2017年11月12日 (日)

今年もやっと栗ごはん*

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このあいだ近所のスーパーで見た栗。
とっても大きくてまるまる太っててツヤッツヤでぷっくり割れてて、見るからにおいしそうだった。POPには『最上級の栗!』って書いてあった。
茨城産の栗。

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それで栗なんか剝いてる暇もなかったのに思わず買ってしまったのだった。
買ったからにはダメになる前につくらなきゃならない。
こんな大きな栗。

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渋皮煮にしてもおいしそうだったけどさすがにそんな時間はないし、それにお砂糖であまく煮るより栗そのものの自然な味を味わいたくて、やっぱり栗ごはんにすることにした。
洗った栗をボウルに入れて、熱いお湯をかけて数分置いて。
お湯に浸かったままの状態の栗をひとつずつ剝いてゆく。
思えばわたしの栗好きは母譲りだと思う。
あのひとは栗が大好きだった。
ただゆでただけの栗を包丁で半分に切って、スプーンですくって食べるのも好きだった。まだ小学校の低学年のころ、栗ごはんにする栗の皮を剝くのを手伝っていて、勢い余って栗を握った左手の人差し指の間接の上の皮をスパッと落としてしまった傷はいまでも残ってる。わたしが木を削るのにカッターナイフをうまく使えるのは、子どものころから包丁を使ってたからだと思う。
なんとか日が暮れる前にできました。
栗ごはん。

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自分でつくると2合の白米に栗、ごろっごろ。
そして、ほくほく!
栗ごはんは、栗を剝いているうちはため息がでるけど、食べはじめるとおいしくて、またつくろうって思う。あともう1回くらいつくれるかな。
おかずは何にしようって考えて、厚揚げと小松菜の甘辛煮、鮭ときのこのホイル焼き、お豆腐とエノキタケのお味噌汁にした。
そして今日の空!

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晩秋から冬にかけての晴れた日はほんとに空がきれいで、雄大で、みとれる。
雲の複雑な色あい。
自然は偉大なペインター。

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2017年11月11日 (土)

北風に乗って

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風がめぐって、2回めの季節。
めぐみさんが亡くなってもう2年だなんて、月日が過ぎるのはなんて早いんだろう。
晴れて風がつよく、西高東低の典型的な冬の午後、北風に飛ばされるように『やまぐちめぐみ作品展』を観に行った。
外苑前、タンバリンギャラリー。

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タンバリンギャラリーは、都会の中にあって海を感じる場所。
まばゆいばかりに真っ白なギャラリーの中に一歩足を踏み入れると、硝子窓の向こうに海が見えるんじゃないかと、いつもしばし戸の前に佇んで、ぼぉっとしてしまう。
白いコッパンにデッキシューズ、白とネイビーのボーダーTシャツ。
Marina del Rey。
そんな言葉が似合いそうな。
同時にここはこれまで、著作でしか知らない永井宏さんの気配を濃厚に感じる場所でもあったけれど、ひさしぶりに訪れたそこは何かが薄れて、いつかはここもなくなってしまうんだということをおぼろげに感じさせた。さみしい気分。

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それとは別に中は明るくて、いつものめぐみさんの色。懐かしさに包まれる。
個展のときにはいつも戸口のちかくに貼ってある、彼女のプロフィールと小さなモノクロの写真を毎回じっと見てしまう。
写真の中のめぐみさんは、茶目っ気と気難しさとアンニュイな雰囲気を纏った大人っぽいひとで、それはわたしが会っためぐみさんとも感じが違う。できれば元気なころのめぐみさんに会ってみたかったと思う。

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もう何度も書いているかもしれないけれど、めぐみさんの絵のよさはその色彩感覚の素晴らしさ。大胆な構図と、バランスのよさ。シンプルなモチーフに深みを与える、背景の複雑な塗り重ねのうまさ。そこから詩が生まれ、歌が生まれ、物語がはじまるような・・・・・・
繊細なようであってすごく感覚的にラフに描いたような、あまり描きこみすぎないよさ。見たことのない風景が醸しだすノスタルジー。絵の前に立つ人をぼんやりさせてしまう絵。

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何もしてないのに背骨が折れてしまうというような過酷な病状にあって、よくこれだけの、現実からかけ離れたファンタジーを自分の中に持ちつづけ、表現しつづけてこられたと思う。それはほんとうにすごいことだ。それで思いだすのはいつか(まだTVがあったころ)、チャンネルを変えてるときに耳に入ってきた、『アボリジニの絵が人に訴えかける強さを持っているのは、それだけ絵というものが彼らにとって切実だったからです。』というような言葉。めぐみさんにとっても絵を描くということは、日々の(表現という以上に)切実な糧だったのだと思う。

