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2005年11月30日 (水)

絵画館前 銀杏並木

kaigakanmae_01

10日前に行った時はまだ完全にグリーンだった絵画館前の銀杏並

木も、やっとほぼすっかり黄色くなりました。

この日は平日の午後だったにもかかわらず、すごい人。

路上には観光バスも駐車していて、たくさんの人で賑わっていまし

た。他の人が映らないように写真を撮るのさえ、とても無理な状況。

そういえばまだ結婚前のこと、人気のない銀杏並木の下で写真を

撮るために、朝早くここに来たことがありました。そのとき恋人が撮

ってくれたステンカラーコートを着た私のポートレイトは、ずっと彼の

部屋に飾られ、結婚した後の新居にも飾られた。その写真のことを

ふいに思い出しました。あの頃の絵画館前の銀杏並木は、もっと綺

麗で光り輝くばかりだったように思うけど、いまやそれも損なわれて

しまったと感じるのは、実際に銀杏の木が老木になって傷んできた

からなのか、思い出が美化されることによるものなのか。

スーツの上に上着を着なくても暖かかった昨日、並木道の路面の

カフェでは黄葉を眺めながらお茶やワインを楽しむ人たちで混んで

いたけれど、分厚く葉っぱが散り敷かれた舗道は踏み潰された

ギンナンの匂いでいっぱいで、そこでお茶をするのはどんなものか

と思われた。同様にビニール袋を持ってギンナンの実を拾っている

人もたくさんいたけれど、近所ならともかくそれを持って電車やバス

に乗ったら臭いだろうなあ、と思ったのでした。

昨日は暖かかったけれど風がとても強くて、風が吹くたび花吹雪

ならぬ銀杏の葉っぱがバサバサ落ちてくる様は圧巻でした。

まさに金色の雨 ・・・

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2005年11月29日 (火)

Warm Red

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とびきり元気に過ごしたい一日の朝は、赤。

心を包みこむような、Warm Red.

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2005年11月28日 (月)

昨日、アニヴェルセルカフェで

wedding

昨日の東京は最高気温18度と、11月末とは思えないほど暖かかっ

たけれど、お日柄も良かったのか ・・・

アニヴェルセルカフェで、私たちがダブルのエスプレッソ1杯で4時間

にも及ぶ喧々諤々のエキサイティングなミーティングをしている間に、

2回も結婚式がありました。

奥にある結婚式場で式を終えた新郎新婦は、カフェでお茶を飲む人

々の間をゆっくり歩いて、表参道に面したエントランスへ。 

その間、トランペットの演奏が鳴り響き、カフェの従業員もお客さん

達も、しばし手を休め、視線を彼らに移して拍手 ・・・。

仕事のミーティングをしていた我々にとっては少々、落ち着かない状

況だったけれど、人生、晴れの日の2人は光り輝いてました。

目白にある東京カテドラル教会で式を挙げた私だけれど、当日のこ

とは今でも鮮明に憶えています。式を挙げる直前にした、1回だけの

リハーサル。本番では緊張しすぎて少々手順を間違えて焦ったこと。

指輪交換のときに相手の感極まる表情を見て、思わずつられて涙が

こみあげそうになったこと。それを式終了後に彼の同僚に言ったら、

「はいはい。ごちそうさま」 なんて、揶揄されましたっけ。

私の強みはその後の現実にどんなことがあろうと、綺麗な思い出は

綺麗なまま、心の特別な領域に保たれ続けることかもしれない。

何かが駄目になったからといって、全てを破棄する必要などない。

リボンのかかった手紙の束は、そのまま心の箱にしまっておこう。

昨日たまたまその場に居合わせた者として、彼らの幸福を祝福する

とともに、昨日の美しい一日が彼らの胸に生涯、刻まれんことを!

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2005年11月27日 (日)

秋の南禅寺

nanzenji_01

おとといのコメント欄に「秋の南禅寺に行きたい!」と書いたら、 京都

近郊にお住まいのブログ仲間のみちこさんが、メールとともに去年、

南禅寺で撮ったという美しい紅葉の写真を送ってくださいました。

ブログをやっていて楽しいのは、こんな風に個人的なおつきあいが生

まれることでもあります。あんまり綺麗なので、みちこさんのご了解を

得て、その写真をブログで公開させていただくことにしました。

これぞまさに借景?

南禅寺は京都、左京の『銀閣寺』エリアにあって、高さ20メートル以

上もある、巨大にして立派な山門がトレードマークの寺ですが、歌舞

伎の舞台に使われたこともあるというその重厚な木の山門に切り取

られた向こう側の景色が、まるで額縁に入った絵のようだったのを

憶えています。また、ここには古代ローマの水道橋をモデルにして作

られたという、レンガ作りのとてもエキゾチックな雰囲気の水路閣が

あって、美大生の格好の絵のオブジェとなっているようです。

それでは、しばし南禅寺散策を ・・・

上の写真と下の写真はお隣りにある永観堂から見た南禅寺の境内

だそうです。

nanzenji_02

あとの2枚は南禅寺入ってすぐ右手にある天授庵の写真で、この庭

園のもみじはもう京都で一番です、とはみちこさん談。

nanzenji_03

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前に読んだ何かの本の中に、京都の古寺めぐりなどして、それほど

会話をしなくても退屈しないでいい時間が過ごせる相手とは、良い

パートナーになれると書いてあったのを読んで、なるほど、と思った

ことがありました。

京都はどこに行くと決めずにただ散歩していてもどこかの寺に行き

着くような町だし、疲れたら境内で休み、しばし風景を眺めて、また

歩き出す、なんていいなあと思います。たまたま、そのときしか見つ

けられない、とっておきの景色に出会えば、それはきっと一生の思

い出になることでしょう。

それでは京都、行きますか ・・・

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2005年11月26日 (土)

小樽ガラス

otaru_004

この小樽ガラスの醤油さしは、もう9年くらいも前の冬に、当時勤め

ていた会社の社員旅行で北海道に行ったときに買ったもの。

その時に見た小樽港は、とても寂れたうら悲しい感じの港だったけ

れど、ガラス工芸館と土産物屋だけは賑わっていた。

時間を与えられて土産物屋に入り、この醤油さしを見つけたとき、

私はひと目で気に入った。手に持ったときのぽってりおさまる感じと

いい、涼しげな藍流しの模様といい、私にはこれが理想的な醤油さ

しだと思えた。たかが醤油さしと言うなかれ! 

