2016年8月19日 (金)

水瓶座の満月

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つい数日前、これまで誰にもいわずにずっと自分の中だけで抱えてきたことを、自分でも思いもよらぬ人に言ってしまう、ということがあって、いざ言ってしまったらなんだかとてもすっきりして、自分で思っていた以上にそれが自分にとって負担になっていたことに気づいた。やっぱり自分の中に溜めるのはよくない。

そんなことも含めて、いろいろなことがあったこの一週間は、どーん! とンタルデトックスの周期に見舞われたような感じでいたら、その極めつけが昨夜、家庭内で勃発した。
娘のぶっきらぼうな一言からはじまったトラブル。
それは、ここまで苦労して子供を育ててきて、親子ともどもほんとうにものすごく時間がかかったし、時間を費やしてきたけど、やっとなんとかなりつつあるかな、と思っていたわたしにとっては、心底がっかりしてしまうようなことで、久々に消えたくなった。わたしひとりじゃ足りなかったこともいろいろあったとは思うけど、でも子供ももう27と24だ。わたしはもうじゅうぶん、がんばった。それでまだこんなふうにいわれなきゃならないなんて、いいかげんにしてくれ。そんなに嫌なんだったら、もううちも解散しますか。君たちは君たちで勝手にやってください。という言葉が、ついに口から出たのだった。
それでも母親というのは因果なもので、そのあともいつものように買いものに行き、いつもどおりに夕飯の支度をするんである。そこに帰ってきた息子。この人はわたしとおなじで一瞬で物事を見ぬく超敏感体質で、そのうえ瞬間湯沸かし器ときてるから、事態はますますこじれることに。
・・・・・・ と、いつもならそうなるところなんだけど、昨日はそうならなかった。
途中まで息子の口のききようは喧嘩ごしだったものの、結果的に昨日は息子が岩窟王みたいにガンコな娘が長年ひとりで抱え込んでいたブロックをとっぱずす、という役割をしたのだった。びっくりした。(息子も、まさかこのタイミングでか、とびっくりしているようだった。)
息子の言いっぷりじゃ、また例によって過去にさかのぼって、いまとなっては到底わたしにはどうにもできないようなことをいわれるんだろうと思っていたら、それは思いもかけないことだった。
へ? それが長年、娘の心をブロックしていた漬物石? と思うようなものだった。
人が心中深く何を隠し持っているかなんて、血のつながった親子の間でだってそうそうわからないってことだ。聞いてしまったらなんだか気が抜けた。

けっきょく、何を食べたんだかわからないような食事の後で、やっと少し平常心に戻った息子に「言ってくれてありがとうね」といったら、息子は息子で「このタイミングでいうのがよかったかどうか、わからなかったけどね」という。
「どのタイミングも何も、今日のいまがそのタイミングだったんだよ。わかってよかったよ」とわたしはいった。
外に出ていること、目に見える問題なら片づけようもあるけど、内に秘めたこと、隠れた問題はいつまでたっても他人には片づけようがないから。
自分の暴言がきっかけで秘密をすっぱぬかれた娘も、なんだかすっきりした顔をしている。自分でさっさと言ってしまえばもっと早くにすっきりできたのに。なんてバカなんだ、君は。
なんてバカなんだろう、人間って。
いうおう一件落着したものの、なんだかすっかり疲れ果ててコンピュータの前に座ってメーラーを開いたら、石井ゆかりの占いに『今日は水瓶座の満月』で、しかも水瓶座は『ターニングポイント』とあって、思わず「それでかあ!」と思った。
うちは家族3人が3人、風の星座だから常に家の中には風が吹いているけれど、この一週間の重たいデトックスの合点がいった瞬間だった。

