2012年2月 1日 (水)

二月

12hyacinth

二月になったとたんに娘のヒヤシンスがいち早く弾けた!

早春と呼ぶにはまだまだ寒い厳寒の二月。

でも陽射しにはすでに春の兆しが微かに含まれていて。

二月は娘と私の月。

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2012年1月31日 (火)

凍雲

12january

一月は、へんな月

それまでの十一の月が

ほんとうに過ぎ去ったのを

きっぱりと感じさせながら、みずからは

足踏みをし

遠くの湖を見るように

未来に目を向けつづけているような月

ぜったい

過去になんかならないぞ、と

がんばっている顔つきの月


その一月早々

ある科学者の文章が新聞に出ていた

生物の種は、すべて

二千六百万年ほどの周期で

かならず絶滅するのだから、ヒトも

いずれは消えてしまうのだという

繁殖しすぎて

資源を食いつぶしたから

決まった周期よりも早く無になるかもしれないという


白いサザンカの花

もうほとんど散ってしまった

残っているいくつかが

冷たい風に

まだ未来をふくんでいる現在を主張し

こまかく、こまかく震えている

冬至のころ

色を変えて行き来していた人たちの

のんびりした足音が、垣根のむこうに ──

一月は、へんな月


( 思潮社刊・北村太郎詩集『すてきな人生』より、『凍雲』 )

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数日前の日曜、パラパラやっていて見つけた詩。

今年の一月はほんとに変な月だった。

毎年、暮れからお正月にかけての浄化されたような空のいろ、ひかりのありようは通

常のそれとはまったくちがう、ハイオクターブの天上的な世界になるのが不思議なくら

いだけれど、今年はそれがもの凄かった。あきらかに何かが終わって何かが始まろう

としているのを感じさせるような。

それが良いことなのか悪いことなのか、この先にあるのが光にあふれた明るい未来

なのか闇に向けてまっしぐらなのか、ほんとのところはわからないけれど、現実に起

こり続けている事象、予想されうる事態、毎日のように報道されている様々な悲観的

なニュース、つまりこの三次元空間で目に見えているもの、世間で解釈されていること

と、見えないところで本当に起きようとしていることはまったく違うような気がしている。

少なくとも私が感じるのはそういうことだ。そのギャップはどんどん広がっている。

もちろん、私はサイキックじゃないからあてにはならないけれど、『自分の直感を信じ

よ』というのに従うなら、日々どんどん自然の脅威が増してきて、これだけ次々と大き

な災害が起きてたくさんの人が死んでいるのに、大きな全体としてはどうやっても悪い

方向に行ってるとは思えないんだよなあ、と。

こう書くと、何やらスーパー楽天主義のように思われるかもしれないけれど、何も起こ

らないといっているのではなくて、むしろ起こることは必然的に起こるだろうけど、その

とき人は、両手をこうパーにして、全てを手放して(失って)、この三次元空間の重たい

重力からついに解放されるときなんじゃないかなあ、などと ・・・・・・

そうでも思わないと、どこを切っても金太郎、ならぬ、どこを切ってもいまパツパツの限

界状態で、どう考えてもこの世界がこのまま持続可能とは思えない。というのもあるの

だけれどね。

いずれにしてもいま、凄いところで生きてるなあ、と思う。

これより以前に亡くなってしまったひとには、いまのこの感じも、この先のことにも耐え

られなかったのじゃないかという気もしている。

一月は変な月だった。

二月の節分を過ぎてそれがどう変わるのか。

光を選ぶのも、闇を選ぶのも、自分しだい。

と、自分にいう。

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やっと会えた。

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もう久しく食卓に花のない日が続いているし、今月なんどかコトリさんのところに行きた

いタイミングがあったのだけれど、日々のことに追われてそれどころじゃなかった。

今日やっと会えた。

コトリさんにも、めぐみさんの絵にも。

青い鳥のものがたり。パティシエンナの翼。

めぐみさんの絵は冬を感じさせるものが多い。

折しも庭の池はバリバリに凍って、コトリさんが乗っても割れないほど。

2人でそんなことをやってたら、集配に来た宅配便の男の人に笑われた。

ガラスにいろいろなものが映りこんでうまく撮れなかったけれど、娘に頼まれていたか

ら絵の写真を撮らせてもらった。すでにもう1枚は売れてしまったそうだ。

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やっぱりこれじゃなんだかわからないな。

やっぱり絵は実物を見ないとね。

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買って行ったカプチーノを飲みながら話してたら、次々とお客さんがやってきてあっと