探すと意外といい醤油さしって無いのだ。

私の友人は外交官夫人として海外に駐在していた頃に、三ツ星レス

トランのシェフにならった料理の腕前を持ち、都内にある、かつて義

理の祖母が料亭をやっていた後の、中庭のある古い日本家屋にペ

ルシャ絨毯を敷き、イタリヤの家具を入れ、天井からはアンティーク

のシャンデリアを吊って暮らしていて、酒の肴やら和食などを素敵な

器に盛って出してくれるが、醤油さしが妙に現実的で味気なかったり

する。あれはいけない。

それで、これを買うときに私と同じくガラス好きの母の分まで買い求

めようとしたが、残念ながらこれひとつしかなかった。母は大の蟹好

きでもあったので、母には蟹をお土産にすることにしたのだけれど、

やっぱり母はこれが欲しかったようである。東京に帰って機会あるご

とにデパートの中を探したが似たようなものは見つからず、それは後

になって私のささやかな後悔となった。

私が器屋に勤める頃にはもう母は亡くなっていて、器が大好きだった

母が生きていたら、きっとしょっちゅう店に遊びに来ただろうと思うと

悲しかったし寂しかった。

その器屋では毎年、冬の器として作家物の備前を置くことが恒例に

なっていたけれど、そのとき小樽ガラスも取り寄せて一緒にディスプ

レイした。備前と小樽ガラス。これがまた合うのだ。

百貨店の器屋というのは人が想像する以上に3Kの仕事でなかなか

キツかったけれど、プロモーション用の重いダンボールの箱が何箱

も着いて、それを開け、新聞紙やパッキンで何重にもくるまれた大事

な器を取り出して手に取ってみるときの楽しみは格別だった。

そう、12月ともなると、新年を迎える器が送られてくる。

作家ものならおめでたい赤絵の器や干支の置物。それから漆器。

ご飯茶碗やどんぶり。それにちょっといいお箸や箸置きなど。

ささやかでいいのだが、新しい年に常遣いの器や下着を新しくする

ことは、家や家族に新しい、新鮮な気をもたらしてくれる。

居ずまいを正してまっさらな気持ちで、また新たな年を迎える、と

いうのは日本の美しい習慣ではないだろうか。

下は、その土産物屋で社長からお土産をかってやるから選べと言

われて、女性達はアクセサリーなんかを買ってもらっていたけれど、

私はこれがいいと言って、買ってもらったもの。

このガラスのサボテン、私はいま見ても可愛いと思うのだけれど、経

理の女性からは「あなたってほんとに変わってるわね」、と言われた

のでした。そのうえ、「実にあなたらしいわ」とも。

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2005年11月25日 (金)

ラスト・ノート

last

変幻しながら咲き誇る君。最期の色の艶やかさで。

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2005年11月24日 (木)

ハーフ & ハーフ

half

ほんのちょっとしたことから、やっぱり男と女はわかりあえないのか

な、と思ってしまった今朝。

北村太郎の詩に、『ハーフ・アンド・ハーフ』という、男と女がやりあう

会話形式の詩があって、今それを引用しようとして、8行×9連と長

いのでやめた。北村太郎もまた女言葉をとてもうまく遣う詩人です。

詩人に限らず、性別を超えた表現ができるのは物書きの特権だけ

れど、男の物書きが(たとえば太宰治のような手練の作家が)いかに

女言葉で女の感情の機微をつぶさに表現できたとして、また私が男

の視点で文章を書けたにしろ、それが異性を本当に理解していると

いうことになるのか。はなはだ怪しい。

妻のことをベター・ハーフという。最良の片割れ?

最高でもベストでもないところが、なかなか含蓄のあるお言葉。

男と女。半分と半分。陰と陽。

若い頃みたいな幻想に酔えなくなった今、視線の行き着く先に何を

見よう?


(いつも私は男と女、両方の言葉が欲しいので、年齢問わず、重い

 軽いに限らず、コメントいただけたら嬉しいです。いつも通り過ぎ

 てしまうだけのあなたも。)

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2005年11月23日 (水)

檸檬

lemon

久しぶりにレモン・ティーが飲みたくなってレモンを買った。

もうご存知の方も多いと思うが、私はふだん珈琲しか飲まない。

だから、紅茶が飲みたいなどと思うときは、どこかしら疲れている

ときなのかもしれない、と思う。紅茶通の人にとっては紅茶にレモ

ンを入れるなんて邪道だろうけれど、この時期のレモンティーは風

邪の予防くらいにはなるかもしれない。

レモンを買ったら、梶井基次郎を思い出して、本屋に寄って何冊め

かになる『檸檬』を買った。

前に dearcat さんが、高村光太郎の妻、智恵子が亡くなった日を

『レモンの日』だと言って紹介し、光太郎の有名な詩、『レモン哀歌』

を載せていたけれど、私にとってレモンといえばこの基次郎の『檸檬』

のほうがずっと馴染みが深い。これを読んだのは幾つの時だったか。

もう忘れてしまったが、自分と非常に良く似た感覚の人間を見つけた

ような、驚きと喜び。私は子供の頃から母からいろいろな言われ方を

されていたが、その代表的なのが『西洋かぶれ』(外国文学ばかり読

んでいるから)と『貴族乞食』(母曰く、私は貧乏人の子のようじゃな

いから)で、そんな風に言われる私にはぴったりの文学だったのだ。

病と貧困からすっかり生活を蝕まれ、退廃的に日々を送る若い男

が、気に入りの果物屋でたった1個の檸檬を買うことで高揚する、

心の不思議と、自分のなかの美意識の跳躍を描いた『檸檬』。

丸善の洋書棚の前で、棚から好きに画集を引き抜いては積み上

げ、その自分好みに組み立てられた色彩の山のてっぺんに檸檬を

置いて、独り悦に浸りながら、逃げるようにそこを立ち去る男の姿

は異様に鮮烈だった ・・・

それから、落日見たさに、何かに駆られるように黄昏の街を奔走する

男。すっかり力なくなった冬の蝿に『生きんとする意思』を見出して驚

く男の、幻想の中の浴槽のイメージ。新しく清潔な湯が、白い湯気を

上げながら滾々と湧き出しては浴槽の縁から溢れ出すイメージは、

ずいぶん長いこと、私の頭の中に居座った。そして、

『桜の木の下には屍体が埋まっている!』

この1行で梶井基次郎は文学史上に消えざる足跡を残すことになっ

たのだ。原稿用紙にしたらわずかたった数枚のこの短編で。

わずか31歳という若さで夭折した、このおよそ美しい容貌とは無縁

の作家が、もっと長く生きていたらもっと素晴らしい作品を残せたか

ということは、モーツァルトでもよく譬えられるところだが不明である。

今回、あらためて『檸檬』を読み直して思ったのは、実際に書かれた

文章より、自分の中に増幅されたイメージの方がずっと豊饒だった

ことだ。実際に書かれた文章は素っ気無いくらいに簡潔で、余分な

ところがなく、私の頭の中にあったはずの言葉はいくら頁を繰って探

しても無いということがあった。蓋し人の想像は現実を超える。

しかし、そのことまでを含めて文学というのだと思う。

レモンそのものには個人的な思い出があって、19歳の頃に短い間

つきあっていた、九州から受験のために東京に来ていたその男の子

と会うとき、私はいつもレモンを持っていた。少し青いようなレモンは

彼と私の手の間をよく行き来した。彼に向かってぽーんと投げたレモ

ンが青い空で放物線を描くとき、それは私の未成熟な美意識をくすぐ

った。何故レモンだったのかは読み手のご想像にお任せする。

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2005年11月22日 (火)

青山エトセトラ

aoyama

昨日に引き続き、日曜日に撮った南青山・表参道の11月のスケッチ

を。上は、いつかきちんとアップしたいと思っている私の好きなカフェ。

残念ながら日曜日は開店前で入ることができなかったけれど、入り

口にはクリスマスのリースが。

下は最近、気に入っているお花屋さんの、『カントリー・ハーベスト』。

街中とは思えない自然なたたずまいが素敵です。花揃えも豊富で個

性的で、いつもよりちょっとお洒落なブーケをアレンジしてもらって人

にプレゼントしたい、というときにはいいかも。

flower_shop_01 

そして、店内をチラッと。電球色があたたかい雰囲気。

flower_shop

カントリー・ハーベストは表参道の246の交差点を外苑方向に少し

行って右に曲がったところにありますが、そこまで行く途中にある

お洒落なレストラン。日曜も寒いのに店の外のオープン・エアの席で

お茶をしている人あり。ただし友人によると、ここはお味は今ひとつ

というので、お店の名前はノーチェックです。ごめんなさい。

aoyama_01

私の仕事のパートナーが好きな、表参道の『アニヴェルセルカフェ』。

私はこういう派手なカフェは苦手です。デ・プレ・カフェができたときは

すぐに行ったけど。この日もかなりの人、人、人でした。

tasogareomotesandou_01

そしてラストは神宮橋から見た黄昏の表参道。

20代の頃、デートにゆく友人につきあって、彼女の住む初台から

タクシーを拾って、黄昏時にクルマがここにさしかかると、いつも

何故かワクワクしたのを憶えてます。坂をだーっと下りて行って上

ると、南青山。待ち合わせは、今はもう無い喫茶『フランセ』。

思い出すと、ただただ懐かしい。いま思うと若い頃の恋愛にはそう

いったロケーションも大きく関係していたように思います。

ん? それはいまもあまり変わらないのかな?

