2022年2月18日 (金)

わたしのバターナイフ*

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ネット通販でハードメープルの木を手に入れて、近所の材木屋さんに頼んで電動ノコギリを使わせてもらって、暇さえあればせっせとバターナイフを削っていたことがあった。このあいだひさしぶりにアキオさんにばったり会ったら、その頃まだお嫁さんのお腹の中にいたお孫さんがなんと今年小学校入学だという。あれからもう、ゆうに6年がたったということだ。6年・・・・・・!
6年もたてばまわりの大人はあちこちガタがくるもんだけど、でもだからっていまさら過ぎた時間のことは考えない。時間なんて人間が便宜的につくりだした尺度にしかすぎなくて、もともと我々のいる世界には時間なんてないんだから。
メープルに限らず、あのとき作ったたくさんのバターナイフは喜んで使ってくれそうな大事なひとたちのところにいったけど、でも実はまだハードメープルが2本残ってて、そのうち1本はあとちょっとで完成のところまで仕上げて、ずっと机の引きだしに入ったままになっていた。それを今日、ひさしぶりにとりだして完成させることにした。
もう午後遅くのベランダに100均で買った折りたたみチェアを出して、アルミのバケツの上で自分の指の腹の皮膚感覚だけをたよりに削ってゆく。1日中コンピュータの前にいる仕事で致命的に肩と手を壊して、いっときはプールで泳ぐこともできなくなり、木工もお菓子作りもやめてしまったけれど、かつてこうやって晴れた暖かい日にベランダで黙々と木を削ることは、わたしにとって動態瞑想みたいなものだった。やっているあいだは日常の雑事からもストレスからも解放されて、木と指先だけに集中して何も考えずにリラックスできたから・・・・・・
今日は軽く余計なところを削って番手のちがう紙やすりでやすっただけだからあっという間に終わってしまったけれど、きれいなバターナイフができあがりました。
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いろんな角度から眺めて、触って、バランスと仕上がりをたしかめます。
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これでOK!となったら、最後に『ブッチャーブロックコンディショナー』を塗って磨いて仕上げました。
できあがり!
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ハードメープルのバターナイフのいいところは固くて割れにくいところと、何年使っても木肌のなめらかさと色が変わらずきれいなままなこと。
実物は写真より流れるような木目がきれいです。あと自分でいうのはなんだけど、この形はほんとうに持ちやすくて使いやすい。
材料の木を手に入れることはできても、電動ノコギリがないと型を切り出すことができないから家で木工をやるのは難しいけど、機会があったらまたスプーンや、パン作りに使うカードやヘラなんかも作ってみたいもんです。
オイルが乾いたあと、きれいに包んでラフィアで結んだ。
これは日曜日に、うちの粉ものマスターが焼いてくれたパンと一緒にあの方にさしあげるつもり。
それにしても今日は春みたいに陽射しが暖かかったなあ。
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2022年2月 4日 (金)