それで今日会った彼女も水瓶座だから、喫茶店に入って席に着くなり開口一番「ねえ、変なこと聞くようだけど、Tさんもこの一週間、すごく大変じゃなかった?」と訊くと、やっぱり「ものすごく大変だった!」という返事が返ってきた。
そうじゃなくても毎年8月はだめな月なんだそうだ。
それというのも8月は母からずっと戦争体験を聞かされてきて、終戦記念日からこっちはいつもそれを思いだして、毎年メンタルがどーん! と落ちるのだって。
彼女が「わたしの母は満州からの引揚者で」と言いかけたので、「うちの母は樺太からの引揚者だよ、それで日本に還る引揚船の中で6人きょうだいのいちばん下の子がはしかにかかって死んで、しかたなく海に葬られたんだ」といったら、彼女はびっくりして「おんなじだ! ・・・ うわあ~、いま鳥肌立った~」なんて言っている。
戦争によって何もかも奪われ、家族の写真一枚持ち帰ることもできずに、命からがら日本に還ってきたわたしたちの親たち ・・・・・・
そういう戦争体験を自分の親から聞くのも、せいぜいわたしより一世代下くらいまでなんじゃなかろうか。いずれ何も知らない人たちしかいなくなる。
彼女とは直接知り合ったわけじゃなく、一緒に仕事をしている友人を介してのつきあいだけれど、こういう縁もあるんだなあ、と思った。人の縁って、ほんとに不思議。

そんな、彼女にとってはただでさえ落ちる8月だというのに、昨日は極めつけにショックなことがあったという。
それを聞いてわたしが思うには、やっぱりそれは起こるべくして起こったことで、それは彼女に重大な何かを教えているのだった。
つまり、自分をスポイルする相手にまで自分の身を粉にして何かを与えつづける必要はない、ってこと。もっと言えば、そんな相手にまで好かれる必要もなければ、『いい人』と思われる必要もないのだということ。大体において、自分と関わる万人に好かれようと思ったり、いい人だと思われたいと思うこと自体、無理な話だし、馬鹿げたことだと思う。
今日、娘の話をしたら思わず泣いてしまった彼女はじゅうぶん優しくて、いい人で、それを知っている人はたくさんいるのだから、なんてことを彼女に言った。
彼女にも『水瓶座の満月』、『ターニングポイント』という言葉は大いに合点がいったみたいだ。「わたし、昨日は塩まきました!」というので、わたしもこれから帰ったら掃除して香焚くと思うよ、といって店を出た。

いまは、これまで隠れていたものや目に見えなかったものがどんどん出てきてしまう時代。
嘘や詭弁、欺瞞やごまかしが通らなくなった時代だと思う。
なんでもボーダレス、なんでもシースルー。
いいことでも悪いことでもなんでもあからさまになってしまう時代。
自分の本音を隠せなくなった時代。
だから社会の闇に潜む陰の意識や悪、汚いものや醜いものや見たくないものもどんどん出てきてしまうのだけれど、そんな時代だからこそいまは何が出てきても、外で何が起ころうともブレない場所、平安な場所、イハレアカラ・ヒューレン博士いうところのポイ(POI:Peace of  I )みたいなものを自分の中につくる必要があるのだと思う。
それには常に自分自身と、自分のいる場を浄化しつづける必要がある。
そして本音を隠しておけない時代、ということは、いいかげん自分に正直に生きよ、ということでもあって、早く『ほんとうの世界』にならないかな、と思う。
言いだしたらキリがないけど、医師や病院は患者がほんとうに良くなるためだの医療を行い、薬剤メーカーは患者がほんとうに良くなる薬をつくり、食品会社は自分の家族に食べさせたいと思うおいしくて身体にいいものをつくり、環境に配慮した農業や企業がスタンダードになり、世の中から女性を搾取する商売がなくなり、うるさいだけのくだらない音楽がなくなり ・・・・・・
自分がほんとうにいいと思う、自分がほんとうにほしいと思うものだけを世の中に提供する人たちが増えないかなって。

わたしがそう言った即座に「そんな世界になるわけない!」と思った人は、そういう意識の集大成によっていまの世の中が形作られているんだからね、と言いたい。
そしてそれを絵空事にしないためには、まずは自分が澄んだ水の一滴にならねば、とか思うのです。