・・・ 私の友人の場合はそうかもしれない。

この街並みと同じように、今や彼女も昔とはすっかり変わってしま

ったけれど ・・・

tasogareomotesandou

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2005年11月21日 (月)

アートという花

hibino

昨日、仕事で南青山に出たついでに、青山スパイラルギャラリーで

やっていた『ひびのこづえ』展を見てきました。

コスチュームデザイナーで多彩な活躍をする彼女の個展をここで見る

のは、なんと10年ぶり。そのときも確か友人とここのカフェで待ち合

わせがあったので、たまたま見ることができたのでした。

一時期、『とらばーゆ』の表紙などでもよく見ていて注目していた彼女

の仕事を実際に見たときのその新鮮な驚きは、10年経った今でも

鮮明に残っていて、今回また見られたことは本当にラッキーでした。

彼女の縦横無尽に異素材を組み合わせる絶妙な感覚と色彩感覚は

斬新でありながら自然によく馴染み、アーティスティックでありながら

素朴で、甘くないメルヘンに満ちた世界には手仕事の暖かさがあっ

て、何より子供みたいな発想が楽しくて大好きです。

絵が好きな子供だったら、誰でも一度はスケッチブックに、実際には

見たこともないような想像上の服や帽子を、思いつくままに描いたこ

とがあるんじゃないでしょうか。まるで童話のなかの登場人物が身に

つけているような、夢にあふれた洋服や帽子や靴なんかを。

会場にはところどころに人が立っていて注意されそうだったので、あ

まり服などは詳細に撮ってこられなかったけれど、ここにほんの一部

をお見せできたらと思います。ものづくり精神がとまらない、あふれる

色の洪水にしてシックな、『ひびのこづえ』ワールドです。

hibino_01

チュールやベロアやリボンやシルクやデニムや、様々な異素材を組

みあわせた斬新な服たち

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素材は自然素材だけにとどまらず、ビニールだったりスポンジ

みたいなものだったり ・・・

hibino_02

ひとつひとつ細かな手仕事で接ぎ合わされ、コラージュされた1点

物の可愛いトートバッグたち

hibino_04

スリッパだって『ひびのこづえ』が作るとこんなにアートで可愛い!

hibino_06

上のトートバッグや作品の一部は展示即売されていました。

その他にも商品としてオリジナルの着物の生地や半襟や帯、それに

ハンカチやブローチやグリーティング・カードなどの小物も。

興味のある方は以下の関連サイトをご覧ください。

 ☆ ひびのこづえ公式サイトは ここ を。

 ☆ この個展に関することは ここ を。

 ☆ ウエブショップは ここ を。

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2005年11月20日 (日)

山茶花

sazanka_2

小振りの木に、たくさんの葉っぱと花をつける山茶花。

まさしく花盛り、とはこのこと。

この時期の山茶花は、なんて陽気で明るいピンク!

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光のアンドレア

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ストライプの光と影のなかで

とびきりスタイリッシュなアンドレア。

今日の薔薇はよしえさんに。

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2005年11月19日 (土)

夕暮れのカラスくん

yugurenokarasu

カラスって「カア、カア、カア」って鳴いてるときより、それ以外の

鳴き方で鳴いてるときのほうが多いような気がする。

さっき、夕暮れ時にたった1羽で電線にとまって、右を向いたり

左を向いたりしながら、何やら一生懸命に「アッ、アッ、アッ!」

と鳴いていたカラスくん。

あの鳥好きで知られる日本野鳥の会の人にまで1番嫌われて

いるカラスだけど、よく見てるとけっこう憎めない奴です。

昔は童謡にもなって子供たちにも歌われて、夕暮れといったら

カラスだったのに、いつからこんな嫌われ者になったのか。

カラスはまだ人との距離を取っているからいいけれど、人の生

活に図々しく侵食してくる鳩の方がむしろ私は嫌いです。あの

くぐもったような低い鳴き声もどうも苦手。

昨日のコメントで、秋も深くなって寒くなってくると妙に人恋しい、

という話がでたけれど、このカラスくんも何やら1羽で淋しげ。

一生懸命、仲間を呼んでいたのかな?

「鳥が何を言ってるか、わかればいいのになあ・・・」

洗濯物を取り込みながら、思わずつぶやいてしまいました。

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ラ・フランス

lafurance

果物が高くなっているなか、なぜか昔よりも安くなっている

ラ・フランス。

生産が安定したのか、それほど人気がなくなったのか、

生産者の実情が気にならないでもないけど。

それにしても、このちょっと無骨な不揃いの形と深い色。

もう遠い昔になってしまって忘れちゃったけど、思わず

絵心を掻き立てられるこの形状 ・・・

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2005年11月18日 (金)

洗いたてのシャツ

shirt

今年はただひたすら仕事だけしようと思ってた上半期

それは風に揺れる洗いたてのシャツみたいに

すっきりさっぱり 自由で

恋をしてない自分も悪くない 

と思っていたけど

誰かを好きでいる日常は

やっぱりいいと思う 今日この頃

何より優しい気持ちになれるから

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2005年11月17日 (木)

sunshine

sunshine

分厚い雲の間から

陽がまだらに射してくる

それだけで

こんなにあたたかい


人が人と繋がれないのは

人が勝手につくりだした

目に見えない心の壁


締め切ったカーテン開けて

出てこないか?

Won't you come out to play ?

Won't you open up your eyes ?

Won't you let me see you smile ?

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2005年11月16日 (水)

