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2005年10月31日 (月)

夕暮れのマチルダ

matilda

昼間 見ると無邪気で無垢そのものなのに

夕方に見ると どこか物憂げでアンニュイなマチルダ

私はこの手の 一重とか二重とか八重とかの 原種を思わせる

どこか和の匂いもしてきそうな薔薇に弱い

花屋で売っている 強そうで立派な薔薇と違って 

淡雪のように儚く 可憐な薔薇

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2005年10月30日 (日)

そうきちさんからのメール

home 

今週の水曜日、ちょっとびっくりしたことがあった。

見てご記憶にある方もいるかもしれないけれど、25日のコメントで

「どうして、そうきちなんですか? 不躾でごめんなさい」というのが

あったと思う。返事を書いたら次の日の朝、私にその人から直接

メールが送られてきた。私にそんな質問をしたのは、実は自分の

本名が『そうきち』だからだと言う。インターネットで自分の名前で

検索したら私のこのブログにたどり着き、彼もびっくりしたというこ

とだった。これも何かの縁だから、なんなら由来を教えようか? 

というのがメールの内容だった。私は思わず、びっくりしたのと同

時に、面白い!と思ったけれど、彼のメールの書き方が初めての

相手に出すにはあまりにもラフだったため、少々不安も感じた。

なぜならウエブ上で露出していると、ときどき好ましくないことも起

こるからだ。でも、それなら教えてくださいと返事を書いて送ったら、

次の日にまたメールが送られて来た。それが面白くてとても良い

内容だったので、ご本人のご了解を得てブログで公開させていた

だくことにしました。写真はご了解をいただいたときに、こちらから

お願いして一緒に送ってもらったもので、『本物の』そうきちさんは

いま、アメリカで仕事をしながら5人家族で暮らしていて、そのアメ

リカのそうきちさんの家だそうです。

以下、そうきちさんからのメール。

****************************************************

じゃあね、俺の名前の由来、教えてあげる・・・

あのね、総吉ってね、もともとはおじいちゃんの名前だったんだよ。

おじいちゃんはもともと”米太郎(よねたろう)”って名前やってんけ

ど、姫路から大阪に出稼ぎに行ってたのね、そこで占いをしたん

だよ。そしたら、「名前が悪い!米太郎って名前があかん」って言

われたらしい。だから、名前を変えた。そう・・・、総吉。

すっごい、気に入ってたらしい。で、何年かして姫路に帰ってきた。

(俺、兵庫県姫路市の出身です)

村の連中集めて、説明する。

「名前を変えました、総吉って言います。これからは総吉って呼ん

で下さい。」 って、村の者、全員に説明した。でも・・・。みーんな、

「わかった、これからは気つけて呼ぶさかいな、米太郎さん」

「違う、わしゃあ、総吉やっちゅとろうが!」

「何言うとんねん。あんさんは、米太郎やんけ。今さら何を言うて

 けつかるねん、やいこしい・・・」

おじいちゃんは、困り果てた。すっごく気にいってたから。総吉が。

そこへ、初孫ができる。

おじいちゃん、名案が浮かんだね。(最悪・・・)

うちのお袋と親父が名前を決めて市役所に行くと、

「えっ?もう、届け出てますよー」

「はぁ~?」

「名前は総吉・・・」

「・・・・・・!」

で、そのまま、総吉。なんちゅう事をしてくれるねん。

自己紹介の時、はずかしいっちゅうねん。

神戸の学校行った時、聞かれた・・・。

「姫路ってみんなそんな名前ですか?」

「いえ、僕だけです、、、」

でもね、本当はね、すっごく気にいってるんだよ。

中学の友達はみーんな、呼び捨て。女の子もみんな・・・

あだ名のように呼んでる。覚えられやすいし・・・。

この名前に何度、助けられたかわからない。

俺が小学2年くらいの時、おじいちゃんが、俺に言った。

「総吉って名前はな、神さんからもろうた名前やぞ。人間の人生は

 プラスマイナス0になるように出来とる。ところが、お前だけはな最

 終的には絶対、"吉"になるように、なっとんや。総じて吉って意味

 やからな、これはな、おじいちゃんのすごい尊敬する神さんみたい

 な人がつけてくれたんや。そやからな、お前はこれから、すごい吉

 をつかむぞ。途中で苦しい事があっても、それは最後に吉になる

 為に苦しみが必要やから、神さんがそれを与えてくれとんや。そん

 な苦しみに負けんと、生きていくんやぞ。」

俺は、その頃、すごいおじいちゃん子やったから、それをそのまま信

じた。ううん、今でも信じてる・・・。

苦しい事があった時、名前を思い出してぐっと堪える。

何度,この名前に助けられただろう。

そのおじいちゃんは親戚の連中にすっごい嫌われていた。

親父達も嫌っていた。親父達が夜中にボソッと言う。

「おじいちゃん達、早く死ねばいいのに・・・」

俺は悔しかった。小学5年くらいやったと思う。親父達に言った。

「時代は繰り返すんやぞ!」

親父達は黙っていた・・・。

俺の結婚式に出るのが、おじいちゃんとおばあちゃんの夢だった。

小さい時から、ずーっと聞かされていた。

「そうきちの結婚式まで、生きとけるやろか、死ぬ前に見たいなぁ」

でも、親戚連中から反対があって、おじいちゃんは出席できなかっ

た。俺は、悔しくて、涙を溜めてみんなに言った、式場で・・・。

「ひとつだけすごく悔いに残る事がある。おじいちゃんとおばあちゃ

んに来てほしかった。見てもらいたかった・・・」

誰も何も言わなかった。

今はもういない。でも、俺には誇りがある。

「総吉」と、言う名で、おじいちゃんの孫やと言う誇りが・・・。

                                     総吉

****************************************************

世の中って面白いことがあるもんです。本当にびっくりした。

総じて、吉。 で、総吉。

ふぅん、これって最高じゃないかなあ。

神社でおみくじ引いたら出てきてもいいくらい。

『大吉』より良いかも。

・・・というわけで、私も高校生のときに友達が(たぶん)思いつきで

つけたこのニックネームをあらためて見直したのでした。

そうきちさん、どうもありがとう!

でも、いつも思うけれど、人の縁て、生きてるって、不思議。

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2005年10月29日 (土)

スイミングプール

pool_02

これは私が毎週土曜日に泳ぎに行ってるスイミングクラブのプール。

ほんとは今日も行ってるはずなんだけど、スクールは月に4回と決ま

っていて、5週目にあたる今日はお休みです。

始めたのは2001年の1月半ばだから、もうここに通って早4年強。

その年がちょうど年齢的な区切りに当たることや、年をとって健康面

に不安が出てきたことや、自分のタフな人生をやるにはどうしても体

力をつける必要があったことや、綺麗にクロールを泳ぐのが子供の

頃から夢だったことや、まわりに美しくない年の取り方をしている更年

期障害の年上の女性が多かったことなど、いろいろな思いがあって、

10年後の自分を見据えて始めたスイミング。

はっきり言ってかなり嵌ってます。

始めるとき、まわりの女友達に「10年後の私の身体は違うわよ。何

もやらないあなた達とは全然ちがう!」 と豪語して始めているので

(笑)、そう簡単にやめるわけにもいきません。(このくらいのことを言

って始めた方が、自分に陽気にコミットできていいのです。)

一応、目標もあって、それをこのあいだテニスフリークの友人に話し

たら、「スポーツってそんなに甘いものじゃない」と一蹴されたけど、

5年目の区切りを迎える来年は、あらためてコミットし直して日頃から

筋トレも始めようと思ってる私。精神的にタフになるためにも筋肉は

大事です。身体が変われば心も変わる!

経済的にも時間的にも体力的にも、最も厳しいときに始めたスイミン

グ。妹にはその状況で休日に更に身体を鍛えようなんてクレイジー

だ、寝てたほうがいい、と言われたけれど・・・ 始めてよかった。

いろいろ目標はあるけれど、本当の目標は長く、楽に、きれいに

泳げるようになること。私のまわりの50代、60代、70代の10年

20年選手が言うみたいに、いつか、陸を歩くより水中を泳ぐ方が楽、

と言えることを目指して。

さて、スクールのない今週は、市民プールにでも泳ぎに行きますか。

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2005年10月28日 (金)

日の名残

kaki

さっき、ホームセンターにローズポットと培養土を買いに行く途中、

新青梅街道沿いを自転車で走っていて、思わず「何これ!」 と、

思って自転車を停めた景色。

空き地のような柿の木畑に柿がいっぱい! かなりの量です。

葉がすっかり落ちてしまったせいで、遠くから見てもオレンジ色

が目立ったらしい。それにしても誰も取らないのかなあ・・・

鳥も食べに来てないみたいだし。

背景に見えているレンガ色の洋館は、まだ1度も入ったことの

ない『瓦斯資料館』。とても綺麗な建物で、前を通るたび、気に

なってはいるのだけれど、近くていつでも行けると思うとなかな

か行かない。

日の名残のような真っ赤な柿の実。

kaki_01

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秋へ

akinomichi_0

靴音が遠ざかると夜の道に

虫たちはにじむ血のように鳴きはじめ

ススキのささやきがさやさやと伝わる

月のない晩うしろからかけつけてきて

不意に顔をのぞきこむ背の高いお化け

がむかしこのへんに出たという

そんな恐ろしい話や夏の日の舌の記憶を

なるで未来を思うように思っているうちに

たちまち鳶いろの秋は深まる

昨日は雨あしたはもっと淋しい道に

また近づいてくる影と人声

セーターの匂いがなまめいてくる


(北村太郎/詩集『ピアノ線の夢』より『秋へ』)

**************************************************

朝から薄曇りで、夕方から雨になり肌寒かったおととい、この秋はじ

めてカシミヤのセーターを着た。といっても、さんざん着古して、猫み

たいな風合いになった、ざっくり編んだスカスカのセーター。それでも

素肌の上に1枚で着て、充分に暖かかった。

2月生まれの私は、昔は夏より冬の方が好きだった。何より汗をかく

ことが嫌いだったし、肌を露出することも好きではなかった。

冬になると街がモノトーンになり、喧騒の遠ざかった街の中で、常緑

樹の木立の間から信号機の赤を見るのが好きだった。白い息を吐

きながら、バラ色の頬をして走ってくる女の子を見るのが好きだった。

恋人と抱き合うにしても、分厚く敷き詰められた枯葉の上で、コートを

着た上から抱き合うのがよかった。そのとき冬の大気とウールの匂

いに混じって、本の匂いがしたらなおさら良いと思っていた。いま思

えば実に文学少女趣味だと思うが、それが当時の私なのだった。

いまでも冬のウールの匂いは好きだ。柔らかなセーターを着た温か

な肩に頬をのっけて、微かに嗅ぎ慣れた煙草の香りがしたらいいな

と思う。

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2005年10月27日 (木)

