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2005年8月31日 (水)

夏の思い出

夏の浜で拾った、波でまるくなった小さな貝殻。

kaigara

子供の頃は、この貝殻みたいにちっちゃなものを、まるで宝物みた

いに大切にしてたな。うっかり失くすと一生懸命、探したりして。

クルマのCMだったか、『物より思い出』、というコピーがあるけれど、

最近とみにそう思う。物より思い出のほうが大事だって。

ひとたび大地震が来たら、物の大半は一瞬にして消えるのだ。

どんなに大事な写真だって手紙だって詩集だって。

けれどそれとは正反対に、朝倉摂 のいちばん嫌いな言葉は

『思い出』だって。それまたすごくカッコイイ。

昨日、過去、既存の概念、完成品、を、次々壊して、日々、いま

この瞬間に新しいものを創造する、まさに真正のクリエイター。

今年83歳とは思えぬその風貌。若い人を相手に丁々発止でやり

合う、エネルギッシュでタフなライフスタイル。幾つになっても尽きる

ことのない創造力。着る物だって相変わらずアバンギャルドなのだ。

彼女こそ憧れのスーパー江戸前ばあちゃんですが、彼女がそんな

に自由なのは、「それは学歴ってもんが全然ないからですよ。学校

に行ったことがないんですから」、と旦那さまは平気でそんなことを

言う。もちろんそれは日頃から歯に衣着せずにものを言い合える

良い関係あってのこと。

浅倉摂さんがそれほど自由闊達に世界を飛びまわれるのも、子供の

頃は彫刻家にして明治男の父親の、常識にとらわれない家庭教育

あってこそ、そして結婚後は、旦那さまのゆるぎない愛情と理解

あってのことと思うのです。もちろん彼女の資質そのものに由来する

のはもちろんだけど、安心して帰れる場所がある人は強い。

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2005年8月30日 (火)

晩夏

banka

そのとき彼は一緒に暮らしていた女の子が部屋を出て行ったばかり

で落ち込んでいた上に、仕事場で機材を倒して脚を骨折していた。

カメラマンの助手としては、かなり致命的なミス。

電話をもらった私は彼を励ますために花を持ってお見舞いに行った。

当時、彼は庭園美術館のすぐ前のアパートに住んでいて、私達は

公園の椅子に少し離れて座った。私は白いスクエア・ネックのワン

ピースにリボンの付いたストロー・ハットという、いま思うといかにもな

格好をしていて、松葉杖を傍らに立てかけた彼は、離れたところから

両手で四角くファインダーを作って私を切り取る真似をすると、

「絵になるよ」、なんて言ったんだ。

それから彼の部屋で持って行ったガーベラを高さの違う試験管みた

いなフラワーベースに挿して、彼がいままでに海外で撮ってきた作品

なんかを見せてもらった。その中には、彼女がいなくなった後の部屋

の様子を詳細にキッチンからトイレに至るまで撮った写真なんかもあ

って、カメラマンて実に因果な商売だなと思った。

夕方になって部屋に夕陽が射してきた頃、会話も尽きたので帰ろうと

思ったら、自分のお財布が無いことに気づいた。

どうやら昼間、公園で落としたらしい。

彼が公園に電話をしてくれた後、別れを告げて閉園した後の庭園美

術館に行った。門の前に行くと守衛さんが来てくれて、そのとき辺り

はすっかり真っ暗で、夜になっても蝉の声がすごく、守衛さんが持っ

た懐中電灯の灯りだけが前を照らしていた。

すると、どうしたことだろう。

暗闇に照らされた光の中から私の白いワンピースめがけて、次々に

蝉が飛びこんできたのだ。暗い森を右に左に揺れる懐中電灯の光の

中で、斜めに落ちながら飛び交う蝉たち・・・。

それはもう断末魔の蝉で、晩夏の切ない光景だった。

次々に私めがけて飛んで来る蝉はこわかったけれど、私はしばし

お財布のことも忘れて、その幽玄な世界にぼーっと見とれていた。

晩夏になると、いつもそのときの光景を思い出す。

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2005年8月29日 (月)

祭りの夜

ちょうど駅を降りたら、お御輿が・・・

matsuri_01

昨日は実家近くの八幡神社のお祭りに行きました。

私は小学校に上がる前年から結婚するまでここにいたので、

子供の頃から慣れ親しんだお祭りです。

子供の頃はそれこそ私はお祭りが大好きで、金魚すくいの名人

だったし、ティーンエイジャーの頃は夏休みで会えない友達に

会える場、それから男の子とのデートの場所でもありました。

私の子供がまだ小さくて、母が生きていた頃にはこのお祭りは

夏の大事な行事だったけれど、母が亡くなって子供たちも大きく

なったいま、それほど価値がなくなりました。

年々、お祭りの規模も小さくなって、夜店の数も減り、境内も

閑散としていて寂しい限り。

境内がぎゅうぎゅう詰めの人だかりで歩けなかった頃が懐かしい。

お祭りにやって来る若者たちも、昔とは趣を異にした感じで、

いまや風情どころではない。

夜、布団に入ってからも通りを歩く下駄の音が聞こえたことなど

思い出し、お参りをすませたあと、早々にその場を後にしました。

matsuri_02

matsuri_04

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2005年8月28日 (日)