毎日の贅沢

yuge_016

いまやすっかり習慣と化してしまったけれど、私の毎日の贅沢は、

この備前のカップで極上絶品の土居珈琲の珈琲を飲むことです。

毎月第3週の木曜日に、社長自ら焙煎したての珈琲を送ってもらう

ようになって早数ヶ月。最初はただ試してみるだけのつもりだったの

が、たったその1回で他の珈琲が全く飲めなくなってしまいました。

そんなのって贅沢だと思う人がいるかも知れないけれど、毎日、

珈琲を飲む私としては結局どこかしらで珈琲豆を買ってこなければ

ならないし、近所のスーパーでちょっと良さ目の(でもいつ輸入して

いつ焙煎したかもわからない)200グラム入りの豆を買うのに結構

高かったりする。

それを考えると、世界のたった5%の人しか飲めないようなプレミア

ム珈琲を、好みの焙煎でローストしてもらってすぐに送ってくれる、

しかも送料無しで豆の代金だけで、というのはありがたいことだし、

手の届く贅沢かなと思います。

ただ土居珈琲の豆にしてから、それまで紅茶党だった子供たち2人

までが今やすっかり珈琲党になってしまい、この私のささやかにして

密やかな愉しみは、私だけのものではなくなってしまいました。

ちなみにうちは新聞をとっていません。もうかれこれ8年くらいになる

でしょうか。最初は1日のうちに家にいる時間が寝ている時間を除く

とわずか数時間しかなくて、それも家事で寝るまでフル回転だったの

で、新聞を読む暇が無かったのです。それでも活字中毒だった私は

とってる新聞を右から左に捨てることができなくて、寝る時間を削っ

て新聞を読んでいたのだけれど、あるとき、そんなことをするのにも

すっかり疲れてやめてしまいました。第一、毎日、睡眠削って新聞を

読んだところで紙面は暗い話題ばかりでちっとも良いことはなかった

し、だったら新聞やめて、その分子供に絵でも習わせた方がいいや、

なんて思ったのが始まりでしたが、新聞やめて気づいたのは、生活

に何ら支障が無かったことです。後に、作家のスザンナ・タマーロが

やっぱり、新聞読んでてもちっともいいことないから私は読んでない

と書いているのを見て、なんだ私だけじゃなかったか、と思いました。

削れるところは削って贅沢するところはする、というのは無いなりの

キリギリスの智恵です。でもちなみに実家に行くとすぐさま新聞探す

のも私です。

着いたばかりの土居珈琲のダンボールを開けて、選び抜かれた今

月のスペシャル・メニューを読みながら最初に封を切る袋を決めて

最初の1杯を淹れるとき、もはや習慣となってしまった今でも幸せを

感じます。それにしても、子供のときからこんな珈琲を飲んでいたら

大人になって外で飲む珈琲にお金を払うのが嫌になってしまうんじゃ

ないかと思う。

で、今朝も1杯。極上のアロマ。寒い朝は湯気もごちそう。

mybizen

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2005年11月15日 (火)

雨のマチルダ

amenomatilda

そして、今朝の冷たい雨に濡れたマチルダの表情です。

あいにくのお天気だけれど、今日、紀宮様のご婚礼の儀。

そういえば紀宮様という方も、年齢を感じさせない、清楚な

一重の薔薇のような方だと思います。

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生さんからの葉書

bizen

備前専門の器屋さん、『ギャラリーせい』の生さんから個展のご案内

の葉書が届きました。

銀のお盆の上に載った、全く異素材の土味豊かな備前の対比。 

これだけで、寒い冬に温かな備前の個性が鮮やかに際立ちます。

今回は江間廣さんの個展で、私が初めて友人とギャラリーを訪れた

時にやっていたのが、この江間さんの個展でした。

そのとき見た、タマゴボーロみたいななんとも言えない明るい焼き色

と、まあるいフォルムの温かな手触りが気に入って手放せなくなって

しまって買ったのは、小さな豆鉢がふたつ。かぼすを二つに割って

入れたらちょうどよいくらいの、ほんとに小さな鉢です。

小さくてもとても丁寧に作られたその器を大事に持って帰って、しば

らく日の当たる目に付くところに置いて毎日眺めていたのを憶えて

います。以来、自分に買える範囲の小物をたまに買うくらいの、大し

たお客でもない私を大事にしてくれている生さん。以前に話したとき

に、備前は若いときよりも、ちょうど人生に疲れてきた頃にハマる器

だと聞いたことがありますが、確かにそうかもしれないと思います。

若いときはもっと薄くて綺麗な器が好きで、こんな土々した器は好き

じゃなかった。

いま、何より土ものの温かさが愛しいのは、作り手の手の温もりと、

自然の土と火の温かさを感じるからだと思います。

器好きの方は買わなくてもぜひ手にとって、その良さを発見してみて

ください。

江間廣さんの個展の期間は、11月27日から12月4日まで。

場所は東京・南青山の『ギャラリーせい』です。

詳細は、『ギャラリーせい』のホームページでご確認ください。

hachi

これは私が初めて買った備前の豆鉢

hachi_01

実においしそうな焼き色!

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2005年11月14日 (月)

冬の赤

fuyunoaka

色を失くした

初冬のモノトーンの街の中で

とびきり印象的な

赤になりたい

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2005年11月13日 (日)

豆乳の話

tounyu_01

豆乳を飲み始めてもう5年以上になるだろうか。

実に様々な健康法やダイエット法が次々に話題になって流行っては

すぐに消えてゆくなか、この豆乳だけは違う気がする。

というより、依然下火になるどころか、確実に豆乳を飲むことを生活

習慣として定着させた人が多くなったようだ。スーパーに行くたびに

陳列のフェイスを増やしているし、前は紀文の調整豆乳しか置いて

いなかったのが、今は数社のメーカーのものが置かれ、ダイエーなど

は最近、自社オリジナルで廉価のものを出したばかり。それも調整し

たのと無調整の両方を作る念の入れよう。それは置けば確実に売れ

るからってことだろう。実際によく行くスーパーでは売り切れていて買

えないことも多い。

そして豆乳が一過性のブームやトレンドで終わらなかったのは、飲ん

だ人が何がしかの良好な体感をしたからだと思う。

豆乳といえば大豆イソフラボンで、これが女性ホルモンと同じような

働きをすることから、更年期障害を緩和したり、乳がんを予防したり、

肌を白くしたり、生理不順を改善するなどの効果が上げられていて、

いまや女性の味方みたいな感じだけれど、もちろん女性にだけ良い

わけではない。私の手元にある資料によると、肥満の男子学生に1

日2回、食事の前に200ミリリットルずつ飲んでもらったところ、4週

間後には血液中の脂肪分の多さを示すコレステロール値、中性脂肪

値、そして肝臓の脂肪の多さを表すGOT、GPTが改善したとある。

肥満は高脂血症や高血圧にも良くないので、コレステロールを下げ、

血圧を下げる効果もある豆乳は肥満傾向にある中年以降の男性に

とっても大きな味方といえるのではないだろうか。しかもある教授に

よれば、単に総コレステロール値が低下するだけではなくて、善玉

コレステロールの割合が高くなることもわかっている、という。

以前に、アメリカの有名な細胞栄養学の教授のセミナーに行った時、

アメリカに肥満が多いのは、国内で生産された大豆の90%を輸出

してしまって摂取しないからだ、アメリカにくらべて日本人に肥満と直

腸ガンが少ないのは、昔から大豆製品を摂ってきた優秀な食生活に

ある、と言っていたけれど、いまや日本の肥満もアメリカに追随する

社会現象。高蛋白・低脂肪、体脂肪を減らし、骨密度も上げてくれる

豆乳はこれからもますます人気となりそうです。

ちなみに家では、シチュー、パンケーキなど、牛乳を使う料理は全て

豆乳を使っていますが、味もほとんど変わりなく、おいしく作れます。

まだ飲んでみたことがない方は、一度試してみてはいかがでしょう。

写真は丸井の地下(いわゆるデパ地下)で売っている豆腐専門店の

『豆乳チーズケーキ』。

ケーキといっても見た目はお豆腐そのものなのでケーキみたいには

切れません。味はレアチーズケーキの中身だけを食べてるような感

じ。私自身はほとんど間食をしない(する暇もない)のだけれど、たま

に 定価630円 → 400円 になっているようなときに子供のため

に買います。最近、豆腐専門店なるものもすごく増えましたよね♪

tounyu

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2005年11月12日 (土)