恋の始まり

rosebud

(あるブロガーさんの言葉に inspire されて)

数年前の12月のこと、何を思ってか20年来の女友達が、もうつきあ

って10年以上にもなる恋人に初めて会わせてくれた。

知る人ぞ知る、銀座の隠れ屋みたいなお洒落なバー。

折りしもその日は彼の誕生日で、そんな大事な日に同席してもいい

ものかと思ったけれど、友人は上機嫌で、恋人の誕生日とあって、

奮発していた。ソムリエが出てくるような店で、いったい1本いくらの

ワインか知らないが、彼らはいとも無造作に空けた。2人ともどうしよ

うもない酒呑みなのだ。私の置かれたシチュエイションは少々複雑

だったが、その恋人は年齢こそ友人とはかなり離れていたものの、

ずっとクリエイティブ畑1本で生きてきた人らしく、世間の同じ年齢の

男達よりずっと若くお洒落で、鋭い感覚をしていた。新橋生まれの

江戸っ子だけあって、歯に衣着せぬ直截な物言いは粋で小気味好

かったし、初めて会った私が同様に話すことを許す寛容さも持ち合わ

せていた。会った瞬間から私たちはすぐに打ち解けて会話は弾み、

話に詰まって沈黙を持て余すようなことも、退屈することも全然なか

った。それは私としてはめずらしいことで、私の友人が何故それほど

歳の離れた彼を好きになったかも、理解がつくというものだった。

しばらく話した頃、彼は私のことを訊いた。

「それで君たちはつきあってどれくらいなの?」

多分、友人が彼に何か話したのだろう。

「3ヶ月です」

私は教師に質問された生徒みたいに素直に答えた。

「3ヶ月か。いいね」 と、彼は言った。

「一番、楽しい頃だ」

「あら、何が一番、楽しい頃なの?」

すかさず友人が横槍を入れた。彼は笑いながら煙草に火を点け、

「だって、そのくらいが最も楽しい頃じゃないか。恋はまだ始まった

ばかりで、お互いのことをたいして知らなくて、お互いに知りたくて

知りたくてたまらない頃だろ」

確かにそうだった。

恋の始まりというのは人はとんでもなくロマンティックになるものだ。

後で思い出しても気恥ずかしくなるくらいに。

あなただってあの頃は、映画の台詞みたいに sweet な言葉を私に

いっぱいくれたのだ。今じゃ自分がそんなこと言ったのさえ、すっか

り忘れているだろうけど ・・・

でも、あの頃の私は精神的には今よりずっと不安定だった。時に自

分ひとりでは持て余すくらいに。

時はどうしようもなく大事なものを奪い去り、そして不意に忘れた頃、

思いもかけない贈り物をくれる。もちろん私はその後者を肯定し、

そして、その両方を受け入れる。

(hirary さん、Thank you ! )

写真は、ナポレオン皇帝の妻でバラを偏愛したジョセフィーヌ皇后

の、有名なマルメゾン宮殿のバラ園を追憶して命名されたバラ、

『スーヴェニール・ドゥ・ラ・マルメゾン』。

私は数年連れ添い、大きくなったこのバラを、一昨年の台風の

後、枝枯れ病で枯らしてしまった。これは今年の初夏に新苗で

買った2代目。初めてこんな大きな蕾をつけた。ちょっとウドンコ

が付いているけれど、素敵な花色。バラを育てるようになって私

は、ピンクと一口に言っても、女性のルージュのように実に様々

なピンクがあることを知った。

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2005年10月26日 (水)

今日という日

reiennoneko

今日は、私が最も敬愛する詩人、北村太郎が亡くなった日です。

 1992年10月26日 午後2時55分 腎不全のため

 虎ノ門病院でにて死去。 享年69歳。

北村太郎は日頃から70までは生きたくないと言っていたから、

それは妥当な死だったのかもしれない。けれど、モーレツな恋

愛詩を20編くらい書いて詩集を出したいという望みは、ついに

果たされることはなかった。彼は非常に理知的でありながら、

とても感覚的で色っぽい詩を書いた。

15歳で北村太郎に出会ってから以後、彼の詩集が出るのを、

毎年まるで遠くに住む恋人からの手紙のように待っていた。

ふいに気まぐれに本屋に立ち寄ると、新しい詩集が出ていたり

して、何故かわかるのだ。私はそれを呼ばれている、と思って

いた。私には本当に好きなものと繋る能力があるのだ。多分。

ところが、北村太郎が亡くなった日に自分が何をしていたかが

わからない。私はそれを知らなかった。

私がその死を知ったのは、友人が送ってくれた新聞の訃報の

記事の切り抜きを見てから、なんとひと月も後のことだった。

その頃の私は2人目の子供が生まれて子育てで忙しく、ひどく

疲れてもいて、新聞など読む暇もなかったのだ。

そのとき私を襲った驚きと落胆たるやなかった。激しく自分の

生活ぶりを後悔した。自分の鋭敏な感覚が失われたことにも。

そして、それはひとつの教訓を生んだ。

 『生きているうちにどうしても会いたいと思う人とは、

  何が何でも会っておくこと。』

だが残念ながら北村太郎亡きいま、私にとりたてて会いたい

人はいない。

北村太郎は自分では犬派でも猫派でもないと書いているが、

現実には猫を可愛がっていた。詩のなかにもずいぶん猫が

出てくるし、彼の筆で書いた猫の絵はなかなか味がある。

今日という日を忘れないために。合掌。

(写真は昨日、霊園を自転車で走っていたら寄ってきた猫。)

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2005年10月25日 (火)

Winter Touch

lady

冬の朝みたいなバラ。

このバラの名前はレディ・ヒリンドン。美しいティローズです。

この花は今は純白のように出ているけれど、本来のこのバラの色は

杏色から黄色のぼかしで、ろうのような長い蕾が特徴。

深大寺植物園で、90センチほどの小ぶりのブッシュにたくさんの長

い蕾をうつむきがちにつけている姿を見て、その蝋引きのような独

特の色あいと優雅な雰囲気に惚れ込んで母に買ってあげたバラで

すが、なかなかそんな風には咲いてくれません。それでも母亡き後、

我が家のシャビーなベランダで、ずっと蕾をつけ続けてくれています。

香りも素晴らしく、強いティーの香り。

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2005年10月24日 (月)

ブラームスはお好き?②

brahms

私の家にあったブラームスの4番は、カラヤン、チェリビダッケ、カル

ロス・クライバー、ブルーノ・ワルター、フルトヴェングラーの5枚。

それほど多くない私のクラシックCDのライブラリの中で同じ曲がこれ

だけあるということは、いかに私がブラームス好きか、おわかりいた

だけるでしょう。クラシックは好きになると色々な指揮者、オーケスト

ラで聴きたくなるばかりじゃなく、同じ指揮者のものでも演奏された

年代の違うものを聴きたくなったりするもので、実に奥が深いし、贅

沢なものだと思う。私の叔父が若い頃、働いたものをほとんど全て

クラシックのレコードと本とコンサートチケットに注ぎ込んでしまった

のもわからないじゃない。それは、膨大な音と知識のストックをして

薀蓄を傾けるためなんていう、つまらないことのためではなく、単に

自分にとっての究極の一枚が欲しいだけのためなのだ。これを贅沢

と言わずになんと言おう。

聴いた順番も最初にあげたのと同じですが、結果から言うと、私が

いちばん好きなのは、写真のカラヤン/ベルリンフィルの演奏です。

これは聴いたことのある人なら賛否両論あると思うけれど、音楽の

好みというのは個人の感覚と主観だけと言っていいくらいのものな

ので、当然のこと。また、聴く年代によってもかなり違ってくると思う。

特に先に写真をアップしたブルーノ・ワルターと比較すると、どちらが

いいか本当に難しいところですが。

一言で言うとカラヤンは最も耽美的で、最も酔える一枚です。

指揮者というのは想像を絶するハード・ワークで、特にブラームスの

4つの交響曲を指揮するというのはとても消耗する仕事だと思うけれ

ど、それを彼は生涯で2回やっているわけで、それほどブラームスに

思い入れあってのことと思う。2度目となるこの録音は、カラヤンが亡

くなる2年前、70歳の時に行われ、最円熟期のものだけあって重厚

で奥深い表現の味わいがある。楽章ごとの描き分けもめりはりがあ

って、何より第1楽章から第4楽章まで、全く飽きさせずに短いと感じ

るほど一気に聴かせるところは素晴らしい!

(ブラームス交響曲全集/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンpo/グラモフ

 ォン POCG3703~5/録音:1977年10月、12月。1978年、1月、2月)

brahms_003

自分の音源を録音することにこだわったカラヤン

は対極に、一期一会のライブに命を賭けた人。

でもこれはカラヤンを聴いた直後ではややスロー

で冗長な印象か。

(セルゲイ・チェリビダッケ指揮ミュンヘナーPo)


brahms_002ワルターとは対照的と言えるアプローチで、セン

メンタリズムとは決別した行き方で、きわめて

テンポが速く颯爽とした演奏。その速さはあっと

いう間に感じる程。

(カルロス・クライバー指揮ウィーンPo)


brahms_004

凄い演奏と名高いフルトヴェングラーのこの演

だけど、1943年の録音ということでさすが

に音質は良くない。テンポの急激な変化も私

は少々気になるところ。(ヴィルヘルム・フルト

ヴェングラー指揮ベルリンPo)


brahms_001

(これはプロのレヴューより引用)

長い人生を耐えてきた者にようやく訪れた晩秋

でも形容すればよいのだろうか。すべてが濃

い晩秋の色合いに染まってしまっている。過剰

ロマンティシズムと謗る勿れ!