夏の終わり

natsukusa_03

水芭蕉揺れる畦道 肩並べ夢を紡いだ
流れゆくときに 笹舟を浮かべ
焼け落ちた夏の恋唄 忘れじの人は泡沫
空は夕暮れ

途方に暮れたまま降り止まぬ雨の中
貴方を待っていた 人影のない駅で

夏の終わり
夏の終わりは ただ貴方に会いたくなるの
いつかと同じ風 吹き抜けるから

追憶は人の心の 傷口に深く染み入り
霞立つ野辺に 夏草は茂り
あれからどれだけの時が 徒に過ぎただろう
せせらぎのように

誰かが言いかけた 言葉寄せ集めても
誰もが忘れゆく 夏の日は帰らない

夏の祈り
夏の祈りは 妙なる蛍火の調べ
風が揺らした 風鈴の響き

夏の終わり
夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの
いつかと同じ風 吹き抜けるから

夏の終わり
夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの
いつかと同じ風 吹き抜けるから

(全文引用:森山直太郎『夏の終わり』)

*************************************************

夏の終わりになると必ず聴きたくなる森山直太郎の『夏の終わり』。

若くしてこの豊富な語彙、クラシカルな言語感覚。

生まれ育った音楽的環境もさることながら、そうとうにたくさんの本を

読んだのでしょう。

本日の夏草2点め。

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夏草の果て

natsukusa_02

夏草、という言葉の響きが好きだ。

たくさんの詩人がつかい、私もつかう。

秋の草ともなると、ぐっと落ち着き、もっと澄ました大人の風情と

なるけれど、私は夏草の無邪気さ、この野放図さが好き。

ぼうぼうたる夏草の原っぱに寝転んで、すっぽり姿を隠して、

夏空の終わりにキラキラしてる、喪失の破片でも拾おうか。

natsukusa

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2005年8月27日 (土)

子供の時間

kodomo 

きらきらのびい玉やおはじきが、何よりも宝物だった遠い日。

母が付けた私の呼び名は『鉄砲玉』、だった。

外に出て行ったら最後、暗くなるまで帰って来ないから。

すっかり日が暮れてから帰って、よく締め出されもしたな。

いつから公園に子供たちの声がしなくなったんだろう?

kodomo_02

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2005年8月26日 (金)

夏休みの宿題

昨日、ベランダから見た空はこんな感じ。

taifu050825

私:「もう宿題は終わったの?」

子供:「まだ、ある」

私:「まだって、早くやっちゃいなさいよ!30日から学校でしょ?」

子供:「うん。やるってば。それよりクッキー、いつ作るの?」

私:「・・・・・・」

そうそう、夏休みの宿題で調理実習をやらなきゃいけないんでした。

しかも写真を撮ってレポート書かなきゃならないんですって。

私が他にやることがあったり、遊びほうけていたり、暑くてオーブン

使いたくなかったりして伸ばし伸ばしにしてきたんでした。

それで昨日は前日から台風が来ることがわかっていたので、前日に

材料を買い揃えて、いざクッキー作り。



shukudai_01

こういうこともあろうかと、

北欧雑貨ショップで

買っておいた可愛いウサギの型ぬき。



shukudai_03

まず薄力粉をふるって・・・







shukudai_04

バターをクリーム状に練って

塩をひとつまみ、砂糖を3回に

分けて入れて更に練って



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卵黄を入れて

更に練って





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さっきの粉をふるいながら

入れて





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チョコチップとナッツを

入れて





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ヘラで切るように混ぜた生地を

まとめてビニール袋に入れて

伸ばして



shukudai_12

冷蔵庫で寝かした生地を

いったん砕いて

さらにまとめて伸ばして

型抜きして、卵黄塗って



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それでオーブンで焼いたら

できあがり!





shukudai_14

チョコチップの入った白ウサギと

ココア地の黒ウサギになるはずが

判別つかなくなったけど、ま、いいか。



shukudai_15

で、めでたく(?)