いう間に人口密度が高くなったからおいとまして外に出ると、去年の暮れに65歳で退

職したばかりだという女性に話しかけられた。まだ仕事をやっているといっても通りそ

うなひとで、いままでどんな仕事をされてたのかちょっと興味があったけれど、彼女自

身はこれまでずっとはたらいてきて、急にできた時間をまだどうしていいかわからない

でいるみたいだった。ご主人と2人暮らしのようだったけれど、ふと気がつくと一日誰と

も話さなかった、と思うのだそうだ。このままじゃいけない、何かを始めるとかして誰か

話し相手を見つけないとと思うのだけれど、賑やかなのは苦手だし、人と話すほうも器

用じゃないから、などとおっしゃる。私に話しかけてきた時点でちっともそんなことはな

いと思うし、私にはずいぶん人懐こい方に見えたのだけれど。

65歳か。

そのころ私はどうしてるかな。

きっと思った以上にすぐなんだろうけど、まだ想像もつかないや。

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今日もコトリ花店は素敵なお花でいっぱいだった。

今日はココリのクッキーを買って、コトリさんには明日のブーケをお願いして帰った。

1月も今日で終わり。

明日は娘の二十歳の誕生日。

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2012年1月29日 (日)

家族のバランス

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今日、父が帰った。

正直言ってホッとしている。

もうこれで毎朝ジャッ! と、まいど金具が外れるほど激しくカーテンを引く音で目覚め

ることもないし、父と息子の間で気を遣うこともないし、三食先まで考えて買い物に行

くこともない。何より四六時中ストーブの前でイヤホンをして、どうでもいいようなテレビ

に相槌を打っているジイサンを見なくてすむし、かと思えば仕事をしている私の部屋で

わずかばかりの自分の荷物を年じゅうガサガサやりだす父にイライラすることもない。

夜だって父に合わせて9時半に消灯することもない。

これでやっと集中して仕事ができる。好きな音楽が聴ける。珈琲がゆっくり味わえる。

息ができる ・・・・・・


父がいるあいだ、何がいちばん嫌だったかって、食事の時間。

父はもともと食べ方がきれいじゃないうえに食事のマナーもない人なのだけれど、そ

れより何より、食事のあいだもずっとテレビのことしか頭にないのだ。料理をする人な

らわかってもらえると思うけれど、プロの料理人であれ主婦であれ、温かいものを作っ

たら温かいうちに食べてほしいと思うのが心情だろう。実際、そういいながらテーブル

に並べるのだけれど、父はイヤホンをしてテレビのリモコンを持ったまま、見たいチャ

ンネル探しに夢中でなかなか席に着かない。やっと席に着いたと思ったらこんどはテ

レビに釘付けだ。

うちは4人がけのまるテーブルだから、4人が座ると円卓を囲んでみんなが向きあうか

たちになるのが、父だけテレビと向かい合うように椅子を横にして座っているので誰と

も目線が合わない。それからテレビを見たまま(つまり、行儀悪くよそ見をしながら)、

人がからだによいから、とか、父の好物だから、と考えて作ったものを何もいわずに

無機質に口に運び続けるのだ。床にぼろぼろと食べものをこぼしながら ・・・・・・ 

最悪。

その食事の時間が何よりストレスで苦痛だった。

テレビなぞ家に帰れば嫌でもひとりで見ることになるのに、せっかく食卓を囲む家族が

いるときくらい、テレビを消してみんなと会話しながら味わってごはんを食べればいい

のに。それに毎日ごはんを作る人をいったいなんだと思ってるんだ!

