2018年6月16日 (土)

今日、プールで。

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今日スイミングクラブに行って更衣室に入ったら「早苗ちゃん、早苗ちゃん!」と呼びとめられて、Fさんから紙袋に入ったジャガイモをもらった。「なかなか会えないから渡せなかったけど、これ除草剤も農薬も使ってないからすごくおいしいよ」って。最近、我が家はだんだん菜食傾向になってるから、こういうのがいちばんうれしい、といってもらった。長年プールに通ってると時々こんなことがあって、結婚しててもしてなくても、子供がいてもいなくても女同士、みんな生活者だから身近なものをあげたりもらったり。気の置けないつきあいは気楽でいい。

でもそのいっぽうで、ずっとプールで顔をあわせていた人がふと気がつくといつの間にか姿を見せなくなっていることがよくあって、平泳ぎがうまいことからわたしが『カエルのおじさん』(といっても年齢的にはもう、おじいさん)と呼んでいた男の人をしばらく見ないことに今日、はっとした。
おなじレーンで泳ぐHさんに訊くと、なんでも去年の暮れあたりプールで会ったときには、吐いたりもどしたりして近所の病院に行ったら胃からくる風邪だといわれた、と言っていたのだけれど、今年になって下のフロントで会ったら、いま休会届を出したところだって。どうしたの? と訊いたら、食道がんで黄だん症状が出ちゃって、手術もできないから抗がん剤をすることになった、抗がん剤でがんが小さくなったらまた来るよ、と言っていたという。でも、そのしばらく後に娘さんが来て退会届を出していったから、いま元気でいるんだかどうだか・・・。でも元気だったら、あの人のことだからプールに泳ぎに来ないわけはないしね、というので、びっくりしてしまった。
カエルのおじさんは毎朝5時に起きて10キロ近く歩いた後、家で朝ごはんを食べ、午後は月曜から土曜日まで毎日プールで泳ぎ、日曜は朝から一日野球の審判をしている、という人だった。背中が曲がっているのに器用に4泳法を泳ぎ、痩せているのにいったいどこからそんなエネルギーが出てくるんだろうと思うほど元気だった。
年をとった男の人はたいていひどく無口だったり気難しかったりして人とのコミュニケーションが下手な人が多いけれど、カエルのおじさんはその見た目に反してオープンで明るかった。わたしの後ろで泳いでるときはよく平泳ぎが苦手なわたしのキックの欠点を指摘してくれたものだ。キックが左右均等じゃないとか、ときどき煽り足になってるとか、キックした後にドルフィンをひとつ打つ癖があるとか。言われるたびに直しながら、わたしは、よく見てるよなあ、と思った。それだけ余裕があるってことだ。食道がんで黄だん症状が出ていて手術もできないといったら、それはもうあんまりよくない状況だろう。あんなに元気で明るかったカエルのおじさんがいったい何故・・・・・・。思わず考えないではいられないけど、おじさんの場合はちょっとやりすぎ、頑張り過ぎだったのかもしれない。自分では、こんなことこれまでずっとやってきたことなんだからちっとも大変じゃない、とか思ってたかもしれないけれど、身体のほうは徐々に疲れを溜めて、もう完全に回復できないところまでいってしまっていたのかもしれない。
わたしが読んだ免疫学の大家である阿保先生の本によれば、人ががんになる原因は『低体温と酸素不足』だということだ。また、昨日知ったばかりのエドガー・ケイシーの本によるとそれは『血液の質の劣化と、酸素供給能力の低下』であるそうだ。どちらもそのメカニズムを理解していればこのふたつの説が共通していることがわかると思う。そして、そこから逆算して、がんにならないためには何をすればいいかというのもいくつかサッと思い浮かぶけれど、いかにいい健康習慣を持っていたとして、それさえ人間の感情、ストレスと深く関わっていて、ストレスをうけるとすぐにぶれてしまう人間の感情のことを考えると、やっぱりそんなに簡単じゃないか、とも思う。