ティー・タイム。







となったのですが、なんと子供が生まれて以来、一度もこういうことを

する余裕がなかったものですから、想像以上に大変。

いつも私が餃子を作っていると、「私もやる」と言って、今では器用に

餃子を包む子ですが、なかなか思うようにならないシーンもあって。

子供と一緒に何かをやるのって、楽しいけど大変。

つくづく幼稚園や学校の先生に頭が下がった次第でした。

この後、私はすっかり疲れ果て、夕飯は軽いものになりました。

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2005年8月25日 (木)

白玉

ニッポンの夏のスイーツ!

siratama

白玉というと、いつも思い出す詩がある。

それは、愛しい男がスプーンですくった白玉を、ひと匙ひと匙くちに

入れてくれるっていう、ちょっと色っぽい詩なんだけど、きっと若き日

の伊藤比呂美だろうと思って詩集を繰ってみるのだが見つからない。

白くて冷たくてふわふわした甘いものを口に入れられる感じが、妙に

リアルでいい詩なんです。

私はそんな風にときどき、『言葉探し』をやる。

ふいに絶妙なタイミングで頭に浮かんだ言葉の出所を求めて。

この白玉。夏の間にやっぱり一度は食べたい。

いろいろ食べ方はあると思うけど、私はつめたく冷やした水蜜

(砂糖水)に、ただ白玉を浮かべるシンプルなのがいちばん好き。

京都のどこかに、これだけを食べさせる店があるらしい。きれいな

水の湧き出る場所で、おばあちゃんがやっている、昔ながらの古い

店。いつもJR東海のCM見てて思うけど、「そうだ、京都いこう!」、

と言って京都に行けたらどんなにいいだろう。

では、いざ京都へ。白玉を食べに。

・・・なんてね。 ガラスの器はずいぶん昔にキャトルセゾン・トキオで

買った大正時代のアンティーク。残念ながら引越しの際にひとつ割れ

てしまって、いまは1個だけになってしまいました。

蜜は、うちは上白糖はいっさい使わないから、きび砂糖の水密です。

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2005年8月24日 (水)

Slow Dance

2005年夏 これが私のサウダーヂ

2005himitsunobasyo_05 

ひとりの人と長く 寄り添ったり離れたり

しあわせになったり 傷ついたり

泣いたり 笑ったり

心は舞い上がったり 落ち込んだり

めまぐるしく

気づけばまた

同じ恋に落ちてる

今度はもっとスローに

そう、もっとゆっくり。

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2005年8月23日 (火)

Summer's Day

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開け放った窓からは少し涼しくなった夏の風が

白いカーテンを煽っていて

外ではみんみんうるさいくらいに蝉が鳴いてて

空が眩しいくらいに青くて 雲が白くて

近くから波の音と

時折りビーチの監視員の声が聞こえて

思わずまどろんでしまう 

まるで子供の頃の夏みたいに長閑で

しあわせな午後

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2005年8月22日 (月)

夏の中心

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幾十もの季節が

過ぎました

わたしを漉すように



「愛」といってみます

命令や

断言を避けて

何が残ったでしょうか

せいぜいおりです



「愛する」といってみます

骨の林から

風が

吹いてきます



幼年のころ

わたしは小川で

蝦をつかんだのでした

でもすぐに

跳ねて

わたしの指から消えました



小さなしぶきと

かすかな波紋を

口をあけて

見つめていました



それが

わたしの夏の中心だったのです



「愛」

「愛する」

叫ぼうとするのです

叫びが

命令であるかのように



影がすうっと地を払い

これから

幾つの季節が

くるのでしょう



(『夏の中心』全文引用:北村太郎詩集『おわりの雪』より)

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2005年8月21日 (日)

むらさき露草

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子供の頃の夏の朝、朝露に濡れて輝いていた露草。

自然の作り出す色は、はっとするほど、きれい。

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2005年8月20日 (土)

八重の山吹

yamabuki

炎天に咲く、まるで光の子供みたいな、輝くばかりの八重の山吹。

山吹もバラ科の植物だそうです。

どうやら私は、バラ科の植物に惹かれてしまうらしい。

私もバラ科に入りたい・・・

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2005年8月19日 (金)

夏の恋人

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男の人を花にたとえたりするのはおかしいかもしれないけれど、

私は好きな人のことを向日葵みたいだと思っていた。

夏に出逢ったせいかもしれない。

1年中、日焼けしたその人の子供みたいな笑顔は、いつも背中に

お日様をしょってるみたいだった。

いつも向日葵を見るとその人を思い出す。

この写真を撮った日は、昭和記念公園に向日葵畑を見に行ったの

だけれど、時すでに遅し。花が終わってほとんど刈り取られた後で

した。唯一、青空をバックにうなだれずに残っていたこの1本も、

花びらがちぎれています。でも、これも自然な姿。

また来年の逢瀬を楽しみに待ちましょう。

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2005年8月18日 (木)