人は誰しも年齢を加えてくると、様々な感慨とともに自らの来し方行く末をみな

ければならないのなのだ。我々はその時になったら、いったいどう顧みればい

いのであろうか。時に、この交響曲を作曲したブラームスは52歳であと12年の

生命を残しており、これを録音したワルターは83歳で死の年まで約3年を残して

いた。(クラシック不滅の名盤800より) (ブルーノ・ワルター指揮コロンビアso)

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このタイトルの『ブラームスはお好き?』はサガンの小説のタイトル

で、映画化もされたけれど、小説の中のブラームスの扱われ方は

大したものではなかったと思う。このサガン、今年、お亡くなりにな

ったそうだけれど、中学の頃、ちょっとルックスが大人っぽくて綺麗

で、早熟だった一部の女の子の間で流行ったことがあって、その頃

熱心にヘルマン・ヘッセやツルゲーネフなんかを読んでいた文学少

女の私からはそれは通俗的なファッションにしか見えなくて、見向き

もしなかった。私がサガンを読んだのはもう二十歳も過ぎた頃で、

3つ年上の女友達が道ならぬ恋にどっぷり嵌った末、私に絶望的

な台詞を吐いたからだった。当時の私はまだ、彼女と自分が、男女

の愛憎やら泥沼などというものに無縁で、まるで少年のように生きて

いると思っていたから、そのショックたるやなかった。そのとき読んだ

サガンの小説は『ある微笑』。友人の置かれたシチュエーションその

ままに、男とはかなり歳の離れたヒロインが浜辺で吐く台詞。

「私? 私は幸福よ。だって幸福になりたいと思ってないんですもの。

 これって真理じゃない?」という言葉はいまでも印象に残っている。

そして『ブラームスはお好き?』は20代の頃に読んだときにも充分

理解できたけれど、いい歳になったいま読むともっとほろ苦くて切な

い話。この映画の中ではブラームスの3番の第3楽章が使われてい

る。とてもロマンティックで、一度聴いたら忘れられないような旋律。

かなりメロメロです。

これについてはイラストも素敵な軽いタッチの(でも多分アマチュア・

オケの団員による)サイトを見つけたので、こちらをどうぞ。

 ヨハネス・ブラームスと、フランソワーズ・サガン

そしてブラームスについては、こちらを。 ヨハネス・ブラームス

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ブラームスはお好き?

brahms_001

昨日の続きになるけれど、土曜の雨の日にテキストをひとつ書いて

キッチンで洗いものを始めたら、自然に口からブラームスの4番の

メロディーが出てきた。CDのタイトルを見ながら何を聴こうか考える

のと違って、こういうとき自然に出てきた音楽をオンタイムで聴くと

ダイレクトにすごい。久しぶりに背中にぞくぞく来るものを感じて、し

ばし陶酔。音楽って私にとってはまさに快楽そのもの。これを知っ

たら至福の極み。私はよく人に「私は脳みそが官能的なんです」と

言ってるけれど、それはよく音楽を聴く脳だからかも知れない。

折りしも単純作業を抱えていた昨日の午後は、久しぶりにブラーム

ス三昧、夜中までかかって聴きくらべをしてみました。ブラームスの

4つある交響曲の中で私がいちばん好きなのは3番だけど、今回は

秋に聴くのにもっともふさしいと思える4番を。

ただし聴きくらべと言っても私はその道の専門家でもなければマニア

でもないし、何かをしながらの「ながら聴き」なので、あくまで私の個

人的な趣味ということで。手元にあるレヴューなども引用しながら、

私流ブラームス指南。

****************************************************

まず、ブラームスが好きと言うとたいていの場合、暗くて重い、とか

ストイックとか、堅物の音楽のように言われてしまうブラームス。

果たしてそうなのかというと全然違う。少なくとも私にとっては、クラ

シックのシンフォニーで、これほどメロが歌ってエモーショナルなも

のは無いと思える。ブラームス本人については最後にリンクを付け

て他のサイトにおまかせするとして、ブラームスが最後に書いたこ

の第4交響曲の一般的な解釈は「すでに老境に達したブラームス

の孤独と情熱とを底に秘めた意思の作品」、「巨大で、独特で、新

しく、厳しい個性を持ち、最初から最後まで比類なきエネルギーが

充満した作品」(ライナーノーツより引用)ということになる。

4番の第一楽章の冒頭は、繰り返す波のような、通称『ため息のモ

チーフ』とも言われる、後ろ髪を引かれるような哀愁のある主題で

始まる。今の音楽で言うなら、いきなりサビから始まる感じ。ヴァイ

オリンの高音弦のレガートが切ない。この主題に惹かれたなら、あ

なたはもうブラームス好きになる可能性大である。そして限りない

優しさと慰めに満ちた第2楽章。この旋律に心を委ねるとき、夕暮

れに染められた雄大な山の稜線をトレースするような、安らかな気

持ちで満たされるでしょう。そして打って変わって爆発的な第3楽章。

圧倒的なエネルギーで牽引されていく音楽。4つの楽章の中で最も

激しくめまぐるしい部分。そして最後の第4楽章は重々しい葬送行

進曲で始まる。まるで恋の終焉、人生の終焉を予感させるように。

そしてその後にくる、胸が苦しくなるほど壮大で切ない旋律。(ここ

で私なんかすっかりまいってしまいます。)それは徐々に展開を見

せ、しだいに悲劇的な色が濃くなり、途中、穏やかになったところで

フルートが寂しげな独奏を奏で、うら寂しい秋の光が射したかと思う

と、それはまた激しさのなかに呑み込まれ、荒れ狂うような音は終

幕に向けて突っ走ります。そして最後はバッハのカンタータから取ら

れた短い主題を変奏しながら激しく繰り返しつつ、ついに大団円。

エネルギーの充満した良い演奏で聴けるなら、クラシックが苦手な

人でも、最初の第1主題で捕まれたらそのまま一気に最後まで飽

きずに聴ける交響曲だと思います。

さて、肝心の同曲異演の聴きくらべは、すでに長くなったのでパート

2としていったん切って、また後でアップします。

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2005年10月23日 (日)

ブログって・・・

radish_01

土曜日の雨の日に思い立って、書こうと思ってタイトルと写真だけが

頭にあった今日の記事を書いた。ブログとは基本的にウェブ上の日

記のようなものだからオンタイムに越したことはないのだろうけど、

まとまった文章となると常にいつでも書こうとして書けるわけではな

いので、書きたい気持ちが起こったときに(つまり気持ちにオンタイ

ム)に書いています。ブログなんて簡単にコメントが書けるような軽

いものでいい、という考え方があって、私も実にそう思って始めたわ

けで、当初このブログは写真主体であまりテキストを書かないつもり

だったのだけれど、最近ちょっと違ってきてるかなと思う。

結局のところ、これは仕事ではないから自分の思うようにやりたい、

というのがひとつと、色々な出し方があってもいいだろうというのが

ひとつ、そして最終的にはどんなに風にやろうとしても人は自分の

やり方でしかできないから、書き手のパーソナリティーがそのまま

出てしまうのがブログなのだと思う。

でもブログのいいところは、全ては読み手の任意に委ねられている

ということで、見たい人だけが見ればいいということなのだ。もちろん

無理にコメントする必要もない。ウエブ上にブログなんて星の数ほど

あるのだし。自分の感性にヒットするものだけを『お気に入り』に入れ

ればよいのである。

言い換えれば、星の数ほどあるブログの中から私のブログに来てく

ださる方々とは何かしらご縁があってのことと思うので、とてもありが

たく、大事にしたいと思っています。いつもどうもありがとう。

私はこんな風にしかできないけれど、よろしかったら、これからも

おつきあいください。

基本的には私は(傲慢かもしれないけれど)コメントがひとつも付か

なかろうが、書きたいと思ったことを(それが重い内容だろうが軽い

内容だろうが)好きに書きたい書き手です。前にこのブログにトラッ

クバックしてくれたプロのフォトグラファーのオダギ秀さんは、毎日

コンスタントに淡々とポスティングしていて、私も最初の頃そうだっ

たけれど、ブログってそれでいいんじゃないかと思います。

そんなわけで、本当はこのまま本文に行こうかと思ったけれど、

控えめだけれど、いつも彼独特の『間』みたいなものを感じさせる

写真と、ストーリーのあるコメントが素敵な

  ☆ NEXT HORIZON・Shu Land Annex にTB.

