2008年8月17日 (日)

久々のニューカマー/新しいブラジリアン・ ヴォイス・TOCO

Toco

さて今週も日曜のサウダーヂな時間、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は朝から一日雨だ。一日、雨の音がしてる。窓の下をクルマが通

るたびに聞こえるスプラッシュの音。今日はクーラーを入れてない部屋

の中にいるより、ベランダにいるほうが涼しいくらいだ。素晴らしい!

夏の猛暑の中休みにこんな静かな一日があるのもいい。

部屋中の窓を開け放して扇風機の風に吹かれながら、雨音とともに私

はさっきAmazonから届いたばかりの新譜を聴いています。例によって

ラジオから流れてきた瞬間に耳が捉えた音。SCHEMAというイタリアの

ニュー・ジャズ・レーベルからリリースされたTOCO(トコ)のファースト・

アルバム『OUTRO LUGAR』(オウトロ・ルガール)。これがいい。

一気に肩の力が抜ける感じ。ボサノヴァの新譜を買うのはとても久しぶ

りだ。ブラジルではいま、若者はほとんどボサノヴァやサンバを聴かなく

なって、ヒップホップやソウルやファンクなんかが流行っているということ

だけれど、実際耳にするとそれらはちっとも新しくも面白くもなく、私から

すると少々波動の粗いザツな音楽に聴こえる。そんな中でもこのTOCO

は、サンパウロ生まれのまだ20代半ばのシンガー・ソング・ライターと

いうから、ボサノヴァにもまだ未来はあると言えそうだ。

このTOCO、誰の歌い方にいちばん近いかなと考えるとやっぱりジョア

ン・ジルベルトだろうか。すごくリラックスした力の抜けた歌い方。温か

みのある優しい声。独特の浮遊感。こんなことをいうと多少語弊がある

かもしれないけれど、ボサノヴァはあんまり歌が上手くないくらいのほう

がいいと思う。アコースティックなサウンドにのせて、ちょっと朴訥に語

りかけるような、モノローグしているくらいのほうがむしろ”感じ”だ。

日本人ではどうやってもこの感じは実現できない。

さっき歌い方はジョアンに似ているかも、と書いたけれど、曲によって

はカエターノ・ヴェローソに似ていたりヴィニシウス・カントゥアリアに似

ていたり、イヴァン・リンスみたいだったりする。つまり今までのブラジ

ル音楽のスタイルとスピリッツを継承しながら、自己のアプローチをし

ている。それが全然古臭くなくとても新鮮に聴こえるのは、TOCOの資

質とともにプロデューサーのステファノ・ティローネのエンジニアリング・

センスによるものだろうか。息子は例によって「すごくクオリティが高い

ね!/センスがすごくいい!/録音の大事さをあらためて感じた」などと

言っていたけれど全部アタリで、ライナー・ノーツによると『すべて生演

奏によってレコーディングされたものに、クラブ・ミュージックを通過した

(ステファノの)耳とセンスでエディットを施すことによって、この素晴らし

い作品は完成した』とある。12曲中10曲がTOCOのオリジナル。

TOCOはギタリストということで、アルバムで聴かれる素晴らしいギター

も本人のものかと思ったら、なんと全ての曲でギターを弾いているのは

ロベルト・メネスカルだそうだ。そして印象的なフェンダー・ローズを弾い

ているのは、先日小野リサの記事でも書いたジョアン・ドナートの息子だ

そう。すでに2世たちへと受け継がれるブラジル音楽の血! 

いつまでも絶えないでほしい。

久々にヘヴィー・ローテになりそうな1枚。

(何やらいま見たらAmazonでもHMVでも高くなってたぞ! 何ゆえ?