2022 立春*

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朝は曇って寒そうな空だったけど出かけるころには晴れて陽射しが暖かくなった。
立春。
けっきょく今年も午後になってから明治神宮に行く。
立春に明治神宮に行くようになってもう20年近くになるけど、それはこれからもつづきそうな気がする。単純に、昔からここが好きだから。いつからか知らないあいだに原宿の駅があたらしくなって、あたらしくできた西口降りたらすぐに鳥居の前に出られるようになったけど、今日行ったら工事だとかで最初にくぐるいちばん大きな鳥居がなくなっていて入り口も塞がれていた。代わりに隣の脇道に紙垂が飾られていて、その前でお辞儀して入るとすぐに深い森。でも脇道を行くのもほんのわずかな間で、あとはいつもどおり。2番めの鳥居はいつもどおりにあって、それに今日もけっこうな人。
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ここに来るといつも大きな樹木たちを仰ぎながら空ばかり見て歩くわたし。
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昔、神道の友達に教えてもらったとおり手前の手水舎でお賽銭と手を洗って。でもここでもコロナがすべてを変えてしまったと思ったのは柄杓がなくなっていたこと。衛生面を考えてのことなんでしょうけど、柄杓で水をくまなくても常時水が流れているように変わった。
重厚な楼門を通り、、、、
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参拝自体はどんなにゆっくりやってもあっという間に終わってしまう。
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あたりをぐるっとゆっくり見まわして、、、、
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参拝の後はおみくじを引く。
今年は自分の運命数の8回振ってえいっと逆さにしたら、出てきたのは19番。
この和歌がとてもよかった。
いまの時代にぴったりで。
松もでてきたし。
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「あらし吹く世にも動くな人ごころ / いわほに根ざす松のごとくに」
(家に帰って娘にこれを見せたら、娘曰く「神さまはおかあさんが松買ったこと知ってるね」って。そりゃ、内なる神さまはなんでも知ってるよね。なんたってわたしが買ったのは高い山の崖(巌)に自生する四国赤石五葉松だもの。)
参拝経路は工事のせいなのか流行り病のせいなのかわからないけど一方通行と決められていて、帰りは別の道から帰った。今日は寝坊して朝昼兼用ブランチだけして家を出てきたせいでお腹がすいて、途中にあったイートインで掻揚そばを食べた。寒いのに杖を持ったちいさなおじいさんが外の椅子に腰かけていて気になったけど、途中から店に入ってきて何か食べてた。足元のおぼつかない老人がひとりぼっちで所在無げにしていると、いつも晩年の父の姿と重なって気になってしまう。転びでもすればすぐに駆け寄って助けてあげるけど、そうでもなけりゃそうそう声もかけられないし。帰りも空を眺めて帰る。
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今日はひさしぶりに1人だったせいか、自分のエネルギーを感じながら時間を考えずにとてもリラックスしてすごせた。自分に必要だったのはこういう時間だったのか。今日はひさしぶりに原宿まで出てきたから帰りはそのまま代官山のギャラリー、一拍へ。
吉川裕子さんの個展を見に。

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2022年2月 3日 (木)

節分、豆まき、一陽来復。

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節分。
今日見た夢がすごかった。
夢の中でわたしは石畳の坂道を自転車でゆっくり降りていて、うしろから子どもが楽しそうに鼻歌を歌いながらぴんこぴんこスキップしながら降りてきたと思ったら、しだいにスピードをあげてわたしを追い越すと、通りを越えて左の路地に入っていった。景色はどうみても外国っぽいのだけれど、少年が駆けこんだそこは日本でいうと分譲住宅街みたいなところで、かわいらしい小さな家が並んでいる一角。時間はもう夜であたりは暗く、その子はすこしでも早く家に帰りたかったんだなとわたしは思ったのだけれど、少年は通りに面した端っこの家のドアノブに手をかけるなりびくっと何かにおののくと、あわてふためいたようにドアから離れると逃げるようにどこかに駆けていった。直後、ドアから彼の母親らしき女性がもがくように両手を前にだして出てきそうになったかと思ったら、すぐに黒い影のようなものに中に引きずり込まれてドアがバタンと閉まった。その瞬間、はっきり何かが見えたわけでもないのにわたしは「悪魔」と思った。その家の中で叫び声でもしたのか、不審そうな顔で次々と外に出てくる路地の住人達。と、そのコの字形になった路地の行き止まりにある家が悪魔の家なんだそうで、どうにか姿の見えない悪魔を焼けた高炉の中に押し込んで、はっきり姿かたちがわかるようにしなければ、そうしなければ捕まえることもできない、と口々にいいあっている。ちょっと離れたところからそれを聞きながら「ええ⁈ 悪魔のかたちをあぶりだすって、そんなことしていったいその後どうするつもりなんだ!」とわたしは思う。思うそばから彼らは大きな黒い影のようなものをみんなで熱く焼けた高炉にいっせーのせで押し込み、その瞬間、うわあっ!と大きくなった黒いかたちのものを素早く車のうしろの銀の箱の中に閉じ込めた。ほんとうに一瞬のことで、心臓がどきどきして、いったいその悪魔を車でどこに連れてゆく気なの? と思ったところで目が覚めた。