夕方、家に帰って熱い大気でむっとする部屋の窓という窓を開け放して、汗だくになって掃除して、いまやっと琥珀のお香を焚いた。
琥珀のお香は場の浄化、瞑想や精神の安定にはとてもよいそうです。

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懐かしのプアハウスで

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今日は懐かしの江古田プアハウスで仕事のランチ・ミーティングをした。
20代のころによく行ってた店がいまでもあるなんてびっくりだけど、店の前まで行って当時とぜんぜん変わらぬ店の佇まいを見てまたびっくり!
見るからに昔ながらの喫茶店、という感じのここは喫茶店が二軒ならんでて、お隣の『林檎』はいまはどうかわからないけど、当時はクラシックの流れる武蔵野音大生御用達のお店だった。どちらも懐かしい。

カランカラン、と音がしたかどうかは忘れたけれど、ドアを開けて中に入ると手前に大きなカンバセーションテーブルがあって、奥がカウンター席。「わあ、プアハウスだ。ぜんぜん変わってない!」と思わず声に出していってしまった。まるで昔にタイムトリップしてしまいそう。

このときちょうどお昼どき。
でも気の合う人ってどこまでも感覚が一緒らしくて、「先に食事しますか? それより先に話しちゃいませんか? 食べながら話すってのもなんだし・・・」とTさんがいうので、「そうしようそうしよう」とお互いノートを広げた。いつも彼女と会うといくら時間があっても足りないほど話が尽きなくて、あっという間に数時間が過ぎ・・・。店の人にも呆れられそうだし、そろそろごはん食べようか、と頼んだのは、プアハウス名物極辛カレー。もうよく憶えてないけど、当時もきっとこれ食べてたんだろうなあ。
これ、辛さは選べないんです。極辛のみ!
なんたって相手の彼女がヴォーカリストだから喉に悪いんじゃないかと気になったけど、「医師曰く、咳き込まなきゃいいんです」ってと。

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シャバシャバした感じの、見るからに辛そうな濃い色をしたチキンカレー。
それにトッピングのチーズ、スライスしたキュウリとレーズン。ライスにはゴマがかかってて。
最初のひと口めこそ、あれ? そうでもないかな、と思ったものの、いーえ、ぜんぜん辛かったです。ゆえに途中でライスにチーズかけたりキュウリとレーズンのせて食べました。でも辛いけどおいしい! 
ちゃんと丁寧につくられた、熟練した味。
辛さでいうと、これも辛いけど国分寺ほんやら洞のラビさんのつくるチキンカレーのほうがもっと辛い。いつか娘と「こんなに辛くしなくっても・・・」といいながら泣き泣き食べたもんね。今日はTさんと鼻をすすりながら食べた。テーブルの上にティッシュの箱が2箱置いてあるのは素晴らしい。
また、店内でかかるジャズのCDがいいのばかりなんだよね。
いちいち何か確認したかったくらい。
ライブラリにはきっといいのしかないんだと思うけど。
こういうところで聴くジャズのスタンダードはあらためていい。しみじみ。

セットのお茶は先にいただいちゃったから、わたしは食後はマンデリンを。
食後も話していると厨房で珈琲をいれるいい香りがふわっとしてきて、運ばれてきたコーヒーカップのソーサーの上にはカシューナッツがひとつ。
Tさんが「何ゆえにカシューナッツがひとつ」というから、「ナッツって珈琲にあうのよ。チーズもあうけど。食べてから珈琲飲むとカフェオレみたいな味になるよ」と話してたら、マスターがカシューナッツが入ったマカロンだという、お菓子がのったお皿をサービスで持ってきてくださった。そういえば昔は夜来くるとワインにチーズなんかも出していて、お酒が飲めないわたしは珈琲頼んでもチーズつけてもらったりしてたなあ、名前はプアハウスだけどちっともプアじゃなかった、と話すと、いまはチーズは出してない、とマスター。珈琲もおいしかった。
当時はどうだったのかわからないけど、いまはマスターと奥さん、アルバイトの方と3人でやってらっしゃるのかな。すっかり白髪になったマスターは、あたりまえだけど当時はまだずいぶんと若かった。また何かの縁あってここに来られるとは思ってもなかったけれど、こんなにも長く、おなじ場所で昔と変わらず店をつづけていられるってほんとうにすごいことです。