私が頑固おやじだったらとっくにお膳をひっくり返してるところだ。

・・・・・・ そんなことを思いながら黙々と食べて早々に食卓を引き上げる毎日。


それに、一日じゅう眠っていた数日が過ぎてちょっと元気になってきたら、雪の翌日に

人が止めるのも聞かずに出かけて行くし、その翌日も翌々日もどこに行くとも何時に

帰るともいわぬまま、出かけたまま帰ってこない。うちの息子ですら帰りの時間を聞い

たら大まかな時間をいって行くのに、父ときたら「いちいちそんなこといえるか。小学

生じゃあるまいし。お昼はいらない。お父さんのことは心配してくれなくていいから!」

だ。なんたってもともとヨタヨタ歩いてるこころもとない老人なのに、そのうえ病み上が

りときたら心配しない家族がどこにいるだろう。しかも外は厳寒の真冬なのだ。それで

お昼を用意しておけば、帰ってきて食べてみたり、減塩だというのに外でラーメンなん

か食べて帰ってきたり。人のいうことはまったく聞かないし、好き放題、勝手放題でま

るで話にならない。これまでずっと、口うるさい母に文句ばかりいわれる父に同情して

きたけれど、あの神経質な母がこういう父と暮らすのもどれだけ大変だっただろうと

あらためて思った。かなしいこともいっぱいあったろうし。これじゃ、がんにもなるよ。


父がこれほど人の気持ちがわからない人だったというのは私にはショックだったし父

には心底がっかりさせられることが多かったこの2週間だけれど、それでももちろん、

いいこともあった。

もともと今まで何をいってもうちに来ることのなかった父が家に来るとしたら、それは

それで天の意思なんだろうと思うところがあったけれど、もう80歳の老人ともなれば

こんなことでもない限り、この先こんなに長く別所帯である我々と一緒にすごすことも

なかっただろう。たぶん、もっと先にいったら、今度のことも貴重な思い出になるんだ

ろうと思う。だからこそ限られたその時間を大切にしようという気持ちがこちらにはあ

ったのだけれど、どうやらたいがいそれは私の幻想に終わったようだ。むしろそれが

もう幻想であって、これがいまの父の現実だ、というところを嫌というほど見せられる

ことになった。父がよくいう口癖として、「幼稚園じゃあるまいし、小学生じゃあるまい

し」というのがあったけれど、いったい老人とは小学生の子どもより頼りない存在だと

つくづく思う。まるで糸の切れた凧、だ。小学生の子どものほうがある部分ではもっと

ずっとしっかりしていると思う。でも、そんな風でありながら、頭は過去の経験に基づ

いた堅固なる自分の考えとやり方で凝り固まっていて、そこには臨機応変も柔軟性も

素直さもまるでない。そのガチガチの頭がいうことをきかないからだの上についてる

んだから。やっかいなものだ。うちの息子をして父は『学習しない子ども』だそうだ。

父が外出しているときに息子が私にしみじみといったことがあった。

「今回のことで病人がいかに厄介なものかってことがわかったよ」と。

すかさず、君もまさしくずっとそれだったんだよ! と言ってしまったけれど。

いわく自分の父親とは違った意味で反面教師になったそうだ。

それから、血のつながった家族とはいえども、いつも一緒に暮らしてない人間とひとつ

屋根の下で暮らすということ。その我慢や忍耐。気持ちの切り替え方を学習した。

娘は相変わらずあんまり何もいわずによく祖父をケアしていたし、たまに切れて私に

八つ当たりするというストレス解消をしつつもいちばん我慢強く祖父の話を聞いていた

のは息子だった。私がいないあいだに父は、ふつう、そういうことは祖父が孫にいう

べきことじゃないだろうというようなことまで息子にいってしまっていて、後でそれを聞

いた私は腹が立ったけれど、息子は逆にそれをいってしまう祖父の心情に思いを及

ばせたようだ。つまりいままで私がいっていたことがやっと理解できたという。


私がこの2週間でつくづく思ったのは、その家庭それぞれに家族のバランスがある、

ということだ。たいていの場合、長い時間かけて苦労して培われた家族の微妙なバラ

ンスが。それはうちにもあるし、父と妹の暮らしにもある。妹は長年の父との攻防の果

てに、もうたいがいのことはあきらめてしまったそうだ。そのほうが、自分は嫌でも父と

のあいだは平和だから。妹もほんとに大変だなあ ・・・・・・