今日の、港の隅にに置き去りにされた朽ちかけた船の写真も、

雰囲気があって素敵です。

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冬の感触

radish

冷たい秋雨が続いた先週の、何曜日だったか ・・・

夕方遅くなってから、雨のなか歩いて近くのスーパーに行った。

それまでずっとパソコンの前にいたせいで夕飯を何にしていいか全く

思い浮かばず、おまけにうちは給料日前カウントダウン状態だったか

ら、肉売り場の前でぼおっと思いあぐねていたら、

「そうきちさん、久しぶり」 と声がした。

声の方を振り向くとNだった。近所に住む友達夫婦の片割れ、亭主

のほうだ。ほんとはその前にも声をかけたらしいが、私がぼんやりし

てて気がつかなかったらしい。

「ああ、N、ごめん、久しぶり。元気?」と慌てて言うと、彼はいつもの

ように淡々と、「まあ、まあ」と言った。

それぞれ自分の必要なところで買い物していたが、彼が缶詰の棚の

前で何か探していたのでそばに寄って、

「Nんち、今日、何つくるの?」 と聞いたら、

「豆のカレー ・・・、かな」 と答える。

だったらこれがいいよ、えーとカルバンゾ、カルバンゾ、ひよこ豆 ・・・

あった! と差し出すと、彼はミックスの豆の缶詰を取って

「うちはこれを買うんだ。余裕のある時はまとめて買うんだけどね」

と言って、缶詰をひとつだけカゴに入れた。

つまりNの家もいま余裕がないってことなんだ。Nも大変なんだろうな

と思って、「毎日、食事の支度だと献立に困らない?」 と聞いたら、

「うん、最近、少し困ってる」 と言った。

Nは男としては、と言うよりもしかしたら女より料理ができる人だけれ

ど(彼の生地から作ったピザはとてもおいしい!)、毎日ご飯を作るっ

て、そういうことじゃないからだ。彼はいま実質、父子家庭をやってい

て、元気なわけがない。妻とは別居中なのだ。

私は昔から「男と女じゃ男が悪い」 というのが持論なのだけれど、彼

らのところについてはそうとも言えない。もちろん彼にも問題はいっぱ

いある(何もない人間なんているだろうか?)けれど、家事や育児の

点では、私の家庭からは考えられないくらいよくやっていた。今だっ

てそうだ。私の別れた連れ合いだったら私がいなくなったら到底Nの

ようにはやれないだろう。まあ、そんなありえない話をしたところで仕

方がないのだが。

彼女が別宅を設けるにあたって相談を受けた私は、物件探しにも協

力したし引越しも手伝った。自分の音楽をするための作業場を他に

作る、というのが真実であって大義名分であることを充分に知りなが

ら。彼らは密度の違いこそあれ2人とも友達だから、ことは複雑だ。

もうあれは、かれこれ10年以上も前の冬のこと。

精神的にひどいダメージを受けている私を見るに見かねたMは、年

末年始に実家に帰るのに一緒に行かないか? と誘ってくれた。

もともとMは京都出身なのだが、彼女の両親がその頃、終の住処を

京都近県のある町に建てたばかりで、泊まる部屋には余裕があると

言う。私はありがたく彼女の申し出を受けて、子供を連れてN一家と

共に彼女の実家に行った。年末年始といったら家族水いらずで過ご

したい、最もパーソナルな時期だと思うけれど、彼女の両親はとても

温かく私たちを迎えてくれた。京都からローカル線で少し行った新興

住宅街のその町は、盆地にあって天気の変化が激しく、夜はかなり

冷え込んだ。

お風呂上りにみんなで炬燵を囲んで話していたとき、近くでパジャマ

姿で爪を切っていたMの肩にカーディガンをかけてやりながら、Nが

言った。「Mちゃん、風呂上りにそんな恰好してると風邪ひくよ」。

それを見ながら私は「いいな、Mちゃんは。うちではそういうことする

のはいつも私のほうだったよ」 と言うと、2人は口を揃えて、

「そうだよ。そうきちさん。今度は自分でするほうじゃなくて、してくれ

る相手を見つけなきゃ」 と言った。

「うん。そうだね、そうする」、私は笑って言った。

その頃の私には軽いパニックディスオーダーの兆候があって、家に

いて、いてもたってもいられなくなると、よく彼らの家に行った。時に

は夜遅い時間だったりもしたが、うちの子供たちは一度眠ってしまう

と朝まで目を覚まさない性質だったから、そっと玄関のカギを閉めて

家を出ると、近所の公衆電話から彼らに電話をかけた。

2人は夫婦して夜更かしなのを知っていたから、そんな時間でもそれ

ほど気兼ねをしなくて良かったし、彼らはたいていこころよくOKして

くれた。彼らの部屋はいつも音楽がかかっていて暖かかった。

オールド・ファッションな石油ストーブが置かれた、狭いダイニング・

ルームの椅子に座って熱いお茶をもらい、ほんの少し他愛ない話を

するだけでよかった。それだけで家に帰って落ち着いて眠ることが

できた。逆に言うと、たったそれだけのことをする場所が私にはそこ

しかなかったのだ。矛盾したことに私は外からは明るく元気そのもの

にしか見られなかった。

そのとき、彼らみたいな友達が近所にいてくれたことは私にとっては

救いであって、彼ら夫婦には今でもとても感謝している。だから今回

の彼らのことも私にできることがあるならなんとかしてあげたいのだ

が、夫婦のことは他人にはわからない。Mからはいろいろ聞いている

がちっとも埒が明かないし、Nは私にだって何も言わない。男というの

はふつう他人に弱音を吐かないものだし、なかなか心を割って本音を

言ったりできない生き物だ。私がこんな性格のせいでNとも今ではセ

ミ家族のような関係だが、でも向こうから話してくれなかったら、こちら

は何もできない。Nは昔、私が『蓑虫くん』と名づけたとおり自分から

出て行く人じゃないから、誰にも相談できないぶん、彼は私よりきっと

孤独だろうなと思う。春から夏に向かう季節はまだよいけれど、寒い

季節に向かって心細い気持ちでいるのって本当に嫌なものだ。

今年で2度目の親子2人だけの冬。

買い物を袋に入れるカウンターで、先に入れ終わったNが

「それじゃあ、先に帰るね」 と言った。

「うん、N、またこんどみんなでご飯会しようよ」 と私が言うと、

OK、と言いながらNは後ろ手を振りながら雨のなかに消えた。

外に出ると秋雨は昼間よりさらに冷たくなって、もうどこか冬の

感触がした。

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2005年10月22日 (土)

ひとつだけ(その後)

gramis_01

今月15日に写真をアップした、脆弱なバラの木にたったひとつだけ

ついた硬いつぼみが、ここ数日の太陽の光に暖められて、やっと開

き始めました。中輪にも満たない小さなその花は、それでもやっぱり

内曲がりし花びら、フルカップ咲きの花形、強いミルラ香と、オールド

ローズの特徴を持ち、小さくてもこれは 『グラミス・キャッスル』 です。

1枚目となる上の写真は昨日の朝の表情。

次は昨日の午後。

gramis_02

そして、これが今朝。

glamis_03

本当にバラというのは刻々と表情が変わる。

この後、花が終わったら、なんとか秋の暖かいうちに新しい葉を

出し、枝を太くして、もっと強く育ってほしい。

たった15センチ足らずの貧相なバラの木でも、逞しく再生する様

を私は知っています。

バラの木が冬眠する真冬から春までは、死と再生のダイナミズム

が感じられる季節。束の間のお陽さまの光を存分に浴びて、その

力を全身に蓄えて ・・・

こんな小さなバラのつぼみを応援してくださった心やさしき皆さま、

どうもありがとう!

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2005年10月21日 (金)

霊園の秋

reien_05

昨日、東京は久しぶりにすっきりとした快晴になった。

今月になって東京がそんな風に秋晴れになったのは、なんと昨日を

入れて、たったの5日だという。つまり残りの15日間は曇っていたか

雨だったのである。信じられない。たまに雨で良いこともあるけれど、

基本的にはやっぱり晴れて欲しい。何故なら秋は瞬く間に過ぎ去る

季節で、すぐに冬がやってきてしまうからだ。この朝晩の急な寒さ。

そんなわけで、昨日は久しぶりに晴れた日に家でパソコンの画面を

見ていたくなかったのと、本業の慣れない医学関連の下原稿をリラ

イトするのに、ワード画面の活字を追っていてもさっぱりピンとこなく

て疲れるばかりだったので、プリントアウトした原稿を持って近くの

霊園に行くことにした。

気分的には庭園美術館あたりに出かけたかったけれど、午後にな

ってここからそんなところに行っていたのでは仕事にならないし、近

所で緑が多く、日当たりの良いベンチがあって静かなところといった

ら、ここがいちばんなのだ。

霊園といったら大いなる死者の領域で、よく未浄化のものが浮遊

しているから用の無いときはあまり近づくものじゃない、などと言う

人もいるからふだんは滅多に行くことはないが、子供が小さかった

頃はここの芝生でシロツメクサの花冠を編んだり、秋には松ぼっく

りやどんぐりを拾いに来たりした。

この霊園は東村山市と小平市にまたがるとても大きな霊園で、都

が管理している。うっかりすると迷ってしまいそうなくらい広い。

霊園のなかは綺麗に手入れされていて、線香の煙とともに品の良

い白檀の香りが漂っていた。そこを、ちょうど良いベンチを探して

自転車で走っているとき、私はあることを思い出した。

この夏、私はある人と、その人が子供の頃に世話になった大好き

なおばさんのお墓を探すのにつきあう、ということをしたのだ。現地

についたのはもう夕方で、私たちはずいぶん歩き回った。数十年ぶ

りに訪ねたそこは、もうその人の記憶の中の風景とはずいぶん違っ

ていて、お墓はなかなか見つからなかった。

そうして最後に行き着いた高台にある小さな墓地で、私たちはそれ

ぞれ別々にひとつひとつの墓碑銘を確認していった。もう辺りは暗く

なりかけていて、そこにある妙に古めかしい立派な墓は独特の雰囲

気を持っていた。そして私はその初めて見る景色のなかで墓石の間

を巡るうちに、だんだん現実感が遠のき、自分がいったいどこで何を

しているのかがわからなくなってきたのだ。それは子供の頃によくな

った感覚で、何かの拍子にふいに現実の自分から意識だけが乖離

して、どこか別のところから動いている自分を見ているような気分、

そのどっちの自分が本当かがわからなくなる感覚なのだが、最近に

なってなったことはなかった。

結局、探している墓は見つからず、私は軽い眩暈を覚えながら、いま

自分に起こったことを話すと、その人は「きっと疲れたんだろう。よく歩

いたから」 と言った。「それにお腹も空いたんじゃないか?」

「うん」 と、私は答えた。

いい歳をして私は、ときどき自分が子供の頃からちっとも変わってな

いんじゃないかと思うときがある。たぶんきっと現実と非現実の、現と

幻の境の壁がきわめて薄い人間なんだろうと思う。その二つを行き

来することは、私にとってはとても容易なことである。

私は滅多にここに来ないが、墓参り以外の人もけっこういる。ジョギ

ングをする人、子供と散歩する人、犬の散歩、ベンチで本を読んで

いる人。etc, ・・・

死者の領域はとても静かだから、人はここに来ると落ち着くらしい。

私も家にいるときより、思いのほか仕事がはかどった。

 * 日当たりの良いベンチ

reien_01

 * 見上げると真っ赤な木の実がいっぱい

reien_02

 * 巨木の立派なけやき並木

reien_04

追記:昨日、庭園美術館に行きたいと思っていたら、偶然にも

     昨日の hirary さんのブログに庭園美術館が載ってました。

         hirary さんのブログ 『まどろむ午後に』に、TB。

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reien_03

もしもし、いま何時ですか

空は青いですか

はい、霊柩車が過ぎました

ぼくはとても元気です

もしもし、鼠は動いてますか

木の葉はのこらず散ったでしょうね

はい、愉快なマーチです

綿菓子です

もしもし、鋏で何を切っているのです

たいそう大きな音ですが

いいえ、窓はしまっています

雨はまだ降りません

もしもし、よく分かりました

胸の上の土が重いですけど


(北村太郎 / 詩集『あかつき闇』より『秋』)

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2005年10月20日 (木)