COLORS@ゲーテ座

midori_2

今日は昨日と正反対の良い天気! 秋晴れでした。
どうして昨日、こういう天気にならなかったかなあと、思う。
そうしたら昼の間に出かけて、秋の横浜の素敵な景色をここに
アップすることができたのに。残念。
というわけで、ライブのレヴューを書くわけだけど、今日は少々
書きずらい。なぜかというと私はもともと翠さんから『辛口』と言わ
れていて、私は自分がいいと思ったときは、それこそベタ褒めで
帰ってくるのでそんなこともなかろうと思うのだけど、今日はその
辛口のほうになってしまいそうだから。
写真もうまく撮れなかったし(聴くことに集中していると写真なんか
どうでもよくなってしまって)、いっそ書くのをやめようかとも思った
けれど、それも変かな、ということで。
ただ最初に書いておきたいのは、聴き手の感じ方なんて個人の主
観に過ぎないし、聴く側のコンディションもあれば、ライブであれば
ミュージシャンのコンディションもある。それに表現者というのは物
書きにしろミュージシャンにしろ、受け手に気に入られるために表現
しているわけではないので、基本的には自分が情熱を持ってやりた
いことを好きにやればいいのである。誰がなんと言おうと。
(そう、たとえばグレン・グールドみたいに!)
けれど、(自分自身も含めて)たいてい人の評価が気になってしまう
のが人間であるからして。そこが難しい。
(今日は長くなりそうなので、長文を読みたくない人はすっ飛ばして
 ください。)
と、そんなツマラナイ前置きはさておき『COLORS』と題された昨日
のコンサート。
期待した西村和彦氏のピアノは、最初の一音からすごく良かった。
でも、なんだろう。西村さんのほかの人とやっているライブもソロCD
も聴いていないのでなんとも言えないのだけれど、以前にやはり翠
さんとのライブのときに彼のオリジナル・ソロと、今まで聴いたことも
ないような『ワルツ・フォー・デビー』を聴いた印象から、西村さんは
単独(ソロ)で聴いてみたい人のような気がする。とてもイマジネーシ
ョンあふれるリリカルなピアノを弾く方で、そういった意味からも昨日
の曲のラインナップ(下が曲目リスト。読めるでしょうか?)は、ちょっ
と彼には違うんじゃないかと思った。

colors 

歌の伴奏としては清水翠と息があってない感じがしたし、上滑りにも
感じた。今回、初めて聴いたパーカッショニストの久米さんという方も
きっともっと違う音楽でなら良いのかも知れないのだけれど、西村和
彦と清水翠という2人のデュオに割って入るには違うかなという印
象。それぞれが違う色を出していて、それがうまく混ざって(コラボレ
ートして)いないという感じがした。
いつもゲーテ座でやるときはコンセプト・ライブということになっている
ので、テーマに合わせてどんな曲をもってくるか、というのが興味でも
あるのだけれど、今回、初めて聴いたのは3曲くらいだろうか。
変わったところではイーグルスのデスペラード。昔、イーグルスのファ
ンだった私としては懐かしかった。
『Don't let me be lonely tonight』は原曲では聴いたことがなくて、
エリック・クラプトンが『レプタイル』の中ですごくブルージーにやってい
て、「Yesなんて言わないでくれ、でもNoなんて言うな。お願いだから
今夜は寂しくしないでくれ。」と、駄目男のグズグズを超カッコ良くや
っている切ない曲なんですが、これを翠ちゃんがやると、こんなに軽
くて可愛くなるんだ、と今回、発見があった曲。
でも、その3曲を抜かすとほとんどが聴き慣れた曲で、それほど真新
しい色はない。最初にこの曲目リストを見て思ったことは、今回もイギ
リスの曲が多いこと。それはそのまま今の翠さんの傾向を示すところ
でもあるんだけれど、(誰によらず)ライブに行って思うのは、ミュージ
シャンがやりたいと思うことと、聴く側が求めることにはいつもズレが
あるんだな、ということ。そしてもっと言ってしまうと、ヴォーカリストが
やりたいと思っていることが、必ずしも本人の声質や歌い方に合って
いるとは限らないんじゃないかということです。
翠さんを知らない人のために少し書くと、若いときにジョアン・ジルベ
ルトに心酔して、彼みたいに歌いたいと思って声のどこにも負荷をか
けずに歌った最初のCD『REMAINS』というアルバムがあって、私も最
初にそれを聴いて一発で好きになった、という経緯から、どうしても翠
さんというと、そちらの系統(ブラジル音楽)を望んでしまうところがあ
る。翠さんはもともとはロック・バンドをやっていた人なのでロックにも
ポップスにも詳しくて、選曲にも普通のジャズ・ヴォーカリストにはない
妙があってそこがまた大きな魅力でもあるのだけれど。
個人的には、ブラジル音楽、オリジナル・アレンジのジャズのスタン
ダード・ナンバーに彼女好みのポップスを少々、というところが(私が
思う)理想的なラインナップと言えるかもしれない。
清水翠さんはどちらかというと硬質で、スピリチュアルな透明感があ
って、どちらかというと暖色ではなく寒色の印象がある曲が好きなの
かなと思うのだけれど、私は彼女にはもっと肩の力がぬけた、暖色
の、あたたかい音楽の方が、その声質にも歌い方にも合っているよ
うな気がしてならない。喜怒哀楽を表現してもっと自在であっていい
し、もっと弾けていい。曲ごとに感情のコントラストをはっきりつけない
とカラフルにはならないと思いました。
最後にもうひとつ言うと、翠さんの歌を聴いて泣くのは私ばかりでは
ないのだけれど、いつも翠さんの歌にある特有の『切なさ』が今回は
感じられなかったように思う。
そして、この曲目リストを作ったのは翠さん本人かと思うのだけれど、
これってほんとにうまく今の翠さんの心象風景を表しているんじゃな
いかな。まさにこんな感じ。
前回のゲーテ座は翠さんの大好きな宮沢賢治を題材としていて、難
しいテーマながら『好き』のパワーで実に生き生きとした翠ちゃんを
見られて良かったけれど、今回、私が感じた翠さんのカラーはスモー
キー・ブルーで、全ての色にほんの少しスモークがかかった感じ。
・・・ というわけで、清水翠さんの『COLORS』は、私にとってはカラ
フルではなくて、ワン・トーンでした。
ちなみに、色彩学でいうと人は四季の色に分けられるのだけれど、
翠さんはどの季節になるのだろう?
自分で自分の持って生まれた色を知るっていうのは意外に重要で、
自分で思う自分の色と、他人から見た自分の色、それが一致して、
なおかつそれが人の求める色なら、そこで初めて共感される、愛さ
れるってことなのじゃないかと思う。
とはいえ、私が好きになるってこと自体がピンポイントなので、今後
も翠さんは好きなことをやり、私はそれを見続けることになろうかと
思う。
誰がなんと言おうと百聞は一見に如かずなので、こんな私の拙文
でも、翠さんや西村和彦氏に興味を持った方はぜひCDを聴くなり、
ライブに来るなりしてくださるとありがたいです。
願わくはコンサート会場がいっぱいにならんことを!
この次に期待。

yokohama

港の見える丘公園からの夜景

yokohama_01

ライトアップしたホテルの前の街路樹

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2005年11月11日 (金)

綿菓子とぼんぼり

bonbori_01

お雛様のピンクのぼんぼりみたいな薔薇。

愛くるしいって、まさにこんな感じ。

bonbori

そして、綿菓子みたいな粉粧楼(フェンザンロウ)。

いまにも、ふわっと消え入りそうな ・・・

watagashi

****************************************************

さて、今日は前にお知らせしたジャズヴォーカリスト、清水翠さんの

横浜山手ゲーテ座でのライブ・コンサートの日です。

あいにく私は友人達がことごとく都合がつかずに今のところひとり

で行くことになりそうですが、ライブは今夜7時半からなので、今日

予定してらっしゃらなかった方でも今からでも間に合いますので、

気が向いたらぜひお出かけください。

今夜は寒くなりそうですけど、そう、今夜10時前にはHAPPYな

気分で『港の見える丘公園』の夜景を眺めて帰って来られること

うけあいです。どうかよろしく!