薔薇のつぼみ

咲いてないときの君も好き。

baranotsubomi_012

最近またバラの写真をちょこちょこアップしてますが、今年は

私が家にいて水遣りをマメにしているせいか、花芽が次々に

あがってきて嬉しい毎日です。

この水遣りも、息子が私に言われて嫌々やるのと、私がやる

のとでは大違い。

やっぱり植物も、「愛だろ、愛」、だと思います。

baranotsubomi_007

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2005年8月17日 (水)

She

akaibara

仕事場ではときどき見かけていたけれど、朝の通勤電車でたまたま

彼女の前に座っていたのがきっかけで、彼女と話すようになった。

そのとき彼女は分厚い英語のペーパーバッグを抱えていて、時折り

神経質そうに眉をしかめながら、その本を読んでいた。

小柄だけどすごくナイスバディで、まるでお人形みたいに美しかった。

仲良くなってからの彼女はとてもお茶目で、仕事場で私を見かける

と、嬉しそうに寄ってきて人前で平気でハグをしたり、おっきな口で

笑いながら、投げキッスを送ってきたりした。

そういうところは滅茶苦茶アメリカン。

彼女はチアガールみたいに元気で愛くるしくて、私は彼女のことを

真っ赤なミニチュア・ローズか、苺みたいだと表した。

私が女の子に贈る、たぶん最上級の褒め言葉。

その後、彼女は私が勧めたとおり転職して、持ち前の英語力を

活かしてアメリカ軍の基地でセクレタリーとして働いた後、そこで

知り合ったアメリカ人と結婚してテキサスに行ってしまった。

以来、会ってない。

どうしてるかな・・・、彼女。

いまでも真っ赤なバラみたいに元気で、しあわせだといいけど。

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2005年8月16日 (火)

涼の色

そば猪口のブルー (さて、MYそば猪口はどれでしょう?)

soba2

うちは家族全員、蕎麦好きです。

といっても、特別こだわるわけじゃない。

すごくおいしいお蕎麦屋さんも知ってはいるけど、そこに行って

みんなで普段どおり(お腹いっぱい)食べようと思ったら、かなり

散財することになるので、滅多に行かない。

普通にどこのスーパーでも買える、安い乾麺専門です。

それでも茹で方と水のさらし方さえ間違わなければ、近所のまずい

お蕎麦屋さんなんかより、ずっとおいしいと思う。

ただその際、器はちょっといいものを。

前に、買ったばかりの『夕暮れ四方皿』という焼き締めのお皿に、

同じく焼き締めで、中に涼しげなブルーの釉薬を流したそば猪口、

葉っぱ型の箸置き、それに薬味を唐津焼きの片口で出したら、

子供に「高級なお蕎麦屋さんみたい」、と言われました。

子供のこういう感覚、侮れません。

このそば猪口、実はマニアがいるくらい種類が豊富で、いいものを

見ると欲しくなるけれど、なるべく物をたくさん所有しないようにして

いるので、ほどほどに。これは確か渓山釜のもの。このそば猪口

には涼しげな水色と白の釉薬がかかった丸皿を合わせます。

乾麺のお蕎麦とか素麺とかって、日本の優れたファストフードだと

思う。早い、安い、ローカロリー!

日本人が作るパスタは世界でも最高の部類に入るそうだけれど、

それはもともと日本に麺を茹でる食文化があるからだと思います。

うちでは麺類は何によらずアルデンテで。

いつか、島田雅彦の『ひなびたごちそう』という素敵な本の中に、

『蕎麦のぺペロンチーノ』というのが載っていて、2回ほどトライ

してみたけれど、うまくいかなかった。

いま試してみたいのは、蕎麦粉のクレープ。

なんか、とっても心誘われます。

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2005年8月15日 (月)

赤まんま

akamanma2

I Love Scrapbooking の Yoriko さんが庭に種を撒いたという

赤まんま。昔はどこの原っぱにもいっぱい生えていました。

でも今は滅多に見ない。

『赤まんま』、の語源はお赤飯からきてるのかな?

そういえば子供の頃はおままごとによく使いましたっけ。

「これは、お肉」とか言って。

あらためて見ると、けっこうきれいな花です。

(追記と訂正:私が撮った写真は waiwai さん のご指摘で、

 通称『赤まんま』と言われるイヌタデではなくて、オオケダテ、

 もしくはオオベニタデだそうです。)

akamanma1

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2005年8月14日 (日)

