子どもの頃の私にとっての夏休みの最大の楽しみは、海に海水浴に行
くことだった。3つ違いの妹と、水着に水泳帽、浮き輪というスタイルで
ウミガメの子よろしくバタバタ沖へ泳いで行って、ぷかぷかする。後ろも
振り向かずに夢中でバタバタやっていて、ふと気づくとまわりに誰もいな
くなっていて、遠くに来すぎたと気づいたときの不安な気持ち。時々すご
い大波にさらわれて、水中でもみくちゃになり、何度もでんぐり返ししてい
つの間にか浮き輪もはずれ、息ができなくなって「あぁ、これで自分も死
んじゃうのかも!」と思った頃には気づくと浅瀬にいて、近くにはハズレ
た浮き輪が浮いていたり・・・。唇が紫色になるまで一日海に浸かって夕
方やっと砂浜に上がり、バスタオルで身体を巻いてもらってクルマに乗
ると、さっき遠くまで引いていた海がもう満々と車道の下まで満ちていて
それが子ども心に不思議でたまらなかった。海の満ち引きの時間感覚
とか大量の水がどこからどうやって来たのか、とか。そして満々と満ちて
しまった海はもう私が遊べる海ではなくて全く別物の、おそろしい黒々と
した巨大な生きものみたいでこわかった。
そう、海はいつだって楽しくて懐かしくて輝かしくてこわい場所だった。
そんな小さかった頃の海の感覚を今日久しぶりに鮮明に思い出した。
『崖の上のポニョ』を見たのだ。
この手の映画を宮崎駿が作ると、公開前も後も世間がいろいろウルサク
言うのを知っている。でも思うにそういうのって、あまりに左脳優位な人
たちなんじゃないかと思うのだ。映画や絵画を見るにしても、音楽を聴く
にしても、なるべく自分の中の既成概念や先入観をとっぱずして、手放し
の状態で(それこそ五感だけで)味わうのが一番なんじゃないかと私は
思う。そのほうがストレートに作者の意図するところを受け取れそうだし
少なくとも純粋に楽しめそうだ。たまたま心を捉えたのがジャズという音
楽だった、というのと、いろいろ頭に入れた上で、さぁこれからジャズとい
う音楽を聴くぞ、というのでは、全くわけが違う。料理を含め、全ての創
造物には賛否両論がつきもので、それこそ人の感覚なんて千差万別な
のに、宮崎駿の映画に限って『共感できるから天真爛漫で明るい性格』
『できないから屈折してひねくれた性格』なんて、まるで踏み絵みたいに
しないでもらいたいな、と思う。物事も人間の性格も、そんなに単純じゃ
ないから。
かくいう私は5歳児並の集中力で、毎回ストンと宮崎駿の世界に落ちて
しまう。いつもは目の前に広がる美しいパノラマと、久石譲の圧倒的な
音楽で落ちていたけれど、今回は違った。圧倒的な絵の力!!
まるでうちの娘が描いているようなエンピツやクレヨン、パステルで描か
れた絵の、素朴な優しさ、あたたかさ、人間らしさ。そこから湧き上がる
驚くほど豊かなイマジネーション! お陰で映画を観終わった後に妹か
ら「音楽も素晴らしかったね」と言われても、エンディングに流れた例の
「ポーニョ・ポーニョポニョさかなの子~♪」という唄以外、何も思い浮か
ばなかった私だ。
宮崎駿はこの作品で、近作2作品で使っていた3DCGというデジタル手
法をやめ、全てのアニメーションを原初に戻ってエンピツで手描きで描
くことにした。その数17万枚、スタッフ全員で1年半に及ぶ作業。
それについて宮崎駿が語ったことで印象に残ったのは『絵を精密にして
いけばいくほど自分達の仕事が神経質になる。できあがったものを見て
いても幸せになれない』『絵を描くっていうのは自分が身体を使って経験
したことが出てくる。いくらバーチャルなことをやっても描けない』というの
で、前者については音楽も同じだと私は思うし、後者については、自分
が子どもだった頃と今の子ども達ではあまりにも経験の差があり過ぎる
と日頃思っていることそのままだ。この映画では徹底的に人が身体を使
ってする経験と、その感覚とが大事にされている。ポニョという名前だっ
て、主人公の5歳の男の子・宗助が金魚のポニョを手のひらにのせたと