けっきょく昼ごろ入って、4時間近くも長居してしまいました。
ごはんに珈琲で、こんなに居心地よく長居できる喫茶店っていまは滅多にないからすごく貴重。Tさんもとても気に入ってまた来るといってたし、わたしはこんどは当時の音大生で親友のMちゃんと来たい。

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2016年8月15日 (月)

ブルーベリー・フローズンヨーグルト

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今日の遅いお昼は家にあるものでフレッシュトマトのペペロンチーノを作り、デザートはこのあいだのブルーベリージャムを入れて作ったブルーベリー・フローズンヨーグルト。
家でアイスクリームメーカーを使わずにアイスを作るときには、完全に凍ってしまう前に何度もかき混ぜるのがなめらかにおいしく作るコツなんだけど、このフローズンアイス、作りはじめたのがもう夕方でなかなか固まらずにそのまま寝てしまい、翌朝見たらもうカチカチだった。それをちょっとずつ崩してフードプロセッサーで苦労して撹拌してバットにもどし、固め直したのがこれ。

それで白と紫のきれいなマーブル模様もなくなり、ブルーベリーの粒々もなくなってしまったけど、器に盛ろうとスプーンですくってみてびっくり。ふわっとやわらかくて、なめらか。
食べてみると、ふわっとなめらかなく口どけ。買ったみたいな味!
うーーーん、、、、大成功です。
こんなにふわっとなめらかにできたのは初めて。
これからはちょっと面倒でもフードプロセッサーを使うことにしよう。

アイスクリームより低カロリーでヘルシーで、こんなにおいしいフローズンヨーグルトが家でできたらいいよね?
ということで、あらためてレシピ

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 ●ブルーベリー・フロズンヨーグルト
  (24×17 厚さ4センチのバットひとつ分)

 < 材料 >

  ブルーベリージャム   約250グラム

  生クリーム         1パック(200cc)

  砂糖             40グラム

  カスピ海ヨーグルト    1パック(400cc)

  ミントの葉         数枚

 < 作り方 >

  1.バットを冷凍庫に入れて冷やしておく。
    生クリームをボウルに入れ、ひと回り大きなボウルに入れた
    氷水でボウルの底を冷やしながら泡立て器で泡立てる。
    途中、砂糖を数回に分けて入れ、しっかりツノが立つまで
    泡立てる。

  2.1にヨーグルト、ブルーベリージャムを入れてヘラでかき混ぜ、
    バットに平らに流す。

  3.冷凍庫に入れて完全に凍って固まる前に何度かフォークで
    かき混ぜるか、フードプロセッサーで一度撹拌してから再び
    バットで凍らせる。

  4.器に盛るときはバットを少しのあいだ冷凍庫から出しておくと
    やわらかくなって盛りやすい。
    スプーンで削るようにして冷やしておいた器に盛ってミントを
    飾る。

ミントは飾りつけとしてだけじゃなく、一緒に食べるとおいしいのであったほうがいいと思います。ブルーベリーは生でも。その場合はこのレシピだと甘さが足りないので、生クリームに入れる砂糖を倍量くらいにしたほうがいいと思う。固まる途中で撹拌するのは、フードプロセッサーのある方はぜひフードプロセッサーで!
ほんとに買ったみたいにおいしいので、はじめて作った人はきっとびっくりすると思います。もう外で食べなくてもいいかも。
ジャムで作るならブルーベリーじゃなくてもなんでもいいと思う。
うちにはまだ初夏に作ったいちごジャムがあるから、こんどはそれで作ってみようと思います。

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フランスあんぱん

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リュスティックがなくて今朝はフランスあんぱん。
あんぱんを見るといつもあんぱんの好きな谷川俊太郎を思いだします。
あんぱん食ってるわたしも詩人だろうか、というやつね。
あんぱん食ってても詩人は詩人だと思います。
あんぱん食べつつ頭の中は形而上学的なことでいっぱいかもしれない。
そうじゃなくても紙とえんぴつさえあればどこにいたって詩人は詩人です。
なんたってお金かかんないのがいいね。
あんぱんでもおにぎりでもいい。
頭はイマジネーションでいっぱい。