一瞬のバラ

なんて、もろくも儚いその形状

antique1

生きてるって不思議だ。

このバラはこんな風に咲くバラじゃない。

本当はミニチュア・ローズらしい、かちっと整った花型なのだ

けれど、何度も開花を繰り返すたびに、徐々に力を落とした

果ての、一瞬の表情。でも、もともとの咲き方より、こちらの

ほうが、ずっと風情があったりする。

この写真は、激しい雷雨が来る直前に撮ったものです。

バラが美しく咲いているときに愛でる人は多い。でも枯れ始

めたときを含めて、咲いてないときに愛せる人はどれくらい

いるだろうか? 人間もまたしかり。

女の容色は1年ごとに確実に落ちる。

どんなに変わらず若さと美しさを維持しているような人であって

もそれは必然であり、同時にそれはとても自然なことでもある。

いつか『パーフェクト・ローズ』と書いたけれど、どんなに完璧な

バラも、もっとも美しく咲いている時間は、ほんの僅かなのです。

写真を撮り始めたときと撮り終わりでは、もう違っている。

しかも1年のうちでバラの開花期というのはきわめて短い。

一季咲きのオールド・ローズなら、6月の、ほんの2週間程度。

だからバラを育てるってことは、花が咲いている時を1とするな

ら、咲いてない残りの時間の99を、まるごとホールドするって

ことなのです。

そして、それはそのまま私にとっては『愛する』ということなのだ

けれど、それを男に求めたりするのは、とうてい無理ってこと

なのだろうか・・・

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2005年8月13日 (土)

入道雲

nyudougumo1

この夏、入道雲、見てないなあ・・・、と思っていたら、

市民プール帰りに見ました。

でももう今の空って、ちょっと夏と秋が共存してる感じ。

ちなみに下は畑。なんというか、田舎でしょ?

市民プールへは自転車で15分くらい。

夏草のぼーぼー生えた川沿いの道をゆくんだけど、長閑です。

途中で梨狩りができる梨園があったりして、ここってまだまだ

田舎なんだなあと思う。

ちょっと木立の下を通ると、蝉の声がすごかった。

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毎トーの夏

さよなら テニスコート!

2005maito_003

毎年恒例、テニスフリーク達には『毎トー』でおなじみの、毎日テニス

選手権が、いま近所のテニスコートで行われています。

この毎トー、夏の最も暑い時期に、日本全国から集まった精鋭達が

しのぎを削る、まさに心臓破りのトーナメント。テニスプレイヤー達に

とってはお祭りみたいな夏のイベントです。

私の住んでいる部屋はこのテニスコートのすぐ裏で、天気さえ悪くな

ければバルコニーからいつもテニスの球を打つ音が聞こえてくるほ

ど近い環境。実は私は個人的にこのテニスコートにはたくさん思い

出もあって、バルコニーで、どこか間延びしたようなその乾いた球の

音を聞くとき、いつも長閑なような、切ないような気持ちになっていま

した。

数々の名勝負を生んだ、都内でも有数の伝統あるそのコートが9月

で閉鎖されることになり、もうその音を聞くこともなくなるのかと思う

と、本当にさびしい限りです。

私はここで様々な年代の、テニスを本当に愛する人たちに出会った

ことで、人が純粋にスポーツをする喜び、テニスをする人々の若さと

輝きに触れて、自分も何か始めたくて、スイミングを始めました。

今では、『一生スポーツ!』と思ってる私。

毎トーが終わると、コートはまさに兵どもの夢の跡、もう今年の夏も

終わりだなと思います。私が試合を観に行った日も、すでにコートの

上には無数のとんぼが飛び交っていました。

 2005maito5                         

       いくつになっても少年みたいなベテラン・プレイヤー達

2005maito6  

                  

         

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2005年8月12日 (金)

Shall we Haagen-Dazs ?

『白玉抹茶あずき』(そのまんまなネーミング)

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今日は和歌山にいる若者たちにハーゲンダッツ・アイスクリーム

を送るために、ハーゲンダッツ・カフェに行きました。

私が初めてハーゲンダッツを知ったのは、わけあって女装した

ダスティン・ホフマンが、麗しの彼女のためにハーゲンダッツを

求めてニューヨーク中を駆け回るという、映画『トッツイー』の中

のこと。アメリカにはそーんなにおいしいアイスクリームがある

のかと思っていたら、そのショップが原宿にできて、当時はいつ

も店の前には長蛇の列ができていました。私も恋人とよくその列

に並んで買いましたっけ。

それにしてもハーゲンダッツのCMって、なんでいつもあんなに

官能的なんだろう?