私のとっておき◆大倉陶園

okuratouen

私と大倉陶園との出会いはかなり古い。

叔父がホテル・オークラに勤めているので、その関係で見たのと、

あとは友人の家。彼女のことはいつかこのブログでも数回書いた

けれど、彼女は美術系のとても変わった雰囲気の人で、古い日本

家屋が大好きで、当時、荻窪界隈の古い一軒家に猫、数匹と住ん

でいた。和洋問わず骨董好きの彼女のその家は、古道具屋で買

った西洋と東洋の入り混じった家具調度が置かれ、お手製のオー

ガンジーのカーテンがかかる、ちょっと暗い畳の部屋で、分厚い木

のテーブルの上に出してくれた珈琲カップが大倉陶園だった。

最初に白地に金の縁取りの、シンプルだけどどこか貴族的で優雅

なフォルムのカップを見たときは、てっきり私はそれもアンティーク

かと思ったけれど、それは国産のブランドで大倉陶園のものだと

彼女が教えてくれた。それは大変に硬質で驚くほど軽く、白生地は

透き通るように滑らかで、金色は何重にも塗り重ねられてマットに

輝いていた。彼女は大倉陶園が陶器のメンテナンスもしてくれ、割

ってしまった時に買い足しができるように、同じ型を廃盤にしないで

何年も作り続けているようなメーカーなのだと話した。

実際にショップに行くと器の前に、この商品は2千何年まで製造し

ます、というような札が立ててある。百聞は一見に如かずで、一度

使ったその感触は私に残り、以来、大倉陶園は私にとっても憧れ

の食器となったけれど、残念ながらなかなか手にれる機会には恵

まれなかった。

写真のカップは数年前、たまたま伊勢丹百貨店に行った際に催事

場でやっていた、『大倉陶園 創業80周年記念フェア』というのに

遭遇してしまって、目の前で絵付師の人が手描きでバラの絵を描

いているのを見て、どうしても欲しくなってしまい、少々、無理をして

買ったもの。創業80周年のアニバーサリー・カップ。

友人のものとはだいぶ趣が違うけれど、家にある唯一の大倉陶園

である。ふだん家では備前のマグカップか、ロイヤルコペンハーゲ

ンの業務用のシンプルな白いカップ&ソーサーを使っているが、時

折り、とっておきの時にこのカップを使う。私はあまり甘々したデザ

インは好きではないけれど、このシンプルなバラのデザインは上品

で気に入っている。そしてやっぱり驚くほど軽い。

私はふだんは特に贅沢もせず、とても慎ましやかに暮らしているの

だが、ごくたまにこういうことをやってしまう。

誰の血か? 言わずと知れた母の血である。

若い頃は食器などもつい海外ブランドに目がいってしまいがちだが、

日本にだってこんなに素晴らしい食器があるのだ。それが証拠に

大倉陶園は国内より海外での評価がすごく高い。日本では宮内庁

御用達の食器ということで、つとに有名。

日本が世界に誇る高い技術について知りたい方は、以下のリンク

からご覧ください。

* 大倉陶園 良きが上にも良きものを

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2005年10月19日 (水)

早生みかん

mikan

昨日スーパーの果物売り場で、木のザルに入って、札に

『熊本県産 早生みかん』 と書いて並べてあるのを見て、

食べたいというより、そのきれいな色に惹かれて買ってし

まった、みかん。

自然のつくりだす色というのはいつも偶然の産物でありな

がら、文句なく美しい。

みかんといって思い出すのは小学校の頃、大雪が降った

日に、(なぜ集まったのかは忘れてしまったけれど)裏門

のすぐ近くに住んでいたハカセと呼ばれる男の子の家に

クラスメートの男女6人くらいで遊びに行って、庭で雪だる

まを作ったり、かまくらを作ったりした時のこと。おやつに

出してもらったみかんを、みんなで雪のなかに突っ込んで

おいた。数時間立って取り出して食べたときの、その半分

凍ったみかんのおいしかったこと!

あれって子供だったから、あのとき、あの場だったから、

あんなにおいしかったのかなあ、と思う。

いつか機会があったら、もいちど試してみたい。

ちなみに私は子供の頃から、みかんは小さくて、皮が薄くて、

適度に酸味があって、あんまり甘すぎないのが好き。

まさにこの早生みかんはアタリでした。

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2005年10月18日 (火)

雨の朝に

old_blush

このバラの名前は、オールド・ブラッシュ。

非常に古くからある四季咲きのチャイナ・ローズです。

散開形の花は花もちは悪いけれどとても香りが高く、花びら

一枚一枚、微妙に違うピンクは、立体感のある、生き生きと

した表情を見せてくれます。

これは古い借家に住んでいた頃、大家さんのフェンスから

はみ出していたのを一枝、失敬して挿し木で育てたもの。

東京は今日も雨。

いまはここにいない、あなたのことを想って ・・・

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2005年10月17日 (月)

立ちすくむ

coffee_2

何をするのも面倒くさいが何かをせずには一日は始まらない

フィルターの中に挽いたコーヒーを入れてそのままじっとしている


何かを思っているのかどうかさえ定かではない

だが気分だけはある

どんな所かは知らないがひとりで月面にでも立っているような気分

それも宇宙船で行ったのではなく

いつもの塗りの剥げたボロ自転車で行ったような


遠くの地球はたぶん美しいのだろうが

ぼくは遠くへは行けずにここにへばりついている

遠くのものはすべて幻

だがその幻が現実のような顔をして目の前にのさばってくる

手にしたマグだけを信じたいが気分がそれを許さない


立ちすくむ

たぶんそれが今ぼくのいちばん正確な姿

印刷され走査され解説された無数の幻が散らばる

朝の台所の荒野で

(谷川俊太郎 / 『世間知ラズ』より、『立ちすくむ』)

***************************************************

朝の健全な光というのは、仮借なく目の前に在るものも内なるものも

酷薄なまでに露呈させる。

幸か不幸か私の朝は子供のお弁当を作ったり朝食を作ったり、日々

の健康な雑事で忙しいので、朝からこんな気分に陥ることはないが、

いつかもっと、私が老人と呼ばれる歳になったら、こんな朝がくるの

かもしれない。今はそんな気持ちになることがあるとしたらむしろ夜

中のキッチンでだが、夜は朝の気分とは違う。

それに私には人生最悪だったときの教訓があるのだ。

『夜中に深刻な考えごとはしないこと』。

そこからは建設的なアイディアも健全な希望も何も生まれない。

一日の終わりである夜には、それにふさわしい気晴らしと安息が

ある。翌朝、気持ちよく目覚めるためにできることをやればいいの

だ。とりあえずバスタブに沈んで温かい湯の中で身体の力を抜い

て、頭の中を空にすること ・・・

今日、東京は雨の月曜日。また新しい1週間の始まり。

365日、日拝(朝、太陽を拝むこと)を欠かさない私の仕事のパート

ナーは、雨の日でも感謝しろと言う。

降っても晴れても感謝して一日をスタート。

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2005年10月16日 (日)

沈黙

water_glass

久しぶりにやっと会えた人を前にして

その温かな眼差しに溶けながら

様々な思いに駆られて

言えなかったたくさんの言葉を抱いて

なお黙っている

この沈黙の

複雑にして深遠な充実

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2005年10月15日 (土)

ひとつだけ

tsubomi

大まかに言うとバラの強さは、色によって分けられる。

いちばん強いのが赤で、次がピンク、黄色や白やブルー系のバラは

病気になりやすく、弱いものが多い。

このバラは『グラミス・キャッスル』というイングリッシュ・ローズで、純

白で強いミルラ香の大輪の花をつける。順調に育てば樹高90センチ

くらいのブッシュ型になるはずなのだけれど、雨の時期はウドンコ病

にやられ、夏は虫と強い陽射しにやられ、新苗の頃から少し伸びて

は駄目になったところを切る、ということを繰り返して、ちっとも大きく

ならない。この夏はとうとうわずか15センチ足らずのところに弱々し

い葉を何枚かつけるだけになって、このまま立ち枯れてしまうのかと

思っていたら、秋になって元気な葉が数枚でてきた。それでも20セ

ンチくらいのひ弱な茎に葉が3枚ついてるだけだから、私としては木

が充分に力を蓄えて元気になるまでは蕾なんかつけてほしくなかっ

たのに、数日前に見たら、こんな蕾をつけていた。まんまるの可愛

い蕾。木のためには咲かせない方がいいくらいなのだけれど、でも

たったこれっぽっちの木を切ってしまうのも忍びなく、また最後の花

になるかもしれないと思うと切ることもできない。すでに先週からの

湿った天気で、葉にも蕾にもうっすらウドンコが付いているが、それ

を手でそっとぬぐってやる。人によってはこんな写真つまらないと思

うかもしれないけれど、私にはこのたったひとつだけの蕾が大事だ。

それはこのちっぽけなバラの木が、まだ生きていることを示している。

樹高の割りに大きな蕾は、これでもちゃんと咲けば中輪くらいにはな

るだろうか。見事に咲いたら、またここでアップしようと思う。

****************************************************

追記:ちなみに、このバラが健康に育ったときの花の写真を今、

    見つけました。みちこ様の『つるバラの庭』にTB。

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2005年10月14日 (金)

10月の井の頭公園

inokashira_09

東京は久しぶりにすっきり秋晴れとなった昨日、野暮用で出かけた

ついでに井の頭公園の中を歩いてきました。

野暮用と言っても色っぽいものから現実的なものまでいろいろある

けれど、とりあえずそう言ったらそれなりに通じて(わかってもらえ

て)、それ以上追求されない日本語って、なんて便利なんだろう。

(ちなみに昨日は思いっきり現実的な用事でしたが。)

週末ともなると露店やらストリート・パフォーマンスやらで大変賑わう

この公園も、ウィークデイはさすがにそうでもなくてのんびりムード。

大きな鯉と一緒にエサをもらう鴨たち ・・・ 

inokashira_02

鴨もこうやってよく見るとけっこう綺麗です。気持ち良さそう ・・・

inokashira_03

のんびりデートしているカップルもチラホラ。こんな噴水のきれいな

ベンチでデートなんてどうでしょう? このワン・ショットの後、すぐに

このベンチも初老のご夫婦で埋まってしまいました。

inokashira_05

園内は奥行きがあって広い。どこかからウクレレを練習する音が ・・・

inokashira_06

紅葉も少しだけ始まりました ・・・

inokashira_07

宮崎駿の『ジブリの森美術館』へゆく道 ・・・ トトロが出てきそうな?

inokashira_08

ブックエンドみたいな人たち。地上には鳩、水上には鴨。

いつの日か私にもこんな時間がくるのでしょうか ・・・

inokashira_10

井の頭公園といえば都内でも有数の桜の名所で、桜の頃ともなると

落ち着かない私は、たとえどんなに忙しくても毎年1回はここへ桜を

見に来ます。ボートに乗って水上から見る桜が絶品なんです。

毎年、出られるチャンスを見はからって、今だ!っていうときに子供

を連れて出かける。そして手に豆ができるほどボートを漕ぐ。

(そんなに馬鹿みたいに漕がなくてもいいのに。)毎年恒例の行事。

小さい頃は私が人よりスイスイ、ボートを漕ぐのを喜んでくれた子供

たちも、年々しぶしぶ着いて来るようになりました。かなしい ・・・

毎年恒例の行事も来年あたりで最後かもしれません。そうしたら、

今度は好きな人と桜を見られることを願って ・・・

最後の1枚は今年の春、薄曇りの日に携帯のカメラで撮った写真。

もう斜陽になって寒くなってきた時間で、お花見客ですごく混雑して

いた池もすっかりガラガラです。

2005inokashirakouen

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2005年10月13日 (木)

日々の気分

karaage_02

気温が下がって寒くなってきたら、温かい飲み物がおいしく感じられ

るようになってきました。同様に暑い夏の間は食べたくなかった揚げ

物や煮物がおいしい季節でもあります。

人間の身体って実に良くできてる!