でもそうやって、日頃なんだかんだいいながら、でこぼこしながらも、これまでなんとか

やってきたし、やっているし、この先もどうにかやっていくのだと思う。それは一緒に暮

らしている当人たちにのみわかることで、一緒に暮らしていない人間にはわからない。

だから、私に妹の代わりはやれないし、妹に私の代わりはやれないということだ。

家族はバランスがとれてやっとやすらぎが生まれる。


私の住んでいるここはエレベーターのない1階で足腰の弱った父には大変だけれど、

実家は1階なので冬はここよりとても寒いのだという。

今日は朝から北風の強い寒い日で、夕方、妹と2人で手分けして荷物を持って駅まで

歩くあいだに父の顔を見たらまるで雪中行軍でもしている兵隊みたいに凄い顔をして

いて、妹が迎えに来るといった日より1週間延ばしたもののこんな日に帰すのは罪悪

感を覚えるほどだったけれど、家に帰ったとたんに表情が和らいだ父を見たら何がど

うあれ、やっぱり自分の居場所にいるのがいちばん落ち着くのだろうと思った。

父がうちにいるあいだはいつも私が座る席に父が座っていたので私は自分の居場所

がなくてぜんぜん落ち着かなかったけれど、これで私の居場所も戻ってきた。

8時過ぎに家に帰って食事の支度をして夕飯をすませたら、考えるところが多すぎて

頭が錯綜するのとすっかり気が抜けて疲れたのとで、深夜まで何をするともなくボー

っとしてしまった。

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テレビなしの甘い生活

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読点がやたら多かったり、打ち方が

でたらめだったりする新聞を、毎朝

二時間、すみからすみまで読み

くたびれてしまうが、そうしないと気が休まらず

おまけに旧国電の駅まで、私鉄で行って

べつの新聞を二、三紙買いこむと

昼すぎまで、ひとり喫茶店にねばり

ゆっくり第一面から、ていねいにページをめくるが

いつものように、似たような内容の記事にうんざりし

それでも倦まずに、せっせと目を走らせ

たちまち午後が通り雨みたいに過ぎてしまう


どうしてこう新聞を読みたがるのか、ふしぎで

夕方には借りている部屋に戻り、庭の

ユキヤナギの陰にひそんでいるニヒルという名の猫を、ちっちっと呼び寄せ

暗くなってから、また読点だらけの夕刊に視線を上下させ

十分ほど歩いて、マーケット近くの喫茶店で

そこがとっている夕刊と、朝のスポーツ新聞をひろげ

芸能欄まで、目の舌でつぶさに味わうころには

さすがに裸眼の目、ふちが赤くなって

うっすら涙が浮かび、家に帰ってベッドに入ると

犬にまぎらわしいところがあるので、ファジーと名づけた猫が

毛布にもぐりこんでこようとして、こちらの鼻をなめ


そこでやっと、枕もとのランプをつけ

ラジオで定時ニュースと、FENのデイヴィッド・ボウイを聴いたあと

十年ほど前に出た『狂王ルートヴィヒ』を、いまごろ読み始めている


( 北村太郎詩集『すてきな人生』より、『テレビなしの甘い生活』 )

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今朝は風が強い。

各部屋についた通風口から、北風がぴゅうぴゅう入ってくる。

風が強いと陽射しがあっても体感気温は下がる。

ジイサンがストーブをひとり占めしているのでしかたなく窓際で太陽の光で背中をあっ

ためていると、冬の陽に照らされたこの本のタイトル、『すてきな人生』というのが目に

飛び込んできた。思わず手にとってパッと開いたページにあったのがこの詩だ。

神さまの啓示かと思って可笑しくなっちゃった。近くにいた息子に見せて笑った。

今日も朝からジイサンはテレビにしがみついている。

テレビを見ながらごはんを食べるとものの味がいくぶんわからなくなるんじゃないかと

思うのだけれど、どうなのかな?

でも、いまジイサンがいま見ているNHKの将棋・囲碁トーナメントはまだ許せる。

垂れ流しの情報をただただ口をポカンと開けて眺めているのと違って、まだ頭を使う

余地があるからね。

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«もう一度、『歌の力』を信じるために。