行ったついでに下の子と2人で夏の期間限定のトリプル・クール

を食べて、さらに一駅電車に乗ってパルコへ。お互い入り浸る

場所が違うので、子供は世界堂へ行き、私は本の森リブロへ。

近所の駅前の『書学』がなくなってから、最近もっぱら本を買う

のはアマゾンからだけだったけど、やっぱり本屋はいい。本屋

に行くたび、私は自分が言葉に飢えてるんじゃないかと思う。

恩田陸、山田詠美、それに島尾敏雄の『死の棘』がすごく気にな

ったけれど、いまの私にはかなりヘヴィな内容なので記憶にだけ

とどめて、村上龍の『ハバナ・モード』と、島田雅彦の『退廃姉妹』

(すごいタイトル!)を買った。村上龍と村上春樹じゃ、私はもち

ろん春樹のほうが好きなのだけれど、でも龍ちゃんの英語的な

合理的な考え方も嫌いじゃないし、音楽の趣味も好きなのです。

この本はまず書き出しが悪くない。

目次の後に、『すべての男は消耗品である』というタイトルで著者

近影が載っているんだけれど、その顔には疲労の色が濃いよう

に見える。彼ももう52歳か・・・。

でも顔に疲れをのせても、それが色気になる男はいいなと思う。

本屋にいる間に突然、セットしたばかりの携帯の着メロ、あいこ

の『キラキラ』が鳴り始めたときはびっくりした。

・・・今日はほんとにただの日記でした。

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浴衣、着てみました。

yukata_006

年に1度か2度、着るか着ないかの浴衣なので、いざというとき

困らないように、毎年1回は練習で着てみます。

今年もすっかり着方を忘れていて四苦八苦。

なんとか帯を結び終わる頃には汗だくで、涼しげどころじゃあり

ません。『着物まわり』の樋口可南子さんみたいなのには憧れ

るけど、何事も日々の研鑽が大事。一朝一夕とはいかない。

いつもながら面倒くさそうな息子に写真を撮ってもらい(デジカメ

に慣れてない彼の写真は、ほとんどがブレてるかピンがきてない

かなのだった)、早々に脱ごうと帯を解いて『お夏狂乱』のごとき

姿でクロゼットのある隣りの部屋に行ったら、下の子に「お化け

みたい」と言われた。やれやれ。こやつもなかなか言ってくれる

ではないか。おりしも先日、竹中直人主演の毎夏恒例の怪談、

『百物語』を見たばかりなのだ。お化けはやっぱり着物姿に限る

よね。

しっかし昔の人は大変だったなあ。ふつうの町娘にしたって着物

姿である。私の祖母も、記憶の古いところでは着物だった。

夏のさなかに着物を着た祖母と買い物に行って(私が好きだから

と)、網のかかった大きなスイカをまるごと4つも買って、ひとつ持

たされたりしたことなど思い出す。

私の着こなしはまだ及第点には程遠いから、要練習、といった

ところ。

(追記:この後、再び練習したら、格段に手際よく綺麗に着られ

 るようになりました。)

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2005年8月11日 (木)

備前、冷えてます。

うちの冷凍庫のなか

beermug

いつも見た目は飲みすけに見られる私。

意外に思われるけど、実は残念ながらアルコールはほとんど駄目

なのです。ビールでもワインでもシャンパンでも、おいしいと思うのは

最初のひと口だけ。ちょっと度を越したら具合悪くなっちゃう。

子供の頃のかかりつけの小児科医に言わせると、タバコもお酒も

やらない私には人生の楽しみの半分は無いそうで。

(なんちゅう医者なんだ!)

じゃあ、なんで家の冷凍庫に備前か?

というと、これはもちろん、『家じゅう 備前』の生(せい)さんに

ならってのことですが、実はワタクシ、お酒は飲めないけど、

酒器は好きなのです。

酒注ぎ用の片口とか、杯とか、ぐい飲みとか。

で、家に遊びに来る人のために、冷凍庫にはいつも備前が

冷えてます。

『もう私の歳になったら、たいていのことはなんでもやったし、

なんでもできるし、あとは毎日、健康で元気に働けて、おいしい

ビールが飲めたらそれで最高!』という生さん。

私がそんな風に言える日はいつかなあ・・・

ちなみに注ぐと、こんな感じ。(あんまり注ぎ方が上手じゃないが。)

生クリームみたいなきめ細かい泡が備前のビアマグの特徴です。

これでビール飲んだら他ので飲めなくなるとは酒飲みの談。

beer_005

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2005年8月10日 (水)

布ぞうりがきた!

『赤とんぼ』、という名の布ぞうり

nunozouri_009

先日、ココログ・サーフィンしてて見つけた布ぞうりのサイト。

夏の間は外ではもっぱら下駄を愛用している私。

家ではイグサのスリッパを履いているのだけど、見た目の

可愛さにくらべて、履き心地は今ひとつでした。そこでサイトを

見て、その配色のセンスの良さとあまりの可愛さに、すぐに

オーダーしたら、おととい、届きました!

さっそく履いてみると、ふんわり柔らかく、ほどよく足裏を刺激

してくれる感じがたまりません。

サイトを見ると、これを旅先に持ってゆく人もいるそうです。

自分愛用の室内履きがあるだけで、旅先のホテルでもゆっくり

くつろげそうで、う~ん、いいかも・・・

でもこの『赤とんぼ』、下の女の子に履かせたらすごく気に入った

ようで、どちらかというと彼女にぴったりな色あいだし、これは

彼女にあげることになりそう。9月になったら、私はもうちょっと

渋めの布ぞうりをオーダーしようかな・・・

私の新たな定番になりそうな布ぞうりです。

ちなみに布ぞうりのサイトはマイリストの『これが好き!』、に

さっそくアップしてありますので、興味のある方はぜひ、どうぞ!