まったく、、、、。
節分の日に悪魔の夢を見るなんてあまりにもおあつらえ向きすぎる。
夜遅くなってから、娘とふたりで毎年恒例、家じゅうの窓という窓から盛大に「鬼はぁ~~外! 福はぁ~~内!」をする。
そのあと12時ぴったりに「一陽来復」を部屋の壁の高いところに貼った。
今年の恵方は亥子、北北西。

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2022年1月 6日 (木)

はつゆき*

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昨日の午後あたりから急に冷えてきたなと思っていたら、今日の午後ついに降りだした。粉雪がしんしんと降ってて、これは積もりそうだ。
ダウンコートを着てスヌードをして指なし手袋をして、「ちょっと散歩してくる」といったら、すぐに察した娘が「ソール・ライターみたいだね」って。「そうだよ。おかーさんのスピリットはソール・ライターで海賊なのさ!」といって家を出る。
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ソール・ライターは、スタジオや大がかりなセットなんかなくても写真はどこでだって撮れると思っているひとだった。実際、晩年に撮った写真は自分が住んでる街で撮ったものがほとんどで、ソール・ライターは雨や雪など天候の変化によって見慣れた街の景色が一変するのを見逃がさなかった。もちろん、それがどこを撮っても絵になるニューヨークだったというのは大きかったと思うけれど、それ以上に彼の視点、彼の撮る写真はユニークだった。ふつうのひとが撮らないような写真、ふつうのひとだったらボツにするような写真の中にあった、ソール・ライター独自の審美眼とおもしろさ。
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さあーてね。
ここは東京の西の果て、とりたててなんの変哲もないローカルな町だけど、雪はそれなりに景色を激変させていたよ。もうまるで別世界。
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モノトーンの景色のなかで、ひときわ目をひいた黄色の柑橘。
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オバケみたいな真柏の木と。
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マッチ棒みたいな生け垣。
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部屋のなかにいたときもやけに鳥の声が賑やかだったけど、雪のなか、何がそんなに楽しいのかってくらい、たくさんいたムクドリたち。ちょっと気持ち悪いくらい。
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わたしのメタセコイアの木があるいつもの公園もすっかり雪景色。
そんななか小さな犬と散歩にでてきた老婦人。
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でもね、ほとんど誰もいない通りを歩いてるときも、犬と散歩のときも、雪遊びにでてきた子どもたちまで、みーんなマスクしてるの! マスクなしでハアハア白い息吐いてるのはわたしだけ。どうして? こんなところでマスクなんかしなくたって病気になんかならないよ。みんな目を覚まして!
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でもさすがに1時間近くも雪のなか歩いてると、指なし手袋から出た指がガジガジにかじかんできて、相棒(カメラ)にもよくないからもう帰ることにした。雪の中の酔狂な散歩、おわり!
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ラストは雪にうもれた真っ赤な椿。
花もそうなんだけど、葉っぱのうえにまあるく積もった雪がかわいくて。
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2022年1月 1日 (土)