カエルのおじさんとわたしにはひとつ共通点があって、それは共にブレスに問題があるせいで背泳がいちばん好きで、得意だということ。男の人は背泳が苦手な人が多いからちょっとめずらしいけど、単純にずっと上を向いているから呼吸を意識しなくてすむからだ。特にクロールのように規則正しく、1、2、(まで息を止めて)3(で鼻から息を吐ききり)パアー(で顔を斜め横に傾けて息を吸う)ができないと、いつまでたっても長く、楽には泳げない。それを左右おなじようにできておなじピッチで泳げるようになればベストなのだけれど、何年やっててもいっこうにできるようにならない。たぶんそこにもフィジカルなことだけじゃなくてメンタルなことが関わってるんだと思う。
そんな似た者同士だからというわけじゃないけれど、食道がんなんて考えただけでも苦しそうで、元気だったときのカエルのおじさんの屈託ない笑顔が浮かんで、心底かわいそうになってしまった。もしいま病院に入院しているならお見舞いに行きたいところだけど、そんなとき他人の見舞いなんて返って迷惑なんだろうか。出産以外で入院したことのないわたしはそこがわからなくって、プールの帰り道、ひたすらホ・オポノポノしながら帰った。スーパー・マーケットで今季はじめて桃を買ったら、おいしい桃を買ってお見舞いに行きたくなった。

プールに通っているだけでもいろんなことがある。
毎回いろんなことを感じる。
何をしたところでいつ、どうなるかわからないのはおなじでも、できる努力はしないとならない。
今日も梅雨寒だったけど雨にならなくてよかった。
雨だったら重たいプールバッグを肩にかけて20分も歩かなけりゃならなかったから。そうじゃなくても肩が痛くてしかたないのに。
もらったジャガイモで今日はジャガイモとワカメのお味噌汁をつくる。
明日はジャガイモの入ったチキンカレーをつくろう。ゴメンナサイ、ドウカワタシヲユルシテクダサイ、アリガトウ、アナタヲアイシテイマス・・・・・・

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2018年6月15日 (金)

梅雨寒、二番花の季節。

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空は灰いろ。
いまにも降ってきそうだけど、地上には、ばら。
二番花は一番花にくらべたら小さくて地味だけど、一日じゅう白夜みたいに暗い雨の季節には貴重な彩り。
咲きはじめたのは、シャルロット・オースティンとクイーン・オブ・スウェーデン。

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そして、今日みたいな梅雨寒の日にはますますかわいく見えるラムちゃん。(ラムズイヤー)
こんな気候だと87の父じゃなくても脚が浮腫む。
冬のあいだずっと愛用していたシルクのレッグウォーマーを引っぱりだしてしたらそれだけであったかい。
梅雨時は難聴にも注意。

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2018年6月10日 (日)

お抹茶タイム

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外は台風でひどい雨。
わたしはお湯を沸かす、器を温める、茶筅をぬるま湯に漬ける、お湯を片口で冷ます、お抹茶茶碗の上でお抹茶を茶こしで濾す、適温のお湯を注ぐ、お抹茶を点てる ・・・・・・
ようやく訪れた独りの時間。
とくべつなお菓子はないけど、ふぅ、とひと息。

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2018年6月 9日 (土)

ロメインレタス*

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昨日、デパートの地下で100円で買ったロメインレタス。
きれいじゃない?
こういうのを見るとセラミック・アーティストがこのかたちといろを忠実に再現してアートにしたい気持ち、わかるな。指先の感覚を最大限に鋭敏にしてこのかたちをつくってみたいとわたしだって思うもの。
それで今朝はシーザーサラダ。
ただ食べるだけのひとは「なんだサラダか」って思うかもしれないけど、つくるほうはけっこう手間がかかって、野菜を50度洗いして水にさらして、しっかり水切りするだけでもそれなりに時間がかかる。だからレストランなんかでたっぷり生野菜がでてくるとわたしはうれしい。この店は手間を惜しまずサービスを提供してる店なんだな、と思うから。
今日みたいな休みの日はいいけど、平日に毎朝新鮮なサラダを食べようと思ったら、早起きしないとならない。
やっと野菜が安く手に入るようになってきて、毎朝アオムシみたいにサラダを食べる季節がやってきた。
今朝の朝ごはん。
シーザーサラダにチョコぱん。
今日、2週間ぶりのプール。

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2018年6月 8日 (金)

カージーの”あたらしい旅”

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夏がいいのは夜7時でもまだ明るいところ。
また夏が来たんだな、って思う。
三彩さんに「たのしみにしててください」っていわれたのはいつだったかなあ?
カージーさんの個展の葉書をもらって、ギャラリーみずのそらに行ってきた。
まず『あたらしい旅』っていう、タイトルが好き。
見た瞬間、オリジナルラブの『夢を見る人』って歌を思いだした。
下の子を自転車の後ろに乗せて、保育園に送り届けるまでがいつも戦争だった。
泣きそうな朝も、あの歌を歌いながら自転車を漕ぐと元気になれた。
わたしのあたらしい物語もいますぐはじまりそうで・・・・・・
壁に掛けられた今回の個展のタイトル。
これ何語?