 ちなみにここで試聴できます → コロムビア・ミュージック )

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2008年8月16日 (土)

大いなる女性賛歌と手足を動かすことへの回帰/ポニョを見た。

Ponyo_2 

子どもの頃の私にとっての夏休みの最大の楽しみは、海に海水浴に行

くことだった。3つ違いの妹と、水着に水泳帽、浮き輪というスタイルで

ウミガメの子よろしくバタバタ沖へ泳いで行って、ぷかぷかする。後ろも

振り向かずに夢中でバタバタやっていて、ふと気づくとまわりに誰もいな

くなっていて、遠くに来すぎたと気づいたときの不安な気持ち。時々すご

い大波にさらわれて、水中でもみくちゃになり、何度もでんぐり返ししてい

つの間にか浮き輪もはずれ、息ができなくなって「あぁ、これで自分も死

んじゃうのかも!」と思った頃には気づくと浅瀬にいて、近くにはハズレ

た浮き輪が浮いていたり・・・。唇が紫色になるまで一日海に浸かって夕

方やっと砂浜に上がり、バスタオルで身体を巻いてもらってクルマに乗

ると、さっき遠くまで引いていた海がもう満々と車道の下まで満ちていて

それが子ども心に不思議でたまらなかった。海の満ち引きの時間感覚

とか大量の水がどこからどうやって来たのか、とか。そして満々と満ちて

しまった海はもう私が遊べる海ではなくて全く別物の、おそろしい黒々と

した巨大な生きものみたいでこわかった。

そう、海はいつだって楽しくて懐かしくて輝かしくてこわい場所だった。

そんな小さかった頃の海の感覚を今日久しぶりに鮮明に思い出した。

崖の上のポニョ』を見たのだ。

この手の映画を宮崎駿が作ると、公開前も後も世間がいろいろウルサク

言うのを知っている。でも思うにそういうのって、あまりに左脳優位な人

たちなんじゃないかと思うのだ。映画や絵画を見るにしても、音楽を聴く

にしても、なるべく自分の中の既成概念や先入観をとっぱずして、手放し

の状態で(それこそ五感だけで)味わうのが一番なんじゃないかと私は

思う。そのほうがストレートに作者の意図するところを受け取れそうだし

少なくとも純粋に楽しめそうだ。たまたま心を捉えたのがジャズという音

楽だった、というのと、いろいろ頭に入れた上で、さぁこれからジャズとい

う音楽を聴くぞ、というのでは、全くわけが違う。料理を含め、全ての創

造物には賛否両論がつきもので、それこそ人の感覚なんて千差万別な

のに、宮崎駿の映画に限って『共感できるから天真爛漫で明るい性格』

『できないから屈折してひねくれた性格』なんて、まるで踏み絵みたいに

しないでもらいたいな、と思う。物事も人間の性格も、そんなに単純じゃ

ないから。

かくいう私は5歳児並の集中力で、毎回ストンと宮崎駿の世界に落ちて

しまう。いつもは目の前に広がる美しいパノラマと、久石譲の圧倒的な

音楽で落ちていたけれど、今回は違った。圧倒的な絵の力!!