いちねんのはじまり。

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今日も快晴。
それだけですばらしい一年のはじまり。
大晦日まで働いてたからたいしたことはできなかったけど、おととい仕事から帰ってきて金時にんじんで柚子入りなますをつくった。昨日帰ってからお雑煮をつくった。冷蔵庫をあけたら娘のつくったミニサイズのかわいい伊達巻が入ってた。去年とおなじく今年も息子は来ないから、あとはわたしたちの好きなものをほんの少しだけ。いちごは『はじまりの気』だからはずせない。お酒が飲めない我々はノンアルコールのスパークリングドリンクで。これでちょっとは形になったかな。
いつもお雑煮には三つ葉を入れるけど、今年は食材を無駄にしない関係で柚子。鶏もも肉と大根と人参としいたけ、ぷぅっとふくれるまで焼いた角餅の入ったいつものお雑煮。鰹だしに醤油とみりんを効かせて、丁寧にあくを取ってきりっと澄んだすまし汁のこのお雑煮がわたしは大好きで、いつも自分でつくったお雑煮がいちばんおいしいと思う。お酒100ミリリットルを煮て沸騰させてアルコールを飛ばし、同量の酢と砂糖大さじ3、塩少々をひと煮立ちさせるレシピでつくった柚子入りなますは、驚くほどさっぱりして清らかな味。これぞ日本のお正月って味。
もうこんなので、わたしはじゅうぶん・・・。
と思っていたら、食べ終わるころに娘が「おせちももう来年からはいいかな」といった。
「そうだね、たしかに」とわたし。
去年以上に今年は、これまで連綿と続けてきたこと、行事、慣習、常識や概念、人間関係もろもろ、もう古くなった要らないものを終わりにしていく年になるだろう。

夕方になってから『パイレーツ・オブ・カリビアン / ワールド・エンド』を観た。
このあいだから、なんだか知らないけどわたしはこの映画が無性に見たかったのだ。それはアダマスが「みなさん全員が本質的には海賊ですもんね!」といったことに端を発してるのはたしかだけれど、それ以上にこの映画の中でまるで陰陽がガラッと切り替わるみたいに天と地が、上と下が180度ひっくり返るシーンがあって、それが無性に見たかったのだった。これはディズニー映画だからあちら側がつくった作品だけど、それだけにこの時代にあらためて見るとわかる真実ってものもいろいろあるにちがいない。
ひさしぶりに見たらめちゃめちゃおもしろかった。
娘とふたりして山盛りのポップコーンを頬張りながら夢中で見てしまった。
まず冒頭の海賊の歌がいい。海賊の血を根絶やしにするためならこんなちいさな少年にまで手をかける(絞首刑にする)ブルーステートたちの残酷さと、こんな小さな子供にですら海賊のスピリットが血となり肉となっているということが端的にわかるシーン。暗いはじまり。海戦の幕開け。翳りのあるミステリアスで美しい映像。めくるめく展開。息もつかせぬ戦闘シーン。それをいやがうえにも盛り上げる音楽。そして最高のキャスト。ジョニー・デップ演じるジャック・スパロウのハマり役はもちろん、匂いたつようにワイルドで美しい、キーラ・ナイトレイとオーランド・ブルーム。
子供のころは戦争映画が好きな父のことがわからなかったけど、今日この映画の激しい戦闘シーンを見ていてつくづく思ったのは、人間っていうのは本質的に戦争が好きなんだ、ってことだ。戦う理由が正義であれ略奪であれ復讐であれ自由のためであれなんであれ、命懸けで戦っているときまさしく人は生きてるって感じがするから。でもって基本、時の権力者も資本主義者も政府もやってることはほとんど海賊とおなじ。ただその時々勝手な大義名分があるだけで。簡単に人のいうなりにならない、服従しない、自分の主権を明け渡さない、相手が誰であっても自分のいいたいことはいう。お金や名声より、常に自由を重んじる、というところはむしろ海賊のほうが上。
そして、いまこの時代に最も必要なことをこの映画の中の海賊に教わった。
それは、勇気と情熱と団結、そしてLOVEだ。
けっこう長い映画なんだけど、ラストまで息つく暇なく一気に集中して観てしまった。そして流れだしたエンドロールの音楽がまたよくて、これは息子も好きだろうなと思った。それでいつか、映画でもゲームでもなんでもいいから、こんなふうにエンドロールで息子が創った音楽が流れたらいいだろうなと思ったんだけど、そう思った瞬間、即座に「あ、きっとそういう日は来るな」と確信した。理由はとくにないけど、これはエネルギーが呼応したってことだから確かだ。
いやあ、悪くないね。面舵いっぱいで行こう! 
What a great beginning of the year !

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