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みずのそらは広いから、あの空間をカージーの作品がどう埋めるのか想像がつかなかったのだけれど、行ってみたらそこは出航を待つたくさんの船でいっぱいの港になっていました。

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木や金属の廃材をリサイクルして作った船は、一見シンプルなようでいて完成度が高い。それは描きこみすぎない絵みたいでもあるし、音数の少ない、完成された音楽のようでもある。それはフォルムを捉えるカージーさんの感覚の鋭さを感じさせる。
そして、カージーさんの作品は、静謐。
繊細にしてポエティック。
繊細だけどエッジがきいていて存在感がある。
一見ラフなようでいて、質感まできっちり作りこまれている。
だから、いつまで見ていても飽きない。
カージーさんはそんなに絵は描けないっていうんだけど、作品とその価格が書かれたこんなスケッチを見ても味がある。

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そしてカージーさんの作品を見ていていつも思うのは、カージーさんはいかにたくさんの仲間に囲まれて賑やかにわいわいやることがあっても、自分独りの静かな時間をとても大切にしている人なんだろうなあ、ということ。
それが作品にもよく出ていて、よけいなことはあんまり喋らないカージーさんのように作品も寡黙なんだけど、静かに物語を内包していて、じっと見ているとそれがじわじわと空間に滲み出てくるようで、わたしもそれにじわじわ共振した。

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個展がはじまった最初の週末はカフェでイベントもあったりしてきっとたくさんの人(仲間たち)で賑わっていたんだろと思うけど、平日の夕方のギャラリーにはスタッフ以外だれもいなくて、この空間を満たしているものにどっぷり浸かるには、わたしはむしろこのほうがいいなと思った。

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月とか星とか植物とか、船とか飛行船とかスウィート・ホームとか・・・・・・
ロマンディックなカージー・ワールド。

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そしてこれもいつも思うことだけど、カージーは植物をあしらうのがとてもうまい!
それはけして華美じゃない。それはもう枯れた葉っぱだったりドライになった木の実だったりするんだけど、すごく自然に作品と一体化してて、で、そこには対象に対する慈しみのこころを感じる。

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それでね、欲しいと思ったものを迷わず買えるほどわたしはお金持ちじゃないけど、わたしが今日、最初っから欲しかったのはこれ。
この飛行船。

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3、という数字に惹かれます。
なぜならわたしの家族は3人家族で、3人でずっとひとつおなじ舟に乗ってきたから。そしてそれはいつかは終わる形態だから。
これをリヴィングの天井から吊るしたところを想像して頭の中で遊びました。
このカタカタと、ひらひらとまわる銀の手作りのプロペラも好き。

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ギャラリーにはずっとピアノが流れてて、それがこの空間と、時折りカタカタまわる銀のプロペラにあまりにぴったりで、「いま流れてる音楽なんですか?」とスタッフの女の子に訊くと、「これです。カージーさんにこれかけてって渡されたんです」といって見せてくれた。

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ドイツのピアニスト、ヘニング・シュミートのソロ・アルバム『シェーネヴァイデ』。
おお、『雨と休日』で売ってそうなCDだね。さすがカージー!
自分の世界観をよくわかってる!
なんて思わずいったのでした。
このアルバム、家に帰ってさっそく探して買っちゃった。
カージーさんの個展は今週末で終わってしまうけど、6月の雨のあいだはきっとこのCDをちょくちょくかけているだろうなと思う。そして、みずのそらのこの空間を満たしていた景色と音楽、カタカタと音もなくまわっていた銀のプロペラのことを頭に思い浮かべると思う。
いい個展でした。
カージーさん、ありがとう。

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