まるでうちの娘が描いているようなエンピツやクレヨン、パステルで描か

れた絵の、素朴な優しさ、あたたかさ、人間らしさ。そこから湧き上がる

驚くほど豊かなイマジネーション! お陰で映画を観終わった後に妹か

ら「音楽も素晴らしかったね」と言われても、エンディングに流れた例の

「ポーニョ・ポーニョポニョさかなの子~♪」という唄以外、何も思い浮か

ばなかった私だ。

宮崎駿はこの作品で、近作2作品で使っていた3DCGというデジタル手

法をやめ、全てのアニメーションを原初に戻ってエンピツで手描きで描

くことにした。その数17万枚、スタッフ全員で1年半に及ぶ作業。

それについて宮崎駿が語ったことで印象に残ったのは『絵を精密にして

いけばいくほど自分達の仕事が神経質になる。できあがったものを見て

いても幸せになれない』『絵を描くっていうのは自分が身体を使って経験

したことが出てくる。いくらバーチャルなことをやっても描けない』というの

で、前者については音楽も同じだと私は思うし、後者については、自分

が子どもだった頃と今の子ども達ではあまりにも経験の差があり過ぎる

と日頃思っていることそのままだ。この映画では徹底的に人が身体を使

ってする経験と、その感覚とが大事にされている。ポニョという名前だっ

て、主人公の5歳の男の子・宗助が金魚のポニョを手のひらにのせたと

き、『ポニョポニョしてたから』そうつけたのだ。とっても感覚的。

そして手描きの絵と同時に驚いたのが、映画から徹底的に説明が省略

されていること。人間の形をしながら海底でも平気でいられるフジモトが

何者なのか、何を研究しているのか、海のおかあさんであるグランマン

マーレとはどういう関係なのか・・・疑問をあげていったらキリがないけれ

ど、映画の中ではなんの説明もされない。何故かというとそれは、宮崎

駿は5歳の子がわかる世界、理屈じゃない世界を作りたかったのだそう

だ。右脳を活発に働かせて生きている子どもは理屈じゃない、直感で物

事を理解するから。そのとおり、たくさんの疑問を抱えながらも宮崎駿の

作ったスリリングで圧倒的な映像にどっぷりハマって110分、5歳児並

の感覚であっという間に見てしまうことも可能だし、映画を観終わった後

でたくさんの疑問を解決したい好奇心に駆られたら、宮崎駿という井戸

を深く掘り下げていくことも可能だ。そういう映画。単純なストーリー、少

ない登場人物ながら、その奥に隠されたものはとても豊かで、観終わっ

た瞬間にもう一度観たくなる。

さて、この映画には宗助の母リサとグランマンマーレ、2人の母親が出

てくる。タイプこそ違うけれど、どちらもとても愛情豊かで、ワイルドで勇

気があって、たくましい。ここには宮崎駿の映画を見るといつも感じる特

有の女性観、母親観が強く出ているように感じた。私は常々、母親、女

性が元気な社会は健康的な社会じゃないかと思っているのだけれど、

駿さんも同じように思ってるんじゃないかなあ?

それぞれ人によって心に残る映像はまちまちだと思うけれど、私はリサ

と宗助が暮らす崖の上の家にとても惹かれた。これがとっても気持ちの

いい家なのだ。船乗りにとって灯台代わりになる家だとあって、急な坂

の上にあって実際に住むには不便かもしれないけれど、それだけ高台

にあるから窓を開けると海が一望できる。風とお陽さまが通る家。家の

庭から草ぼーぼーの斜面を降りていけば、海にも降りられる。最高だ。

あの家を見るためだけでも、もう一度見たい気がする。

そして私が最も感心したのは波の絵。黒々していて生きものみたいに

素早く動く、目ん玉のついた波! あれって冒頭に書いた子どもの頃に

感じたこわい海そのものだった。

私の友人の5歳児は、映画を観終わった途端に号泣したそうである。

彼女が何に感動して号泣したかは不明だけれど、あたりかまわず泣く

ところなんざさすがに5歳児coldsweats01 駿さんに教えてあげたいくらいだ。

誰にでも5歳児だったときがあって、性格も置かれた環境もまちまちだ

けれど、大人になった今でも鮮明に憶えている子どもの頃の遊びの記

憶(とりわけ夏の記憶)っていうのは、きっと誰にでもあるんじゃないか

と思う。そのあたり、インナーチャイルドを開放すれば、誰にでも楽しめ

る映画だと思う。

ちなみに今回は新しくなった新宿ピカデリーで観たのだけれど、建物が

新しくてきれいなのもさることながら、前もって自宅のPCから座席(エリ

ア)を指定してチケットを買ってしまえるのが便利だった。今日は2人の

子どもに加えて私の妹と、ほんとにゆっくりしか歩けない77歳の父を連

れて行ったので、夕方の回とはいえ、酷暑のなか出かけて行って目指

す回に観られなかったら面倒なことになるとこだった。決済方法がクレジ

ットカードだけってところがイマイチだけど、映画鑑賞も便利になったも

のですね。登録料・年会費が無料で、最前列なら1000円、6回観ると

1回ご招待になるというので、メンバー登録までしてしまいましたhappy01

それからYouTube で『崖の上のポニョ』関連のインタヴュー等、いくつか

見つけたので(質問しているキャスターがちょっと嫌だったりするけど)

興味のある方はどーぞ ↓

         * 宮崎 駿 『崖の上のポニョ』紹介 

         * 宮崎駿 対談 ポニョにこめたメッセージ

         * 崖の上のポニョへの道

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2008年8月13日 (水)