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絵は2年前の作品展のときよりずっと少なかった。
あのときほとんど売れてしまったから。
それでもこうやって有志たちが苦労して作品展をひらいてくれる。
誰かに遺言を遺したわけでも、後のことを託したというわけでもないのにこうやって友人たちが作品展をひらき、めぐみさんを偲ぶ場をつくってくれる。
それって、ほんとうにすごいことです。
ほんとうの意味で、愛ある個展。
そんな作品展は、絵の点数こそ少なかったけれど、懐かしい彼女の世界に浸るには十分だった。
そして2年経って絵の見え方も変わった。
これまではどの絵を見ても彼女のさみしさみたいなものを感じて心に澱が残るようだったのが、いまはどの絵からもしあわせな、あたたかい光を感じる。
それはこの2年の間にすべてが許し、許されたからだと思う。
やっと自由になっためぐみさん。

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めぐみさんは家族の縁は薄かったように思うけれど、友人にはとても恵まれた。
そして、その絵はたくさんの人たちに愛されている。
やっぱり一度の人生で全てを得ることはできないのかな?
それで何度でも生まれてくる。
昔にくらべて人の生まれ変わりのスピードはものすごく速くなっているというのを聞いたのは、もう20年も前のことだから、いまはもっと早くなっているだろう。もしかしたら、生きている間にまためぐみさんに会えるかもしれない。
こんど生まれ変わったら、めぐみさんは何になるだろう。
こんどは最初から絵描きになることを選ぶかな。
何を選んでも、こんどは健康な身体とこころを持って生まれてこれますように。
わたしは・・・・・・
ここまでの人生でひとりで子供を育てる苦悩もかなしみもやりきれなさも、もちろん喜びも、十分に味わったし、まだまだ先は長いから、この次は子供のいない、結婚もしない、自由な身を生きるのもいいかもしれないな。
そんなことを帰りの電車の中で思った。

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春に生まれて晩夏に亡くなっためぐみさん。
そのめぐみさんの待望の作品集が、来年の春ついに出版されるそうです。
タンバリンギャラリーでも予約することはできたけど、わたしはいくつか用があって高円寺のアムレテロンさんで予約することにしました。
めぐみさんの絵はとっても魚座的な世界で、めぐみさんに春は似合うと思う。
来年の春、作品集を手にする日がたのしみです。

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BEAUTIFUL SKY

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今日の夕空。

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2017年11月 8日 (水)

冬のはじまり

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このところめずらしく穏やかな晴れの日がつづいてずっと暖かだったけど、今日は曇りで暗い朝。・・・・・・ と思ったら雨が降りはじめた。
立冬過ぎて、ゆるやかな冬のはじまり。
長いステムの先に重い頭をのせてしなだれて、もう自力で咲きそうにないばらを切った。
11月のライラックローズ。

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2017年11月 5日 (日)

朝抹茶

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昨日、朝いちばんで滅多にないことお取り寄せした和菓子が届いた。
すやの栗きんとん。
一年にたった一度のお楽しみ。
大の好物。
でも、それだって毎年かならず注文するわけじゃなし。
そう思ったらなんだかお抹茶といただきたくなった。
ちょうど先日あやこさんからお茶杓ももらったことだし。
この町の駅前には、何故だか一年中ドンスカドンスカ景気よくサンバを流してるわたしにぴったりな変な茶屋さんがあって、昨日プールの帰りに寄って野点用の小さなお茶筅と抹茶を買ってきた。
この連休はめずらしく天気がよくて暖かで、それで朝寝坊するのがもったいなくて、今日も平日とおなじに起きて掃除して、ふぅ、と落ち着いてから朝抹茶。
正式なお作法はともかく、おいしいお抹茶の点てかたは何度もYouTubeで見ていたから、まずはそれのとおりやってみる。
まだ誰も起きてこない部屋に茶筅の音が軽やかに響き、お抹茶のいい香り。
ふんわり泡立ったお抹茶に、滋味あふれる栗きんとんは一段とおいしかったです。

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実はお抹茶はすでに昨日の夜いちど点てていて、家族分のお抹茶碗がないから、あとのふたつは適当な代用品を使って点てたりしたのだけれど、それでわかったことは、いかにあやこさんからもらったこのお茶碗が使いやすいかってこと。わたしが野点かごに入れられるようにと買ってきたお茶筅は明らかにこの器には小さかったにもかかわらず、初心者のわたしにも実にお茶が点てやすかった。それで初めて、あやこさんが「これは練習によく使ったお気に入りの器なの」といった言葉の意味がわかったのでした。
道具って、やっぱり使ってみないとわからない。
使って初めてその美しさがわかる。
それは人間の身体や、内在する能力についてもきっとおなじだろうと思う。
今日みたいに朝からお菓子は食べないとしても、一人こころを落ち着けるのに朝抹茶、いいかもしれない、と思ったのでした。
お作法はともかく、これからもっと気軽にお抹茶が楽しめそうです。

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昨日届いた栗きんとん。
実家の分も頼んであったのだけど、賞味期限が短いから午後実家まで持って行くことに。それでついでに帰りにバスに乗って、中杉通りを通って阿佐ヶ谷に。CONTEXT-sでもういちどじっくり知樹さんの絵を見た。日が翳るとこのあいだより寒く、アグネスパーラーさんのあったかなチョコレートドリンクがおいしかった。
三連休のラストデー。

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