詳細は10月11日の記事をご覧ください。

11/11 (金)
開場 19:00
開演 19:30
当日 2500円
前売り(電話予約)2200円
チケット予約・お問い合わせ
岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座 (マップあり)
TEL.045 623 2111

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2005年11月10日 (木)

自然の芸術

geijyustu

なめした皮を染色したような柔らかな手触り。

でも、これを人間の手でやろうとしたら、

とてもこんな風にはいかない。

自然がつくりだした、

秋の芸術。

geijyutsu_01

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2005年11月 9日 (水)

彼女の日常

biora

せいぜい半径数百メートルの行動範囲における、彼女の日常の喜怒

哀楽。

時に独りで悦に入ったり自画自賛してみたり、かと思えば妙に自嘲

的になったり自己嫌悪に陥ったり、たまに世を憂えてみたり、腹を立

てたり、つまらないことが可笑しかったり自然に何かを重ねてひとり

ごちたり、いとも簡単に泣いたり笑ったり。時にどうしようもなく疲れ

果てたり、立ち直れないくらい落ち込んだり。

年々、若さは失われて、容色は落ちる一方だし、他人の視線より厳

しいのは自分のジャッジで、傍からはいたって平然としていながら、

すぐには解決しそうもない深刻な問題を幾つも抱えていて。

そんな彼女の日常を支えるのは、汲めども尽きせぬ音楽の喜びだ

ったり、お陽さまの温かさだったり、子供が見せる意外に無邪気な

笑顔だったり、ごく稀に天から降ってくる詩のワン・フレーズだったり、

目に見えぬ旧い友人との繋がりだったり、今朝、咲いたばかりの一

輪のバラだったり、愛しい男の思いもかけぬ優しさだったり、今日の

コメントの笑える1行だったり ・・・

そんな日常のささやかな幸せや発見や救いや優しさや励まし。

そしてもっと小さなことでは、たとえば昨日、風に揺れていたビオラ。

近所に新しくできた雑貨屋の店先に並んでいた、ペーパカップに入

ったこのビオラは、オープン記念で1個80円也。

これはたぶん、100均で買ったペーパー・カップに植えつけただけ

の簡単なもので、なんてことないけど、良いアイディア。

キッチンのささやかな彩のアクセント。

さて、今日もおまじない。

 Day by day,in every way, I'm getting and better.

(フランス人の心理学者、エミール・クーエの提唱した言葉)

そしていま、私を照らすお陽さまと、あなたに感謝!

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2005年11月 8日 (火)

真夜中のブラームス

glenngould

ピアノをたたく人は
空に浮いている
誰かの腕が
彼を落ちないようにしているのだ

愛を知ろうとする人は
かぎりなく落ちつづけている

(北村太郎 / 詩集『北村太郎詩集』より『小詩集』3連目)

****************************************************

数年前の夏、突然、訪れたその出来事は、私の意識を覚醒し、高揚

させもしたけれど、疲れるったらなかった。

陽が昇っている間中、私の胸はあるひとつの期待感のために高鳴

り、一日中、動悸がしていた。まるで重度の心臓病患者のように。

陽が沈み、全ての色彩が闇の中に没すると、私は諦めとともにやっ

とほっとした。「もう私には何も打つ手はない」。

かといって夜は夜で眠れるわけもなかったので長い手紙を書いた。

最初はワープロで、書いては削除し、書いては削除しを繰り返しな

がら、延々と時間をかけて。途中で長く愛用していたプリンタがつい

に壊れると、手書きで書いた。手書きで手紙を書くなんていうこと自

体、いったい何年ぶりだったろう。書いてるより、便箋をまるめて捨

てるほうが多かった。もともと少なかった睡眠時間を削って、いった

い何通の手紙を書いたことやら。いま思うとすごい情熱。

いつものことだが、どんなに不安定な精神状態でいても、書き始め

ると不思議と落ち着いた。感情にうまくフィックスする言葉がみつか

らない間は苦しんだけれど、いったん書き終わってしまうと、書きき

ったことで何かを終わらせることができた。それを相手が読んでどう

思うかとか、何が始まるとか始まらないとかについてはほとんど全く

考えなかった。それは私の業でもあり、性みたいなものなんだと思

う。ただ、そうやって書いたものは相手に必ず通じるという確信だけ

があるから。

そうして、夏の暑い夜に夜通し手紙を書く私の傍らで、いつもオート

リピートで鳴っていたのが、グレン・グールドが弾くブラームスの間

奏曲集だった。

この間奏曲は交響曲第4番と同じく、ブラームスの最晩年に書かれ

たものだが、ここには交響曲に見られるような激しさも、鋭角的な音

の上下もない。最後の最後となって、感情のどんな縛りからも解き

放たれたブラームスの心情をあらわすような、きわめて優美で官能

的で、瞑想的ともいえる音楽があるだけである。

それを弾くグレン・グールドは、そのカリスマ的な天才ぶりだけでな

く、その愛すべき奇人変人ぶりで、コンサヴァティブなクラシックの

世界に数々の伝説を残したユニークなピアニスト。彼が夏でもコート

にマフラー、指先を切った手袋、といういでたちで、実際のコンサート

のピアノに額を付けんばかりの低い姿勢で弾く姿を一度でも見たこと

があるなら、彼の異端児ぶりがわかるだろう。しかも歌いながら弾く

のだ。いついかなるときにも。

グレン・グールドは極端な潔癖症のため、人と直接交わることを好ま

なかった。見てのとおり、彼は美しい金髪をした素晴らしい美青年で

あったにもかかわらず、生涯独身で通したばかりでなく、もしかしたら

その生涯を通して女性と一度も交わったことすらなかったかもしれな

い。けれどグレン・グールドは官能のなんたるかを知っていた。

音楽を通じて、ピアノと心身ともに交わることで。

グレン・グールドが自分の奏でる音楽に陶酔しているとき、彼はまご

うかたなきエクスタシーのなかにいた。

そのグレン・グールドをして「sexy」と言わしめたのが、このブラーム

スのインテルメッツィなのである。

彼が弾く間奏曲は淡々としていながら限りなくエモーショナルで、

繊細な感情の揺れのようなものが感じられ、そこに自分の気持ちを

重ねて身をまかせていられるなら、どこまでも心地よい。

坂本龍一などは、ブラームスは交響曲など書く必要はなかった、

この間奏曲だけで充分であると言い、実際にこのグールド盤は長い

こと彼の愛聴盤だったらしい。ブラームス好きの私は何もそこまで

言わなくてもいいじゃないかと思うけれども、逆に言えばこの間奏曲

集がいかに良いかということである。

私にとってこの間奏曲集は、長いこと、気持ちを沈静させるための

精神安定剤がわりだった。

秋も晩い今頃の夜中、適度な音量で、気持ちを落ち着かせるため

に聴く音楽としては最良にして最高の音楽と思う。

GG

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲

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2005年11月 7日 (月)

東京は今日・・・

rainbow 

東京は今日、快晴で雨も降らなかったのに、とっても綺麗な

虹が出たらしい。これぞまさに、Amazing grace !

六本木・赤坂界隈にいた人にはよく見えたんだろうか ・・・

見たかったな ~~ !!

(画像は J-awave 『ランデブー』の VieVie のページから拝借)

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もうひとりのマチルダ

matilda_03_2

10月30日に『夕暮れのマチルダ』としてアップしたときは、完全な

平咲きだったマチルダの、ツボミから開ききらないときの表情です。

全く違う花みたいに見えませんか?