私は自分でも実に貧乏性だと思うけれど、去年までずっと平均睡眠

時間4時間足らずで、毎日、通勤地獄でハードに自分を酷使してい

たときには夏痩せなんかしなかったのに、自宅でマイペースで仕事

していた今年は、なんだか逆に夏痩せしてしまいました。去年、ウエ

ストも太腿のあたりもパンパンだったスーツのパンツがゆるゆる。

これは私としてはマズイ。去年までは外がどんなに暑かろうと、そし

て食欲があろうとなかろうと、とにかく食べないともたないという危機

感があったし、いったんオフィスの外に出てしまえば目先を変えるも

のはいっぱいあって、それに実際いまより身体を動かして消耗して

いたんだと思う。それに加えて、今年は暑かった夏の40日間、子供

とべったり一緒で一日三食作っていたのも食欲減退の理由。これは

久々にけっこうヘヴィでした。それを何年もずーっと当たり前にやって

いる世のお母さんたち、エライです。

ともあれ、いつも太らなきゃと思っている私にとっては、これからの

季節は挽回の季節。これはなかなか世の女性の理解を得られなくて

ツライのだけれど、子供の頃から痩せていて太りたいと思っている人

にとっては、いつもダイエットして痩せたいと思っている人と同じよう

に切実な問題。だいたい、『夏までに10キロ痩せて水着の似合う綺

麗な私になる!』なんてのはいくらでもあるのに、その逆は皆無って

いうのは不公平じゃないですか? 

とにかくこれからの季節は、よく食べて、よく動き、よく眠ること。

春までにスイミングに必要な適度な脂肪(浮力に必要なのです)と筋

肉、スタミナを付けたいと思う私です。

ちなみに写真は昨日の夕飯。近頃、唐揚げはお皿じゃなく、片口に

盛るのが今の気分。

****************************************************

追記 :

さっき J-Wave を聴いてたら、香りと肥満の関係について話して

ました。ラベンダーの香りは身体に脂肪を蓄積する香りだそうです。

反対にグレープフルーツの香りには脂肪を燃焼させる効果が!

ラベンダーはリラックスしたり、心を落ち着かせてくれたり、夜眠り

を深くしてくれるのに役立つことで知られていますが、こんな弊害

(?)もあったんですね。でも香りを効果的に使ってダイエットに活

かせるなら簡単でいいんじゃないかしら。実は私、これについては

良く知ってました。『アロマパッチ』と言って、貼るだけでアロマセラ

ピーの効果が得られるシートがあるんです。詳しく知りたい方は

このサイトを見てください。  Aroma Angel

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2005年10月12日 (水)

たんぽぽ

tanpopo

なんて一心で可愛いたんぽぽの綿毛。

私もあなたみたいに風に吹かれて心の向くまま

どこかに飛んでゆきたいなあ ・・・

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A Time For Love (歌詞)

summersky

A time for summer skies
For humming birds and butterfries
For tender words that hormonize with love

A time for climbing hills
For leaning out of windowsills
Admiring the daffodils above
A time for holding hands together
A time for rainbow colored weather
A time of make believe that we've been dreaming of

As time goes drifting by
Time willow bends and so do I
But oh my frends , whatever sky above
I've known a time for spring
A time for fall
But best of all
A time for love


(Paul Francis Webster / Johnny Mandel )

**************************************************

昨日、翠さんから『A Time For Love』の歌詞をもらいました。

英単語を追いながら、朝からぼんやりしています。

歌詞を覚えたら、夜中の独りのキッチンで歌うのによさそうです。

私のとても個人的な、覚書と追憶のために。

**************************************************

今日、東京はやっといま空が晴れてきました。

部屋の中にいても太陽の暖かさを感じます。

今日はこれから大量の洗濯物と、窓を全部開け放って部屋の

掃除と、それから仕事をしないと。

ぼんやりしてられない。

下のCDは、この『A Time For Love 』が入った清水翠さんのCD。

私はこの曲を歌っているほかのヴォーカリストを知らないのだけ

れど、他にも誰か歌っているのだろうか。

これは、横浜の素敵なレンガの建物の中にあって、ライブ・ハウス

から海が見える 『Motion Blue』 でのライブ音源。

ピアノは高田ひろこ女史。

atimeforlove_001

お問い合わせは nyx studio へ 

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2005年10月11日 (火)

Live Information

midori_live

11月11日の清水翠さんの横浜ゲーテ座でのライブの詳細が決まり

ました。私も今日になって翠さんのHPで知ってびっくりしたのですが、

今回のコンサートのコンセプト・ワードは " COLORS " だそうです。

西村和彦氏の繊細でリリシズム溢れる水彩画のようなピアノと、ちょ

っと misty でありながら、最近、情熱の火が燈った感のある翠さんの

ヴォーカル。いったいどんな選曲で、どんなコラボレーションを聴かせ

てくれるのか、今からとても楽しみです。

JAZZがとても好きな方も、ふだんあまりJAZZを聴かない人も、きっと

楽しめて、心に残るコンサートになると思います。

横浜山手外人墓地のすぐ近くというロケーションも、秋のお散歩がて

ら出かけるのに最適な場所です。外人墓地の前にある素敵な洋館

のカフェで熱いお茶を一杯いただいてからJAZZコンサート、なんて

最高じゃないですか? ぜひ大事な方を誘ってお出かけください。

このライブは絶対ハズせないと思っているので、私は必ずホールに

行っております。私に気づいたらぜひ気軽に声をかけてくださいね!

私は1オーディエンスで関係者では全然ありませんが、皆さまのたく

さんのご来場を心からお待ちしております。

お問い合わせ、チケットのご予約は下記まで。

****************************************************

11/11 (金)
開場 19:00
開演 19:30
当日 2500円
前売り(電話予約)2200円
チケット予約・お問い合わせ
岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座 (マップあり)
TEL.045 623 2111

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花がほしいとき

flowers_03

ユーゴスラビアの男性と結婚した私の親友には、まるでフランス人形

のように美しい娘がいて、その子は綺麗なものが大好きで、ちょっと

贅沢なところがあって、買い物に行って花屋の前を通ると、きまって

「ねえ、ママ。花、買おうよ」 と言う。

言われた私の友人は、「今日は花は買いません。そんな女優さんの

お家でもあるまいし、毎日お花なんか買ってられないわ」って答える。

それを聞いた私は思わず、くすっとなりながら、実にその言い方って

彼女らしいと思うのです。そう、私たちの家は女優さんの家ではない

のだから、そうそう花ばかりは買ってられない。

結婚するとき、私はほんのささやかでもいいから毎日、食卓に花を

絶やさないようにしよう、なんて思ったものだけど、たったそれだけ

のことがいかに浅はかで甘い夢だったか。

私の人生では、花は人からプレゼントされるよりプレゼントすること

の方が多かったけれど、でもその数少ないプレゼントされた花で思

い出すのは、男の人からもらった花より女友達からもらった花です。

仕事でくたくたになったとき、失恋したとき、駅前で別れ際に年上の

女友達は、「そうだ、そうきち。花買ってあげる」と言った。

え、どうして? と訊く私に彼女は「好きなの選んで」と笑って言い、

私はセロファンのかかったたった一輪の赤い薔薇を選んだ。

それを混んだ電車の中でも大事に抱えて、まるで花に寄りかかる

ようにして帰った帰り道。それはいつも寒い季節が多かったように

思う。その一輪の花は帰ってからも私の心に灯を燈した。

ささやかながら自分で花を育てるようになって、それから母の死後、

花を買うことは、とりわけ自分のためだけに花を買うことは少なく

なってしまったけれど、昨日の夜、雨のなか買い物に出たときに、

久しぶりに自分のために少しだけ花を買いました。

昨夜の私は落ち込んでいたわけではなくて、むしろとても静かな、

満たされた気持ちだったのだけれど ・・・

肝心なことというのはなかなかうまく表現できないものだけれど、

ただ心に、やわらかな色が欲しくて。

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2005年10月10日 (月)

SONORITE

sonorite_001

外は重い雲が垂れ込めた暗い空だけど

あなたもどこかで

私と同じ音楽を聴いていると思うと

ちょっと幸せな気持ちになる

SONORITE

**************************************************

山下達郎が7年ぶりにCDをリリースしたとあって、毎日のように

J-Wave で流れるのを聴いていたらなんだか癖になってしまって、

山下達郎はもういいと思っていたのに、つい買ってしまった。

全体を通して聴いた感想は、やっぱり達郎は昔のほうが全然、

良かったというものだったけれど、中に数曲いい曲が入ってる。

私はいちばん最初の MIDAS TOUCH という曲が一番好きなの

だけれど、ベース・ラインがとっても気持ち良くて癖になります。

先日の夜更けはこの中の数曲をエンドレス・リピートして揺れ

てました。

ところで、このタイトルの MIDAS って何?と思って英語の辞書

で調べたら、

 Midas n. ギリシャ神話 ミダス 『手に触れたものを全て黄金

 に変える力を与えられたフリジアの王』

と、ありました。

恋する人の手を MIDAS TOUCH と表現したこの歌。

できることなら私も触れられたい ・・・

sonorite

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2005年10月 9日 (日)

SHADOW

shadow_010

これは、ダイニングテーブルの上に吊った、ちょうどガラスの

金魚鉢を逆さにしたようなランプシェードが壁に作り出す影絵。

私はこれに『ワルツ』と名前を付けました。

今宵、あなたとワルツなど。

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HAPPY BIRTHDAY JOHN !

john_lennon 

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今日はジョン・レノンの誕生日です。

ジョンがNYで凶弾に倒れてから、今年で没後25年。

そのときのショックは今でも鮮明に憶えています。

寒いときでした。彼の新しいアルバム『ダブル・ファンタジー』が出

たばかりで、復帰後のこれからの活動を誰もが期待していた矢先

の悲劇でした。それは当時の私のアルバムにもその日の新聞の

切抜きと共に納められています。

そして、以来25年、ジョンの存在は忘れ去られるどころか、逆に

どんどん大きくなっているようです。

上のイラストは、『AI ジョン・レノンが見た日本』 という本の中の

1ページ。この本はローマ字とスケッチでジョンが日本語を学んだ

ノートをそのまま本にしたもので、ジョンの類稀なるユーモアとセ

ンス、それに子供のように無邪気な好奇心にあふれています。

これはこの本の中で私がいちばん好きなページ。

この言葉のように、毎日、眠るたびに新しく生まれかわりたい。

天国のジョンに心から敬意を表し、愛をこめて、暫し、合掌。

Love and Peace !

