトリップ

状態になっていた。その仕上げをしたのが竹下通りだった。

そこは相変わらず、というより、嗜好が多様化したせいで、私が知

っている頃より更に混沌としていた。まるで夜店が並んだ昼間の神

社の境内みたいに色が溢れていてクレイジーで、安っぽくて、雑然

としていて、でも昔ほどのパワーもなかった。まるで種明かしをして

しまったあとの手品みたいだった。

そして、そのごちゃごちゃを抜けて原宿駅が見える頃には、私はすっ

自分が東京にいることの意味を見失ってしまった。

赤坂で友人と別れてから、時間にしてわずかたった1時間。

私は疲労を感じながら、漠然と、誰かをになって、東京、ある

は日本を離れられるなら、それがベストかも知れない思った。

それから誰かの声がした。

「そうちゃん、そろそろ記憶を塗り替えるべきなんじゃないか?」

たとえば、頭のCPUもディスクのメモリも、まだ空き領域の方が多

私の子供達をここに連れて来たら、この街は相変わらず楽しく

て、誘われるエキサイティングな街なのかもしれない。

いささか私のディスクはいっぱいなのだ。

かつて気持ちの高揚感を支えていたのは、あの時代の輝きだっ

たのか、圧倒的な若さによる未来への楽天的な希望だったのか、

それとも一心に愛されていることへのゆるぎない安心だったのか。

若い時だって不安や心細さはいっぱいあったはずだが、忘れてし

まった。ただ何を失くしても、今ほどの喪失感は無かった。

私はこの日、去年の暮れに、青山・六本木界隈に何十年と独りで

暮らしながら、映画を撮ることを夢としている52歳のJ氏に感じた

独特の浮遊感の本質と、人が新しい土地でやり直そうとするとき

の気持ちの両方を理解した。

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