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2005年8月 9日 (火)

夏の夜の

憂いを含んで、ほのかに甘く

morerenbaum

私は人より少しだけ、季節の移ろいを感じるのが早い。

いつもまだ暑いさなかに、もう夏は終わりだと思うのです。

相変わらず毎日あついけど、でも立秋の日を境に、風が

少し変わったのに、お気づきの方も多いことでしょう。

確かに季節は移ろっているのです。

そんな私が夕暮れからずっと聴いているのがこれ、アントニオ・

カルロス・ジョビンを偲んで、坂本龍一がモレレンバウム夫妻と

つくった『CASA』の、東京でのライブCDです。

特に今夜、私の心にフィットした歌詞はこんな詞です。

(以下、ライナーノーツより引用)

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『コラソン・バガボンド』

いつの日か 望むものすべてを

手に入れられると思い続けている僕の心

少年のような この心には

過ぎ去りし日 さよならも言わずに

僕の夢を通り過ぎ

両の瞳を涙にくれさせた女の像の

思い出だけがあるわけじゃない

放浪するこの心は

僕の中に世界の全部をしまっておこうと

してるんだ

移ろいやすいこの心は

世界の全部をしまっておきたいと

願っているんだ

morerenbaum2

こちらはもととなった『CASA』。

どちらも

夏の終わり、夏の夜に聴くには

ぴったりの、切ない音楽です。

私は今も聴いています。

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とんぼ玉

『そうきち』御用達、とんぼ玉のかんざし

tonbodama

ガラス好きの私の定番、とんぼ玉のかんざし。

去年は髪をショートにしていたので使う機会がなかったけれど、

今年は使えそうです。

夏は暑くて長い髪は鬱陶しいので、髪を小さくシニヨンにまとめて、

かんざしを挿します。

実は私は浴衣のときだけじゃなくて、ダンガリーのシャツを着ている

ときも、男の子みたいなパンツスーツを着ているときだって、この

かんざしをする。まあ、江戸前ってことで、オーケイかなあ、と。

柄の長さがいろいろあるので、子供のまとめ髪に使っても可愛い。

髪をまとめてかんざしを挿すと、なぜか、しゃきっとするのです。

ちなみに、このとんぼ玉のかんざしは、若手のガラス作家のもので、

『かまわぬ』のショップで売っています。(たぶん、今年も。)

手作りで、同じものがひとつとしてないところが魅力。

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2005年8月 8日 (月)

阿佐ヶ谷バリ舞踏祭

賑やかなガムランの音にあわせて

barimatsuri_04

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昨日、阿佐ヶ谷の神明宮境内で、『阿佐ヶ谷バリ舞踏祭』が開催

されました。

この舞踏祭は、バリに魅せられた人々(ボランティアスタッフ)に

よって、2000年から行われるようになりました。

舞台となるのは、天照大御神ゆかりの、古式ゆかしい神社の境内。

同じ太陽神を崇める、本場インドネシア顔負けのバリダンスで、

駅からすぐ近くというのに高い木々が聳える境内は、いつもにも

まして幽玄な世界に変わります。

私の友人がスタッフとしてこの催し物で花を活け始めて早5年。

昨日は秋分の日とあって、境内の中は暑いなかにも時折り涼しい

風が吹き、久しぶりに見る友の顔とともに、神聖なパワーをもらって

帰って来ました。

(*『阿佐ヶ谷バリ舞踏祭』は、毎年、阿佐ヶ谷商店街の七夕に

 あわせて8月の第1週の土・日に開催されています。)

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2005年8月 7日 (日)

期間限定

『ゴールデンパイナップル ナタデココ入りジュレ』

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久しぶりに突然、連絡してきたその人は、

子供みたいに屈託ない顔で笑って、

「夏になったらまた会えると思ってたよ」

なんて、こともなげに言うのだ。

言われた私は、日焼けしたその笑顔を眺めながら、

ワタシって夏の期間限定のデザートみたいなものか、

と思い、そう思うそばから、そんなにいいものか、

とも思ったりして、

キミって少々、自虐的じゃないか?