JAZZヴォーカルのコンピレーション・アルバム/JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1

Jazz_vocal_showcase_vol1

昨日たまたま検索してたらこんなアルバムを見つけました。

JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1

インディーズ・レーベルからアルバムを出している、日本の女性ジャ

ズ・ヴォーカリストの曲ばかりを集めたコンピレーション・アルバム。

リリースしたのはFM世田谷のレーベル、GraceNotesRecordsで、な

んと6曲目に翠さんの『Bluesette』も入ってます。

FM世田谷の公式ブログによると『思った以上の反響に嬉しい悲鳴』

とあって、プレスリリースが載るメディアも錚々たる顔ぶれ。これは

ひょっとするとひょっとするかも・・・。なーんて私はひとりで思ってる

ところです。すでに翠さんが出演したらしいラジオ番組、湘南ビーチ

FM「Shonan Breeze」も10日にオンエアされ、さらに今月18日には

FM世田谷「Realsongs」にも出演する模様。FMラジオから翠さんの

歌が流れてくるというのは、(私の)以前からの夢でもあったので嬉

しい限り。これをきっかけにして他のFM曲でも聴けるようになれば

いいなぁと思います。

あいにく私の家は東京FMとJ-WAVEしか入らないので聞けないの

だけれど、聞ける環境の方はぜひチェックしてみてください。

ちなみにここで、翠さんの歌のほか、8人のジャズ・ヴォーカリスト

の歌が試聴できます。私は実はコンピレーション・アルバムってあ

んまり好きではないのだけれど、これはけっこういいかもしれませ

ん。ふだんジャズを聴かない方にも。今月20日発売。もうすでにH

MVなどで予約も始まっています。どうぞ、よろしく!

さて、本日の笑えるネタ。

先週に引き続き今日も学校に行ってきた娘、「おかあさーん、ちょっ

とちょっとー」と呼ぶから何かと思ったら、今日の収穫でこんなことし

てました。ア、アホすぎる・・・!

でもまぁ、なんというか ・・・・・・ 子どもはいいよねcoldsweats01

Yasainokao

ゴーヤにナスにシシトウにピーマン! 

でも実は私はゴーヤが食べられない。(単に食わず嫌いなんだけど。)

まず見た目が駄目で、ゴーヤって私はどうも恐竜の背中にしか見えない!(恐竜の

中の輪切り入りチャンプルーとか shock )ほかにおいしい野菜がいっぱいあるのに

どうしてわざわざ水にさらして苦味をとってまでコレを食べなきゃならないのか全然

わからん。要するにお子チャマなので苦いのが駄目なのです。苦いのは人生だけ

充分 smile  ・・・なのでゴーヤは九州生まれの友達の家に行くことが決定しました。

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2008年8月12日 (火)

夏の夜空を彩るアート/東京湾大華火祭

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今まで花火というと、毎年近所の遊園地で上がる花火の音だけ(ち

ょうど花火の上がる方向に建物があって家からは見えないのです)を

家の中でやきもきしながらさみしーく切ない思いで聞いているだけだ

ったのが、今年はありがたいことに何故か縁あって誘われて、行って

きました、なんと今年2回目の花火大会、東京湾大華火祭!!

誘ってくれたshizuさんは浅草界隈の出身で、毎年高校時代のバスケ

ット部の面々で集まることになっているこの花火大会は、ちょうど彼女

が高校を卒業した年から始まって、なんと今年で20年になるのだと

か。お互いを名字で呼び合うそんなインティメートな集まりに、部外者

の私が行ってもいいの?!と訊くと shizuさんは笑って「ぜーんぜん。

問題ない!」と言う。なんなら娘ちゃんも、と言ってくれたので、お言

葉に甘えて娘と、私も高校時代の友人を誘って参加させてもらいまし

た。さて、当日は勝どきの駅に着くなり人類の大移動のような物凄い

人並みに乗って、途中sizuさんにピックアップしてもらって着いた先は

チケットのある人しか入れない花火に最も近い晴海主会場。入り口

付近で立派なプログラムを渡されて野球場を見回すと、すでに20人

くらいで賑やかに宴を囲んでいる面々。「ここが1番いい場所なのよ」

と言うのは月島在住の毎年チケット&食料担当のH家のハハ。「遠

慮なんてちっともいいことじゃないからね。さ、食べなさい」とおにぎり

をもらって、さっそく宴に加わる。花火の前からすっかり盛り上がって

る会場。そしてカウント・ダウン・・・ 目の前で上がるド迫力の花火!