今朝は涼しくてなんだかもう9月みたいです。
風がウィンドチャイムを揺らしてアリアを奏でてる。
まだまだ蝉はがんばらないといけない。
まだ8月半ばだし、
少なくとも愛をみつけるまではね。

今日の曇り空みたいなセレスタイト。
わたしの石、天上の青。

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2016年8月14日 (日)

夏の夕暮れ、鉱物Barへ

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きれいなサックスブルーのリネンの服に丁寧にアイロンをかけたり、午後のまだ明るい変な時間にゆっくりお風呂に入っていたら家を出るのが遅くなって、日の暮れるころギャラリーに着きました。
西荻窪の閑静な住宅街の中にある、ギャラリー みずのそら
いつも素敵な展示をやっていて、いちど行ってみたいと思っていたのです。
建物の前まで来ると四角く開いた塀の間から中庭のプールが見えて、なるほどこれが水の空か、と思いました。
昔、実家近くにあって、トレンディドラマの舞台にもなったコンクリート打ちっぱなしの超ハイテックなかっこいいマンションの中庭にも水溜り程度のプールがあって、彫刻家が作ったオブジェがあって、その奥の部屋が地元の有名な彫刻家のオフィスで、そんな水溜り程度の小さなプールでも、水のある空間ってなんだか豊かな気分がするものです。

いまはちょうど鉱物アソビさんが『鉱物Bar vol.9 produced by 鉱物アソビ Alchemy ~結晶が化学反応をおこす夜~』という展示を行っているところでした。
エントランスにはペンタグラムの立体と鈍い金色を放つ天秤、それに古い洋書やアンティークの瓶、動物のボーンなどが飾られて。

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鉱物アソビさんの展示を見るのは、六本木のギャラリーGallery SU で行われた『涙ガラス制作所』さんとのコラボ展示以来だけれど、いつも隙のない完璧な展示をされる方です。今回は博物館にあるようなアンティークと、鉱物に近い幾何学的なアクセサリーとのコラボレーションで、スタティックな空間の中で石の結晶だけが星屑みたいに瞬いていました。
娘に『石オタク』といわれているわたしとしては、パイライトの結晶を間近に見られたのがよかった。鉱物すべて、色にしても形にしてもそうだけれど、いったいどうして自然にああいう人工的なまでに完璧な金色ぴかぴかの立方体ができるのか。不思議です。あとは母岩石に付いたいろいろな色のフローライトとかアポフィライトとか。ほとんど知らない石はなかったけれど、それでもひとつふたつは聞いたことのない石もあったかな。
でも手に取って見ることはできない。
石によってはモース硬度が低くて簡単に欠けてしまうものもあるから触れないのはわかるけど、ちょっと残念。

奥のカフェでは鉱物を模した『鉱石菓子』なるきれいなお菓子や、添えられた液体を注ぐと色が変幻するカクテルなども供されているそうで、展示にちなんだアートなデザートというのは原美術館なんかでもやっているからとりたてて新しくはないけど、なんだか贅沢ですね。
奥からは賑やかに話し声が聞こえてきて、ちょっと覗くと若い子ばっかり。
次のカフェタイムまでにはまだずいぶん時間があったし、わたしはひとりだと実は飲食にはあまり興味がないので、石だけ眺めて帰って来ました。
夏の夕暮れにきれいな色をした鉱物を愛でるというのは素敵な企画だけど、この気持ちのいい空間自体はやっぱり昼間来たいな、と思った。

ギャラリーに来るまでの緩く坂になった通り沿いにはほかにも素敵な店がいろいろあって、自転車でスカートの裾ひるがえしながら坂道を降りてゆく女の子の後ろ姿を眺めつつ、こんな町に住めたらいいかもな、なんて思ったのでした。
(でも、いろいろと誘惑が多いかもね。)

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