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2005年8月 6日 (土)

旅立ち

この頃はよかったな~

kodomo_003

私は今日は朝から落ち着かない。

なぜかというと、息子が今日初めて一人旅に出かけたのだ。

向かうは和歌山。(こんなことブログに書いてると知ったらぶっとば

されそうだけど)遠距離恋愛のガールフレンドの住む街を目指して。

バイトを始めた息子が「ぼく、夏休みに和歌山、行くから」と言い、

ふぅん「行くから」なんだ、と思ったのが数ヶ月前。

親として念を押して言うべきことは言ったものの、特に反対はしな

かった。なにゆえ遠出をしたことがない息子、ちゃんと指定の新幹線

に乗れるかどうか心配なので、行きだけは東京駅まで送っていく、

と言うハハを、「絶対やめてよ」の一言で却下した。

男というのも冷たいが、息子も冷たい。

お陰で東京駅から所在無げにひとり帰る、まぬけな親バカには

ならずにすんだものの、家の中から人がひとりいなくなるのって

変な感じだ。しかも今回は修学旅行4日間じゃない。彼が帰って

来るのは10日後。和歌山でいったいどんな夏休みを過ごしてくる

のやら。彼は来月、17歳になる。

私に17歳の息子がいるってこと自体が驚きだが、まるでG線上の

アリアのような、この10数年のいろいろを思って、実に複雑な

気分・・・

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2005年8月 5日 (金)

Blue sky blue

心は雲のように かたちを変える・・・

20050725_blue_sky01

taifuikka

taifuikka01

空模様と心模様って似てるね。

心が飽きないように、きっと毎日、

空だけ撮ってても飽きないだろうなあ・・・

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2005年8月 4日 (木)

バッタみ~っけ!!

batta

昼間、自転車を出そうと思ったら、足もとにぴょんと飛ぶものが・・・

きっとバッタだな、と思って探したら、やっぱりバッタだった。

子供の頃はおんぶバッタを捕まえるのが大好きだった。

なかには大・中・小と、3匹一緒にくっついてるのまでいたりして、

それを離れないように全部一緒に採るのが名人芸(?)なのです。

いまでもどこかの原っぱにいるのかなあ・・・

しかし、なんで、おんぶなのか。彼らはファミリー?

・・・考えてみると、不思議。

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2005年8月 3日 (水)

織部の緑

oribe

備前が好きになってから、すっかり無釉(釉薬のかかっていない)

の焼き物が好きになってしまった私ですが、粉引きと織部は

好きで少しだけ持っています。

けれど、器というものは食物を盛るものだけあって、使う人の

生理的感覚を色濃く反映してしまうもののようで、女性がもともと

そういう感覚的な生き物だということもあるのでしょうけれど、

色のついた器は難しい。前に見た目のきれいさで、織部の緑の

丸皿と、海のような水色をした青織部の角皿を買ったものの、

どうしても使うことができなくて、私よりもっとそのお皿が似合い

そうな方に、あげてしまったことがありました。

この織部、もともと自然の中から取ってきた色だけあって、野趣

あふれる作品が多くて、どちらかというと男の方のほうが似合う

かもしれません。私にはこの豆皿くらいでちょうどよいかも。

ちなみに今日も暑いので、お昼はさっぱりと冷麦です。

この織部の豆皿には薬味を入れて。

濡れるとさらに緑が鮮やかに、つややかになって、きれい。

hiyamugi

ちなみにこれは通常バージョン。

もっとしっかり食べたいときは、錦糸卵、きゅうり、焼き豚、トマト

などを別皿に持って、ちょっと冷やし中華風にしていただきます。

その場合、つゆにちょっとゴマ油をたらすと、おいしい。

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2005年8月 2日 (火)

ニッポンの夏の色

oshiroibana

ヨーヨー、綿アメ、紙ふうせん。手ぬぐい、うちわ、線香花火。

夏の夕暮れに咲く、まるで絞りの浴衣のように

可憐で涼しげなおしろい花。

oshiroibana02

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2005年8月 1日 (月)

夏のあさ

今朝 AM:5:20の空。

natsunoasa

いま

ふいに思い出す

夏のあかつき

彼女と寝ていて聞こえたカナカナの声

あんなに淋しくて

実存的な音楽

この世にまたとあるまい

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これは夏になると思い出す、北村太郎の詩の一節。

北村太郎という人は、真冬を思わせると同時に真夏を思わせる。

非常に理知的でありながら感覚的で、色っぽい人。

50を過ぎてから恋に落ち、家庭から出奔したことを考えても、

その淡々とした穏やかな性格の内に秘められた、情熱のほどは

窺い知れようというもの。

15のときに出会って以来、私が愛してやまない詩人です。

今朝、私はめずらしく朝早くにすっきり目覚めました。

夏は朝がいちばん気持ちいいから、ふだん夜型人間の私も、せめて

8月くらいは早寝早起きをしようか、などと思っているのですが。

続くわけないって?

そう。ぜんぜん自信無い。3日坊主で終わるかもしれないけど・・・

でも、できたら一度、ものすごく早く起きられた朝に、自転車で

多摩川べりまで走ってみたいと思っているのです。

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