« 沈黙 | トップページ | 雨の朝に »

2005年10月17日 (月)

立ちすくむ

coffee_2

何をするのも面倒くさいが何かをせずには一日は始まらない

フィルターの中に挽いたコーヒーを入れてそのままじっとしている


何かを思っているのかどうかさえ定かではない

だが気分だけはある

どんな所かは知らないがひとりで月面にでも立っているような気分

それも宇宙船で行ったのではなく

いつもの塗りの剥げたボロ自転車で行ったような


遠くの地球はたぶん美しいのだろうが

ぼくは遠くへは行けずにここにへばりついている

遠くのものはすべて幻

だがその幻が現実のような顔をして目の前にのさばってくる

手にしたマグだけを信じたいが気分がそれを許さない


立ちすくむ

たぶんそれが今ぼくのいちばん正確な姿

印刷され走査され解説された無数の幻が散らばる

朝の台所の荒野で

(谷川俊太郎 / 『世間知ラズ』より、『立ちすくむ』)

***************************************************

朝の健全な光というのは、仮借なく目の前に在るものも内なるものも

酷薄なまでに露呈させる。

幸か不幸か私の朝は子供のお弁当を作ったり朝食を作ったり、日々

の健康な雑事で忙しいので、朝からこんな気分に陥ることはないが、

いつかもっと、私が老人と呼ばれる歳になったら、こんな朝がくるの

かもしれない。今はそんな気持ちになることがあるとしたらむしろ夜

中のキッチンでだが、夜は朝の気分とは違う。

それに私には人生最悪だったときの教訓があるのだ。

『夜中に深刻な考えごとはしないこと』。

そこからは建設的なアイディアも健全な希望も何も生まれない。

一日の終わりである夜には、それにふさわしい気晴らしと安息が

ある。翌朝、気持ちよく目覚めるためにできることをやればいいの

だ。とりあえずバスタブに沈んで温かい湯の中で身体の力を抜い

て、頭の中を空にすること ・・・

今日、東京は雨の月曜日。また新しい1週間の始まり。

365日、日拝(朝、太陽を拝むこと)を欠かさない私の仕事のパート

ナーは、雨の日でも感謝しろと言う。

降っても晴れても感謝して一日をスタート。

|

« 沈黙 | トップページ | 雨の朝に »

日常のなかの詩/詩のある日常」カテゴリの記事

コメント

そうだね。『夜中に深刻な考え事はしない事』って、そのとおりなんだろうな。日々子育てやら家事やらで追われてる時はそんな暇ないけど、夜中一人になるといろんな事考えちゃうものね。そういう時私はお酒を飲みますが、最近は作品作りが助けてくれます。製作中ってね、没頭出来るからいろんな嫌な事も忘れられちゃうんだ。翌朝は出来ればいつもリセットして迎えたい。目指せ、家族の太陽!

投稿: よしえ | 2005年10月17日 (月) 13:31

明日から仕事の関係で1ヶ月ほど忙しくなります。
遊びに来られないかもしれませんが忘れないでくださいね。

老人と呼ばれる歳ですが、若いころから朝ひらめく癖があり、
いまだに続いています。前日に万事休すと思うようなことがあっても、朝目が覚めると、切り抜けるヒントが浮かぶのが不思議です。
頭で考えたわけではなくひらめくのです。
それが私の朝の特徴かな。

投稿: school-t | 2005年10月17日 (月) 14:40

よしえさま、
そう、没頭できることがあるといいよね。
特にものづくりはいいね。
私は頭が煮詰まると単純作業とか、フィジカルなことをします。
頭が疲れたら身体を動かすこと。
早く楽にキレイに泳げるようになって、水の中では無になりたいなー

投稿: soukichi | 2005年10月17日 (月) 17:00

そうですか、さびしくなりますね。
もちろん、忘れやしません。毎日school さんのブログに行って、コメント書かなくても英語のセンテンスを音読することを日課としますから。
school さんは直観力がおありなんでしょう。それこそが大事なことです。直観力こそ窮地を切り抜けるパワーになります。
しかもそれが朝の直感ならなおのことです。前にここで書かれたschool さんの「秋は腹をくくる季節」というのが、ずっとひっかかっています。お身体お丈夫そうですけれど、無理しないでがんばってくださいね。

投稿: soukichi | 2005年10月17日 (月) 17:10

この詩の気持は良く判ります
若い頃から「立ちすくむ」ことは多かった気がします
「何を思っているのかさえ定かではない」
未だにそんな中に身をおいたままです
でも今はこれも良いとそれこそ腹をくくってます(笑)

以前、宮本輝の「朝の歓び」を読んだ直後に三浦哲郎の
「夜の哀しみ」を読んだのです。
後者は胸が痛くなるような内容で・・本当は逆に読むべき
だったと後で思いました^^;
明日になったら考えようと言ったスカーレットは正しいネ♪

投稿: hirary | 2005年10月17日 (月) 18:30

こんばんわ。ただいまPM8時45分を過ぎました。
今日は9時過ぎにはPCから離れようと思っています。もう少しです。ペーパードリップ立ての珈琲、美味しそうに泡が適度に出ていますね。私の店はサイフォン立てで提供しています。どちらにも
一長一短があります。
夜、寝床に就くときに何も考えずにいられることって良いですね。
でも現実はなかなかそうはいかないです。出来るだけそのように努力しているんですが!

投稿: うー | 2005年10月17日 (月) 20:55

hirary さん、ほんとね。
あの映画を見たのはまだ子供の頃でしたが、衝撃的でした。
彼女の燃えるような情熱と不屈の美しさ!

hirary さんのお書きになるものから、立ちすくむことの多かった人生というのを推察(あくまで推察ですが)することはできます。このあいだクレヨンハウスにほんの数分入ったときに『悲しい本』(Sad Book)というのを見つけたの。もう若いとは言えなくなった人たち(自分を含めて)にプレゼントするのにいい本だなと思いました。よかったら見てみてください。

投稿: soukichi | 2005年10月17日 (月) 22:20

うーさん、こんばんは!
うーさんはもうPCの前を離れてますね。
珈琲をうまく撮るのは難しいです。朝は忙しいし、片手でお湯を注ぎながら片手でデジカメのシャッターを切るということができないから、一瞬のタイミングを逃してしまいました。湯気もうまく撮れないし。
私は枕に頭をつけるときには、もうかなり限界なのです。だから every pray の途中で意識がなくなってしまうこともしばしばです。

投稿: soukichi | 2005年10月17日 (月) 22:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 沈黙 | トップページ | 雨の朝に »