ふいに思い出して本棚から『富士日記』をとりだした。
作家、武田泰淳とその妻、百合子による日記。
この日記は二人が富士山麓に山小屋、今でいうところのセカンド・ハウスを持ったこと
に端を発して書かれるようになった。最初に書こうと言いだしたのは泰淳の方だが、泰
淳が書いたのはわずか数日分で、13年という長きにわたって日常の記録を細々と書
きとめ続けたのは百合子のほうだ。
いま、武田泰淳と聞いてすぐにぴんとくる人はたぶん私よりだいぶ世代が上の人か、
よっぽど文学好きの人くらいじゃないかと思う。こうしてこれを書いている私だって、武
田泰淳の代表作はなんだったっけかな、と考えて、すぐに思い出せない。百合子にい
たっては近年ブームになったこともあったようだけれど、それだって一部のファンの間
のことではなかったろうか。
これは、そういう二人(+娘の花)の山での暮らしが淡々と綴られた日記。
日記だから文体に凝ったところもなく、書かれているのは日付、その日の天気、食べ
たもの、買い物メモ、日常の出来事、夫や娘とのやりとり、雑感などというごく普通の
ことばかり。それが13年にも渡るとなれば、文庫本にしてそれなりの厚さで上・中・下
と3巻にもなる。いわゆる歴史に名を残す作家と妻の記録、というシチュエイションと
そこにある興味をぬかせば、きわめて地味で単調な作品だ。残念ながら私はまだ全
部を読破してはいない。子供の頃から母に西洋かぶれと呼ばれた私はそれほどたく
さんの日本文学に親しんできたわけではないから、自分では買わなかった本かもし
れない。この3冊の文庫本はライターのYが引っ越しをするのに荷物を処分している
ときにもらった。私は彼女の書棚から2冊の単行本を選んだが、それとは別にYがく
れたのだ。Yの物書き仲間からしてもこれを読みそうなのは私くらいしかいなかったの
かもしれない。Yはいつものくぐもった声で、「ただの日記だけど面白いよ」と言った。
マイナー好きのYらしい選択で、それまでYが大事にしていた本には違いなく、私は嬉
しかった。
13年もの記録ともなれば、そこにはとうぜん作りものじゃない時代背景や個人の様々
な変遷があり、3冊読み終える頃にはモノクロームの長編ドキュメンタリーを見た後の
ように心には映像が刻まれ、様々な思いが立ち上ってくることだろう。百合子の文章
はもちろん、それに足る趣と力を持っている。興味のある方はぜひ読んでください。
そして、昔から書簡形式と並んで日記形式というのは個人の書きものの形としても作
家の作品の形としても好まれてきた。書簡形式も日記形式も人が文章を書くうえでリ
ラックスして心を開きやすいという点で書きやすい形と言えると思うけれど、書簡、手
紙が特定の個人に宛てたものであれ不特定多数の人に宛てたものであれ、あらかじ
め人に読まれる(読ませる)ことを前提として書かれているのと違って、日記はただの
記録であってもよい(つまりテクニックがなくても書ける)ことを考えれば、日記形式が
より易しい形であることは間違いないと思う。ブログがこれだけ世の中に普及したのも
日記、という誰にとっても日常的で親しみやすい、手軽な形だったからだろう。
思えばいま思い出したけれど、2006年に始めたこのブログも今日で4周年になって
しまった。最近はいつやめてもおかしくない、いつやめてもいいと思いながらやってい
るこのブログだけれど、時の早さを感じずにはいられない。いつも書いているように、
コンピュータにそれほど詳しくない私はこの中に入っている膨大なテキストのことを考
えると、やめるにしてもいったいどうしたものかと思い、それ以上に1年にたった1度だ
けコメントを書いてくださる貴重な方の存在や、どこかで見守ってくれているかもしれな
い誰か、ここから派生した人間関係のことを思うと、そうそう簡単にハイ・終わり。とも
いかないけれど、いずれ結論を出さなきゃならないだろう。
先日、仕事の打ち合わせに行った先で、相手から「ブログなんか実にくだらない」と言
われた。仕事でなければとうてい知りあうこともなかったであろう名のあるその方は、
「ブログなんてただの日記でしょ!」と言った。「どうしてそんなもの読まなきゃならない
のよ。こっちはそんなに暇じゃないのよ!」
彼女がどうしてそんなに語気荒くして言うのかわからなかったけれど、単純に言って彼
女はコンピューター、インターネット、メール、ブログ、携帯といったものが苦手で大嫌
いなのだった。私は心の中で、ええ、わかります。そういう方もいらっしゃるでしょうね、
と言った。もちろん彼女は私がブログをやっていることなど知らない。「大体において」
と彼女は続けた。「彼らは恥というものを知らないの? なんでもかんでも平気で書い
て恥知らずにもほどがある。まったく病気ね。ブログをやる人間なんてどこかおかしい
心が歪んだ人間なのよ。そういうクズみたいな人間がいるからこの日本が駄目になる
のよ!」 それから最近、太宰を読み直したが太宰は文章がすごく上手い(当然だ)、
だいいち言葉を選んでる、ブログなんて、読むに堪えないチャラチャラしたくだらない
日常をダラダラ書いてるだけでしょう、と言った。
私は物事には全て良い側面と悪い側面があると思っているが彼女はそうではないらし
い、それにブロガーの中にはちゃんと書き手の意識を持って書いている人間もたくさん
いると思うが、彼女はそのことを知らないし知る気もないのだ、と思いながら黙って聞
いていた。おいしいトマトを食べたこともなくて大嫌いだと言っている人間に「トマトには
リコピンが豊富に含まれていて・・・」などと話したところでナンセンスだから。
とはいえ、そこには心あるブロガーなら誰でも一度は(というか何度も)陥る、考えざる
を得ない問題も含まれていて、さて、どうしたもんかな、と思いながら帰ってきた。
でも恥知らず、ということなら、昔から私は書くということにおいては恥知らずだと言っ
てきたし、物書きなんて多かれ少なかれみんな恥知らずじゃないですか?
太宰なんて恥知らずの代表格みたいな文学じゃないか。
と、太宰好きの私は思うけれど。
ともあれ4年。さすがに今年はそれを記念するような気持ちにはなれないけれど、私の
中でこれほど続いたことはそんなにはない。読む人もない手書きの日記なら、こうはい
かなかったろうと思う。『富士日記』ということで思い出すと、かつて私も何度か日記を
つけようとしたことがあった。百合子のように几帳面ではなく、日付はいつも飛び飛び
で、すぐに続かなくなってしまったけれど。そのノートは再び目にする時の自分の心の
揺れを思って廃棄してしまい、いまは無いけれど、気まぐれにワープロでタイプしたの
がひとつふたつコンピューターの中に残っている。今それを読み返すと自分で言うの
もなんだけれど、詩的で、経済的にも精神的にも逼迫したなか子育てに追われて疲れ
ていたのに、自分がこんなにもちゃんと文章を書こうとしていたんだと思って、なんだか
心がしんとしてしまう。もうすっかりキーボードを打って文章を書くこと、その便利さ早さ
に慣れてしまった私だけれど、ここらでそんなことにもいったんキリをつけて、ふたたび
愛用のぺんてるペンを握って手書きで何か書き始めるのもいいかもしれない。
・・・ と、今年はなんだか神妙な4周年になりましたが、これまでおつきあいくださった
方々には心からありがとうを言わせていただき、ここから生まれ、この先も続いていく
であろう友人たちのことはブログの有り無しに関係なくこれからも大事にしてゆきたい
と思います。どうもありがとう!
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