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2005年10月 8日 (土)

金木犀

kinmokusei

金木犀って不思議な花だ。

ふつうは花の所在があって香りを感じるものだけれど、この花に

限ってはいきなり香りを感じて、その所在を探す。

私はいま住んでいるこの町がとくべつ好きなわけではないけれど、

でも秋のある晴れた日、町を自転車で走っていて、ふいに金木犀

の香りを感じたと思ったら、いきなり町中、あたり一面、金木犀の

香りで満たされている。

その瞬間だけは、この町がとても好きになる。

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2005年10月 7日 (金)

Good vibration

goodvibration

最初の子供というのは多かれ少なかれ、両親のエッセンスを色濃く

受け継いでいるものだと思う。これが2人目、3人目となると、誰に似

ているというより、その子独自のオリジナルの部分が強くなるように

思うけれど。それにプラスして初めての子供のときは親はまだ親に

なっていないから何をするのも初体験で、どうしても神経質になって

しまうのに対して、次男次女ともなれば親もすでに親になっていて、

たいていのことは経験済みだから大らかになれる。この育児をする

親の気持ちのあり方がもたらす子供の性格形成の違いは、実に大

きいように思う。

私の長男は私ととても似たところがある。性別の違いもあるけれど、

私の理解のつかないところは、たいてい父親似である。

彼はとってもセンシティブで繊細で、人の表情を見てさっと気持ちを

読んでしまうようなところがある。

おとといの夜、彼がアルバイトから帰ってきて玄関のチャイムを鳴ら

したので、「お帰りなさい」と言いながらドアを開けたら、私の顔をぱ

っと一瞥するなり、「元気ないね」と言った。私が元気がないとするな

ら、その原因に自分が関与してるかどうか、それが自分の何なのか

瞬時に思いめぐらしてしまうような子なのだ。

だしぬけにそう言われて私は、「元気よ。ただちょっと疲れてるの。

眠いのよ」と言ったら、彼は、ふん、なんだ眠いのか、というような

つまらない顔をして自室に入っていった。

似てる、ということは言葉にしなくても気配で互いの気持ちを察知

できて楽な部分もあるけれど、しんどいときもある。特にこちらが

精神的にかなり駄目になっているようなときは、相乗効果で駄目

になる。私がお腹を壊すと彼も壊すといった具合に。私はかなり

穏やかな性格だと思うけれど、私が内心イライラしていると、彼も

またイライラしだす。息子はまだ大人じゃないから感情をセーブ

することができずに、その出し方はもう半端じゃない。

その点、下のオリジナルの娘の方はそれほど人の気分に影響さ

れない。少々、家の中の雰囲気がどうだろうと彼女は好物のデザ

ートを出せば幸せそうな顔をして食べ、マイペースで自分の好きな

ことに興じる。私と息子がどちらかというと言葉による表現を得意

とするのにくらべて、娘は同じ家で育ったと思えないくらい言葉の

表現が苦手なかわりに、彼女は絵を描いたり造形による表現に

長けている。彼女はいまのところ、それほど誰にも似ていない。

私と息子が同じようなことで悩むのに対して、彼女は悩みの前を

素通りできる。彼女ももう13歳ならそれなりに何も考えないわけ

じゃないだろうけれども、家の中では一番楽に生きてゆけるタイ

プだと思う。もっと小さかった頃は本当に子供らしい天真爛漫な子

で、彼女の明るさにどれだけ助けられたことか。似たもの同士の

息子と私だけだったら、どっぷりシリアス・モードになって煮詰まっ

てしまいそうなところを、彼女がいたおかげで、お笑いにできた。

喩えるなら、ぎゅっと濃縮されたチョコレートにトッポジージョ(古い

なあ)の穴ぽこチーズ並みの風穴を開けてくれるのがこの子なの

だ。この子は実はちょっと家庭が大変な兆しのときに生まれた子

供なのだけれど、やっぱり必要があって、生まれるべくして生まれ

た子なんだなあ、といつか実感して神様に感謝した。もちろん誰だ

って生まれるべくして、意味があって生まれてきたわけだけれど、

実に家族ってよくできてると思う。できることなら彼女にはそのまま

悩みの少ない人生を送ってもらいたい。多かれ少なかれ、人は傷

つくことで何かを体得していくのだとしても。

それぞれのバース・ミッションを抱えて。

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2005年10月 6日 (木)

私たちにできること

cafe

いつも私と恋をして
あなたがいかに大人か知らないけれど 
私がそばにいないときは
淋しくなって不安とか覚えてよ
ふたりにはまだ足りてない時間があるの 早く気づいて
言葉にも隙間を埋めるパワーがあるの ちゃんと聴かせて
アイシテル とか言って 恥ずかしい言葉を並べて
ありふれた世界をふたりして築きましょう

いつも私に恋をして
ふたりがいかに馴れ合いを見せようとも 
私がそばにいないことを
悲しみと知り 涙とか流してよ

私にはまだ話さない秘密があるの もっと気にして
あなたには知らないふりしてあげてることもあるのよ
我儘を言ってふたりは傷つけあうから
無関心な言葉じゃ心が慰められない

いつも私のそばにいて
あなたといたら 心までとろけそうよ
あなたも私がいないときはツライと言って
不満とか並べてよ
いつも ふたりでいようよ いつもふたりでいてよね

いつかあなたと確かめたい ふたりの愛が「形あるもの」であると
あなたのそばにいられること幸せです、と互い伝えあえる日々を
いつか ふたり つくろうよ
いつも ふたりでいようよ
手に手を 瞳を見ていてよ


(安藤裕子 作詞作曲/私たちにできること)

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このあいだからTVで流れるコマーシャルソングでずっと気になって

るのがあって、さっき J-Wave で流れたのでさっそく誰の曲か調べ

たら、安藤裕子の『淋しがりやの言葉たち』でした。どこかユーミン

を髣髴とさせる歌い方。なんとなく心に引っかかっていたのよね。

それで詩の中身も知りたいと思って検索したら、違う曲の歌詞が目

をひきました。『私たちにできること』。

この歌詞読んで、ここまでじゃないものの、これってまるで誰かさん

の心なんじゃないのと思ったらなんだか可笑しくて、全文引用しちゃ

いました。この内容で『私たちにできること』というタイトルは、かなり

男への押し付けで強引なんじゃないのと思わなくもないが、でも女に

は確かにこういう可愛い(?)傲慢さもあるからね。

大なり小なり、女心ってみんなこんなものかなあ ・・・

ん? 私はそうじゃない?

あっ そう ・・・

ちなみに『女心と秋の空』っていう言葉のもともとのところは、本当は

『男心と秋の空』、だそうです。妙に納得。

東京はやっと陰鬱な曇り空から一転、青空が見えてきました ・・・

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薔薇に降る雨

baranifuruame_04

アントニオ・カルロス・ジョビンの曲に、『薔薇に降る雨』という美しい

曲があって、それは三拍子の独特の浮遊感のある曲なのだけれど、

いつかのゲーテ座のアンコールで清水翠が歌うのを初めて聴いた

とき、それまでの緊張が解けてリラックスした彼女の声の軽さとあい

まって、ふわふわとどこまでも飛んでいけそうなほど気持ちよかった。

ジョビン自身のピアノによるインストゥルメンタルもそれは素敵で、彼

のピアノはまるで薔薇に降り注ぐ雨粒の響きのように軽やかです。

今朝、雨のなか咲いていた薔薇はちょうどそんなイメージ。

ポルトガル語のタイトルは、『Chovendo na Roseria』

英語では何故か『Double Rainbow』

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2005年10月 5日 (水)

アオザイ

aozai_002

おととい『香りの記憶』をアップしたら、不思議なことにその日にそこ

にちょこっと書いた友人のYから、突然、電話がきた。

彼女は私のブログは見てないし、滅多に電話もこないのでびっくり。

急だけど、明日、会えない? と言う。

彼女が住み慣れた東京を猫と共に後にして、病気の母親と同居する

ために千葉に越してはや5年。フリーのライターを生業にしながら空

いた時間に庭師(彼女は女庭師でもあるのです)をやり、花を教えて

もいる不規則な生活の彼女とは、滅多にスケジュールが合わないか

ら、機会ができたときは自分のことはさておき、会うしかない。

男並みに話が早いのが私のいいところ?

即決OKで、昨日のお昼は赤坂のベトナム料理屋『アオザイ』へ。

ここは去年まで仕事場が赤坂だった私が日常的に利用していたレス

トランで、赤坂で開店25年の老舗のベトナム料理店。種々雑多な飲

食店が日々、開店しては閉店になる、それこそ生き馬の目を抜くよう

なこの赤坂の街で、25年も続いているというのは本当にすごいこと。

ベトナム料理なんてここ10年くらいのブームかと思っていたのに何故

25年前にベトナム料理? と前に尋ねたら、その開店のミッションが

素晴らしいのだ。25年前といったら日本がカンボジア難民を受け入

れた頃。その彼らに仕事を与え、ついでに現地の賄い(食事)を与え

るために初代オーナーがこの店を開いたのだという。以来、25年。

いまは確か3代目オーナーだったかな、妙齢の粋で気さくなママがア

オザイを着て給仕してくれます。(高級な店は別として)忙しいビジネ

スマンが大半を占めるここ赤坂では、ゆっくりランチをとれる店は少

ない中、ここはゆっくり食事ができて、その後ものんびりできる希少な

店。私は疲れて1人でゆっくりしたいときに行っていました。

内装がお洒落、とかいうお店でははないけれど、アットホームな雰囲

気でくつろげます。で、肝心のお味はというと、大変おいしい!