ウォ~~! っと湧き上がる歓声!!

以下は12000発の花火大会のほんの一部だけれど、しばしご観覧

あれ!

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花火はそれぞれ趣向を凝らしたテーマ別の六部構成になっていて、

私が好きだったのが第三部『東京湾、銘華の競い』の中の『東京湾

華の創造』。日本全国の有数の花火師が作った作品ともいうべき花

火を、玉名、作者名を読み上げながら1玉づつ上げる。地味と言え

ば地味で、一瞬で終ってしまうのだけれど、この花火がすごく繊細な

色合いで、まさにアート。日本の花火師の感性と技術の高さを感じ

させるものでした。その中から印象に残ったものいくつか。

繊細な色合いの雛菊のような、昇小花 変芯綿先紅銀乱

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これも中心から外への色が絶妙、雌雄芯菊先オレンジ銀乱

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オレンジ色の花ふたつ、昇小花 三重芯菊先紅光露

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光がメドューサの髪のようにクネクネする、昇小花 流星群光

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風車のような花ふたつ、昇分砲 八重芯錦牡丹

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愛らしい牡丹菊のような、昇朴付 大万華鏡

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と、次から次へと進み、ついに第六部のグランドフィナーレともなると

もう頭の上に降ってきそうな花火の嵐でわけがわからないことに・・・

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ふと気づけば、さっきまで私の横で賑やかに食べたり笑ったり喋った

りしていたshizuさんが感動してオイオイ声をあげて泣いているじゃあ

りませんか。ほんとに忙しいやっちゃなー!coldsweats01

そんなわけでトータル80分の真夏の夜の夢は、無数の星屑とともに

消えたのでした。

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そして花火が終る頃には初対面ながらすっかり打ち解けたH家ハハ

と我々。「これに懲りずに来年もまたどーぞ。H(shizusan)が来なくて

も来ていいからね」の言葉に、ほんとに来年も行く気になってる私で

す。花火の素晴らしさもさることながら、東京下町っ子の人情と男気

にすっかりやられました。これもご縁なので、ここでちょっと紹介する

と、H家のご長男が、もんじゃ焼きで有名な月島で手ぬぐい屋をやっ

ているという。なんたってハンカチ代わりに手ぬぐいを常時携帯してい

る私ですから、さっそく教えられた店名でHPを見てみると、これがな

かなか手作りチックの雰囲気の良いお店。東京下町散歩をしながら

月島でもんじゃ食べて、帰りにショップ見て帰る、なんてコースもいい

し、オンラインショップもあります。よかったら見てくださいね!↓

            こっさ。・・・月島の手ぬぐいと和雑貨の店

さて、長くなったけど、実はこの後がもう大変だったのです。

この日は前日までのクレイジーな暑さが和らぎ、日が暮れてからは

外にいると涼しい風が吹いて心地よいくらいだったのだけれど、第

五部あたりから時折りポツポツと降り始めた雨が、会場を出る頃に

は本降りに! お祭りの神社の境内のような人の列について、遅々

として進まない行列を雨に濡れて(最後はかぐや姫のようにシートを

頭からかぶって!)前も見えないまま歩くこと数十分。勝どき駅が満

杯ですぐ電車に乗れないってことで、更に月島まで歩くこと数十分。

普通なら20分で着くところをなんと70分もかかって、全身ずぶ濡れ

状態でやっと駅のホームまでたどり着いたのでした。ふぅ。

途中、私の後ろで歩きながら口喧嘩を始める夫婦やら、道端で無策

のままつっ立ってる男の子の横で頭から雨に打たれていた浴衣の女

の子が、業を煮やしたのかプイと踵を返して1人で歩き出すのを目

撃。あの日は綺麗な花火を見た後の突然のどしゃ降りで、あえなく別

れることになった可哀想なカップルもけっこういたんじゃないかと思は

れる weep。来年、彼女と一緒にこの花火を見に行こうと思ってる男の方

には、くれぐれもrainの用意をして行くことをお勧めしますsmile

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2008年8月11日 (月)