き、『ポニョポニョしてたから』そうつけたのだ。とっても感覚的。
そして手描きの絵と同時に驚いたのが、映画から徹底的に説明が省略
されていること。人間の形をしながら海底でも平気でいられるフジモトが
何者なのか、何を研究しているのか、海のおかあさんであるグランマン
マーレとはどういう関係なのか・・・疑問をあげていったらキリがないけれ
ど、映画の中ではなんの説明もされない。何故かというとそれは、宮崎
駿は5歳の子がわかる世界、理屈じゃない世界を作りたかったのだそう
だ。右脳を活発に働かせて生きている子どもは理屈じゃない、直感で物
事を理解するから。そのとおり、たくさんの疑問を抱えながらも宮崎駿の
作ったスリリングで圧倒的な映像にどっぷりハマって110分、5歳児並
の感覚であっという間に見てしまうことも可能だし、映画を観終わった後
でたくさんの疑問を解決したい好奇心に駆られたら、宮崎駿という井戸
を深く掘り下げていくことも可能だ。そういう映画。単純なストーリー、少
ない登場人物ながら、その奥に隠されたものはとても豊かで、観終わっ
た瞬間にもう一度観たくなる。
さて、この映画には宗助の母リサとグランマンマーレ、2人の母親が出
てくる。タイプこそ違うけれど、どちらもとても愛情豊かで、ワイルドで勇
気があって、たくましい。ここには宮崎駿の映画を見るといつも感じる特
有の女性観、母親観が強く出ているように感じた。私は常々、母親、女
性が元気な社会は健康的な社会じゃないかと思っているのだけれど、
駿さんも同じように思ってるんじゃないかなあ?
それぞれ人によって心に残る映像はまちまちだと思うけれど、私はリサ
と宗助が暮らす崖の上の家にとても惹かれた。これがとっても気持ちの
いい家なのだ。船乗りにとって灯台代わりになる家だとあって、急な坂
の上にあって実際に住むには不便かもしれないけれど、それだけ高台
にあるから窓を開けると海が一望できる。風とお陽さまが通る家。家の
庭から草ぼーぼーの斜面を降りていけば、海にも降りられる。最高だ。
あの家を見るためだけでも、もう一度見たい気がする。
そして私が最も感心したのは波の絵。黒々していて生きものみたいに
素早く動く、目ん玉のついた波! あれって冒頭に書いた子どもの頃に
感じたこわい海そのものだった。
私の友人の5歳児は、映画を観終わった途端に号泣したそうである。
彼女が何に感動して号泣したかは不明だけれど、あたりかまわず泣く
ところなんざさすがに5歳児
駿さんに教えてあげたいくらいだ。
誰にでも5歳児だったときがあって、性格も置かれた環境もまちまちだ
けれど、大人になった今でも鮮明に憶えている子どもの頃の遊びの記
憶(とりわけ夏の記憶)っていうのは、きっと誰にでもあるんじゃないか
と思う。そのあたり、インナーチャイルドを開放すれば、誰にでも楽しめ
る映画だと思う。
ちなみに今回は新しくなった新宿ピカデリーで観たのだけれど、建物が
新しくてきれいなのもさることながら、前もって自宅のPCから座席(エリ
ア)を指定してチケットを買ってしまえるのが便利だった。今日は2人の
子どもに加えて私の妹と、ほんとにゆっくりしか歩けない77歳の父を連
れて行ったので、夕方の回とはいえ、酷暑のなか出かけて行って目指
す回に観られなかったら面倒なことになるとこだった。決済方法がクレジ
ットカードだけってところがイマイチだけど、映画鑑賞も便利になったも
のですね。登録料・年会費が無料で、最前列なら1000円、6回観ると
1回ご招待になるというので、メンバー登録までしてしまいました
それからYouTube で『崖の上のポニョ』関連のインタヴュー等、いくつか
見つけたので(質問しているキャスターがちょっと嫌だったりするけど)
興味のある方はどーぞ ↓
* 宮崎 駿 『崖の上のポニョ』紹介
* 宮崎駿 対談 ポニョにこめたメッセージ
* 崖の上のポニョへの道
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