これはもう、別の花、というより、もうひとりのマチルダ。

いくつもの表情を持った女(ひと)っていつまでも興味が尽きないし、

魅力的だと思う。

あたたかい陽射しを浴びて光り輝く真昼のマチルダと、寒い午後の

透き通るようなマチルダ。

matilda_02_2

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2005年11月 6日 (日)

お寒うございます。

potato

東京は昨日は10月中旬の陽気とかで、日中は暑いくらいだったの

に、今日は打って変った寒さです。

寒いのと目の下にクマができているのとで、休みの日の特権と、半

身浴でもしようと午後の変な時間にバスタブに沈んでいたら、近所

の友人から電話があって子供が出たところ、今からお菓子を届けて

くれると言う。慌ててバスルームを出る間もなく友人はやって来て、

私が呼んでも聞こえなかったらしく瞬く間に行ってしまいました。

私も後で焼いたばかりのCDを届けに行こうと思ってるところ。

ふだん滅多に会わなくても、いざとなったら歩いても行ける距離に

友人がいるというのは便利だし、ありがたいことです。

折りしも外は雨になった様子。この雨以降、東京は本格的な寒さ

がやって来るそうです。冬だからってネガティブにはなりたくないけ

れど、思わず嫌だなあーと思ってしまう。

Yahoo ! を開いたらいきなり、『本田美奈子 死去』のニュースが

目に飛び込んできて、個人的には関わりのない方だけど、友人が

診ている患者さんでもあり、話も聞いていて、いつも彼が日々彼女

が元気に復帰することを祈っていることも知っていたから、とても

ショックを受けました。弱冠38歳。つい先日までTVで元気な姿で、

前向きなビジョンを語っていたのに。どんなに美しい容姿と天賦の

才を与えられても、死んでしまったら(この世では)おしまいです。

人の人生って本当に儚いなあ ・・・

個人的にも昨晩、知人からの突然の電話で、ショッキングで悲し

いニュースを耳にしたばかりでした。

みなさま、寒さに向かう折、どうかお身体お大事に。

同じく、心もお大事に。

(写真は友人が持って来てくれたチャイナポテト。熱いほうじ茶と

 ともに。ウエブからなんですが、マリコさま、ごちそうさまでした。)

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スーヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾン

souvenir

先日、『恋の始まり』でツボミの写真をアップした、

スーヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾンが咲いたところです。

最初はこんなカップ咲き。

souvenir_01

そして、さらに開くと、平形クォーターロゼット咲きに。

花が大きくて重いので、支えていないとうつむきがちです。

***********************************************

それから、これはガーデニング・ショップで見つけたバラの

おまけ画像。みちこさんの『つるバラの庭』で、ツボミはつく

のに咲かないバラとして紹介されていた、『マザーズ・デイ』

のオレンジ・バージョンです。

房咲きの可愛いカップ形の優しい感じのバラ。

mathersday

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2005年11月 5日 (土)

秋なのに桜?

sakura_005

最近、他の方のブログでも桜の画像が載っていたけれど、

私も近所で桜が咲いているのを見つけました。

いわゆる寒桜というのはもっと寒い時期に咲く、赤に近い

ような濃い色をした桜だから、これは違うと思うけれど、

ならいったいこの時期になぜ?

sakura_002

春にいっせいに咲く豪奢で妖艶な桜と違って、秋空にちらほら

と咲く桜は、風に揺られてなんとも儚げ。

sakura_006

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2005年11月 4日 (金)

秋の虫

tombo

朝いちばんにベランダの手すりにとまっているのを見つけた

赤とんぼ。こんなにカメラを近づけてもピクリともしない。

もう秋で気温も低くなり、それに寿命も近づいて動きが悪くな

っているのかなあ、だとしたら切ないぜ、と思っていたら、

今度はバラに水やりしていて、バラの枝にしっかりつかまって

いる大きなバッタ発見! 同じくカメラを近づけても動かず。

夏の間はいくら探しても見つからなかったのに、今頃なにゆえ

殿様バッタが家のベランダに?

秋深し 虫の君は 何想う?

お粗末!

batta_2

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花ひらく

un ,          深呼吸

un

deux ,          ふわっ!  

deux

trois ,        にこっ (^-^)

trois

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2005年11月 3日 (木)

soiree

andorea

まるで夜会服(ソワレ)みたいな薔薇。

これは2005年の新作ミニチュア・ローズで、

本当の名前は 『アンドレア』 です。

でも、私ならきっと 『ソワレ』 と名付ける。

こんな素敵な夜会服を着て、クリスマスのイルミネーションで彩ら

れた、ジュエリーみたいな冬の街に繰り出したくないですか?

そしてソワレといえば、もの書きのボスに連れて行ってもらった

東郷青磁も愛した京都の老舗カフェ、『喫茶ソワレ』。

昭和初期のレトロな雰囲気に若いファンも多いよう。

また行きたいなあ ・・・

andorea_01

薔薇の世界は次々と新種が開発されていて、ガーデニングショップ

には常に見たことのないニュー・フェイスが。

自分で交配をして新種を作り出すのも、薔薇栽培の愉しみのひとつ

らしい。私も来年は交配にチャレンジしようかと思ったりして。

大好きなコンスタンスプライに何かを掛け合わせて、とびきり明るく

て、しあわせいろの薔薇を。名前は 『ALFIE』。

映画をご覧になったことのある方はわかると思うけど、マイケル・

ケイン演じる、浮気性だけれど、どこか憎めない恋人の名前です。

アルフィー』 はJAZZのスタンダード・ナンバーとしても有名。

交配で自分だけの新種を作ることはそれほど簡単ではなさそうだ

けれど、考えただけでもわくわくします。

***************************************************

これももうかなり前のことになるけれど、田村正和と宮沢りえと木村

拓也が競演して話題になった『協奏曲』というドラマがありました。

3人という、微妙で危うい均衡を保った彼らの不思議で素敵(?)な

三角関係を彩った主題歌がこの『アルフィー』。

朝陽を思わせる淡いパステルの映像をタイトルバックに、ゆっくりと

開いてゆく薔薇を思わせるような、バネッサ・ウイリアムズの優しい

歌声に魅了されたものでした。以来、この歌は私が英語で歌える

数少ない曲のひとつです。(実は18番です。あくまでキッチンで。)

私はこの歌詞のなかに女性心理のひとつの真理があると思うのだ

けれど、いかがでしょう。

それにしても、まったくタイプの違う男の人2人と3人一緒に暮らす、

というのは(ジャンヌ・モローの『突然、炎のごとく』しかり)、けっこう

女の人の憧れるところじゃないかと思うのだけど、こんなこと書くと

不謹慎?

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2005年11月 2日 (水)

タイム・トゥ・ラヴ

stevie_wonder

今日2日。

昨日、ああいう記事を書いて、今日これを書けるというのは本当に

嬉しい。昨日やっと届いたのだ。私がオーダーした中の何かが足

りなかったために遅れていたスティーヴィー・ワンダーの新譜が!

いつかの朝、ラジオから突然 『Frome The Bottom Of My Heart』

が流れてきたときの純粋な驚き。背筋がぞくぞくっとしたとたん、

一瞬で心を奪われた。なんともいえない幸福感 ・・・

脳内の幸せホルモンが一気に放出される感じ。

スティーヴィーの圧倒的な愛を感じた。

先月19日に出たばかりのこのスティーヴィー・ワンダーの新作

は、なんと10年ぶりのアルバムとなる。正直言って、私はもう

スティーヴィー・ワンダーには昔のような曲は書けないのかと思

っていた。だからラジオから先の曲が流れてきたときも、私の知

らない古い曲が流れてきたのかと思ったくらいだった。ところが。

スティーヴィーの心のなかには昔と寸分たがわぬ愛にあふれた

メロディーが流れていたのだった。死ぬまで変わらぬ血と同じよ

うに。これに感動せずに何に感動しよう?