私はここでフォーが好きになりました。赤坂なのでさすがに夜は高く

なるみたいだけれど、昼のランチは900円から。写真は日替わり

ランチで、この日は海老と野菜の炒め物、ハーフ・フォー、ご飯、サラ

ダ、それに小さなデザートが付いて1000円。お茶は好きなだけ飲め

ます。この炒め物は写真で見るとなんてことないように見えると思う

けど、実はすごくおいしいんです。火力の違いなのか、プロの技なの

か。炒め物は自分で作るよりプロの味が断然おいしい。これだけ食

べたらお腹いっぱい。満足した私たちは、かなり長居してしまいまし

た。お店の場所は東京メトロ千代田線、赤坂(乃木坂方面)下車、

赤坂通りを乃木坂方向に徒歩3分、通りに面した右手にあります。

ちなみに写真は初めてお店で撮ってみたけれど、誰かと一緒だと

どうも私は集中できないみたいで、あんまりうまく撮れてません。

この日撮った写真はどれもイマイチ。けれど彼女の撮ったCランチ

は全然ピンがきてなかった! 残念 ・・・

y

この日もギャルソンを着ていたY.

勝手にアップして怒られるかな。

後姿なら、まあいっか・・・

適度なミーハー心と、真剣に難民

問題に取り組む社会派の一面を

併せ持つ個性的な人。

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2005年10月 4日 (火)

花言葉

yellow_rose_01

Jealousy.

この未知なるものにして、少々、不本意で厄介な感情 ・・・

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今朝の薔薇一輪

rose_004

大気が冷え始めると、薔薇は夏とは違った微妙なニュアンスを

見せ始める ・・・

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2005年10月 3日 (月)

香りの記憶

parfum

香りは記憶と密接に結びついていて、その香りを嗅いだ瞬間に呼び

覚まされる記憶というのがある。

毎年、暦の上では初春といいながらもまだ実際には厳寒の2月、夜

道を歩いていて、私は沈丁花の濃厚な香りにはっとして、きまって

ある漢詩の一節を思い出して、いつも同じ感慨に耽る。私は2月に

年をとるので、毎年同じ頃、同じ感慨に至る自分を、いささか情け

ないと思わざるを得ない。

そういう香りは四季ごとにあって挙げたらきりがないが、雑踏で擦れ

違った人の香りに、ふいに記憶にしまわれた懐かしい誰かを思い出

すこともある。

夏祭りの夜に、行きつけの喫茶店で親友から紹介されたKに会った

とき、私たちは一瞬でお互いが好きになった。彼は親友と同様、広島

の全寮制の男子校を出た後、東京のW大学に行っていて、私と同じ

駅の反対側にあるアパートに住んでいた。Kはお洒落な人で、アフタ

ーシェーブローションからオードトワレまで一式お気に入りの香りで

揃えていて、彼と並んで歩くと、いつもその香りがした。

あまり日当たりの良くないKの部屋を訪ねてゆくと、彼の部屋はいつ

もきまってそのトワレ(タクティクス)と、輸入版レコードと、黴と、珈琲

の入り混じった複雑な匂いがした。困ったのは、彼がつけすぎるその

トワレのせいで、わずかにその部屋にいただけで、その香りが自分

にまで移ってしまうことだった。移り香というのは切ないもので、家に

帰って独りになってからも私はやるせない想いでKの存在を感じた。

困った私は厳しい母の目をごまかすためもあって、Kと同じ香りをつ

けることにした。それが私の日常になれば、もう無用に悩まされるこ

ともないと思ったのだ。

香りというのはつける人によって、同じようには香らない。私がつける

その香りは、何故か女性たち(とりわけ大人の女性たち)にたいそう

気に入られ、いつも何をつけてるのか聞かれた。しまいには近所の

パン屋のオバサンにまで「あなた、いい香りね。何をつけてるの?」と

聞かれ、彼女は私が答える前に「ミツコね。いい香りだわ」と言った。

資生堂のタクティクスをつけていてミツコと間違われるなら、そんなに

いいことはなかろうと、私も敢えて訂正しなかった。当時、三つ年上

のコム・デ・ギャルソンの黒い服しか着ない私の友人が、「おばあさん

になって髪が真っ白になったら、赤や紫やピンクの綺麗な色を着て、

ミツコをつけるの」 と言っていたからだ。

おばあさんになったら、どころか、絶対おばあさんになんかなりたく

ないと思っていたその頃の私には、それは新鮮に聞こえ、美意識の

高い彼女がそれほどまでに言うその香りは、どんなに素敵な香り

なんだろう、と思った。

以来、私はいままでほとんど香りは男物しかつけない。10代、20代

をユニセックスなイメージで通してきたせいもあるし、甘ったるい香り

が苦手で自分には似合わない、というのもある。いまでも時々、入っ

たブティックで若い女の子から何をつけてるのか聞かれる。

香りというのは不思議なもので、つけることが習慣になっていると、

つけないでいることがまるで服を一枚着忘れたみたいに物足りなく

感じるものだが、つけないでいることが普通になると、それはそれで

当たり前になってしまう。

そして恋をすると、香りが好きな人と共有するものだということを、身

をもって実感する。

どうやら、うちの息子の初めての香りはこれらしい。

バーバリーの Brit. なんて生意気な。

でも最近、ブリティッシュ・ロックかぶれの息子にとっては、これは

最適のお見立てと言えるのかも知れない。

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2005年10月 2日 (日)

ランデブー

rendez-vous

少し前にベランダに出たら、

下の雲と上の雲、ブルーとピンクが

気持ちよくランデブーしているみたいな雲を見つけたので

アップします。

なんてロマンティックなフライト・・・

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Sunday am11:30@表参道

omotesando_01

東京は最後の夏日となった昨日、今日。

昨日はひどい肩こりと頭痛でアスピリンを一錠飲んで、熱いシャワー

を浴びてプールに行く。そんな状態でも15分で支度をして出て行くと

ころが自分でもすごいと思う。どうかしてる。最初の頃は家から水着

を着て出て行く私を子供みたいと笑っていた子供たちも、今では慣れ

っこになっていて、私が水着で家の中をウロウロしていても何も言わ

ない。だってこの方がさっとプールサイドに出られていいんだもん。

そんな体調でもプールに行けるのは、帰りは行きより良い状態になっ

て帰って来られるという目算あってのこと。プールってそういうところ

だし、スイミングってそういうスポーツです。お試しください。そして実

際そのとおりになって、帰りはすっきり青空の下を『My Way』のレゲ

エ・バージョンを口笛で吹きながら帰って来ました。

水泳を始めると、いかに夏がありがたいかわかる。暑かった昨日は

タンクトップにGパン、それに下駄履きという夏のスタイルでOK。

なんと言ってもこれが1番、楽ちんなんだな。ありがたきはお陽さま。

そして今日は仕事の打ち合わせで表参道のブラウンライス・カフェ

へ。私の仕事のパートナーはベジタリアンなので、玄米菜食生活を

実践しております。ここは彼の友人が企画から立ち上げをやったと

かで、エッセンシャル・オイルで有名なニールズヤードがやっている

玄米菜食カフェです。お食事の内容も店内の感じも写真でアップした

いんだけど、どうもショップスタッフだった経験から勝手に撮れないと

いう遠慮があって、私はなかなか撮れない。なので雰囲気だけ。

お食事は玄米ご飯に具沢山のお味噌汁、季節のお惣菜、お漬物、

野菜サラダ、手作りのデザート、エスプレッソかハーブ・ティー、という

感じでした。全体的に素材の味を生かした減塩薄味で、ゴマ、ゆず、

山椒、しその香りが活きてました。ぷちぷちの玄米ご飯、みょうがの

天ぷら、漬物がおいしかった! 食後のハーブ・ティーもおいしかった

です。表参道で落ち着いて食事やお茶がしたいときはお勧め。

場所はモリ・ハナエ・ビルを脇に入ったビルの右手奥です。

brownricecafe

そして、ここは angelseed さん憧れの『ファーマーズ・テーブル』。

まだ行ったことないということだったのでアップします。1階がカフェ

で2階が雑貨ショップです。ときどきオーナー自らショップに立って

いますが、すごく気さくに話しかけてくれる素敵な方です。彼女は昔

と全然、変わらない! 前は1階の前全部が青山ガーデンの緑と土

に覆われていたんだけど、いまはご覧のとおり、全部なくなって味気

ないコンクリート敷き。ちょっとグリーンの鉢を置いて誤魔化してたけ

ど。東京はこんな風に、どこもかしこもことごとく駄目になってます。

farmerscafe

表参道はいま同潤会アパートのあったところに新しい建物を建てて

いる最中で、景観は良くないし、舗道を歩いていてもコンクリートの

粉っぽくて、あんまり良い状態ではないんだけれど、それでも夏日

(30度以上?)になった日曜の今日はすごい人でした。新しい建物

は着々とできているようで、もう幌が取れていた。ほとんどがコンクリ

ート打ちっぱなし、ガラス張りの景観でしたが、一部、同潤会アパート

を髣髴とさせる部分もあって、最終的にどんな建物が出現するのか、

楽しみといえば楽しみです。

いったい、どんな人が住むのかしらねえ・・・

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2005年10月 1日 (土)

ハルジョオン・ヒメジョオン

flowers_005

もう10月。

私が大事にしてたものがまたひとつ無くなっちゃった。

もう私のベランダからテニスの球を打つ音は聞こえない。それに

もう、この辺で偶然、あの人とばったり出くわすこともあるまい。

昨日、線路脇の水道道路を自転車で走ってたら、テニスコート

の近くで久しぶりにヒメジョオンを見つけた。無垢で繊細な花。

ハルジョオンがピンクがかった花で春から夏に向かって咲き、

ヒメジョオンが純白で夏から秋に咲くのだと、昨日初めて知った。

人はどうしてこんなちっぽけな花に感傷を掻き立てられたりする

んだろうか。遠くて近い原っぱの記憶。

それともあの歌のせい?

flowers_006    

  

     ヒメジョオンに埋もれて くちづけをした

     土手と空の間を 風が渡った

     

     哀しいほど赤く 夕陽は熟れてゆくの

     私だけが変わり みんなそのまま

          

 (松任谷 由美/『ハルジョオン・ヒメジョオン』憶えてるとこだけ)

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