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2005年9月21日 (水)

死について

tarou   

死について

ひと晩じゅうかんがえると

むねがくるしくなり無の

おそろしさがみえる

織部の

茶碗をくだけ

その適度のおもさと

あたたかさをわすれよ

一切の

ものをこぼて

石に


死に意味をもとめるならば

自然はおそらくもっとも愚なり

ましていわんや

拙劣なる人工をや

甘美に

時はすぎゆく

ねこが跳躍をそのまま止めるならば


価値のなんと透明なことよ

傲慢に

その位置を与えよ

それがこの世を滅ぼすならば

うべなうべし

林を賑わす

木枯らしをうべなうように


ひとりひとりについて

一生の

苦しみの量は

一定である

それこそ神のみわざだ


しかるに

おそろしさは無間なり

地中の

芽の

一瞬たりと

同じからずと知れ


匂い

あまりに風にちかい

音だけが

水のように確かだとは


死よ

水のごとく

やさしく

すごくあれすごくあれ


(写真・詩ともに1993年『現代詩手帳』より拝借/北村太郎『死について』)

*********************************

朝から長い詩を全文引用してしまいました。

昨夜は私の映画鑑賞史上最低最悪の映画に当たってしまって、まだ

途中だったにもかかわらずビデオを止めて返却に行った後、皆さまの

充実のコメントに答えようとすると、ココログがビジーなのかシステム

障害なのかなかなか開かず、ものすごく時間がかかってしまいまし

た。それですっかり夜遅くなってしまい、遅くなったついでと言っては

なんだけど、うーさん のコメントが頭に残り、死について考えている

ときにこの詩を見つけ、今日アップする予定で昨日書いたテキストの

かわりに、長いけれどこの詩をアップすることにしました。

私が自分のブログに詩をとりあげるのは、単に私が好きだからという

それだけの理由で充分ではあるのだけれど、詩の言葉を特別な言

葉、気障な言葉、ロマンティックな言葉、浮世離れした言葉、難解な

言葉、等々と思って敬遠している多くの人々に少しでも触れてもらい

たいから、という気持ちもどこかにあるようです。

詩は(私が思うに)右脳を刺激する言葉で、詩の持つ呼吸さえつかん

でしまえば、とても自然に心に入ってきて、下手な小説を読むより

わずかな言葉で、多くのイメージと、示唆に満ちたもの想いをもたら

してくれるものだと思います。

それでは皆さま、今日も良い一日を!

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コメント

こんばんわ。
詩は(私が思うに)右脳を刺激する言葉で、詩の持つ呼吸さえつかんでしまえば、とても自然に心に入ってきて~~。
私の場合、もう少し時間と心に余裕を持てば詩というものにじっくり向き合えるかもしれないですね。
昔は島崎藤村なんかの詩が好きでよく読みました。小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ~~。昔、覚えていたところですが記憶違いかもしれません。この先はどうだったのかな~と思い出してますが浮かんできません。詩とか音楽などは揺らいだ心の支えになるんですね!

投稿: うー | 2005年9月21日 (水) 21:55

>私の映画鑑賞史上最低最悪の映画に当たってしまって、
そういう日には、無理にお返事していただかなくてもOKだと思いますよ(^^;。そんな日でも問題なかんべ(^^)。

僕は、詩人は、あんまり詳しくないですけど、吉野弘さんが好きです。詩を読んでみるきっかけになったのは、山田かまちさんだったけど。

作者と僕との違いを考えたり感じながら読むほうです。
ワンフレーズで入ってくる言葉。そういうのとの出会いも詩を読む楽しみですよね。ランボーとかも表現の仕方とかに魅かれていた時期がありました。

お陰さまで今日は涼しくてよい一日でしたよ(^^)。
お勧めの本、今日本屋に注文してみました!
ブログ作りのプラスになればと、、楽しみです。

でも、soukichiさんにネタの出所はバレバレなんですよねえ(^^;。。

投稿: bigbirdman | 2005年9月21日 (水) 22:04

うーさん、
喫茶店を経営しながら鳥のブログを毎日更新していたら、時間と心の余裕は無いかもしれませんね。あんな鳥の写真が撮れるだけでも
すごいと思いますもの。
今年はちょっとイレギュラーだけど、私もおよそ時間と心の余裕なんてあったもんじゃない生活をしてきました。でも私にとって詩とか音楽とかはじっくり時間をとって向き合うものでもなくて、もっと日常だし、もっと直感的なものかもしれない。一瞬でOKなんです。うまく言えないけど。

投稿: soukichi | 2005年9月21日 (水) 22:44

フクロウさん、
気にすることないって。
だって同じ素材でも料理人によってできる料理は違うじゃない。きっとフクロウさんの東京での生活の記憶が加えられた、フクロウさん独自のアレンジでお書きになるだろうから、ネタバレはしないと思う。
私が最初に詩に出会ったのは、たぶん小学校の教科書の中です。特に田村隆一の『見えない木』という詩にはインパクトを受けました。鮮やかに情景が見えて、その中にいる自分を感じたから。北村太郎さんとはもう30年近いつきあい。ワンフレーズで入ってくる言葉、と
おっしゃったけど、まさに詩の言葉は閃光みたいなものです。
本、役に立つといいな。

投稿: soukichi | 2005年9月21日 (水) 23:19

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