相変わらずアメリカは意味のない戦争を止めないし、テロは起

こり続ける。人は声をかわすかわりに、天災にしろ人災にしろ、

ひとたび何か起こればあっという間に寸断される細い電話線を

通じてかろうじて人と繋がろうとしている。

スティーヴィーほどの人であれば、今この時代にソングライティ

ングを続け、自分の声を世界に発信し続けることに、どれだけ

の意味を見出しているか計り知れない。自身のなかに沸き起こ

る音楽を通じて世界中の人を幸せにできるとしたら、なんて素

晴らしい仕事だろう!

『音楽をクリエイトするには、まず何より人生を生きていかなけれ

ばならない。そして、その人生からインスパイアーされなくてはな

らない。そして、世界と共有できる経験をしなければならないのだ。

『タイム・トゥ・ラブ』は、今こそ、今まで以上に『愛』をもっと世の中

の全面に出す必要があることを訴えている」と、スティーヴィーは

言い、多くの戦争やテロが起こる今日、愛だけがそうしたことを止

めさせる力になるというメッセージを発信し、それがそのままこの

アルバムのコンセプトになっている。

それは76年に発表した傑作 『Key Of Life』 の冒頭を飾った、

『Loves In Need Of Love Today』 の、『今日、愛が愛そのもの

を必要としている』とほとんど同じメッセージであり、約30年前

と同じことを21世紀の今、再び発信しなければならないところ

に世界の問題の根の深さが潜んでいる、とライナー・ノーツは

結んでいる。私はこの先、独りで生きてゆく覚悟がある、などと

言う気は毛頭ない。人が結局のところ1人で生まれて1人で死

んでゆくとしても(ここにも大きな間違いがあるけれど)、生きて

いる間は人と生き、愛ある人生を実現するとむしろ宣言したい。

仕事の手を休め、届いたCDの封を切って聴き始めたら、いま

までこんなことなかったくらいに泣いてしまった。

音楽の素晴らしいところは、言葉のように租借し、理解し、それ

が人の思考を働かせたり、胸の琴線なり涙腺に届くのと違って、

何をしていても耳に入ったとたんに(たとえ言葉の意味が理解で

きなくても)、一瞬で自動的に人の心をチェンジさせる力を持って

いることだ。1人でも多くの人に聴いて、幸せになってもらいたい

と思う。

****************************************************

追記:この新作アルバムが発売されるまでには、何度も発売延期

になるような出来事があったようだ。ひとつにはレイ・チャールズの

死。もうひとつは、スティーヴィーの最初の妻であり、ソングライター

としてのパートナーだったシリート・ライトの死。

彼女はスティーヴィーの10代から20代前半にかけて彼をサポート

し、スティーヴィーの『目』と『触覚』となり、彼に様々なヴォキャブラ

リーを教え、世界を教えた存在だという。このアルバムには生前、

彼女に書いて贈った『シェルター・イン・ザ・レイン』も収録されてい

る。そして何より『イズント・シー・ラヴリー』でその誕生の喜びを歌

われた、スティーヴィーの第一子であるアイシャとのデュエット曲

も入っている。アイシャもまたシンガーになっていたのだ。

『ハウ・ウィル・アイ・ノウ』。しっとりとしたバラードを歌うその声は

さすがスティーヴィーの娘だけあって深みがあって優しい。

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2005年11月 1日 (火)

秋、深まる

yakiimo

今日から11月。いよいよ今年もあと2ヶ月です。

毎年この時期になると同じような感慨を持つけれど、時の経つのは

本当に早い! 最近は朝晩の冷え込みもぐっと厳しくなり、来たるべ

く冬を感じさせるようになりました。

私の家も先週末やっと扇風機をしまい(遅い!)、ファブリックを冬用

に替え、またウールのスリッパがお目見えしました。

まだガスファンヒーターはつないでないけれど、夜はフローリングの

足元が冷えるので、ハロゲン・ヒーターを使うようになりました。

・・・ そろそろ冬支度です。

冬支度といえば(ここから先は私にはめずらしく芸能ネタなので、興

味のない方はすっとばしてください)、先週の土曜日、J-waveを聞

きながらパソコンに向かっていてびっくりした。

あの小泉今日子がインタビュアーの質問に答えて、「独りで生きてゆ

く覚悟はもう、とうにできています」と断言した、というのだ。

え、それってなにゆえ? と思って、インターネットのニュースを確認

したところ、先日行われた東京国際映画祭の公式会見上で、出品

作品である映画 『雪に願うこと』 のキャッチコピーで、『すべてを失っ

たとき、あなたに戻る場所はありますか?』 という質問に答えてのこ

とだという。(以下、ニュース詳細はこちらを) 

そのとき、小泉今日子と並んで順番に同じ質問をされていた共演者

達も、質問した記者も、彼女のあまりに決然とした言い方に動揺して

しまったらしい。会場もさっと引いたと報じられていた。

長瀬正敏君と結婚したときは、私としては芸能人のカップルにしては

めずらしく両方とも好きなカップルで理想的だと思ったけれど、去年

の結婚記念日に離婚してしまった。ほとんどプライベートについて語

らない小泉今日子としては、以来、初めて心境を明かしたということ

らしい。どうせ芸能人のことだからと聞き流してしまう人もいると思う

けど、彼女の言った言葉って、そうそう言えることじゃない。

特に他人にいつも見られる職業で、しかも公式会見場でそんなことを

言ったとなると、よほど心に期するところがあったのだろうか。

もちろん、彼女がそういったからと言って、それがそのままニュース

で報じられているように『生涯独身宣言』ということにはならないと思

うけど。けれど、自分に照らして考えるなら、私ならそんなこと絶対に

言わないだろう。たとえ心にあったとしても、言葉には言霊といって、

言った言葉を現実にするパワーがあるから、それがそのまま現実に

フィックスされてしまいそうで嫌だ。

この世に変わらないものなんて何ひとつないし、特に人の心なんて

何かのきっかけですぐに変わってしまうものだから、「もう2度と結婚

なんかしない」と言った舌の根も乾かないうちにまたすぐに性懲りも

なく結婚する人たちを見てきたけれど、私はむしろ彼女がそうである

ことを願う。だって彼女は1人で生きてゆくには、あまりにも可愛らし

くてチャーミングじゃないか? それに彼女の身近には、それこそ誰

もが憧れるような理想的な夫婦の 小暮夫妻 もいるのに。

昔から小泉今日子はただのアイドルではなかったけれど、こんなこと

を言うなんて、歳を重ねた彼女は、やはりただものではない。

でも、まだ若いのになんで? と思って記事に書かれた彼女の年齢

を見たら、なんと彼女も39歳になるのだった! 

『なんてったってアイドル』や『真っ赤な真っ赤な女の子』と歌っていた

あの元気でかっ飛んでいた小泉今日子が、もう39歳である。

時間のもたらす残酷さを感じずにはいられないとともに、時が経つの

って本当に早い ・・・

(写真は、近所のスーパーの店先で売っている毎年恒例の焼き芋。

 原料のお芋は紅アズマを使っていて、とてもおいしい。寒いときに

 店先を通りかかるとお芋の焼けるいい匂いがして、つい買ってしま

 う。これも秋ならではの風物詩。パリなら焼き栗を売る風景だろう

 か? 1本100円という安さも嬉しい。)

fall

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