お暑うございます。

Gomadaeudon

今日もあっついです。

昨日涼しかったことが嘘のよう。

こう毎日暑い日が続くと、私は何を食べたらいいのか、というより何を

作ったらいいのかわからなくなってきました。

ということで、また冷たい麺のバリエーション。

香草のごまダレぶっかけうどん、です。

貝割れ大根をザクッと刻み、みょうがと大葉を千切り、それをボウル

でサクッと混ぜておいて、ゆでたうどんを素早く冷水でさらして器に盛

り、ごまダレをぶっかけ、香草をのせる。お好みで刻み海苔など散ら

してできあがり! 香草とごまダレの風味が合ってさっぱり。美味し

い。タタキ梅をのせてもよさそう。自家製煮豚を刻んでのせれば、ち

ょっとボリューム・アップ。簡単だけれど、この際うどんは面倒でも生

うどんをゆでること。真夏に麺類を素早く冷やすには、常に冷蔵庫に

1.5リットルのペットボトルに入れた水を冷やしておいて、それをボウ

ルに入れて麺をさらすと、あっという間に冷たくなります。

そして、こんな季節に俄然精彩を放つのが小野リサの音楽。

何十回となく聴き慣れたアルバムが実にしっくりときてしまうのは、真

夏だからこそ。ブラジル音楽におけるこの涼しさを体現できるのは、

日本人では(と言っても彼女は半分以上ブラジル人のような気もする

けれど)やっぱり小野リサだけだと思う。この『ミニーナ・サウダーヂ』

はジョアン・ドナートとの共作で、ジョアン・ドナードがアレンジ、ピアノ

デュエットもしている。

Ono_lisa

私はいつもろくろく曲名も憶えていなくて、何も見ずにCDをかけた後

で引っかかる曲があると曲目リストを確かめる。するといつもたいてい

同じ曲だったりするんだけれど、このアルバムの中では『アマゾナス』

と『NAO TEM NADA NAO』(邦題:何でもないよ)が好きです。

ご飯を食べながら音楽を聴いていて、気に入った音楽になると私は

嬉しくなってしまって、ご飯をたべるのをやめて歌詞を読み出したり、

リズムに合わせてパーカッションよろしくテーブルを叩き出す始末。お

まけになんで私には音楽って手段がなかったんだろうなんて嘆いた

りする。2人の子どもには「箸!」「肘!」とうるさく躾をしたので、子ど

もはいたってお行儀が良いのだけれど、自宅における私は全然お行

儀の良くない母親です。こんなところは彼らにしか見せられないね。

そしてこの『何でもないよ』っていう曲がとってもかわいい曲で、今日

は感動してしまった。ジョアンと小野リサがドュエットしているこの曲

は、行きつ戻りつしながら、まるで2人で迷路で楽しく迷っているよう

な曲。曲はジョアン・ドナート、歌詞はマルコス・ヴァーリで、歌詞が

またかわいくって泣ける。こんな歌詞です。

(といっても興味を持つ人はいないかもしれないけど)


 何でもないよ


 そう、何でもないよ

 あなたの言う通り

 混乱の中で

 生きることはない

 もう探さないし

 電話もかけない

 すべては過ぎてゆくね


 ただ言いたいのは

 あなたを愛したということ

 ここに来たのは

 会いたかったから

 何でもないよ

 なぜなら僕は

 ただのジョアンだから


 思い出すとおかしいよ

 ある日僕を探しに来たのは

 あなただった

 すべては簡単ではない

 今 僕は馴れている

 あなたを見たり、一緒にいたり

 キスをできないことに

 サウダーヂでいっぱいだ、でも・・・・・・


突然、相手が目の前に現れて、一方的に好きだ好きだと言われてつ

きあって、やっと相手の最高に駄目なところも理解して真剣に好きに

なった頃に相手に去られる、というのは私だけに限らず、世界的にも

よくあるパターンなんでしょうか? 私はいつもそれだ。だから次から

はいつも半分上の空、どこ吹く風って感じでいようかと思ったりして。

歌詞の『ただのジョアンだから』ってところを息子の名前に変えたり、

自分の名前に変えたりすると可笑しい。今日のランチの時間はそん

な風にして遊んだ。なんとも他愛ないこって。

これは少し古いアルバムだけど、CDをかけた瞬間に、ありきたりな

いつもの日常が一気にリゾートになる、そんな小野リサの魔法は今

も健在。

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